86、不運な貴女
「本当にあんなことしてよかったのか?」
宿に戻って開口一番、エイルに向けられた言葉だ。
エイルは話をかけてきたエルフの女性を相手に、顔面を殴り飛ばした。
彼女の気を失わせるために、エイルが振るった暴力。
一般市民相手が受けたなら、首を千切るつもりで殴ったに違いない。
あっという間に彼に引っ張られて外へでたために、チラと見ただけであったが、殺してはいないだろう。
首は繋がっていたし、外から見ただけでは気絶したようにしか見えなかった。
きっと彼のことだから、狙って威力を調整したのだろうが、それにしてもやりすぎに思える。
それに、
「私達まで同じ部屋にして、そこまで気を張る必要がありますか?」
普段は、男女で別れて二部屋で泊まる。
だが、この時だけは四人で集まっていた。
これもエイルの指示であり、今日は集まって宿泊し、明日すぐに出るという予定だ。
酷く警戒を押し出している。
なかなかに珍しい。
大抵のことは大雑把に済ませてしまうのだ。
それで足りてしまうが故のことだが、今回は慎重さを優先している。
「いや、必要だ」
間髪入れずに返すエイル。
忌々しげに、今すぐにでも舌打ちしそうな様子である。
「あんな変な奴に邪魔されるのは癪すぎる。関わる分だけ俺らが損するだけだ」
「そ、そこまで彼女は、だ、駄目だったんですか?」
「ああ、そうだ」
断言する彼に、疑問も覚えよう。
彼らからしてみれば、そこまで悪い人物には見えなかった。
確かに怪しい部分もあったが、明らかに同行を拒否しなければならないほどでは無かったように思う。
だが、エイルだけは違った。
彼の思考だけは、もっと別の所へ向いていた。
「そもそも、そこのバカの役目は何だ?」
エイルは仲間を指差す。
その先には未だに首を傾げている男。
「ああ、役目が……」
「一応『勇者』だぞ、コイツは。少しでも敵に情報掴ませないようにこうやって旅してんだ。なんでそこに部外者入れなきゃならんのだ」
言われてみれば当たり前のことに、三人は納得する。
確かに一緒に旅をするのは身バレの可能性が高まる、というかほぼ確実にバレる。
誰の助けも呼べない状況で、もし使徒にでも奇襲を受ければ、どちらが死ぬかは明らかだ。
下から三番目の敵を相手にして、あんなにも削られた。
どちらが負けてもおかしくはなかったし、誰かがあの戦いでに欠けなかったのも重畳だ。
だから、下手は打てない。
人類の最高戦力である『大賢者』や、他の『超越者』達でさえ手に余る状況だったから、『勇者』は呼ばれた。
『大賢者』一人だけが飛び抜けて強いが、その彼が『勇者』を必要とし、期待している。
そこに意味がないはずが無い。
あの『大賢者』が、悠久を生きた老人が、必要だと言っているのだ。
ならば、『勇者』の死は相当にマズい事態だと分かる。
「それに、あの女は気味が悪い。な〜んか嫌な感じがる」
嫌な感じがする
抽象的で何も伝わらないが、その言葉がエイルから発せられているのだから、何かある。
三人は彼の力を深く理解しているから、ただ不審な女だからと決め付けた訳ではない。
彼がそう感じたなら、感じさせるだけのものがあったのだ。
「でも、あの人そんなに危ないのかな?」
それでも、どうしてもそう思えないのも、勇者のカンだ。
「ま、まあ、仕方、ないです。泣き落としに、よ、弱いですよね?二人とも」
「「誰が(ですか)?」」
誰とも言っていないのに、息を合わせて自分のことだと確信してしまう勇者と聖女。
実際に最も警戒しなかったのは二人だ。
アレーナは心の底では信用に足る三人の内二人が、良し、としたから別にいいか、と思っただけ。
揺れはしたが、結局は信用には至っていない。
二人をケタケタと笑うエイル。
若干面白いな、と思いながら居心地悪いアレーナ。
ええ、と困る二人。
「だが、アイツを連れて行くのは反対だぞ?アイツの人柄が良い悪いに関係なくな」
「分かってるよ」
人の良さにつけこまれ、大義を見失いそうになっていた。
彼女には申し訳ないことだが、彼女のやる事には四人は関わることができない。
人間性や怪しさの問題ではない。
無理なものは無理。
本当にただそれだけの話だ。
だが、まだ分からない事もある。
「でも、何であんなに大人数で行くことにこだわったんでしょう?エイルが警戒するくらいに強いなら、一人でヤマトになんて行けるでしょうに」
「ん?そりゃあ、アイツが誰かに狙われてるんだろ?」
なんでもないように言う。
いきなりの答えに驚きを隠せない。
何で分かった?というのもあるが、狙われてる、とはあまり穏やかではない。
「あの酒場の周りに何人か囲ってた。そういうことならアイツの言いたいことも分かる」
どうしてもヤマトへ行きたかった。
一人でその旅を成し遂げられる力は、おそらく有している。
もしも途中で魔物に襲われようが、盗賊に襲われようが、大抵は返り討ちにできるだろう。
だが、多勢に無勢だ。
今は街で、人目につくから手を出さない。
ターゲットの強さも考えて、手を出せない、かもしれないが。
それでも、もしも手を出せる状況になってしまったらどうなるかは明らかだ。
街から街への移動の間、連日連夜、昼夜問わずで襲いかかられたら流石に無理だろう。
だから戦力、もっと言えば人手がほしかったのだ。
