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012 一夜の宿

「このルートならウチらに見つからず隣町には行けんでしょ。ああ、シューやんたちは港の方に逃げたって言っとくから」


 葛木家の現在の捜査網を把握している希から脱出ルートが引かれたマップデータを貰った修吾と六華は、再びバイクに跨って無事に隣町へと抜け切ることができた。葛木家の探知術式は蒼谷市内であるため、ここから先はそう簡単には見つからないはずだ。


「今夜はどこかのホテルに泊まって、また明日どうするか考えようか」


 そうして都合よく部屋の空いていたホテルをネットで見つけ、修吾たちはようやく一息つくことができた。


「……彼女、大丈夫かしら?」


 ツインベッドの片方に深く腰を沈めた六華が心配そうに呟いた。


「希のことかい?」


 修吾たちを逃がした希も裏切者扱いされないか心配だったが、共に来ることは彼女自身が拒んだ。自由になりたい願望を持つ彼女だが、そのために逃亡生活という面倒臭いことをするのは論外だそうだ。今なら京司にしか見られていないため、いくらでも言い訳はできるとのこと。


『あとシューやんたちのイチャイチャを横で見せられ続けるとか拷問だし……』


 とかなんとか最後に言い残し、希は気絶した京司を担いで去ってしまった。


「きっと大丈夫さ。希は明確に裏切ったわけじゃないし、悪くてもしばらく謹慎になるくらいだろうね」


 そもそも希一人に構っていられるほどの余裕が今の葛木にあるとは思えない。雹仙修羅に氷の町、そして修吾たちの件で手一杯のはずだ。

 今は自分たちの心配をした方がいい。


「もう休もう。いや、その前になにか腹ごしらえした方がいいかな。実は昼からなにも食べていなくてね。六華はお腹空いてないかい? 何百年も封印されていたのだし」

「私はさっき風船ガムを貰ったわ」

「ハハハ、それじゃ食べた内には入らないよ。部屋の外に食べ物の自販機があったはずだ。ちょっと買ってくる」


 修吾は部屋を出ると、廊下の角にあった自販機から食料を調達して戻ってきた。慌てて屋敷を飛び出したが、なんとか財布だけは回収したため持ち合わせはそれなりにある。

 ただ、問題が一つ。


「困ったな。カップ麺しかなかったよ」


 自販機のラインナップが残念だったことだ。仕方なく修吾はスタンダードなカップ麺を二つ買ってきたが、種類の少なさが問題だったわけではない。


「それはどういう食べ物?」

「乾燥させた麺と具を粉末スープと一緒にお湯で戻して食べるもの……だけれど、温かいから六華が食べても大丈夫かどうか」


 雪女が食べられるものではないかもしれない、ということだ。


「この時代の食べ物には興味があるわ。多少温かいくらいで私の氷は溶けない。大丈夫よ」


 興味深そうにカップ麺を見詰める六華。淡々として無表情なのにチャレンジ精神は旺盛だった。


「六華がいいなら、食べてみるかい?」


 修吾は部屋のポットで湯を沸かし、カップ麺の容器に注ぐ。そして三分間きっちり待ってから片方を割り箸と一緒に六華へと渡した。

 蓋を開けた六華は立ち昇る湯気に一瞬顔を顰めるも、器用に箸を使って麺を摘まみ――ずずずっと口へと持っていった。

 ちゅるんと麺の端まで吸い込んだ口がもぐもぐ。入念に吟味するように咀嚼し、やがてこくんと嚥下した。本当に大丈夫そうだ。


「……修吾、大変よ。口の中が溶けてしまいそう」


 そんなことはなかった。表情に出さないだけで口内は大変なことになっていた。


「ほらやっぱり。無理はしなくていいよ」

「でも、すごく美味しい。少し冷ましてからいただくことにするわ」

「いや、それだと……」


 六華は容器をテーブルに置くと、湯気が完全に消えるまで待ってから再び箸をつけた。


「……修吾、大変よ。麺がふやっふやになってしまったわ」

「麺がスープを吸って伸びたんだね」

「でもこれはこれでアリよ」

「それはよかった」


 六華は冷めて伸び切ったカップ麺が気に入ったらしく、そのままちゅるちゅるとあっという間に間食してしまった。スープまで飲み干している。


「食べ終わったならシャワーを浴びるといい。僕はその間にゴミを片づけて飲み物でも買ってくるよ」

「修吾、シャワーって? 使い方がわからないわ」

「あー、そっか」


 修吾は部屋に備えつけの浴室で六華にシャワーの使い方を教えると(間違ってもお湯が出ないように)、水の流れる音をBGMに宣言通りゴミを片づけ部屋を出て行った。

 彼女がシャワーを浴び終えた頃合いに適当な飲み物を買って戻ってくる。

 ベッドに腰を下ろして所在無げに足をぶらぶらさせている六華は、元の和服姿に着替えていた。綺麗な白い髪がほんのり湿って煌めいている。先程までとは打って違った艶めかしさに修吾は思わず息を呑んだ。


