表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
第四章、武神奉闘祭
97/112

95、武の神

 


 『もう駄目だ、待てない。私はもう、お前の意見に賛同できない』



 黒い蛇は、ある日言った。

 言ってしまった。


 人間は進化し続けたのだ。

 白が予想したように、『主』がそう設定したように。

 前へ、前へと進み続ける気質を貫いた。

 その結果が、



 『こんな荒野を、どうして成功と言える!?』



 草一本すら死滅した世界だった。

 あんなにも溢れた緑も、無限にも思えた命も、ほぼ残っていない。

 星にとっての猛毒。

 あらゆる生物を死滅させた、悪夢。

 創造主である人間にすら牙を向けた、死。

 

 人間同士の争いだった。

 ただそれだけならばどんなに良いか?

 人という名の獣は、常軌を逸していたのだ。

 星を開拓し、星を殺す術を身に着ける。

 こんなことは、星の使徒である蛇たちにすらできない。

 できては、いけない。

 進化しすぎた人間は、彼らの手に余るモノを平気で作り出す。

 それが結末だ。


 まさしく、黒の危惧したままだ。

 放っていたから、ここまでになってしまった。

 黒が一人だったなら、こんなことにはなっていない。

 黒が介入しようとすれば、必ず白は止めた。

 黒も仕方なしに、白の言い分を飲み続けた。

 だから、こうなった。

 

 だが、白はいったい、何がしたかったのか?

 蛇の使命は、星を『主』の目覚めまで守る事。

 これは、その使命を放棄したに等しい。

 

 分かっていたのに。

 想定できていたのに。

 


 『これで良い。これが、運命だった』


 『たわけが! お前は理解しているのか!? この景色が、本当に神の求めたモノだとでも思って……』


 『知らぬ』



 黒は息を呑んだ。

 そう言い切った白の瞳をただ見つめた。

 その狂気を解するには、それだけで十分だった。



 『星がどうなろうが、知ったことではない』 


 『お前、いや、貴様まさか!』



 この星をいったいどうするつもりだ



 言葉は音にはならない。

 なる前に、白は黒に襲いかかった。




             聖書十五節終



 ※※※※※※※※




 Aランク冒険者、カルトンは決して弱くない。


 Aランク、というものは一つの頂きなのだ。

 凡人には一生かかっても足を踏み入れることが出来ない、天才だけの居場所。

 最近のこととはいえ、成れた、というだけで、およそ十六万いる全冒険者の中でも百番以内は確実。

 全人類で見たとして、それでも超上位。

 それだけAランクの肩書は軽くない。


 だから、皆が期待していた。

 優勝候補の一人として、注目も集まっていた。

 期待の新しいAランク冒険者。

 素行はあまり良い方とは言えず、マイナス面もそれなりにあったが、そこを押して言われることが、強い、だ。


 シンプルに素手での戦闘。

 熊のような図体に見合わないスピードと、オーガの首をねじ切るパワー。

 これまで殺してきた魔物は数知れず、龍などの超級の討伐作戦にも参加経験がある。

 もちろん、その体捌きと魔力制御は一級品で、俗に天才と呼ばれるにふさわしい。

 ニ十代半ばでここまで練り上げられる者は、そういないだろう。

 だが、



 「…………!」


 「ほら、間合いだよ?」



 相手が悪すぎた。




 (無理だ……)



 酔いもすぐに冷めた。

 店員の胸ぐらを掴んだ腕に、ソレの手がそっと置かれていたことに気付いた瞬間に。

 実力があるからこそ、分かってしまう。

 彼我の差は歴然。

 天地がひっくり返っても、勝てない。

 


 「君、武闘家だろ? 見てれば分かるさ。ボクらは同種、同じ戦闘スタイルだ。だから、準備は要らないはずだよ? この距離だし、殴っても、蹴っても、頭突いても、組んでもいい。君とボクの体格差は大きいし、ボクなら掴みあげて叩きつけるかな?」



 呑気に言葉を紡がれる理由が分からないはずもない。

 圧倒的な、余裕だ。

 どんな手を使われても対処は可能という確信。



 「ほら、『剣王』もボクも倒すんでしょ? こんなんで怖気づいてどうするよ?」


 「う、うおおおおおお!!」



 致命的だ。

 降参など、許されない。

 なけなしのプライドとソレの意思が、彼を負け戦へと連れ出してしまった。

 