連携さえしてしまえば、何十人が何日攻撃を仕掛けてきても凌ぐことができる。
その人選も、一定以上の力の持ち主を厳選していた。
裏では彼女自身の問題があり、それを解決するために全力で動いていたのだ。
「でも、それなら途中で嫌でも気付かれるだろ?騙して巻き込むなら、もう一日目で追放されるんじゃ?」
「あ、そ、それなら、多分、さ、算段はあった、ですよ?」
視線が一気にアレーナに向けられた。
フニャリと笑う彼女は、きっと急に一斉に見られて困ったのだろう。
だが、すぐに大きく深呼吸し、できる限りあがらないように落ち着いて言う。
「呪術、でしょうね、多分。契約の魔術に、に、似てましたが、間違い、かと。嫌な感じって、それなんじゃ?わ、私もそれらしい気配、か、感じたし……」
呪術は人を呪う手段だ。
神聖術の聖力が『主』への祈りから成るように、呪術の呪力は恨みなどの負の感情から生まれる。
そこに含まれる威力、殺傷性、殺意、悪意、はある意味どんな暴力よりも強力だ。
だから、専門の技術を学んだ呪術師しかまともに使えないのだが、暗殺にはもってこいの手段だ。
そんな猛毒を制御する。
例えばいつ、どんなタイミングで、誰に発動させるのかを決める。
もしも彼女の立場ならば、
「俺なら、『自分の同行を賛成した奴』にかける。途中で『約束を放棄』したら発動するように、な」
「え、じゃあ俺ヤバいんじゃ……」
「ああ、それはた、多分大丈夫、で、す。あの人、の目的、がエイルさんの言った通り、なら、ひ、一人を条件に、は、発動しないはず、です。わ、私の方からも、それっぽいのは感知、できませんし……」
それを聞いて安心した。
安心とはいっても、すぐに怪訝が浮かび上がる。
そこまでしても彼女はヤマトへ行きたかったのだ。
どこまで本当かは分からないが、悲願のために金が必要だと吐露した。
それにこれだけ言葉を重ねても、あの想いが嘘であるという根拠は出てこない。
エイルもそれを分かっていたから、今日は四人で集まって、と言ったのだ。
あの行動力と信念に従って、何かとんでもない事をやらかす可能性もなくはない。
彼は雑に見えて、色んな可能性を見て、慎重に物事を決める事ができる人間だと、改めて勇者は悟る。
「あんなに必死なら、叶うといいんだけどな」
「俺らじゃ無理だぞ?ていうか、呪われかけたんだぞ?」
「分かってるよ。何か奇跡が起きて、あの人のお願いが叶うようなことがあればいいのにって思っただけ。流石にあそこまで必死だと、失敗してる所は見たくない」
彼女がこれまで声をかけてきたという者たちが、どこまで悟っているかは知らない。
それなりの力を持っているのなら、それなりの知慮があるはずではあるが、今四人が至った結論まで来ることができるのかは微妙だろう。
エイルとアレーナが居なければ、ここまで道筋を立てて推理することはできなかった。
答え合わせはできないが、正解に近いはずだ。
だから希望はなくはないが、とても薄い。
ならせめて、心が広い者たちに出会えることを願ってもいいはずだ。
「人から避けられる魔術を使う、か…………」
「気になりますか?」
「そりゃあね」
おそらく、そこが大きいのかもしれない。
信用が足りないや、他に頼った連中の警戒心が強い、も抜きにして、彼女が断られ続けていた、というのもそこだろう。
そして口振りから、女が冒険者であることは分かってる。
避けられ、嫌われてきたと言っていたことと、エイルの言う彼女の実力から、相当な有名なはずだ。
けれども、だからこそ、避けられていた。
断る理由などないはずの者たちに一か月間振られ続けた。
彼女を寄せ付けない責務はない。
それなりの知名度が彼女にあるはずだから、知らない者と旅をする胡散臭さもない。
人柄など、少し関われば悪人の類ではないと分かる。
だが、避けられる。
この多くの人間に、お前とは関わりたくない、と真正面から言われてきたのだろう。
「ほんと、どんな魔術使えばそんな偏見受けるんだか……」
なんでもなく呟いた言葉。
これをさらに拾ったのは、魔術についてのスペシャリストだ。
「ああ、多分、それ、あ、アレじゃないですかね?」
「え?分かるの?」
「は、はい。人から避けられる魔術をつ、使うって。た、多分ですけど、――――――――」
アレーナの推測に、エイルとリベールは納得した。
確かに、アレは人に避けられる。
とても希少で、とびきり不吉で、世界の歴史的に多くその魔術の術者が、それを使えるというだけで殺されてきた、呪いの魔術。
釈然としないのは世界の内情にあまり詳しくない勇者だけだ。
腕を組み、首を傾げながら訊ねる。
「それがどうして嫌われるんだ?」
「いやぁ、それはな…………っ!」
※※※※※※※※
突然現れた気配。
明らかに人ではなく、強大でとてつもない化け物。
これを知っている者は少ないだろう。
それだけレアで、強くて、人が住む所には滅多に出ないものなのだ。
「GAOOOOOOOOO!!!!」
だから、これは天災だ。
十年に一度とも言える災害が、ここで起きた。
龍害
場合によっては国すら滅ぼす、未曾有の天災の一つだ。
「お、私の出番か?」
すみません。
いったんここで止めます。
いつ再開するか分からないけど、一月は絶対かかりません。