1「坩堝の底から掬ってみせて」
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依頼人はキャンピングカーに乗り込むと、両手を開いて「はーい」と緩い笑顔を見せた。
「〈私、性格悪くてごめんなさい〉のアダルトピンク担当、まいきゃんこと乱れ☆まいかでーす。よろしくお願いしまーす」
「わあ~、本物のまいきゃんですう~」
義吟が飛び跳ねて喜んでいる。彼女が推している地下アイドルらしい。
年齢は二十歳前後と思われるが、小柄だし童顔だ。ピンク色に染めた髪をツインテールにして、サイズが大きい園児服みたいなものを着ている。
「はい、乱れ☆まいかさんね。よろしく」
「ありゃ、そっちの探偵さん元気なーい。嬉しくないの?」
「嬉しいもなにも、よく知らないからね、きみのこと」
「まいきゃん気にしないでください。この人は世捨て人なのですよ~」
義吟がフォローするが、地下アイドルってのは知名度が低いものじゃないのだろうか。
まいかは「そっかー。私もまだまだだなー」と頭を掻いた。
「まあ掛けてください。烏龍茶、紅茶、珈琲、オレンジジュース、どれにする?」
「駄菓子屋さんに売ってる、かき氷のシロップみたいなサイダーが飲みたいかなー」
「義吟、烏龍茶出して」
飲み物が運ばれてくるまでに、俺は自己紹介や料金システム等の説明を済ませる。セカンドシートに意外と行儀良く腰掛けたまいかは、「ふむふむー」と頷きながら聞いた。
「荻尾さん、説明が上手だねー。女の子を二人も連れて、ヤングなモテモテ探偵さんだー」
「ありがとう。それじゃあ早速、依頼内容を聞かせてもらえるかな。取引が不成立となる場合にも俺達は守秘義務を負うから安心して。話しやすいように話していい」
「除霊してほしいの」
彼女は袖から指先が覗いているだけの両手を合わせた。
「此処にはすごい霊媒師さんがいるんでしょ? 探偵事務所だけど除霊もしてくれるって、そう聞いて来たの。極悪お化けにイケイケ除霊きめちゃってほしいんだよー」
「まいかさん、霊に憑かれてるの?」
「まいかだけじゃなくて、みんな憑かれちゃってる」
「みんなと云うのは?」
「一緒に心霊スポット巡りした友達なんだけどー、本当に大変なの」
口調のせいで緊張感に欠けるが、訴える表情は真剣だ。
「クリスト・ブランチ記念病院って、知ってる? 何年も前に潰れた廃病院。あそこに行ってからまいか達、ずっこんばっこん不幸な目に遭ってるんだー」
まいかは怪談好きで、共通の趣味を持つ友人と月一回、都内の心霊スポットを探索する。
メンバーは六名。大学生のサナエとメグ、会社員のユーナとリリア、フリーターのミヤ、地下アイドルのまいか。サナエとメグは大学の友達、ユーナとリリアは職場の同僚だが、他はここ一年の間にネットで知り合った仲だ。半年前に入ったまいかが一番の新人。心霊スポット探索の他に全員が集まることはないものの、〈ヘルメス〉のグループチャットでよく連絡を取り合っている。
六月六日(土)の夜、彼女らは枯井土区のクリスト・ブランチ記念病院を訪れた。怪現象に襲われるようなことはなく、廃病院の雰囲気を楽しむと、みな無事で帰路に着いた。
異変は次の日から始まった。
七日(日)、サナエが急性アルコール中毒で病院に搬送された。飲み屋街の路地裏で倒れているところを通行人に見つかったのだが、彼女には酒を飲んだ記憶すら残っていない。
九日(火)、メグの自宅が火事となった。全身火傷を負った彼女は現在も入院中。ガスの元栓を開けたまま眠っていたのが原因だったが、彼女は締めたはずだと主張している。
十日(水)、ユーナがフィッシング詐欺に遭い、貯金の二百万を全額盗まれた。彼女が自分で携帯を操作したものだが、彼女曰く、普段なら引っ掛かるはずがないらしい。
十二日(金)、リリアがフェンスに長いテープを巻きつけて、自宅のベランダから首を吊っているのを発見された。一命は取り留めたが、脳に障害を負い、まともに歩いたり話したりできる状態ではない。彼女に自殺を図るような予兆はなかったと云う。
「おかしいでしょ? 陰険お化けのせいだと思わないー?」
「なるほど、たしかに立て続けだね」
急性アルコール中毒やフィッシング詐欺に心霊現象のイメージはないが。
義吟が「まいきゃんは無事なのですか?」と心配そうに問う。
