-夏- 白い世界の恋心
寒いのキライな作者が、夏を想いながら書いてみました。
中学二年。季節は夏――
夏休みのある日、午前中だけの部活を終えた僕は、一人で家路を歩いていた。
「暑い…」
中学生になってから、毎日歩く事になった急こう配の坂道は、1年経っても全く慣れる事がなかった。蒸し暑さが、踏み出す歩幅を更に狭くする。
手にしたビニール傘は、天気予報を信じてのもの。
「大気が不安定で、突然の雨に注意」との事だった。
確かに、坂の頂上の向こう側に見える空は、ほとんどが白い雲に覆われている。だが、夏の陽射しはそれをものともせず、僕の頭上へと降り注いでいた。
「お、滝川じゃん。久しぶり」
背後から、女の声がした。
振り返ると、小学校5年6年のクラスメイトだった、陶山葵が居た。
「おう」
白い夏服が太陽の陽射しに照らされている。
あの頃より髪の短い、少し日焼けした彼女に向かって、僕は小さな声を出した。
「この坂、キツイよね」
「だな」
学校までの最短ルート。迂回する方法もあるが、10分の早起きが必要になる。
だが、そこは二人とも運動部。培った体力を活かして、睡眠を選択するのは自然な事だった。
「こっちから、帰ってたっけ?」
登校時に見掛ける事はあったが、下校時に見掛けるのは初めてかもしれない。彼女が追いつくのを待って、僕は、素朴な疑問をぶつけてみた。
「今日は、用事あってさ。いつもは遠回りしてるよ」
彼女は、少し息を切らしながらそう言った。
「あ、雨…」
その時、ハッキリと分かる大きさの雨粒が、ポツポツと頭上から落ちてきた。彼女は手の平を上にして、その程度を確かめる。だが、夏の雨は容赦がない。乾いた白いコンクリートを濡らす音が、僕らを急かすように耳に届く。
「傘、あるよ」
僕は、手にしたビニール傘を差し出しながら、同時に左肩で背負ったリュックを外し、中から折り畳み傘を取り出そうとした。
「ありがと」
彼女はビニール傘を受け取ると、早速開いて、頭上に掲げた。続けて、僕も折り畳み傘で雨を凌ぐ。
「太陽、照ってるのになぁ」
坂の頂上で、彼女が不思議そうに言った。太陽は白い雲の向こうだが、その陽射しは貫通し、僕らの住む街を照らしている。
透き通った大きな雨粒が、太陽の光に反射して輝く白を生み、それが、視界の先に広がっていた――
「なんか、キレイだね」
彼女が言った。僕が思った同じことを、彼女は口にした。
「だね…」
僕らはしばし、その場に並んでいた。
だが、夏の雨は容赦がない。
小さな傘では凌ぎ切れないほどの強さになって、僕らを襲った。
「ひゃー」
そんな彼女の声が響く隣を早足で、僕らは並んで急こう配の坂を下った。
「あれ?」
約100メートル。
転ばぬようにと気を付けて、下った坂から平坦へと戻ると、雨が止んだ。
「止んだね…」
夏の通り雨は、あっという間に過ぎていった。
見上げる彼女の声に合わせて、僕も空を見る。
太陽の眩しい光が、抗っていた薄い雲を蹴散らそうとしていた。
「雨、上がったよ?」
平坦な道を、折り畳み傘をしまいながら歩く。
その隣で、彼女は相変わらず傘を差していた。
「日傘にするよ」
彼女は、そう言って笑った。
「急に、暑くなったね…」
今度は、夏の陽射しが戻ってきて、僕らを襲う。折り畳み傘をリュックに収めると、彼女のそんな声が届いた。
「あのさ、その傘だと、日傘にならんだろ」
少し日に焼けた彼女の頬に、汗が浮かんだのを認めて、僕が指摘する。
「え?」
「だってそれ、ビニールハウスと同じじゃね? そりゃ暑いでしょ」
体感した事は無いが、想像はできる。僕は、続けて指摘をした。
「あ、なるほど…」
彼女はそう言いながら、慌てて傘を畳んだ。
「馬鹿でしょ?」
その仕草が滑稽で、僕は思わずそんな言葉を選んだ。
「あ、今、本気で馬鹿にしたでしょ」
恥ずかしさを隠すように、努めて明るい表情を作りながら、彼女が怒った。
「いや、そりゃ…ねえ?」
やがて、二人で笑い合った。
(そう言えば、アイツはどこに行くんだろう?)
進路の話が学校から届いている。志望校はあるのだろうか? 気になった。
小学校の頃なら気軽に訊けた筈なのに、今は訊けなくなっていた。
今日は名字で呼ばれたが、小学校の頃は、こうちゃんというあだ名で呼ばれていた事を思い出す。
時間や感情という小さなハードルを、僕らは勝手に築いていく――
「なんで?」
そう聞かれるのが、怖いのだ。
(今日は、面白かったな)
昼間の事を思い出しながら、僕は布団を被った。
「あおい…」
そして、あのころ呼んでいたその名前を、小さく口にした。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
評価や感想いただけると、励みになります。