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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【短編版】二度目の人生では、お飾り王妃になりません!〜巻き戻った世界では素気なかった陛下が徐々に…?〜

作者: 清川和泉
掲載日:2022/04/28

ご覧いただき、ありがとうございます。

「廃妃セリスを極刑と処す」


 壇上で罪状を読み上げ冷ややかな視線を向ける裁判長の渇いた声は、以前は艶やかで見事なブロンドだったが、今は朽ちた濁った様な髪色の女性に向けられた。

 

 女性の瞳には力が無く、自身の運命を左右する言葉なのにも関わらず、実のところ彼女はその内容に殆ど関心を寄せていなかった。


 王室裁判裁所の審議室では、判官の他には数名の陪審員、女性側の弁護人しかおらず女性の親族は一人としていなかったが、唯一前夫である現国王アルベルトが冷静と言うよりかは冷酷と取れる瞳で始終国王用の来賓席で遠目で見渡していた。


(ああ、わたくしは極刑になってしまうのね……。陛下はいらしているのに、どうして私に情けをかけてくださらないのかしら……。わたくしは潔白ですのに……)


 女性はこのラン王国の第二十代国王アルベルト・エメ=フランツの元妃である。

 元と言うのはつまりところ今から半年程前に夫から離縁を言い渡され実際に離婚が成立したからで、彼女はその後直ぐに複数の罪により捕縛され留置所に送られている。

 そして本日は、その三ヶ月後に開かれ彼女の運命が決定した裁判の日であった。


 極刑判決が下された女性の名前はセリス。前王妃にして元公爵令嬢であったが、木の枝のように痩せ細り乾燥しきった肌を持ち合わせる現在の彼女は、かつての恵まれた容姿であった時とは天と地程の差がありとてもそのような身分の者だったとは思えなかった。


 だからセリスは、自分自身の人生に対して失望していたが、もう殆ど諦めていた。

 と言うのも、身に覚えが全く無い複数の罪で捕まり、その後およそ公爵令嬢や王妃時代に経験することのないだろう酷な仕打ちを受けた彼女は、身体だけではなく精神にも異常をきたし疲弊しきっていたからだ。


 だからか、その二ヶ月後にセリスは自分の死刑が決行される事実をどこか遠くの出来事のように取られいた。


 ──刑が執行される前日に、ある女性が面会に訪れるまでは。


「ふふ、惨めですわね。ですが、もうすぐ楽になれますわよ。そうそう、陛下のことはどうか安心して旅立ってくださいませ。前王妃が我が国の評判を貶めましたが、わたくしが誠心誠意お支え致しますので。ふふ、もちろん王妃としてね」


 今までどんなに看守に罵られても、どこか現実味の無い感覚がありこれは自分自身に起こっていることでは無いとまで思っていたが、彼女に辛い現実を突きつけられその身に強い衝撃を受けた。

 

 何よりも幼き頃から作法を叩き込まれたセリスには、そのその衝撃を受け止めるにはあまりにも弱々しく難しいことであった。

 反して、女性は艶やかな漆黒の黒髪に強い眼差しの黒い瞳でセリスを見下し嘲笑った。


「それではご機嫌よう。『お飾り王妃様』」


 面会室の重厚な扉がしまった後、セリスは我に帰った。


(嵌められた。わたくしはあの女に、わたくしの侍女だったあの女にとことん嵌められてしまったのだわ。どうして今までそれに気がつかなかったの⁉︎ わたくしはどこまでも無知で、……愚かなんでしょう……)


 思ったところでもう全てが遅かった。ことの真相を理解するのに遅すぎたのだ。


 葛藤のうち瞬く間に一日が経ち、刑執行日となった。

 それは公開処刑ではなく、非公開の狭く無機質な何もない個室で粛々と行われた。


 刑の執行人が、魔術薬の小瓶を椅子に座っているミアに手渡すと、恐る恐るその瓶のコルクを抜く。


「さあ、早く飲め。楽になれるから」

 

 返事はしたくも無いが、不本意ながら小さく頷き小瓶の中身を一気に飲み干した。


(ああ、わたくしは……もう一度人生をやり直せるのなら……)


 ぼんやりと意識が無くなっていくが、どこか身体の芯の部分で心が悲鳴を上げていた。


(もう二度と陛下を愛さない。愛してやるものですか。そして、カーラも絶対に許さない……)