「今のところはピンピンしてるけどー、昨日、左足の親指を深爪しちゃったの」
「ええ~大変じゃないですか! 絶対、お化けのしわざですよ!」
義吟はムンクの叫びのようなポーズをとって蒼褪めた。
「まいかさん、一連の不幸に警察は事件性を認めてないの?」
「事件性ってー?」
「火事が放火だったり、首吊りが殺人未遂だったりする疑いはないのかな。たとえば索状痕が二つ重なっていたなら、首を絞めて殺された後に、それを自殺と見せかけるためベランダから吊った可能性がある」
「まいかは聞いてないなー。警察と話したわけじゃないけど」
「肝試しのメンバーが不幸な目に遭ってるということは、警察や他の誰かに話してる?」
「話してないよ。お化けのしわざだって云っても相手にされないし」
今日は十五日。もし警察が事件として捜査しているなら、既にそこまで洗われて、まいかのもとにも事情聴取に訪れているはずだろう。しかし……。
「きみは除霊と云うけど、霊的な現象と確定してはいないね。霊的な現象だとしても、除霊より別の解決策が望ましいかも知れない。依頼内容は、肝試しに行ったメンバーが相次いで不幸に見舞われる原因の特定とその解消――と捉えていい?」
「いいけどー、お化けじゃなかったら、まいか達が狙われる理由なんてないよ?」
「可能性の話だよ。あとは、不幸が重なったのは偶然という結論もあり得る。もちろんその場合は、きみが納得できるよう、その結論になった理由を具体的に説明する」
「うん、分かった。……受けてくれるの?」
「きみ次第だ。今回の依頼料は十万。解決時の追加報酬額は二十万になる。想定外の経費が発生した場合は明細を付けて別途請求する。決断は後日でもいいけど、どうする?」
「……地下アイドルって、全然お金もらえないの。ライブとか撮影とかレッスンとか忙しくってアルバイトもできないから、生活するだけで精一杯で、貯金もできないんだー。だけど、命に関わることだから」
まいかは膝の上のポーチからB5番の茶封筒を取ると、中から一万円札を十枚抜き取り、きちんとこちらに向けてテーブルの上に置いた。
「オス性全開の本気推理で怪現象の謎をガンガン突いて、アヘ顔解決しちゃってください」
「……たまに挟んでくるけど、その云い回しなに?」
義吟が「まいきゃんはアダルトピンク担当ですから」と補足する。
「それより央くん、もう少し負けてあげられないのですか。まいきゃんが可哀想ですよ!」
「いいのいいのー」
まいかは苦笑して、両手を横に振った。
「彼ピーの前で生々しい話してごめんねー? 真剣な依頼だって伝えたかっただけなの」
「彼ピー?」
「〈悪ごめ〉のオタクのことをそう呼ぶのですよ」と義吟。
「わるごめ?」
「〈私、性格悪くてごめんなさい〉の略じゃないですか!」
まいかが「これを機会に荻尾さんも彼ピーになってくださーい」と笑顔で重ねた。
「それに義吟ちゃん、まいかはお金のことで不満とかはないんだよ。お金のためにやってるんじゃないし、アイドルに誇りを持ってるから。安心してねー」
「うう~、まいきゃん一生推します~」
なんにせよ値引きはあり得ない話だ。こういうことに関わる以上、俺達の身にも危険が及ぶ。俺はともかく、義吟や亜愛の命をこれより安売りする気はない。
「依頼は成立だね。ところでまいかさんは、どうやってGAOのことを知ったの?」
「ライブ後の握手会で、彼ピーから教えてもらったんだよ」
「ファンの人からね。どんな人だった?」
「可愛い双子さん。女の子だったよ」
「その双子がいつも来ているかとか、分かる?」
「まいかは一度来てくれた人の顔は忘れないよー。あの双子さんとは初めましてだったね」
「握手会でいきなり探偵事務所を紹介するなんて、おかしくないかな」
「そうかなー。探偵さんってより、すっごい霊媒師さんが戴天京に来てるって話だったけど。まいかが怪談好きなのは有名だから、そういう情報くれる物知り彼ピーは多いよ」
なるほど。筋は通っている。
乃野矢リサの家でビデオ通話したとき、近いうちにアイドルの依頼人が来ると双子は話していた。そのアイドルは〈悪魔のイケニエ〉ではないとも。その言を信用するわけじゃないが、まいかが彼女らの回し者だとしたら、そもそも告知する必要がないだろう。
ただし、この依頼が〈悪魔のイケニエ〉によって仕組まれているのも事実だ。
どこに悪魔の影があるのか、見極めなければならない。