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005 裏切りの烙印

 六華の力は非常に便利だった。

 氷で階段を生成すれば深い谷底からでも簡単に登ることができたのだ。天井は分厚い氷で塞がれていたが、そこは修吾の〈虚ノ太刀・鴉燬眼〉で斬り溶かして脱出する。

 彼女が転ばないよう手を取って氷上を歩き、山麓の森を抜けて街へ戻ると――


 周囲を黒装束の集団に取り囲まれた。


「ああ、みんな来ていたんだね。丁度よかったよ」


 顔見知りの出迎えに修吾は安堵する。彼ら全員が葛木家傘下の術者だったからだ。それぞれの派閥で部隊を形成しているが、宗家の人間である修吾が総括的なリーダーを務めている。

 だが、いくら修吾がリーダーと言えど妖魔と一緒にいる理由を説明しないわけにはいかない。さてどう説明しようかと悩んでいると、宇藤山京司(うとやまきょうじ)廿楽希(つづらのぞみ)が修吾を睨んできた。


「やべぇ気配が現れたかと思えば、なにしてんだ修吾てめぇ?」

「妖魔と戦ってたみたいだけど、お手々繋いじゃってずいぶんと仲良さそうだし」


 正確には、修吾と手を繋いでいる白銀の髪をした着物の少女――六華を見ている。他の術者たちもざわついている様子だ。

 皆が考えていることには察しがつく。修吾が最初に思ったことと同じだろう。


「警戒しなくても大丈夫だよ。彼女は強力な妖魔だけれど、今回の事件の犯人とは別だ。僕らに協力してくれる味方だよ」

「あぁ? 気でも狂ったか、修吾? 犯人だろうがそうじゃなかろうが関係ねぇ! 妖魔の時点でオレらの敵だろうがぁ!」

「そこはきょーやんに同意かな。だるいけど、危険な妖魔を滅ぼすことがウチらの仕事だし」


 京司が戦斧を、希が薙刀を構える。他の術者たちもそれぞれの武器や護符を取り出して戦闘態勢を取り始めてしまった。


「……聞く耳がないわね。こういう連中は力で黙らせた方がいいのかしら?」

「ハハハ、今の彼らは犯人が見つからなくてピリピリしているからね。もう少し話せば納得してくれるよ」

「そんな楽観的に事が運ぶとは思えないけれど、修吾が言うなら手は出さないわ」


 六華は肩を竦めて一歩下がった。修吾はそれを認めると、改めて仲間たちに向かって言葉を紡ぐ。


「京司、希、それにみんなも。落ち着いて聞いてほしい。街を凍らせたのは『雹仙修羅』と呼ばれる妖魔だ。そして、彼女はかつて雹仙修羅を封じるために協力してくれた土地神だよ。僕の『眼』でも確認したから間違いない」


 修吾の〈因明眼〉は葛木家の者なら誰もが知っている。六華が土地神だという因果的証明はまだできていないが、少なくとも街を凍らせた犯人でないことは確定した。それを信じてもらえさえすれば、修吾の時のように六華が敵意を示さない限り戦闘は回避できるはずだ。

 そう思っていた。いや、信じていた。

 だが――


「だっる。しゅーやんが言うんなら本当かもだけどさー。だからなにって感じ」

「言ったろぉ。そういう問題じゃねぇ。葛木の妖魔必滅は絶対だ!」


 希も、京司も、他の術者たちも、誰一人として殺意を収めなかった。


「そいつはオレが滅する。希、手ぇ出すんじゃねえぞ」

「そうできるんなら楽だけど、アレ強いよ。きょーやん一人じゃきつそうだし」


 戦斧や薙刀の刃に梵字の印が浮き上がる。剣や斧や槍といった武器に陰陽道の術式を合わせた白兵戦。それが葛木家全体で得意としている戦術だ。


「ほら、やっぱり戦うしかないわね」

「困ったな。僕がなんとかする。六華は下がっていてくれ」


 ここで六華を戦わせてしまってはきっと取り返しがつかなくなる。完全に敵だと認識されてしまう。それでは意味がない。

 先陣を切って突撃してきた京司が六華を狙って大上段から戦斧を叩きつける。庇うように割って入った修吾は刀を横に構えてその一撃を受け止めた。

 重い。衝撃が体を抜け、ドゴン! と修吾の足下の地面を陥没させる。


「……なんの真似だ?」

「彼女は殺させない。武器を収めてくれないか、京司」

「マジで言ってんのかてめぇ?」


 信じられないものを見たように瞠目する京司。無論、修吾は本気だ。六華を守る意思に嘘も偽りもない。


「その指輪……きょーやん! たぶんしゅーやんは契約させられてる! そいつは雪女の妖魔だからきっと〝魅了〟されたんだ!」

「チッ、そういうことかよ。宗家の跡取りが情けねぇな修吾!」


 力任せに京司は修吾を振り払った。術式で身体能力を大幅に強化しているのだ。それは修吾も同じだが、身体強化の一点に関しては宇藤山家が最も突出しているため、単純な力勝負ではどうしても押されてしまう。


