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006 葛木家

 葛木宗家は『氷の街』から山を三つ越えた先の城下町――蒼谷市の片隅に居を構えている。

 見上げるほど巨大な門扉をくぐり、丁寧に手入れされた庭園を抜けると、その奥に荘厳な日本屋敷が見えてくる。修吾が生まれ育った家だが、今日ばかりはその慣れ親しんだ空気がピリピリと張り詰めているように感じた。

 強大な妖魔を敷地内に招くなど、葛木家にとっては前代未聞の異常事態だからだ。分家や傘下の術者たちも招集した厳戒態勢を敷いている。今は宗主の龍玄が先頭を歩いているため絡んで来ないが、その牽制がなくなるとどうなるかわからない。


「……あまり歓迎されていないようね。まあ、仕方のないことだけれど」


 周囲からの敵意を隠そうともしない視線に晒されながら、六華は諦めたように溜息をついた。


「悪いね。でも今だけだから。それより、なにか思い出せそうかい?」

「……そうね。もう封印前の時代とはなにもかもが様変わりしていることしかわからないわ。鉄の箱が走ったり、石の建物が空高く聳えていたり、驚きの連続よ」


 氷の街から蒼谷市までは車で数十分の距離だ。その間に見たものだけでも充分に驚愕だっただろうが、落ち着いた性格の彼女が取り立てて騒ぐようなことはなかった。


「ハハハ、見るもの全てに感動できるなんて羨ましいよ」

「これを羨ましいだなんて、修吾は変わっているわ」

「そうかな?」


 確かに普通は不安の方が大きいかもしれない。だが、それで気落ちするくらいなら前向きに考えた方がいいと修吾は思う。


「あまり気安く兄様に話しかけないで、雪女」


 と、香雅里が修吾と六華の間を裂くように割って入ってきた。修吾を守るように手を広げて睨んでくる香雅里に、六華は心なしかムッと眉根を上げる。


「なぜ? 私は修吾の恋人よ。あなたに命令される筋合いはないわ」

「こいびっ……やっぱりこの妖魔は滅ぼすべきです兄様!?」


 顔を赤くして六華を指差し訴える香雅里。当の六華はどこ吹く風と気にしていない様子で受け流している。


「うん、二人はもう仲良くなったんだね」

「なってませんが!?」

「……修吾の妹だもの。当然仲良くするわ」

「兄様この女は嘘つきです!?」

「私にも敬語を使ってくれてもいいのよ? あなたの義理の姉になるのだから」

「なって堪るかぁあッ!? 今すぐ滅ぼすわよ!?」


 喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだ。六華はともかく香雅里は敵意剥き出しに見えるが、それは京司が修吾に対する態度と同じようなものだろうと思っている。

 龍玄が廊下のT字路で立ち止まり、修吾たちを振り返った。


「修吾と香雅里は私と共に来なさい。妖魔の娘、お前は向こうだ」


 龍玄が指を差した先には、葛木傘下の術者が二人ほど緊張した面持ちで立っていた。


「……」


 六華は黙って従うと、術者に連行される形で廊下の向こうへと消えてしまう。あちらは客間ではなかったはずだ。


「父様、向こうは確か」

「彼女には地下牢に入っていてもらう」

「なっ!?」


 聞くや、修吾はすぐに彼女が去った方へ走ろうとする。だが、父に肩を掴まれて無理やり止められてしまった。


「待ちなさい。いくら敵意がないと言っても、彼女は妖魔だ。客間に通すわけにはいかん。せめて幽閉し、監視しなければ他の者も納得すまい」

「そうかもしれませんが、彼女が安全だと説明すれば」

「その説明をこれから行うのだ。既に広間には分家の長たちが集まっている。私も含め、全員を納得させることができれば彼女を開放すると約束しよう」


 修吾は父親の顔を、目を見詰める。深く強い意思の宿った黒い瞳に淀みはない。修吾がきちんと皆を説得できればこの問題は解決する。六華には少し我慢してもらうことになるが、それは承知の上で彼女は修吾から離れたのだろう。


「……わかりました」


 ここは大人しく父の言うことに従うべきだと判断し、修吾は広間へと心持ち急いだ。

 そこには六人の老人が長机を囲むようにして座っていた。広間へと入った修吾たちを厳しい眼光で睨みつける彼らは、葛木に存在する六つの分家の長たちである。


 宇藤山(うとやま)家・廿楽(つづら)家・猿無(さるなし)家・円堂(えんどう)家・(まぐさ)家・萩原(はぎわら)家。彼らはそれぞれで得意な術式が異なり、連携することも多いためその繋がりは強い。こうして宗家の広間を使って会議をすることも珍しい光景ではなかった。

 一堂に会した分家の長たちは、全員が龍玄よりも老齢な人物である。宗主の龍玄がまだ若い理由は、先代の宗主――修吾の祖父が「世界を見て回るんじゃ」とか言って早々に引退して祖母と共に旅立ってしまったせいだ。


