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GAOにえもいわれぬ横臥  作者: 凛野冥
【G章:悪魔の私と私の神様】
25/32

1、2「父よ、返事をして下さい」

    1


「荻尾クン、知ってるう? これ。ニコラシカ」

「ええ、知らない。どうやって飲むんだ?」

 友餌が韋吹に注文したカクテルなのだが、奇妙な出され方だ。酒を注いだリキュール・グラスにレモンスライスで蓋をして、その上に砂糖が盛られている。

「レモンの輪切りを二つ折りにするの。砂糖を挟むみたいにして。それを口の中でよく噛んだらあ、ブランデーを飲むの。口の中でつくるカクテルなんだよお」

「へえ? 斬新だね。ブランデーは? これはなに?」

「韋吹クーン、パトリシアラダーVSOPだよねえ、これ?」

「そうですよ」

「あは。あたしが大好きなやつ。でも負けてあげないよお? ゲームはなににする?」

「えーっと、あれ……〈いっせーの〉で通じる? 地方によって違うのかな」

「〈いっせーの〉? これじゃないの、いっせーの……に! ってやつ」

 左右の握りこぶしをくっつけて、親指を上げる友餌。

「そうそう、それでいこう。友餌さんからでいいよ」

「じゃあいくよお? いっせーの……さん!」

 友餌は右の親指だけを上げて、俺は両手の指をすべて開いた。

「あはははははは! ええ? 親指だけじゃないのお?」

 爆笑してもらえた。嬉しい。

「次は俺ね。いっせーの……じゅうご!」

「あははは! 聞いたことないよ!」

 俺は十本すべて。友餌は両手の親指だけだ。

「あたしい。いっせーの……にじゅう!」

「ぐあ、負けた!」

「あはははは! 荻尾くんぜったい十本なんだもん!」

 どうぞ~と云われて、ニコラシカを差し出される。俺はさっきの説明を思い出して、まず砂糖の乗ったレモンを頬張った。咥内に充満する、甘酸っぱい味と香り。

 友餌が期待のこもった眼差しで見詰めてくる。グラスを手に取り、レモンが入ったままの咥内に、ブランデーを流し込む。すると想像を超える、さっぱりとした味わいが奔り抜けた。一方で、喉が一気に熱くなって視界がぐわあんと揺れた。

「ああっ! 美味しいよこれ。絶妙――絶妙な味だ」

「でしょお! 良かったあ。おいしーおいしー?」

 俺の両肩に手を乗せて、愉快そうにさする友餌。甘い香水の匂いがする。

 そのとき、心地よく盛り上がっていた気持ちにふと、影が差した。

 俺は、友餌に訊かなければいけないことがある。確かめなくてはいけないことが……。

「韋吹さん、同じやつください!」

「荻尾クンやる気だねえ。じゃあ、間髪入れずにやろっかあ」

 友餌は俺の首に腕を回すと、俺の目の前で両手を握った。

「あたしからでいい? いっせーの……にじゅう!」

「うわあ!」

「あははははははっ! 荻尾クン、飲みたがりい。あたし全然飲めないよお」

 まだアルコールが足りない。大事な話をするのは、もっと飲んでからだ。

 そう思っているうちに、俺の方が飲まれた。

 時間は矢のように過ぎていき、例によって午前何時かに帰ってきた店主に〈FURFUR〉を追い出される。ぐでんぐでんに酔っぱらった友餌と俺はもつれ合うみたくエレベーターに乗って、一階に下りてエレベーターを出て、建物を出ると火照(ほて)った身体をひんやりとした外気が包み込む。

「あたし今日は、今日は朝から用事あるからあ。ここでお別れねえ、荻尾クン」

「え? ああ、そうだね。ありがとう今日も」

「あははあ……なんて云ってるか、分からないよお?」

 そうなのか? 呂律は全然、回っているし、ちゃんと立ててもいるんだが。

 それに思考もある程度、できている。俺は建物の前では別れずに友餌を大通りまで連れて行き、タクシーを拾うところまで見届けた。戴天京では物騒な連続殺人が起きている。

 友餌はタクシーに乗り込む前に、抱いていた俺の腕にもう一度、頬をすりつけた。

「今日もご馳走様。ねえ荻尾クン、今度はあたしのお家で飲まない?」

「友餌さんの? いいの?」

「当たり前じゃん。また連絡するね。荻尾クン、大好き」

 最後にとびっきりの笑顔を見せてから、友餌はタクシーに乗り込んだ。

 心臓が止まるかと思った。


    2


 起きたら夕方。義吟が喫茶店で買ってきたサンドウィッチを食べて珈琲を飲んだが、それでもまだ眠い気がする。あくびをしながら、近ごろ通っている銭湯まで車を走らせる。

「酒と朝寝は貧乏の近道――ということわざがあるわ」

 サードシートから亜愛の声が飛んできた。

「ねえよ、そんな俺に特化したことわざ」

「あるわよ」

「ならごめん」

「本当にごめんと思っているのですか? また朝帰りするのではありませんか?」

「えーっと、ごめん」

 酒に酔って帰ると、俺と二人の力関係が逆転するのがネックだ。

 赤信号で停車したところで、義吟が後ろからタブレット端末を渡してきた。

「央くんが眠っている間に、また事件が起きましたよ」

 画面上に記事が表示されている。戴天京内のマンションで、独身女性が全身を串刺しにされて死亡しているのが発見された。現場には怪しげな儀式の痕跡があり、一連の猟奇殺人の新たな被害者と思われているようだ。

「〈悪魔のイケニエ〉とか〈死霊のハラワタ〉の話は出ていませんが、間違いないです」

「そうだな」

 悪魔的儀式を模した連続殺人は続いている。しかも、このところ毎日だ。仇鳴の死と関係があるかは不明だけれど、報道もされるようになった。今日で五人目である。

「だけど俺達はいま、誰からの依頼も受けてない。動きようがないよ」

「そうですけど、だからと云って放っておくのですか?」

「いや……なんとかする。少し待っていてくれるか」

「もちろんです! 義吟は央くんの忠犬ですからね!」

「それ、犬の耳?」

「これは狼です。ウルフガールですよ」

 なんだウルフガールって。

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