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002 氷の街

 澄み渡った青い空と照りつける強烈な日差しが真夏の盛りを物語っていた。


 七月二十八日。本日の天気は快晴、ところにより――()()()


 その街は、まるで台風の目よろしく吹雪の中にぽっかりと開いた場所にあった。最高気温は零度を上回ることなく、見渡す限りの氷化粧で覆い尽くされている。


「一歩街の外に出れば四十度近い猛暑か。ここは最高の避暑地になるだろうね」


 なにもかもがその瞬間を切り取ったように凍結している街で、簡素なコートを身に纏った少年――葛木修吾(かつらぎしゅうご)は爽やかに笑ってみせた。スマホを弄ってニュースを確認すると、この氷の街に関しての情報は『異常気象』としてだけ取り扱われているようだ。

 そんなものではないのだが。


「――君も、涼みに来ているのかな?」


 視線を横にずらす。氷の道路を滑るようにして高速で這い迫った存在を、修吾は後ろに軽く飛んで回避した。

 それは雪のような白い鱗を持った巨大な蛇だった。


 妖魔。

 妖怪や魔物、幻獣などとも呼ばれることがある超常の存在だ。人間を襲い、弄び、食らい尽くす化け物。人間にとっては有害となる彼らを駆除することが、修吾たち陰陽師の一族――『葛木家』の仕事である。


「君が街をこんなにしたのかい?」


 突進をかわされた大蛇が体勢を整えている隙に、修吾は懐から一枚の護符を取り出した。陰陽術で使われる梵字が書かれたその護符は、修吾が片手で印を結んだ瞬間に弾け飛び、代わりに妖しい輝きを放つ方陣を空中へと描写する。


「――来い、〈虚ノ太刀(うつろのたち)鴉燬眼(あやめ)〉!」


 修吾は方陣から生えるように出現した日本刀の柄を握り、一気に鞘から引き抜いた。

 見事な反りを持つ美しい刃は、氷が照り返す陽光をさらに紅く反射している。修吾はその刀を中段に構え、再び牙を剥いて襲いかかる雪の大蛇を見据えた。


 交差するその刹那――一閃。

 紅い残光が線を引き、雪の大蛇の強固な鱗を難なく斬り裂いた。

 その傷口から噴き出したのは血ではなく、紅蓮の炎。絶叫を上げてのたうち回る怪物だったが、炎は消えず目に見える速度でその巨体を蝕んでいく。

 あっという間に炎は大蛇の全身を包み、そして塵も残さずその巨体を完全に焼き尽くした。


「んー、違ったみたいだね」


 短く息をつく。見込み違い、もとい最初から期待などしていなかったが、この妖魔も修吾が追っている存在ではなかったらしい。


「――ッ!」


 と、背後に二つの気配を感じて修吾は反射的に振り返った。

 そこには今倒した大蛇と同じ妖魔が二体。まるで兄弟を殺されたかのように怒り狂った様子で鎌首をもたげていた。鋭く太い牙を剥いた口内に魔力が集中しているのがわかる。


 ビュオッ、と。

 二体の大蛇から冷気の息吹が吐き出された。触れると一瞬で凍りついてしまうだろうブレスを避けられないと悟った修吾は、刀を構え、意識を『眼』に集中させる。


 その時だった。

 突如、空から降った二つの人影が大蛇の首を斬り落としたのだ。大蛇は二体とも凍った地面に崩れ、やがて燃えてもいないのに淡い輝きとなって跡形もなく消滅する。


 これが妖魔の最後だ。肉体を魔力と、この世界とは異なる法則の物質――修吾たちは『魔素』と呼んでいる――で顕現している彼らは、死ぬとそれらが乖離し完全に消えてしまう。西洋で幻獣と呼ばれていたり、妖怪の死体が発見されないのはそれが理由だった。

 修吾は刀を引き、大蛇にトドメを刺した二人を見る。


「助かったよ、京司、希。もう少しで僕も氷像になっていたかもね、ハハハ」


 暢気に笑う修吾だったが、人影の片方――黒装束を纏った青年は厳つい大戦斧を軽々と肩に担いで睥睨した。


「あ? そいつは皮肉か冗談か? てめぇがあの程度でやられる野郎ならオレがとっくにぶち殺してるっつの。なあ、次期宗主様よぉ」


 宇藤山京司(うとやまきょうじ)。修吾の幼馴染で、昔から共に切磋琢磨し続けている仲間だ。修吾は良き友人だと思っているが、彼の方は少し違う。葛木宗家の長男であり、次期宗主となるべく育てられた修吾をどうもライバル視しているらしい。