「……私は〝魅了〟なんてしていないわ」

「僕も正気だよ」


 雪女には男性の心を奪う〝魅了〟の特性がある。修吾が一目見て彼女に惹かれたことは認めるが、それは間違いなく修吾の本心だ。特性での強制的な精神干渉は受けていないと断言できる。仮に受けていたとしたら、その時は〝魅了〟に抗った上で彼女を斬っていただろう。


「おいおい、勘弁してくれ。尚更クソだぞ。てめぇが正気でその妖魔と契約して、本気でその妖魔を守るってんなら――」


 京司は顔を隠すように手で覆って嘆くと、さらに殺意を上乗せした眼で修吾を睥睨する。


「てめぇは、葛木を裏切るってことだ!」


 戦斧が凍った地面を叩き割る。凄まじい衝撃波が前方に奔る。避ければ六華が巻き込まれてしまうと瞬時に判断した修吾は、〈因明眼〉を発動させて『衝撃波が修吾を吹き飛ばす』という結果を断ち切った。

 衝撃波はそよ風のように何事もなく消え去る。


「葛木を裏切るつもりなんてない! わかってくれみんな!」


 今日は既に〈因明眼〉を四回発動させている。流石に少し目が霞むし、体の気怠さも増した。だが、それを悟られるわけにはいかない。京司たちはその弱点を知っている。まだ余裕があると思わせておかなければ一気に勝負をつけられてしまう。


「つもりがなくても結果的にそうなっちまうんだ! オレとしては構わねぇぜ。これでてめぇをぶっ殺せる大義名分を得られるわけだからなぁ!」


 一呼吸の間に接近した京司が戦斧を豪快に振り回す。一撃一撃をどうにか刀で捌きながら修吾は隙を窺っていたが――


「だるいけど、きょーやんがしゅーやんを抑えてる間にウチらで雪女を滅するよ」


 希が他の術者を先導して六華を取り囲んでしまった。


「くっ、六華!?」


 六華は特に焦った様子もなく修吾に目配せする。その青く深い瞳が告げている。『ここからは手を出させてもらうわ』と。

 まずい。彼女の力が本当に土地神クラスであることは実際に戦った修吾が一番よく知っている。このままでは六華ではなく、希たちが全滅してしまう。

 六華はきっと命までは奪わない。だが、それでも彼女を完全に敵と認識した葛木家は全戦力を持って滅しにかかるだろう。そしてそれが可能だということも修吾ならわかる。

 絶対に避けねばならない。

 だが、助けに向かいたくても京司が邪魔だ。

 どうすれば……


「そこまでにしなさい!」


 一喝。

 威厳の込められた低い声が響き、この場にいる全員の動きを強制的に静止させた。


 修吾は視線を声がした方角に向ける。そこには黒いコートを羽織った眼鏡の男が静かに歩み寄って来ていた。

 四十代前半だと思われるその男は、穏やかさと厳つさを兼ね備えた表情で戦場となっている一帯を見回す。眼鏡の奥から放たれる鋭い眼光に希たちはビクリと肩を震わせた。


「そ、宗主様!?」

葛木龍玄(かつらぎりゅうげん)。宗主自らお出ましかよ」


 希たちは萎縮し、京司は面白くなさそうに舌打ちした。


「――父様」


 葛木家現宗主――葛木龍玄は修吾の父親だ。普段は余程のことがない限り動くことのない葛木家最強の術者。そんな男が目の前にいることに、次期宗主である修吾が一番驚いていた。


「兄様!」


 と、体格のいい父親の背中からひょこりと一人の少女が顔を出した。中学校の制服を纏った彼女は、修吾の姿を認めると――ぱぁあああっ! 顔をひまわりのように輝かせて駆け寄ってきた。勾玉型のヘアピンで留めた茶髪がひらひら揺れる。