 強く願うと、ペンダントから眩い光が溢れて周囲を照らしていく──


 ◇◇


 朦朧とした視界の先にドレッサーがあり、そのまま幾分の時身を固くしたが意を決してもう一度それに視線を戻す。

 すると、その鏡に写っているのは純白のウエディングドレスに身を包んで見目麗しき女性だったのだ。

 肌の艶や見事なブロンド。先程までの枯れ果てた姿とは一変していた。


「これは……わたくし? ま、まさか……」


 セリスは侍女のオリビアが同室に控えていることに気がつくと、直ぐに彼女に日付を聞いた。


「……今日は何日かしら」

「セリスお嬢様、本日は六月十六日ですよ」


 軽率に、こんな奇想天外な結論を出したくなかったが……。


「時が遡っている?」


 思わず呟いてしまったが、侍女のオリビアには聴こえていなかったようなので安堵した。


(先ほど、わたくしが毒薬を飲まされた日も六月十六日……。思わず遡っているなど思ってしまったけれど……)


 瞬く間に、胸の鼓動が早鐘のように打ちつける。


 意識が戻ってから、しばし頭に鈍い痛みとも言え無い重みが乗っているような感触がして違和感を覚えていたが、その感触は時と共に次第に晴れてきた。


 ドレッサーの前の椅子に腰掛けていたことに気が付き、重い身体を引きずって立ち上がり、室内を見渡してみる。

 木製の棚の上には天使が象られた彫刻由緒正しき調度品がいくつも置かれており、その全てに見覚えがあった。


(やはりここは婚儀の控え室……)


 確信を得ていると、一年前の今日の出来事が瞬間脳裏に過った。


(そうだわ。……確かこの後……、陛下がご挨拶に見えるのだったわ)


 思い至った瞬間、目前の扉からノックの音が低く響いたのだった。


 胸の鼓動の音が鳴り響き、動悸が襲ってくる。

 先日までは想い慕ってやまなかった存在が、自分の近くにいるかもしれないからだ。

 

 ──途端に、セリスの心中に冷たくて暗く、形容し難い負の感情が渦巻いてきた。


(……もし、これから会う男性が自分が知っている陛下であるのなら、正直なところもう会いしたくも話したくも無い)


 何故ならアルベルトは、獄中のセリスに面会に来ることも無く、こともあろうかカーラを選んだのだ。

 

 法廷の場ではそうだと認めたくなかったが、先日カーラが面会に訪れた際に、「わたくしが王妃として」と言っていた。そもそも、発言が全て記録される面会室において、悪戯に虚言を発するとも思えない。では、やはり認めたくなかったが、二人はあの時既に通じていた可能性が高いのだ。

 

 加えて万が一、アルベルトもカーラと共謀してセリスを陥れたのだとしたら……。セリスはそう思うと、間違ってもこちらからアルベルトに対して微笑むようなことは絶対にしないと心に決めたのだった。


 威圧的な姿勢でセリスの目前に立ち、見下ろしているであろうその男性を、意を決して見上げた。

 すると案の定、そこには正装である黒を基調とした複数の勲章が付けられた軍服を身につけた、アルベルトが立っていた。

 たちまち、電撃が走ったような衝撃と息苦しさが襲って来るが、何とか抑えこみ気丈を装い立ち上がって辞儀(カーテシー)をする。


「……国王陛下にご挨拶申し上げます。お忙しい中、こちらまで足をお運びいただき恐悦至極に存じます」


 何とか形式的な挨拶はしたものの、顔は引き攣っているし身体は恐ろしさから震えが止まらないでいた。

 

(カーラのことも勿論気がかりだけど、何よりもわたくしは陛下に一度見限られて見殺しにされているのだ。──これ以上失うものなど何があるのだろう)


 そうセリスは思うと、絶対にアルベルトに負けないと言う気持ちが湧き上がって来て、心が夜の海のように静かに落ち着きを取り戻していった。


(おもて)を上げよ」

「……はい」


 決して動作を早めず、だがそれでいて優雅さも兼ね添えることを忘れずに身体を起こしていく。

 アルベルトに対して絶対に微笑まず、隙を見せないようにと誓いながら視線を合わせた。


(ああ、凛とした姿勢、漆黒の艶のある御髪(おぐし)、強い生命力を感じるお姿。お変わりが無いようで安心したわ。……いいえ、もうわたくしが陛下の身を案じる理由など、どこにも無いのだ)