 と、もう片方――長大な薙刀を地面に立てた金髪ツインテールの少女が気だるげに溜息をついた。


「原因見つかんないし、妖魔は湧き続けるし……だっる。ウチらいつまでこんなことしないといけないわけ?」


 廿楽希(つづらのぞみ)。退屈そうに風船ガムを膨らませている彼女も修吾や京司とは幼馴染の関係になる。


 ただし、二人は普通の幼馴染とは事情が違っていた。

 妖魔退治を専門とする陰陽師の名家――葛木家。宇藤山家と廿楽家は、その宗家と分家の関係にあたるのだ。

 今回は『氷漬けにされた街』という怪奇現象を調査するため、少なくない人数が三人を含めた葛木家の人間から派遣されていた。


「ハハハ、大丈夫。みんなで捜索しているんだから、きっともうすぐ見つかるさ」

「シューやんがクソみたいにポジティブなのはケッコーだけどさー。そう言ってもう三ヶ月くらい経ってるんだけど」


 げんなりする希。彼女の言う通り、調査は難航を極めていた。怪奇現象の原因が強大な妖魔であることは、溶けない氷が魔力によって造られていることからも明らかである。

 なのに修吾たちはその妖魔の痕跡すら発見できずにいた。正確には、この氷全てが痕跡であるため術による探知も狂ってしまうのだ。加えて吹雪の内側全てが特殊な結界になっており、外から強引に突破してきた修吾たちにとっては非常に具合が悪い。あの大蛇のように、この地に惹かれて出現する無関係の妖魔の相手までしないといけないため疲労も溜まる一方だ。


「つか、こんな馬鹿げた力を持った妖魔とか本当にいんのかよ? いたとしても龍種以上だろ」

「いなかったら余計面倒になるだけだし」

「うん、実は全く心当たりがないわけじゃないんだ」


 修吾が思い出すように顎に手を持って行くと、京司と希は怪訝そうに視線を向けた。


「この地域にまつわる古い伝承によると、かつて室町時代に猛威を振るった氷の怪物がいたらしいよ。『雹仙修羅(ひょうせんしゅら)』って呼ばれたその大妖魔は、葛木家の先祖と、この地の土地神が協力することでようやく封印できたとされている。百日にも及ぶ氷の世界を作り上げたようだからね。今の状況と酷似していると思わないかい?」

「いや、酷似っつうか寧ろそれだろ」

「誰かが封印を解いたってこと? それとも経年劣化?」


 三人で頭を悩ませる。『雹仙修羅』がどんな姿をしている妖魔なのか? 封印方法は? 封印した場所は? そもそも本当に『雹仙修羅』が犯人なのか? わからないことだらけである。

 と、苛立ちをぶつけるように京司が戦斧で足下の氷を砕いた。


「だーもう! 考えてもわかんねぇことでうだうだやってられっか! オレは勝手にやらせてもらうぜ。今回の手柄はオレが貰う」

「誰が解決したっていいさ。手柄が欲しいならあげるよ、京司」

「チッ、てめぇのそういうとこが気に喰わねぇんだ。いいか修吾、オレはいつまでも分家に甘んじるつもりはねぇ! いつかてめぇを引きずり下ろしてオレが宗主になってやる!」


 そう舌打ちして吐き捨てると、京司はさっさと凍ったビルの向こうへと消え去ってしまった。向上心――野心とも言うべきか――の強い京司は協調性に欠けるものの、その実力は修吾も認めている。一人でも問題はないだろう。


「宗家だ分家だなんて、ふっる。何時代の話だっつの」


 呆れた目で京司の背中を見ていた希も、渋々といった様子で踵を返した。


「はぁ、なにが楽しくて花の女子高生が夏休みを妖魔狩りで潰してんだろ。マジだるい」


 希は京司とは反対方向に渋々歩いて行く。イマイチ士気の低いところは彼女の欠点だが、やる時はやるタイプだと修吾は知っている。こちらも心配はいらない。


「さて、京司が東、希が西の方を捜索するとなると」


 修吾はスマホでマップアプリを開いて街の全体図を確認する。二人以外の術者も大勢調査しているとはいえ、都市部以外も含めるとかなり広い範囲が氷に覆われている。調査が行き届いていない区域もまだまだあるだろう。しかもその範囲はこうしている今も広がり続けているのだから厄介極まりない。


「この辺りでまだ誰も調査してない場所は……」


 ――こっちよ。


 その時、修吾の脳内に聞き覚えのない少女の声が響いた。


「なんだ? 今、声が直接……?」


 恐らくなんらかの術を用いたものだろう。不思議とどこに向かえばいいのかもわかってしまう。本命か、罠か、新手の妖魔か。なんにしても少しでも手がかりが欲しい以上、声に従わない選択肢はない。


「僕を呼んでいるのは誰だい?」


 問いかけても返事はない。一方通行で会話はできないようだ。仕方なく、『こっちこっち』と呼ばれるままに修吾は歩を進めていく。

 街から外れ、山麓の森に入り、その奥にある凍った湖まで導かれた。


「こんなところに湖なんてあったかな?」


 マップを見るが、やはりこの辺りにそういったものは存在していない。だとすれば、この湖はなんらかの原因で最近になってから生じたものだろう。


「底まで凍っているようだね」


 湖面を叩いて確認する。修吾が乗っても罅割れることすらなかった。

 声はもう聞こえなくなった。しかし、改めて周囲を見渡しても誰もいない。凍った森と湖以外に変わった物も――


「――ん?」


 修吾は湖の中央になにかが落ちているのを見つけた。滑って転ばないよう慎重に近づくと、それは修吾にとっても馴染み深いものだった。


「陰陽術の、護符……?」


 誰かがこの場所を調査した時に落としたものだろうか?

 そう考えた次の瞬間、護符が強烈に発光した。


「しまっ」


 ――罠だ。


 その可能性を考えていなかったわけではなかった。しかし、敵は妖魔だ。味方の護符が落ちていてもすぐに罠だと結びつけることができなった。

 湖に致命的な罅が走る。それは一気に中心部から蜘蛛の巣状に広がると、修吾を巻き込んで崩落を開始した。


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