 「…………!」



 カルトンの全身を魔力が覆うまで、零コンマ一秒を余裕で切る。

 だが、それでも遅いのだ。

 生きている世界が違う。

 感じてる感覚が、見える景色が。


 覆った瞬間、ほんの刹那を狙ってソレが動く。

 右を振り上げ、ソレを砕こうとしたカルトンの左を捻った。

 立ち位置から考えて、少し体を回さなければならないカルトンの動きに合わせて、少しだ。

 体を開け、右の照準を合わせるために、左足を後ろに下げた瞬間と同時に。

 

 予想外の力が加わり、足の着地点が一歩ズレる。

 そのズレを修整するために、また時間ができる。

 勿論刹那の時間だが、その刹那の間にも、どんな事でもできてしまう。


 

 「くぅぅ!」


 「ほら、遅いよ」



 拳が空振る。

 ニメートル近くあるカルトンだが、今の相手は小さすぎた。

 少しかがめば、余裕で回避できる。

 そして、さらに死角に入り込むことも可能だ。

 


 「ガッ!!?」



 カルトンとて猛者だ。

 見えなくなった瞬間に、どこに居るのか当たりを付け、蹴りを放った。

 しかもその攻撃は正確に敵へと運ばれる。

 胴体にジャストで当たるように、完璧なタイミングで。

 もしも当たれば、常人なら当たった箇所が吹き飛ぶ。

 大型の魔物が相手だとしても、その凄まじい威力に体勢を崩すことは必定。

 大岩程度なら、豆腐のように砕かれる。


 だがやはり、相手が悪すぎた。

 

 当たるはずの攻撃は、またもや空を切る。

 本当にギリギリの距離を捉えきれなかった。

 紙一重だ。

 紙一枚分だけ、ズレてしまった。

 

 ソレはカルトンの動きと予想を読み切っていた。

 ここに来る、という確信は、ソレに命をかけさせるには十分な理由であった。

 自身の歩幅を考慮して、さらに半歩前へと進んだ。

 たったそれだけで、カルトンの攻撃は無効化される。

 さらに言えば、蹴りの体勢は残るのだ。

 片足を宙に浮かせたため、今は脚一本で体を支えている。

 その隙を見逃すはずもない。


 ソレはカルトンの頭を左から押し、軸足を右から払う。

 どれだけ力があろうと関係ない。

 片足ということもそうだが、蹴りの力が逃げてしまっているために、その場に残ることに全力を出せないのだ。

 むしろ、その反動を利用される形になった。

 踏ん張ることは難しく、すぐに身を宙に浮かせることになる。

 ついでに頭を抑えられた時、彼の脳は揺れていた。

 小さな衝撃は魔力の鎧と頭蓋を浸透し、ダメージを与えてる。

 カルトンの視界は大きく歪む。

 


 「うっ!」



 怯んだ。

 いや、怯まない方がおかしい。


 この唐突な衝撃は、失神するには十分な理由だ。

 けれども、カルトンにも意地がある。

 意地しか勝れる所が存在しない。

 だから、その強い意地は、彼が無理な反撃を行わせた。



 「お ぉ ぉ ぉ !」



 振り返りながらの裏拳。

 上から下へ振り下ろされる拳は、大槌を遥かに超える破壊を含んでいる。

 速さも言わずもがなだ。

 当たれば死は必定。

 そして、当たらない訳がない。

 一瞬前まで、触れられるほど近くにいたのだ。

 ソレはおそらく、次の攻撃を仕掛けるために離れてはいないはず。

 カルトンは回された時に、完全に死に体になったのだ。

 何でもできるし、し放題のはず。

 離れる理屈が存在しない。

 この奇襲を、予測できるはずがない。


 はずがなかった



 「…………!?」



 裏拳はどこにも当たらない。

 ソレのフードをはためかせる距離で、盛大に空振った。


 ソレは片手でフードを抑えており、余裕が透ける。

 完璧に、読み切られていた。

 死に体の相手に次の攻撃を行う、という当然のセオリーを無視して、一旦離れたのだ。

 こうなる当然の結果、と言わんばかりの態度で。

 一歩間違えれば頭蓋が粉砕していた。

 死の淵に立ちながら、ソレは余裕の態度を崩さない。

 