「あと半時で婚儀が始まる。式中の身の振り方は心得ているな」

「……はい。事前に何度も打ち合わせておりますので」

「ならばよい」


 アルベルトは、無表情とも無関心とも言える、普段セリスのみに向ける力の無い瞳でチラリと眺めると、目を大きく見開き動きを止めた。

 

(どうかなされたのかしら。滅多にわたくしに対して動じたり、感情を露にする方では無いのだけれど……)


「……今日は笑わないのだな」


(笑わない……。ええ、もちろん。真に必要に迫られた時のみだけ貴方様には微笑むことに致しましたので、必要もないのに微笑んであげるものですか。……詳細は今決めましたけれども。とは言え、本音をそのまま伝えてしまったら、不敬罪で捕らえかねないので……)


「はい。とても緊張をしているのです。どうか寛容な陛下におかれましては、ご承知いただければと存じます」

「……そうか」


 そうして一瞥すると、アルベルトは共に入室していた近衛騎士と退室して行った。

 どうにか、この溢れんばかりの黒い感情をアルベルトに対してぶつけずに済んだので安堵していると、今までセリスたちの様子を無言で見守っていたオリビアが青い顔をしていた。


「お嬢様。何故、陛下に対してあのようなぞんざいなご対応をなされたのですか? わたくし、心から背筋が凍りつくような思いを致しました」


 その声は真から震えている様で、何だかオリビアにはとても気の毒なことをしてしまったと思ったが、セリスは自分の判断が間違っているとは思わなかった。


「……本当に緊張しているのよ。それに陛下もこれから来賓や他貴族のご対応や牽制でお忙しいでしょうし、なるべくわたくしに構って神経をすり減らせて欲しくないの」

「け、牽制……。それに、神経をすり減らすなどと……」


 目を丸くするオリビアに対して、どう対応をするのが良いのかと考えあぐねていると、ふと目前のドレッサーの鏡に映る自分の姿が目に入った。──その目は鋭く全く笑っておらず、冷たい印象を受ける。

 だはセリスは、この目に悪い印象は持たず、むしろ好印象を抱いた。


(そうか、きっとこれが本来のわたくしの目なのだ。それこそ、一年前の誰にでも穏和な目を向けていた時のそれよりも気高いと思う。けれど、少し前まで穏和な笑顔を振り向いていた女性が、突然こんな表情をする様になったら周囲の人間は、大方オリビアの様に困惑をするのかもしれない。そうね、陛下に対しては絶対に譲れないけれど、それ以外の場面では弁えなくては)


 そう思案していると、介添人が入室して来たのだった。

 

 ◇◇


 それから、セリスは介添人に案内をされて侍女のオリビアや彼女の専属近衛騎士らと共に、婚儀が行われる礼拝堂へと足を踏み入れた。

 その控え室では既にアルベルトが待ち受けており、椅子に腰掛けたセリスを一瞥すると介添人に声をかけられ一足先に礼拝堂へと足を運んで行った。そして一分も経たないうちにセリスも声をかけられた。


「それではセリス様、ご入場をお願い致します」

「はい」

 

 セリスは頷くと立ち上がり、ゆっくりと礼拝堂へと歩みを進めた。

 足を踏み入れると、視界の先には真っ赤な絨毯が敷かれ、控えめに目線を上げてみると、聖母が描かれた見事なステンドガラスが目に入った。


(ああ、やはりこの光景にも見覚えがある。完膚なきまでに同じだわ。そして、絨毯の先には……)


 ドレスの裾を踏みつけて、転ぶなどと言う失態を両脇の席に座り傍観している各国からの主賓や我が国の貴族に見せることなど無きよう、白の薔薇のブーケを手に持ち、ゆっくりと一歩一歩を確実に踏み締めた。

 その際、セリスのベールの裾を、介添人がしっかりと握り歩みを合わせてくれている。

 加えて、前方を向き表情を崩さないよう心がけながら、胸の鼓動の高鳴りを何とか抑えた。


 そして、主祭壇の真下まで歩み進めるとゆっくり立ち止まり、既に背筋を正し立っているアルベルトに対し、自然な間をとって並んだ。


(正直なところ、以前と違って幸福感など全く無く、何故、陛下と婚儀など行わなければならないのかと言うドス黒い感情が沸き立って来る)

