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GAOにえもいわれぬ横臥  作者: 凛野冥
【A章:まいきゃん混ぜ混ぜ】
12/32

12、13「無罪者」

    12


 まるで今朝の再現だ。まいかの部屋の玄関扉は施錠されていなかった。

 突き刺さる、鼻が曲がりそうな異臭。俺は事が終了していることを悟った。

 廊下を抜けてドアを開けて、居間に足を踏み入れる。

「よっしゃあいくぞー」

 こちらを向いて椅子に腰掛けたミヤが、両手を口に添え、やる気に欠ける声を上げた。

「たいがあ、ふぁいやあ、さいばあ、ふぁいばあ、だいばあ、ばいばあ――じゃあじゃあ」

 彼女と俺達の間にあるテーブルには、ご飯茶碗が置かれている。

 ご飯茶碗には白飯が盛られ、その上に黒い粒粒としたものが乗っている。

「とまあ、MIXは打ち終わりました。お疲れ様っす、荻尾さん」

「それは……まいかか」

 まいかの死体は、部屋の隅に血まみれになって捨て置かれている。ステージ上の輝きが嘘のように、無残に変わり果てた姿。その身体は至るところが(えぐ)られており、俺が「それ」と云って指したのは白飯の上に乗った物体の方だ。

「分かります? 肉を細かく刻んで混ぜて、豆味噌で炒めたんすよ。ジャージャー麺ってご存知っすよね? だけどジャージャーは、ご飯に乗せたって美味しい――のか試します」

 MIXは、アイドルに捧げるカウントダウン。

 この事件は最初から、乱れ☆まいかの殺害を最終目標として進行していた。

「お前、〈悪魔のイケニエ〉か」

「そうっすよ」

「この回りくどい段取りは、俺達への挑戦だったのか」

「んー、それは組織の目的っすね。忘れました? うちは好きなことして、嫌いなことはしません。うち個人の目的が欠けてちゃあ、動かないわけっすよ」

 半笑いを貼り付かせて、指揮でもするかのように、手に持った箸を振る。

「たとえば、蟹とかスイカっすかね? 殻を剥いたり、種を取ったりするじゃないすか。あれが美味しさの秘密なんすよ。食べるのに、ちょっとした〈焦らし〉が必要なんす。行列に並ぶラーメン屋とか、厳しいマナーを守らないといけないディナーとか、全部そうなんすよ。人間は焦らすことで、食事を美味しくするんす」

 ミヤがべらべらと喋り続ける間に、亜愛も追いついてきた。俺の背後で、この部屋の惨状を目にした彼女はうめき声を洩らしている。

「このMIXは、うちにとって〈焦らし〉でした。うちニートなんで、仕事を頑張った後のご褒美とか、そういうモチベもないじゃないすか。すると食事がつらくなっていくんすよね。味気なくって。いやいや、久しぶりに頑張りましたよー今回は」

「だからってそんなもの――美味しいわけがないわ」

 亜愛が、心の底からの軽蔑をこめて云った。

 しかし人格破綻者には響くわけもない。

「そんなものなんて云ったら、まいかちゃんが可哀想っすよ。たくさんつくったんで、ご一緒にどうっすか? カニバリズム、興味あります?」

「余裕ぶっているけれど、分かっているの? 貴女は追い詰められているのよ」

「舐めないでくださいよ。こう見えてうち、IQ120越えなんす。ジャージャーはパックに詰めてあるんで、此処で食べなくてもいいんすよ」

 彼女は立ち上がると、隣の椅子に置いてあったリュックを背負う。そしてジャージのポケットから取り出したのは、黒光りする回転式拳銃だった。

「〈悪魔のイケニエ〉最高。この国で銃なんて持ったら最強っすよね」

 銃口を俺達に向けて、ニヤニヤと笑うミヤ。

「どうします? 得意の催眠なら通じませんよ。うちにも催眠術の心得がありますんでね」

「……そうか。それが一連の犯行のタネってわけだな」

 酒を飲ませたり、火を点けさせたり、首を吊らせたり。被害者と面識のあるミヤなら成功率はより高まるし、トランス状態が深ければ催眠誘導中の記憶を残さないことも可能だ。

「リーダーが催眠術に詳しいんすよ。てなわけで、どいてください」

「そうはいかない。これで俺達の勝ちとは思わないが、それはそれだからな」

 俺がシャツの胸ポケットに入れた携帯は通話中。

「右から順に、下に三つ、上に四つ、上に二つだ」

「はい?」

 それから、二秒かかったかどうかだ。ミヤの背後、窓ガラスが豪快に砕ける音が響く。カーテンを裂いて現れた義吟は床に手足をつけて着地すると、うさぎの耳のカチューシャを嵌めた頭を上げて、抑揚のない声で呟いた。

「――義吟、開きました」

 うなじのダイヤル錠を『060』に揃えさせたのだ。このためにアパート裏に待機させておいた。桁外れの身体能力を開放された彼女にとって、四階程度の高さはひと跳びである。

 ミヤが銃口を向けるよりも早く、義吟は跳び上がって回転蹴りを食らわせた。ミヤが壁まで吹っ飛ぶ。その手を離れた拳銃を空中でキャッチした義吟は着地と同時にターンを決めると、まいかの死体の隣に倒れたミヤに銃口を向けた。

