008 騒然とする葛木家
深夜。多くの人々が寝静まったその時間に、葛木宗家の屋敷は騒然としていた。
怒号が飛び交い、黒装束を纏った術者たちが慌ただしく往来する。その様子を宗主である龍玄は、自室の障子戸を開いて眺めていた。
目撃者の報告によるとこうだ。
敷地内に捕えていた妖魔が暴れ、牢を破壊し見張りをしていた術者二名を殺害。さらに最悪なことに、息子である葛木修吾がその妖魔を連れて脱走したらしい。
「修吾……早まった真似をしてくれたものだ」
額を押さえて溜息をつく。僅かにずれた眼鏡を直したところで、部屋に二人の男女が無遠慮に侵入してきた。
「だからオレぁ言ったんだ、宗主様よぉ。妖魔を連れ帰るなんてあり得ねぇって」
男は分家『宇藤山』の嫡男――宇藤山京司だった。額に青筋を浮かべた彼は、今回の事件に相当苛立っている様子だ。
「だるいけど、これで確定しました。しゅーやんはあの雪女に〝魅了〟されてるようです」
もう一人の少女は分家『廿楽』の長女――廿楽希だ。こちらは京司ほど今回の事件に思うところはないようだが、事態の重さは理解している。
「京司、お前が怒るのも無理はない」
「ああ、そうだ。殺されたのは宇藤山門下の奴らだった。この失態の落とし前、どぉーつけてくれんだ? あぁ?」
京司は今にも宗主の胸倉を掴みかかりそうな勢いだったが、流石に自制心が働いたようで踏み止まっている。下手な指示を出してしまえば、この状況でさらに彼ら宇藤山家までも敵に回すことになりそうだ。
龍玄は少しの間だけ逡巡し、そして決断する。
「氷の街の調査から手を引くわけにはいかぬ。よって、それ以外の葛木家総力を持って修吾と妖魔を捜せ。妖魔は滅殺。修吾は……どのような手段を使っても構わない。捕えて私の前に連れて来い」
「その言葉、覆すんじゃねぇぞ」
「はぁ、マジだるいことしてくれたもんだし」
京司と希は踵を返すと、それぞれ士気の高低差はあれど部屋を飛び出し捜索を開始した。入れ替わりに娘の香雅里は部屋にやってくる。
「父様、私も出ます。許可を」
真剣な表情でそう告げる香雅里に、龍玄は困ったように眼鏡のブリッジを押さえる。
「香雅里、しかし……」
この任務の危険度は高い。正直、腕はあってもまだ実戦経験の浅い香雅里を加えることに龍玄は抵抗があった。
「父様は『総力』と仰いました。ならば私を含めないのは道理ではありません」
彼女は、本気だ。
「修吾と戦うことになるやもしれぬぞ?」
「それでも、兄様は必ず私が連れ戻します!」
敬愛する兄だからこそ、刃を向けてでも目を覚まさせる。香雅里の眼にはそんな強い意思が宿っていた。
「……わかった。ならばこれを使うがよい。修練用の刀では戦いにもならん」
折れることにした龍玄は、神棚に飾っていた一振りの日本刀を香雅里に渡した。それは修吾の持つ刀と対を成す葛木家の宝剣だ。
「ありがとうございます!」
そのことを知っている香雅里は一瞬だけ目を見開き、そしてすぐに深々と頭を下げて部屋を飛び出していった。