 

 けれど、表情に出したら婚儀が台無しになり、たとえ今が死後の世界なのか現実なのか判断がつかない状況とはいえ、軽はずみな行動をすることは出来ない、それは直感で悟った。


「我がラン王国国王、アルベルト・エメ=フランツ陛下。貴方様は今、バレ公爵家のご令嬢であられるセリス・バレ様を妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も、これを愛し敬い共に助け合いその命ある限り、真心を尽くすと誓いますか」

「はい、誓います」


 アルベルトのその低く響き渡る声は、戸惑うところは一切なく、神聖な礼拝堂中にまるで真冬の朝のような洗練さを連想させた。

 けれど、セリスの心の(もや)は深く、例え透明で清廉な声でも晴らせそうにない。


 ──嘘つき。あなたはわたくしを見限り、別の女性を選んだくせに……!


「バレ公爵家のご令嬢であられるセリス・バレ様。貴方様は今、我がラン王国国王、アルベルト・エメ=フランツ陛下を夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、……真心を尽くすと誓いますか」


 心臓が跳ねた。嘘を言いたくはない。……けれど、本心を口に出すにしては、今自分の置かれている状況が非常に不利なことは否めず、それは(はばか)られた。


「……誓います」 


 これまでは、張り詰めたような面持ちで誓約の言葉を読み上げていた神父の表情が少し和らぎ、主祭壇の上からリングピローを取り出した。


「それでは、両者指輪の交換をお願い致します」


 スッと、アルベルトがセリスの方を向いたので、彼女も自然にアルベルトの方を向くと、鼓動が再び高鳴っていく。

 

(先程お会いしたばかりなのに、恐らく、陛下がわたくしの目の前にいるということ自体が稀有(けう)なことなので慣れないから、このように身体に現れるのでしょうね)


 ゆっくり自身の左手の甲を差し出すと、陛下がその手を伸ばして、受け取っていた結婚指輪を左手の薬指に嵌めた。


(ああ、嵌められてしまった……)

 

 この結婚指輪は、控えめに細かな装飾が施されており、以前のセリスはとてもこの指輪が好きだった。なので、この指輪を嵌めてこんなにも心に暗雲が立ち込めることがあるとは、思いもよらなかったのだ。


 ともかく、この流れを断ち切るわけにもいかないので、セリスも結婚指輪を受け取ると、既に差し出されているアルベルトの大きな左手に両手で触れて、ゆっくりと薬指に嵌めていく。

 嵌め終わった後に何気なく顔を上げてみると、この礼拝堂で会ってから初めてアルベルトと視線があった。その目は普段通り無表情だと思いすぐに目を逸らそうとしたが、少しだけ和らいで見えたので、思わず目が離せなくなった。


「それでは、新郎様には新婦様のベールを上げていただけますようお願い申し上げます」


 その言葉を合図にアルベルトが近づき、セリスは反射的に膝を少し折り曲げて、ベールアップを行いやすいように姿勢を低めた。ただ、アルベルトは長身な方で、セリスは元々背丈が低い方なのであまり屈み過ぎないように注意を払う。

 アルベルトは両手でベールの裾を持ち、それをセリスの額まで上げた。


 視界がクリアになり、よりアルベルトの表情を読み取ることが出来るようになったが、既に普段通りの無表情に戻られていて眼光は鋭く、思わずぞくりと背中に冷たいものが過った。


(ああ、先程の柔らかい表情はきっと見誤りだったのだわ)


「それでは、誓いのキスを」


 冷や汗が止まらなかった。だが、確か以前は手の甲に口付けるのみだったから、今日もきっとそうだと思った。これが終われば、もうすぐ式自体も終わる。

 内心、式が終わった後のことを考えながら右手を差し出していると、不意にアルベルトの顔が近づいてきてその唇がセリスの額に優しく触れた。


 瞬間、今まで静かに見守っていた来賓客や貴族から感嘆の声が漏れる。


(何故、……今まで殆どわたくしに進んで触れようともしなかった陛下が、公衆の面前でこのようなことをされたのだろう。──何よりも、どうして前回と陛下の行動が変わってしまったのか)