 それから、終わりまではすぐだ。

 一歩前に進んで、ソレの手刀が垂直に落とされる。

 肋骨にモロに入った攻撃は、頭を揺らした時と同じく、衝撃が浸透する。

 魔力、皮膚、骨、肉、心臓と通って、抜けていく。

 次の瞬間には、カルトンは地に伏せていた。

 

 


 「反応はいい。対応も悪く無い。いい武闘家だよ、君は」



 圧勝


 それ以外の言葉はない。

 かすりすらしなかったではないか。

 天と地ほどの差がありながら、優しく褒める。

 親が小さな子どもに接するように。


 だが、それとは訳が違う。

 何度も言うが、カルトンは弱くない。

 どちらかと言えば、間違いなく強者の部類に入る。

 それでも、結果はコレだ。

 

 パワーは最高峰だった。

 一撃一撃が大砲の如く、かするだけでも致命になるうる。

 人など、卵を割るように壊れてしまう。


 だが、当たらなければ意味がない。

 かするだけでも致命になっても、かすりもしなければ虚しいだけだ。

 せっかくの破壊も、対象がなければ怖くはない。

 けれども、それを前に少しも怖じないことは異常だ。

 どこまで自身の技を信じても、技に命を乗せることができようか?


 スピードは超級だった。

 目で追うことができた者は、その場に何人居ただろうか?

 高速など当たり前で、その上で磨きをかけ続けなければならないのが、Aランクという称号だ。

 影すら掴ませない戦闘であった。

 彼に付いていける者は、最低でも一人で戦況を左右できる人材、Bランクからだ。

 付いていける、というだけで、そのまままともに戦闘を行える者はさらに少ない。  

 

 しかもそれは身体能力の話ではなく、動きに含まれる技の話でもある。

 速いのは、無駄が少ないから。

 動きの中に不純を無くし、さらには本来よりも速く動いているように見せる。

 見せかけ、騙す技術だ。

 強いのは、力のコントロールができているから。

 全身の力をより効率的に、より無駄なく移動させる。

 攻撃の瞬間に、集めたそれを爆発させるように。

 ただ殴っていた訳ではない。

 

 天才の境地だ。

 天才が十分な修行を行ってこそ、こうなった。

 素質の他にも、素質以上の力が透ける。

 才能と努力が積み重なってこその、この結果だった。



 「あと百年も修行すれば、もう少しハンデを解くかもね? 素質は素晴らしい。強くなるためにひたむきになれる真面目さもある。ボクにはよ〜く分かるよ」


 

 だが、ソレの動きは鈍かった。

 どちらが速いのかは明確で、カルトンの方が三段は上を行く。

 パワーは間違いなくない。

 接したカルトンにしか分からないが、見た目通りの、小柄な人間以上の力は絶対になかった。

 それでも、彼は負けた。

 ソレに完璧に動きを読まれていた。

 対応できそうもない、できるわけもない。

 ソレの速さなど、カルトンを相手するための最低限すら無かったのに。


 まるで未来を知るかの如く。

 一歩、少し、紙一重。

 ほんの少し、というズレが、ここまで事を運んだ。

 ただの妄想でしかないが、もしも一発でも攻撃が当たれば、勝っていたのはカルトンだった。

 何故なら、



 「もしかすれば、百年後ならボクに魔力を使わせられたかもね?」



 前衛が必ず使う、魔力による身体能力の強化。

 それを、この化け物は使わなかったから。

 

 完全な生身だ。

 貧弱な体のままで、ソレは最後まで戦った。

 その身に宿る、技のみで。

 


 「次はもっと強くなろう! ボクはいつでも、君たちの挑戦を心待ちにしてるんだ」



 視線が周囲へ移る。

 誰かに向けたモノでもなく、誰でもいい全員に放った言葉だと理解できた。

 その中にある期待は、間違いなくそこにあったのだ。

 そして、その正体に気付いた者も多い。

 

 嗚呼、この方は……



 「『武神』の称号、まだまだ渡すわけにはいかないな」



 武の神に他ならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