「いったー……なんすかこれ。聞いてないんすけど……」

「じゃあお前は〈悪魔のイケニエ〉にとっては捨て駒だってことだ」

 咥内を切ったのか、口から血を垂らして床に伸びているミヤのもとへ、俺は歩いて行く。

「リーダーってのは、ここらの支部のリーダーか? そいつは誰だ」

「知らないっすねえ」

 義吟が撃鉄を起こす音。ミヤが「やっ」と両手を上げる。

「ほんと知らないんすよ。他のメンバーを経由してのやり取りだけで」

「じゃあ巻乃木真月はどうだ」

「そっちも全然。繋げてくれたのは先輩なんで、うちはよく知りません」

「先輩というのは?」

「ヨホロさんとコムラさんっすよ。双子の。こないだ通話したんすよね?」

 ヨホロとコムラ。ふざけた名前だ。本名ではないだろう。

「他のサバトのメンバーは、〈悪魔のイケニエ〉じゃないのか」

「違うっすね。サバトは単なるうちの道楽なんで」

「ユーナに仕切らせて、まいかに金を払わせたのもお前の指図だな?」

「便利っすよねえ。あの人はうちを愛しちゃってるんすよ」

 この()に及んで、まだニヤニヤと笑い続けるミヤ。

 所詮は末端の構成員。こいつからはもう、大した情報を引き出せそうにない。

「……お前、まいかが歌ってる姿を見たことあるか?」

「ないっすけど、それがどうしました?」

「いや――」

 どうしてそんなことを訊いたのか、自分でも分からなかった。

 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえる。此処に来る途中、通報しておいたものだ。

「うーっわ。ジャージャーがけご飯、まだ食べてないんすけど」

 嘆くミヤに、俺はひどく憂鬱な気分で応えた。

「ニートなんだろ? 働かざる者食うべからずだ」


    13


「うう……ううう……」

 ミヤの逮捕から二日後の朝八時、俺はキャンピングカーの床にぶっ倒れていた。

「ううううううう……」

 酒をしこたま飲んでべろんべろんに酔っぱらって、どうにか帰り着いたところだった。

「水う……水をくれえ……」

「ないわよ」

 頭上、亜愛が俺を冷ややかに見下ろしてくる。

「ないってことないだろ……」

「水がなければ便器を舐めればいいじゃない――ということわざがあるわ」

「ねえよ、そんな――わっ!」

 頬にいきなり冷たい感触。義吟が水のペットボトルをあててきたのだ。

「央くん、もうお酒は飲まないって云ってたじゃないですか~」

「そんなこと云ったか……?」

 まあ義吟と亜愛が相手の場合、俺は結構その場の思いつきで喋る(ふし)がある。

「お酒に逃げるなんて、弱い人がすることですよ~」

「まさに俺じゃないか。実は俺、すげえ弱いんだよ」

「知ってるわよ。弱くて馬鹿で情けない、どうしようもない、手の打ちようがない、だらしなくって嘆かわしい、愚の骨頂の体現者、お笑い種でアンポンタンで恥知らずで――」

「そこまでじゃねえ」

 亜愛は「ふっ……」と笑って、義吟の手からペットボトルを奪った。

「これが飲みたければ、二度と酒は飲まないと誓いなさい」

「亜愛ちゃん、それじゃあ困りますよ。来年は義吟たちに付き合ってもらいませんと」

「それもそうね。では私達が二十歳になるまで、禁酒しなさい」

「なんだお前ら……」

 しかし飲み過ぎたことに対する反省はある。俺は誓いを立て、顔面にばしゃばしゃと水を浴びせられた。浴びるんじゃなくて飲みたかったんだが。

 それからしばらく寝てしまい、目が覚めると夕方になっていた。

 頭痛がひどい。携帯を見ると〈ヘルメス〉にメッセージが届いている。

『お疲れ様です! 今日の夜って空いてますか?』

 頭痛が吹き飛んだ。

 俺が起きたのを見た義吟が「やっとお目覚めですか~」と声を掛けてくる。

「お腹空いちゃいました。夜ご飯食べに行きましょうよ」

「悪い。今夜も飲みに行くことになった」

「え~! もう飲まないって云ってたじゃないですか!」

「そんなこと云ったか……?」

 亜愛がすかさず「云ったわよ」と反応する。

「違うんだ。酒に逃げるんじゃなくて、これは酒に向かうんだよ」

「央くん、格好悪いです!」

「端的に表すと、クズって感じだわ」

 非難轟轟だった。

 だが、まんざら冗談ではないのだ。昨晩はひとりでヤケ酒だった。

 俺は自分で思っている以上に、まいかの死に打ちのめされていた。義吟は一日中泣いていたし、亜愛も落ち込んでいる様子だったが、実は俺が一番ひどかった。後悔と自責に(さいな)まれ、気分は落ち込む一方で、その挙句(あげく)に馬鹿な酒の飲み方をした。

 しかし今日は、酒なんてどうでもいい。

 (なまり)友餌(ともえさ)から誘いがきた。愛に生きると決めた、あの日に出逢った彼女から。





【A章:まいきゃん混ぜ混ぜ】終。

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