 混乱しているセリスに気づいているのかは判断がつかないが、アルベルトはそっとセリスから離れるとそっと口角を上げた。つまり、微かに笑んだのだ。


 セリスは、その衝撃を受け止めるだけで精一杯で、何より背筋も凍りついたが何とか微笑み返した。だがその顔は引きつっていたのだろうとセリスは思った。


 アルベルトが微かに微笑んだと認識した矢先、彼はすぐさま主祭壇の方へ向きを直したので、セリスもアルベルトに続いて神父の方へ身体を向き直した。

 神父は小さく頷いて、今度は書類を差し出した。


「それでは、結婚誓約書にそれぞれサインをお願い致します」


 差し出された誓約書に腕を伸ばすと、フワリとペン立てから羽根ペンが浮き上がり、セリスの右手に収まった。

 これは羽ペン自体に、予め「浮遊魔術」がかけられた魔石が埋め込まれているためなのだが、この羽がまるで意思を持っているようでドキリとする。


 加えて、字を書くこと自体が久しぶりなので、おぼつかない手つきでペンを走らせ、何とか自分の名前を書き終えた。

 アルベルトの方をチラリと覗いてみると、既に書き終えたのか、誓約書を神父に手渡すところだった。


 ラン国では王族の婚姻も「クロノス教会」が管轄をし、教会が認めなければ婚姻を結ぶことが出来ない。そのため、この誓約書はセリスたちの婚姻に関する正式な提出書類となるのだ。


 ──もう、これで引き返すことは出来ない。


「私は、お二人の結婚が成立したことを宣言致します」


(ああ、とうとう宣言されてしまった……。いくら微かに笑まれたと言っても、陛下が陛下たることに変わりはなく、わたくしが陛下に心を開くことはこれからも無いわ)


 そう固く改めて決意をしながら、神父の穏和な表情を眺めていると、彼は再び小さく頷いた。


「それではこれから、たった今王妃となられたセリス王妃様の戴冠式を行わせていただきます」


 セリスは結婚と同時に王妃となったため、結婚式の後に戴冠式が執り行われることとなっていたのであった。別の日程で行う国もあるのだが、今回の場合はクロノス教会の強い意向で決定したのだ。


「それでは陛下」


 アルベルトは頷くと、神父からティアラを慎重に両手で受け取った。そして側で控えていた侍女が、セリスの足元付近にクッションを敷き、それを合図に反射的にセリスはその場で跪く。


「……そなたが、良き王妃であらんことを」

「ありがたき幸せにございます。王妃としての責務を全うしたく存じます」


 セリスがそっとわたくしの頭部にティアラを乗せると、幾つもの宝石が煌くそれはズシリとした重量を感じた。


(このティアラを、再び身につけることが出来る日が来るとは思わなかったわ)


 この重さを、今度は忘れないようにしようという想いが漠然と湧き上がった。

 そして、たちまち参列者から拍手が起こり、礼拝堂中にその音が響いた。


 ──王妃としての責務……。


(過去のわたくしは、王妃として責務を真っ当することが出来ていたのだろうか……。何より、これから陛下にはぞんざいに扱われ、カーラには貶められる未来が待っているのだ。王妃としての務めを真っ当して生きるには、その未来とも対峙していかなければならない)


 絶対に同じ轍は踏まない。セリスはそう決意をしながら、差し出されたアルベルトの腕にゆっくりと自分の腕を絡ませ、今度は二人で赤い絨毯の上をゆっくりと歩いて行く。


(再び緊張して来たわ……)


 不本意ながら、腕をアルベルトの腕に絡みつかせていること自体に嫌悪感が怒涛の勢いで襲って来て、心臓が持ちそうに無い。

 早くアルベルトから離れてしまいたいけれど、出入口の扉までの距離が先程よりもとても長く感じられて、当分離れることは難しそうだった。


 心の中で、「陛下の足でも踏んづけてやろうかしら」と、半ば自棄になりそうになりながら歩いていると、突然冷たい刺すような視線を前方から感じた。


 思わず身体が硬直し、立ち止まりそうになるが、それをしてしまえば式自体が台無しになる可能性があるから、すんでのところで堪えた。


(この不愉快な感覚は……そうだわ。今受けている視線や感覚は、つい先日のあの気配と同一のものに違いない。だとすると視線の先の前方、右手側に……)


