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GAOにえもいわれぬ横臥  作者: 凛野冥
【G章:悪魔の私と私の神様】
31/32

10、11「U&I」

    10


 友餌は言葉を失っていた。理解不能に陥っている様子だ。

「やっぱり、知らなかったんだね。創始者の情報は今も極秘のままか。九寓(くぐう)化生院(けしょういん)が意外に義理堅いのか、それとも他の狙いがあるのかな」

「化生院さんのこと、知ってるの?」

「きみこそ知ってるのか。彼女、すっかり偉くなっているだろ?」

「そんな。荻尾クン――本当に、創始者なの? 嘘じゃないの?」

「まあ、裏切り者の創始者だよ。とっくに抜けた。だが俺がいなくなっても、創設時の目的は失われていないみたいだね」

「なんのこと……?」

「〈死霊のハラワタ〉に潜り込んで、破壊することだ。この支部の犯罪はきみが計画しているそうだが、その部分は本部の意向だろ? 条件と云った方が合っているかも知れない」

 友餌は混乱の極みに達している。

 目は泳ぎ、息は荒く、蒼褪めた顔面に冷や汗が浮いている。

「さっき、大量殺人鬼はきみの方だと云ったけど、俺も他人のことを云えた立場じゃないな。そう考えると、もとよりきみの神話には適合しないよ。俺は神様なんかじゃなくて、はじめに悪魔を創った側だ」

 友餌の目から涙が流れ出す。汗や血と混ざって、顎の先まで伝っていく。

 彼女はゆっくりと両手を上げた。俺は彼女のこめかみに銃口を突き付けたままだ。

「殺さないで……(ゆる)して……お願いだから……」

「そうはいかない。俺は〈悪魔のイケニエ〉を潰さないといけないんだ」

 GAOは、そのための探偵事務所である。

 俺の愚かな失敗から生まれた犯罪集団を、終わらせるため。

「ねえ……見てよ、このリスカ痕……こんなに病んでて、可哀想なあたしに……これ以上、酷いことをするの……? 生まれてから、ずっと……苦しいだけだった、あたしを……救ってくれないの……?」

 とうとう、友餌は卑屈な命乞いを始める。

 そんな彼女の姿など見たくないのに。

「友餌さん、もう一度だけゲームをしようか」

「え……?」

「きみが得意なやつ。十円玉でもいいかな?」

 銃を構えていない方の手で、ポケットから十円玉を取り出す。自動販売機で飲み物を買ったときに出た小銭を、とりあえず入れておいたものだ。

「ほら。両手を上げたままだと投げられないよ」

 その汗ばんだ手に十円玉を握らせた。

 彼女は戸惑い、十円玉と俺とを交互に見る。

「あたしが勝ったら、見逃してくれるの?」

「勝ったらね」

「ちょっと――待って。手が震えてるから……」

 ジーンズに両手をこすりつける友餌。俺は気長に待つ。

「――いい?」

 俺は手でどうぞと促す。

 友餌はもう一度深呼吸すると、十円玉を真上へ投げた。

 空中でくるくると回転しながら上昇して――降下する。

 それが左手の甲に落ちると同時に、右手を覆い被せる。

 やはりタイミングが少し遅く、甲に落ちたとき表向きだったのが見えていた。

「表だ」

 俺は答える。

「いいんだね? 見えた方とは、逆かも知れないよ?」

「表でいい。それから、右手を斜めに上げるのは禁止だ」

 友餌はわずかにピクリと、しかし確実に反応した。

「左手に重ねたまま、真横にずらしてくれ」

「………………どうして?」

「きみは掌を広げた状態で、コインを握ることができるんだろ。覆い隠すのを遅らせているのは、自分でも落ちたときの向きが分かるようにするためだ。それで相手がそのとおりに答えたら、右手を斜めに上げながらコインを裏返す。逆の答えなら、裏返さない」

 友餌は返事をしない。

 右手を動かそうともしない。

 答えを、このまま永久に明かしたくないようだ。

 最後に見る彼女の顔が、崩れ落ちそうな泣き顔なのが、とても残念だ。

「友餌さん……俺はきみのことが、本当に好きだったよ」

 拳銃の引き金を引いた。友餌の頭の中身が飛び散り、後ろの壁にかかった。


    11


 義吟を背負いながら、夜の茜条斎を歩いた。

 血だらけの彼女が人目につかないように、剥ぎ取ったカーテンを被せている。

 ダイヤル錠は無意味な番号にしたけれど、制御不能状態で稼働を続けた後の彼女はしばらく眠ってしまう。しかし怪我がないみたいで良かった。足を引きずったりしていたのは、単にそう動くように指示されていたらしい。

 キャンピングカーに辿り着いて、義吟をセカンドシートに寝かせる。

 そして俺は床の上に座り込み、無様に泣き出した。

 亜愛が後ろから抱き締めてくれると、さらに酷い泣き方になった。

 ずっと泣き続けて、涙が枯れて、しゃくり上げるだけになったところで、俺はガサガサになった声で亜愛に頼んだ。

「ロープ……ロープを、持って来てくれないか……」

「用意してあるわ」

 既に等間隔に結び目がつくられたロープを、後ろから手渡される。

 思い出したときには、もう今度は忘れたりしないと決めていた。逃げないと決めていたのに、駄目だ。耐えられない。すべて俺のせいだ。俺がいなければ、こんなことは起こらなかった。なんて愚かなのだろう。どうしようもない奴だ。つらくて、苦しくて、もう少しで気が狂ってしまう。

「それでいいのよ、央……」

 耳元で、優しく囁く亜愛。俺が泣いている間も、ずっとそうしてくれた。

 俺はロープの端を両手で握る。心が乱れきっていて、全然集中できない。

「亜愛、手伝ってくれるか……」

「もちろんだわ……」

 ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて。

 結び目のひとつひとつに、俺の記憶は封印されていった。

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