「兄様! ご無事でなによりです!」

香雅里(かがり)まで来ていたのか。どうしてここに?」

「いつまでも調査に進展がないから父様も出向くことにしたのです。私もその手伝いでついて来たのですが……」


 どうやら、今回の事態はついに余程のことだと判断されたようだ。本来は原因を究明した後、その場の人員で対処不可能と判断された場合に宗主が出陣する予定だった。


「……修吾、その子は?」


 六華が包囲を抜けて隣に並んだ。不思議そうに小首を傾げる六華を、香雅里は心なしか親の仇のような眼で睨んでいる気がする。


「ああ、紹介するよ。葛木香雅里(かつらぎかがり)。僕の妹だ」


 香雅里は〈因明眼〉こそ開眼していないが、齢十四歳にして宗家の名に恥じない陰陽剣術を会得している。神童と呼ばれることもある修吾と比べても遜色はないだろう。


「……目と鼻と口が顔についているところは修吾に似ているわね。可愛いわ」

「ハハハ、それだとほとんどの生物が僕に似ていることになるね」


 睨みつける香雅里を和ませようとしてくれたのか、真顔でそんな冗談を言う六華に修吾は笑ってみせる。すると、香雅里も表情に影を落として口角を吊り上げた。


「フフフ、どうやら兄様は得体の知れない女妖魔に誑かされているようですね。安心してください。私が駆除します。――妖魔滅殺!!」


 香雅里は護符から術式で日本刀を取り出し、抜刀の勢いのまま六華に斬りかかった。それを六華は小さな氷の壁で難なく防ぐ。


「……この子も結局、今の葛木家なのね」

「楯で防ぐなんてしぶとい妖魔ね。でもいつまで持つかしら?」


 やれやれと溜息をつく六華に、香雅里は四方八方から縦横無尽に日本刀を叩き込む。しかし、いくら神速の斬撃でも普通の刀では六華の氷に傷一つつけることすら叶わなかった。


「落ち着きなさい、香雅里」

「だって父様この女が!」

「香雅里、六華にじゃれるのはいいけど後にしてくれないかい」

「じゃれてません!?」


 フシャーッ! と猫のように威嚇する香雅里を一旦下がらせると、龍玄は横目で六華を一瞥してから修吾に向き直った。


「修吾、話は家に戻ってから聞かせてもらえるか?」

「父様……はい、わかりました」


 今やってきたばかりの龍玄はまだ状況をよくわかっていないだろうが、だからこそ話が通じる。修吾が妖魔を庇い、あまつさえ契約していると察してはいるはずだ。だが、どうして修吾がそうしたのか弁明する機会をくれようとしている。非常にありがたい。


「宗主様、妖魔を宗家に連れて行くおつもりですか!?」

「あり得ねぇだろ!? ここでぶった斬るべきだ!?」


 希と京司は反対の意を唱えた。他の術者も同意するように何度も頷いている。


「お前たちも頭を冷やしなさい。この二人と敵対する前に、まずは修吾の考えを聞くことが筋というものだ。修吾の力はもちろん、彼女の力も底が知れない。この場で戦って無事で済まないのは自分たちの方だとわからないほど、未熟ではあるまい」

「目が曇ったか宗主! オレなら修吾も妖魔もまとめてぶっ潰せるんだよ!」


 まるで飢えた獣のごとく京司は戦斧を握って修吾たちに襲いかかろうとしたが――


「やめなさいと言っている」

「がはっ!?」


 一瞬で回り込んだ龍玄が、いつの間にか取り出した刀で彼の首筋に峰打ちを叩き込んでいた。一撃で気絶させられた京司は凍った地面に倒れてピクリとも動かなくなる。

 修吾だけがその動きをかろうじて捉えることができた。他の術者たちはなにが起こったのかわからず顔を青くしている様子だ。


「だが、彼女が滅ぼすべき妖魔であることには違いない。葛木の敷居を跨ぐ前に封印させてもらおう」


 今度は気づかなかった。

 一体いつ仕込んでいたのか、六華の足下に四枚の護符が方陣を描くように配置されていたのだ。陣から光が立ち昇り、それを浴びた六華がカクンと膝を折る。


「……うッ」

「六華!? 父様、なにを!?」

「なに、少し力を封じただけだ。彼女ほどの妖魔であればいずれ自力で解除できるだろう」


 意識はあるが脱力したままの六華を支えつつ、修吾は父親に、葛木家宗主に問う。


「彼女を、どうするおつもりですか?」

「処しましょう。すぐに処しましょう父様! 今ならこの女を滅せます!」


 今度は本気で陰陽剣術の術式を発動させようとする香雅里。龍玄はその頭を優しく撫でると、修吾に少々厳しめの口調で告げる。


「それは修吾、お前次第だ」


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