 セリスはそう思い咄嗟に確認をすると、案の定その先に座っていた。

 蒼色が基調のプリンセスドレスを身につけた、漆黒の黒髪の女性──カーラが鋭い目つきでこちらを凝視している。


 思わず心が叫び出したくなり、目を逸らした。カーラに対して、嫌悪感よりもまず恐怖心が湧き上がってくる。

 恐い、悍ましい、今すぐここから逃げ出したい。──面会室で目の当たりにしたあの邪悪な笑顔。それが過ると心が折れてこの場で(うずくま)りたくなり、……いつの間にか歩みを止めてしまっていた。


 歩みを止めてしまった後、自分が大変な過失をおかしてしまったことに気がつき、瞬く間に血の気が引いていく。

 思わずカーラと目が合うと、目を見開き口角を上げていた。


 頭が真っ白になり、身体が小刻みに震えて来る。

 周囲の参列者たちは思わず息を呑み、辛うじてまだ反応は無いけれど、このままでいれば会場内が騒つくのも時間の問題だと思われる。……どうすれば……。


「あと僅かだ。呼吸を整えて、私が三つ数えたら再び歩き出すぞ」


 アルベルトは、そっとセリスにだけに聞こえるように囁いた。

 頭にまだ鈍い感覚が残るが、どうにか頷き深呼吸をすると、視線は変わらずアルベルトは扉の方を向いたまま小さな声で三つ数え始める。


「……三、二、一」


 その声を合図に、セリスたちは再び歩き出した。先程よりも心なしか速度が落ちているように感じ、今のセリスにはとてもありがたかった。


 加えて深呼吸をしたからか、カーラから感じる邪悪な気配のことは気にならなくなり、どうにか扉の前まで辿り着き、両扉が開くと礼拝堂の外へと出ることが出来た。

 無事に室外に出れたので安堵をしたが、自分のしでかしてしまったことが過ぎると、すぐさまアルベルトに対して向き直し頭を下げる。


「大変申し訳ございませんでした」


(わたくしは陛下に対して侮蔑の目を向けるばかりで、陛下の機転がなければ自分の過失で婚儀を台無しにしてしまうところだったのだ……。自分自身が不甲斐なく、心底情けない)


「周囲に決して一分の隙も見せるな。我々を狙っている者が、いつ何処にいるのか分からないのだからな」


 その言葉はセリスの胸の深いところに染み渡った。

 

(ああ、陛下は常に周囲に敵が潜んでいると想定し動いているのね。それでは気が休まる時はあるのだろうか……)


「はい、承知致しました。今回のことを強く肝に銘じて、慎重に行動をしていきたいと思います」

「……ならば良い」


 アルベルトは、頭を下げたままでいるセリスからそっと離れて、顔を上げるようにと言った。


「これから各国の要人を迎えなければならないが、……大事ないか」

「はい。陛下のお力添えをいただきましたので、落ち着いて参りました」

「……そうか」


 アルベルトは背を向け、そのまま五名の近衛騎士らと廊下を進んで行った。あちらの方向はアルベルトの控え室があるので、おそらく準備の為に戻ったのだろう。


 セリスも既に廊下に控えていたオリビアや他の侍女、加えて近衛騎士らと共に先ほどの道を通って控え室へと戻った。

 控え室に戻ると、今度はお披露目の準備を行うために前もって三名の王妃専属侍女が既に準備を済ませて待機をしていた。


「王妃殿下。本日はご結婚及び、ご即位おめでとうございます。それでは、僭越ながら、これからお披露目に向けてのご準備をさせていただきとうございます」

「ありがとう。それではよろしく頼みますね」

「かしこまりました」


 上等なお仕着せを身につけた侍女頭のティアが、セリス対して恭しく辞儀をした後、セリスを姿見の前に立つよう促した。

 ドレッサーの前に置かれた長椅子に腰掛けると、すぐさまティアが化粧を直す為に化粧用のコットンで肌を軽く拭き取ると、パフで粉をのせはじねる。


「先程まで、こちらで魔宝鏡(まほうきょう)で式の様子を拝見しておりましたが、とても素敵な式でした。わたくし、お二人のお姿に始終目が離せませんでしたが、特に誓いのキスの際は、ロマンティックで思わず感嘆の声を漏らしてしまいました」