「……どうしたの?」


 部屋の入り口で棒立ちになっていた修吾に六華は不思議そうに小首を傾げた。


「あ、いや、なんでもないよ」


 修吾は頭を振って雑念を払うと、六華に歩み寄ってペットボトルのお茶を手渡した。六華は苦戦しつつも蓋を外して一口。その何気ない所作すら修吾には美しく見えた。

 修吾は大きく息を吐く。


「それじゃ、今日はもう寝ようか」


 六華の返事を待たず修吾はベッドに入る。今更ながら、妖魔とはいえ異性と同じ部屋で夜を明かすことに意識をしてしまった。恋人なのだからなにも問題はないが、なんだかんだで自分も男なのだと痛感する。

 六華もベッドに入ったようで、そのまま静かに時が流れていく。

 と――


「……修吾は、なにも訊かないのね」

「なんのことだい?」


 もう寝静まったと思っていた六華が唐突にそう囁いてきた。


「葛木家は私があなたを〝魅了〟したと思っているわ。修吾は疑わないの?」

「六華はそんなことしていないのだろう?」

「もちろんよ。でも、この特性は体質のようなものだから、無意識でやってしまっているかもしれないわ」


 修吾はシャワーを浴びた直後の六華の姿を思い出す。確かにドキリと心臓が跳ねた。つい見惚れてしまった。そこに多少の効果はあったことは否めない。だが、彼女の美貌ならその程度は自然な反応だとも思う。


「そうだとしても、僕はかかっていないよ。いくら六華が土地神クラスの力を持っていたとしても。無意識の特性にあてられるほど僕は弱くはないつもりだ」

「それなら、どうして葛木家を裏切ってまで私を選んでくれたのかしら?」

「ハハハ、裏切っているつもりもないんだけどね。まあ、客観的にはそうなっているか」


 修吾は薄暗い部屋の天井を見詰め、少し逡巡してから言葉を紡ぐ。


「僕が六華を選んだのは……六華が嘘をついていないからだよ」

「どうしてそう言い切れるの? あなたの〈因明眼〉では言葉の真偽は暴けないわ」

「それでも君の言葉と僕の見た因果に矛盾はない。とはいえ、六華を信じることにした一番の根拠は別にある」

「……別に?」


 修吾は体ごと寝返りを打って彼女の方を向く。彼女も修吾の方を見ていた。じっと見詰めてくる澄んだ青い瞳に気圧されるようなこともなく、修吾は口を開く。


「直観さ。一目見た瞬間から僕は君に惹かれているんだ」

「……それは〝魅了〟されているのでは?」


 呆れたような声が返ってきた。言われてみるとそう捉えられても仕方ない言い方だった。だが、そうじゃない。そうであるはずがないと修吾は確信している。


「さっきも言ったよ。そんなものの影響は受けていない。ああ、思い込みじゃないよ。流石に惑わされていたら多少なりとも違和感はあるはずだ。だから、この気持ちは本物で間違いない」

「修吾……」

「ハハハ、証明は難しいけれどね」

「そこを笑い飛ばせる修吾がなんだか羨ましいわ」


 クスリと笑う六華。やっぱり呆れられているような気がするが、彼女に笑われても悪い気分にはならなかった。


「もう寝よう。夜が明けたら早めに氷の街へ乗り込みたいからね」

「……わかったわ。でも最後に一つだけ聞かせて」

「なんだい?」

「今は、二人きりよ。そして私たちは恋人。このまま目合(まぐわ)ず寝てしまっていいのかしら?」

「ブッ!?」


 彼女の口からまさかの言葉が飛んできて修吾はつい吹き出してしまった。当然だが、そんなことをするつもりはない。その自制心が働いていることも〝魅了〟されていない証拠の一つだろう。

 このまま無事に朝を迎え、氷の街で全てを解決する。恋人らしいことをするのはその後からでも遅くはない。

 だが、物事はそう上手くはいかないようだった。


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