「待たせて済まない。では修吾、此度の件を説明しなさい」

「はい」


 錚々たる面々を前に、修吾は氷の街で起きたことを包み隠さず話した。六華から得られた情報も全て伝え、彼女が葛木の敵ではないことを懸命に説いた。


「なるほど、確かにそのような伝承が残っていることは事実である」


 上座に腰かけて修吾の話を黙って聞いていた龍玄は、ひとまず冷静に事実を事実として呑み込んだ様子だった。

 宗主が口火を切ったことで分家の老人たちも口々に言葉を発し始める。


「伝承が事実だとして、その妖魔が土地神というのは本当か?」

「相手は妖魔じゃ。嘘をついておるに違いあるまい」

「仮に本当でも妖魔を信用するわけにはいかん」

「ふん、いつ我々に牙を剥くかわかったものではないわ」

「情報を引き出してから滅殺処分が妥当じゃろう」

「それよりも葛木の者が妖魔と契約したことの方が問題ではないかの?」


 どうやら事実をありのまま伝えただけでは足りなかったようだ。妖魔である六華が人間に牙を剥くかもしれない。彼らが不安に思っているのはその点だ。

 だったら――


「彼女は危険な存在ではありません。彼女も雹仙修羅を追っていて葛木にも協力的です。よって僕も自分の意思で最善と思い契約を行いました」


 その不安を払拭することができれば、六華の存在を認めてもらえるはずである。


「それが虚言かもしれぬと危惧しておるのだ」

「〈因明眼〉では言葉の真偽までは見抜けぬからのう」

「だいたい妖魔と協力なぞできるはずなかろう」

「ふん、その雹仙修羅とやらの仲間ではないのか?」

「事情なぞ関係あるまい。妖魔は滅ぼす。これ以外あり得ぬじゃろう」

「修吾殿、まだ若いお主にはわからぬかもしれんが……妖魔は、裏切るぞ」


 分家の長たちは難色を示し続ける。身内ながらここまで頭が固いとは思わなかった。そもそも葛木家の妖魔=悪だという考え方が最大の壁となっている。これは思ったより手強そうだ。


「前から疑問だったのですが、どうして葛木はそこまで執拗に妖魔を嫌っているのですか?」

「好悪の問題ではないな。何度も教えたはずだ。妖魔とは人の敵。故に必滅とすることを我々は選んだのだ」


 答えたのは龍玄だった。無論、修吾も教わったことを忘れたわけではない。昔はそういうものだと深く考えず流していたが、今は反論しなければならない。


「それでは僕が納得できません。極端すぎるでしょう。妖魔にも意思がある。彼女のように人に好意的な妖魔だっているのですから」


 知りたいのはもっと根本的なことだ。葛木家が全ての妖魔を敵と看做すようになった理由を、修吾は教わっていない。


「彼女が真に土地神であれば一考の余地はあろうが、そうではあるまい」

「どういうことですか?」


 腕を組んで瞑目する龍玄に修吾は困惑する。彼はその真偽の答えに辿り着いているようだ。


「簡単な話だ。彼女が土地神であるならば、なぜ縛られているはずの土地からこの蒼谷の地に移動することができた?」

「――ッ!?」


 失念していた。土地神は文字通りその土地の神様だ。地縛霊と同じで、基本的に離れることができない。唯一、神無月の一定期間だけその縛りが弱まるくらいだ。


「土地神だったとしても既にその役目は失われている。アレはただの妖魔だ」


 龍玄は修吾から話を聞くためだけでなく、それを確認するために六華を宗家へと連れて来たのだろう。

 だが、土地神だという説得材料を失ったとしても諦めるわけにはいかない。少しアプローチを変えてみることにする。


「六華が信じられないなら、僕を信じてくれませんか? 彼女の協力があれば必ず事態を解決できます。葛木の掟に縛られすぎては成せるものも成せません。みんなが一歩ずつでいいから歩み寄れば、妖魔とだって良好な関係を築けるはずです」


 六華ではなく、葛木家次期宗主で信頼の厚い修吾なら――と思ったが、事はそう簡単にはいかないようだった。


「悪いが、修吾くんや。君の言葉には根拠が見えないのだ」

「君のことは信頼できるが、信じて後ろから刺されては敵わぬ」

「妖魔の力など借りぬ。我々だけで充分であろう」

「ふん、わざわざそのようなリスクを背負う必要はない」

「協力させた後で滅する、という話じゃったら構わんよ」

「お主が契約までしてしまったことはやはり早計にしか思えんの」


 どうやら六華との契約が修吾の信用を落としてしまったらしい。


「無駄ですよ、兄様。この保守的な人たちを言葉だけで納得させることなんてできません」


 今まで黙っていた香雅里が溜息混じりに呟いた。


「香雅里は認めてくれるのかい?」

「私もあんな女なんて認めません! というか今の兄様はあの女に〝魅了〟されて『言わされている』可能性だってあるんです!」


 それはつまり、修吾がこの場でなにを言っても無駄だということだ。〝魅了〟されていないことの証明も難しい。それは雪女という種族の特性であって、術式でもなんでもないのだから。

 なにか他に手は?

 説得の材料か方法か。なにか必ずあるはずだ。


「ふむ、このまま話を続けても平行線。話し合いは一旦お開きとしよう」


 パン! と短く柏手を打った龍玄が全員の注目を集めた。


「修吾、お前は一度頭を冷やした方がいい」

「僕は冷静ですよ、父様」

「ならばその冷静な頭でもっとよく考えてみることだ。お前はやがて葛木宗主となる者。それを踏まえた上で己の選択の正否を吟味するがよい。それまで妖魔の娘との面会は禁ずる」


 これは……修吾に六華から距離を取らせ、時間を置くことで〝魅了〟されていないかどうかを証明させるつもりだ。龍玄の意図を汲み取った修吾は素直に従うことにする。他に方法が思いつかないのだから仕方ない。


「了解しました。ですが最後に父様の、現葛木宗主様の考えを聞かせてください」

「私は――」


 龍玄は天井を仰ぐと、なにかを思い出すように目を閉じ、そして口を開く。


「如何なる妖魔であっても、この世界に顕れたのならば滅ぼすべきである」


 それは間違いなく、葛木家宗主としての正しい考え方だった。


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