 ティアは本心からそう思っているらしく、輝く瞳で揚々と先程の感想を教えてくれた。

 補足をすると魔宝鏡と言うのは、鏡に特殊な魔術をかけた石を装着し、同様の魔石を加えた撮影機で撮影した映像を映し出す「魔宝具(まほうぐ)」の一つで、便利な道具だが、魔宝鏡に使用する魔石は純度の高い貴重な物なので、そのためあまり一般に普及しておらず、それは今後の課題でもあるのだ。


「……それは何よりです」


 他に返す言葉が浮かばないのもあったが、あの時のセリスは何故アルベルトがあんなことをするのか理解が出来ず、嫌悪感を抱いたのだった。

 

(それはいくら何でも、申し訳が無かったかしら……)


 加えてアルベルトは、先程礼拝堂でセリスに対して配慮をし、頼もしい助言と共に失墜を犯したセリスを責めたりはしなかった。

 思わず胸が温かくなって来たがすぐ様、ズンと黒く深い感情が渦巻いて来る。


(わたくしに極刑の判決が下ったあの日、陛下は何の温情も抱かれなかった。それにわたくしを陥れたであろうカーラと繋がっていたのだわ!)


 今の時点で、どこまでカーラがアルベルトに近づいているかは分からない。けれど、これだけは確信できる。あの二人に心を許しては駄目だ。信用してはならない。セリスは直感的にそう思った。


(そもそも、わたくしが先程カーラに邪悪な視線を投げかけられたのは、陛下の妻となったことでカーラに嫉妬をされたからなのでは。元より先程の件自体、陛下が原因で起こったことなのだから、陛下に対して恩を感じることは無いのだ)


 セリスはそう強く念じ、少々湧いていたアルベルトへの感謝の想いをかき消すことにしたのだった。


 ◇◇


 化粧直しが終わり、ティアがそっと離れると丁度扉の外からノックの音が響いた。


「王妃殿下。そろそろお時間でございます」

 

 再度意思を固めたから、この後陛下とお会いしてももう陛下に情が移ることはない。

 民衆の前に出ることが久方なのもあり緊張するけれど、王妃として初めて公の場に出るのだもの。

 何よりも、民の顔をしっかりと見ておかなければ、きっと「王妃としての責務」を本当の意味で真っ当することが出来ないのではと、直感が過った。


「承知しました。そろそろ参りましょう」

「かしこまりました」


 ティアや、他の二名の侍女たちが恭しく辞儀をするのを合図に、わたくしはスッと立ち上がり、介添人がベールを手に持ったの確認すると、ゆっくりと歩いて開かれた扉から再び室外へと出た。


 室外には既に三名の近衛騎士が待ち受けており、共に王宮のバルコニーへと向かった。

 これから行うお披露目には、確か観覧を希望し抽選で選ばれた王都民が招待されていた筈ね。

 ……鼓動が高鳴って来た。とても緊張する。何しろわたくしの意識では、自分はつい先程まで閉鎖的な牢獄に見窄らしい姿で生きていた存在なのだ。このような公の場に今更ながら出て行っても良いものなのか……。


「万が一の事態に備えて、バルコニーには魔宝具での結界も張ってはありますが、私共も常に隙が無いように待機をする様に心がけますので」

「……頼もしいですね。よろしく頼みます」

「御意」


 隙が無いように……。先程陛下も同じことを仰っていたけれど、その御心は見習って、常に細心の注意を払って行動しなければ。


 ◇◇


 バルコニーの手前の廊下まで到着すると、既にアルベルトは到着しており、セリスに気が付くと姿勢を正したまま視線を逸らさずセリスを眺めた。


「そなた、体調はどうなのだ。顔色が優れないようだし、披露目の時間を短縮することも可能だが」

「……お心遣いをありがとうございます。ただ、本日はとても体調は良いのです。どうか、国民と接する数少ない機会ですので、変わりなく参加をさせていただきたいと思います」

「そうか、承知した。何かあったらすぐに近くの者に伝えるように」

「はい。ありがとうございます」

 

