011 神童
「希のやつ、なに慣れ合ってやがんだ?」
宇藤山京司は殺し合うどころか仲良さげにガムなんて食べている希と雪女に苛立っていた。まさか希まで〝魅了〟にやられたのかと思ったが、雪女のそれは男にしか効果がないはずだ。
もし希が修吾側につくつもりなら、それは葛木に対する明確な裏切りになる。京司は今の宗主を尊敬こそしていないが、『葛木家の陰陽師』というプライドに関しては人一倍強い。妖魔を滅ぼす者が妖魔と慣れ合うなど言語道断である。
「チッ、本当なら妖魔ごと制裁を加えてやりてぇが――」
京司は目の前に迫る銀閃を持ち上げた戦斧で防御する。まるで重機でも相手にしているかのような重たくも鋭い一撃に斧を持つ手がビリビリと痺れる。
一発を防いで安心はできない。パワーではまだ京司が勝っているものの、速度と手数では完全に負けている。
敵は残像を生み出すほどの速度で縦横無尽に動き回り、四方八方から絶え間なく刃を振り抜いてくるのだ。
それだけならばどうとでもなった。
「――くっ」
日本刀の刃かと思えば、そこには三枚の護符。紫電を纏ったそれらに少しでも触れてしまえば、スタンガンをくらわされたような電撃が体中を駆け巡ることになる。
なんとか護符を避けると、追い打ちをかけるように魔力の弾丸が京司の背中に何度も撃ちつけた。振り向けば二羽の折り鶴が空中に浮かんでおり、京司に狙いをつけて魔力弾を飛ばしている。
自動戦闘を行う式神だ。
「うぜぇ!」
戦斧を振り回して式神を散らす京司だったが、そこにできた大きな隙を見逃すほど甘い相手ではない。
一瞬で懐に潜り込まれる。
両手持ちした日本刀が下段に構えられる。
その刃に、ボッ! と紅い炎が灯る。
葛木流陰陽剣術――〈翔刃弧月・焔〉
掬い上げられた弧炎の一撃が京司の顎下に迫る。避けられない。否、京司の反射神経ならできたはずだが体がなぜか動かない。まさか『攻撃を避けられる』という因果が切断されているのか。
「畜生!?」
顎に加えられた衝撃が体を浮かし、脳を揺さ振った。〈虚ノ太刀・鴉燬眼〉の炎が全身に施していた身体強化の術式を魔力ごと焼き尽くす。峰打ちでなければ確実に首は飛んでいた。
これが神童――本気になった葛木修吾。
「かはっ!?」
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出される。並の術者ならこの一撃で昏倒し立ち上がれないだろう。
だが――
「まだだ!」
身体強化が消されようとも、京司の鍛え抜かれた肉体はこの程度のダメージで音を上げない。
「ああ、よかった。まだ意識はあるようだね。六華に謝ってもらわないといけないから気絶しないでくれよ」
普段見ている爽やかな笑みが、今はまるで修羅のごとき迫力で京司に向けられる。ここまで怒髪天を衝いた修吾は初めて見た。しかし恐怖はしない。この状況を望んで挑発したのは京司自身だ。
「ハッ、誰が妖魔なんかに謝るか。来いよ、修吾。次はこうはいかねぇぞ」
己に術式をかけ直す。宇藤山家は身体強化に特化している。他の分家の術式も器用にこなす宗家に勝るには、結局はこの一点しかない。
「来ねぇなら、今度はこっちから攻めさせてもらうぞ!」
地面を強く蹴り、京司は一鼓動の内に修吾との間合いを縮める。その瞬間、強化された視力が修吾の右目の端から僅かに出血していることを捉えた。
アレは、〈因明眼〉の使い過ぎ? 京司との戦いでは氷の街を合わせても二回しか使っていないはずだ。京司の知らないところで連発したのだろうが、これはチャンスだ。
修吾はしばらく因果を断ち切れない。こちらに悟られないように振る舞っているが、あの様子は間違いなく直近五回の制約に達している。
「くたばれ裏切者がぁあッ!!」
京司は大きく跳び上がり、大上段に戦斧を振り上げる。
刃の梵字が輝く。凄まじい暴風が戦斧に集約し、緑色のプラズマが発生する。
宇藤山流陰陽斧術――〈崩山爆砕〉
「うん、それだけ元気があればもう一発くらいは堪えられそうだね」
対する修吾は刀を一度鞘に納め、姿勢を低く構えた。
京司が戦斧を叩きつけるよりも素早く、鞘から刃が引き抜かれる。
葛木流陰陽剣術・居合――〈閃〉
見えなかった。
京司の術式で強化された視力を持ってしても、修吾から放たれた一撃の残像すら追うことができなかった。
峰打ちではなかったが、刃が届いていたわけでもない。
ただの衝撃波が京司の胴に直撃し、背後のビルの壁まで砲弾よろしく吹き飛ばした。
痛みが全身を駆け巡る。呼吸が止まり、意識が一瞬途切れた。
「京司、生きてるかい?」
修吾の靴音がすぐそこまで響く。死んではいないが、流石に体が動かない。圧倒的な敗北を味わったのだと理解する。
そして、もう一つわかったこともある。
「これだけ、力を引き出せてんだ……てめぇ、〝魅了〟されてねぇのはマジみてぇだな」
葛木修吾は正気のまま妖魔を擁護している。それが判明した以上は最悪の形で葛木を裏切ったことで確定だ。しかし、修吾がそうするだけの理由があの雪女にあるということでもある。
――知ったことか。
「さて、喋れるなら六華を悪く言ったこと謝ってくれないかい?」
「おう……やなこった」
京司は最後までプライドを曲げず、ニヤリを笑ってみせてから意識を手放すのだった。