 そう言って、背を向けバルコニーの方へと向かって行った。


(陛下がわたくしを気遣ってくれた……? 今回の言葉だけでは無く、先程から心なしかわたくしを気遣ってくれているように感じるけれど、……思い違い、よね。そうだ、あの陛下がわたくしを気遣われるわけが無いのだ。予てから陛下は、わたくしがどんなに具合を悪くしても気に留めることは無かったのだから)


 セリスはそう思い直すと小さく息を吐き出した。


「本日は、誠におめでとうございます」

「王太后様」


 アルベルトの母のソフィーが優雅な仕草でセリスの前まで歩み寄った。

 銀色のスレンダードレスがとても良く似合っていて、美しい銀髪と藍色の瞳がより映え、穏和な表情にその人柄が現れている。

 ソフィーは先代の国王の王妃であり、長年に渡り国母と民から慕われている。一年程前に前国王が崩御し、当時王太子だったアルベルトが即位をしたのでその際にソフィーは王太后の位に就いたのだが、今でも王太后を慕っている民は多い。


「ありがとうございます。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


 先程の婚儀の席にも当然参列しており、挨拶をする時間はなく歯痒い思いをしたが、こうしてご挨拶が出来て本当に良かったとセリスは思った。


「義姉上。本日はおめでとうございます」

「……レオニール殿下。ありがとうございます。お心遣いに痛み入ります」

「いやいや、今日から王妃となられたのですから、僕に敬称は不要ですよ」

「いいえ、そうはいきませんわ。……これからも、殿下と呼ばせていただきますね」

「殿下か。何だかむず痒いな」


 無邪気に笑ったレオニールは気さくな男性で、ソフィーと同様の銀髪に涼しげな目元が印象的だ。

 年齢は二十二歳で、現在十八歳の年下のセリスにも普段から気さくに話しかけてくれたのだ。補足をするとアルベルトは二十五歳である。

 普段から無表情で何を考えているのか読みづらいアルベルトとは違い、レオニールは幼き頃からセリスと良く一緒に遊んだものだった。


(王太后様とレオニール殿下がいらしてくれたから、わたくしの王妃生活は決して寂しいばかりでは無かった。……ただ、お二方ともお立場があるからか、獄中のわたくしには直接面会には来られなかったけれど、王太后様からは一度励ましのお手紙をいただいたわ。あのお手紙が、どれだけ心の支えになったか……)


「それでは、お時間になりましたので、国民へのお披露目を始めたいと思います」


 侍従が声をかけると、前もって近衛騎士がバルコニーへ出て警備に当たっているので、セリスはその中央へゆっくりと歩みを進めた。



 ワアアアアアアアアアアアア


 

 セリスとアルベルトが外へ足を踏み出した途端、これまで固唾を呑んで待っていたであろう民達が一斉に歓声を上げた。


(……ああ、懐かしい……。目前には、我が国の民が中央に蘭の花が象られた国旗を思い思いに降っている。皆わたくし達の結婚を、わたくしの即位を祝ってくれているのね。……以前はどこか当然のように思っていたけれど、今では知っている。これがどれ程特別なことなのか)


 思わず涙が溢れそうになったが必死に抑えた。今涙を流してはいけない。先程のアルベルトの言葉のように、人に対して隙を見せてはいけないのだ。


「国王陛下、王妃殿下ご結婚おめでとうございます‼︎」

「ラン王国に永遠の栄光あれ‼︎」

「本日は本当にめでたい! 生きていて良かった!」


 ……けれど、やはり民の姿を間近に見ると、感極まって再び涙が溢れそうになる。……気丈であらねば。


 若い夫婦に子供たち、老夫婦に働き盛りの男性……。様々な民を目に焼き付けていく。


 それから、民に向かって笑みを浮かべ手を振っていると、ふと視線を感じた。思わずその視線を辿ってみるとアルベルトがセリスを凝視していた。


(どうしたのかしら……)


「あの、どうか致しましたか?」


 あんまりみるものだから、思わず訊いてしまった。


「……いや、そなたが民を熱き眼差しでみていると思ってな」

「はい。わたくし達が守るべき大切な、愛しき民ですから」

「……そうだな」


 アルベルトは小さく頷くと、少しだけセリスの方に寄って、まるで民たちの顔を眼に刻みつけるようにしばらく眺め続けたのだった。

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