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85、お願い



 「まあ、もういいんじゃないか?別にどうにもならないし、連れて行ってあげようよ……」



 うんざりした様子で切り出す勇者。

 それに女性はぱぁ、と表情を明るくし、熱い論戦を繰り広げていたエイルを即座に無視し、彼に飛びつく。

 次の瞬間には両の手をガッチリと握り、満面の笑みを浮かべた。



 「なんと優しいお方なのか!この街には一ヶ月ほど居たが、共に行ってくれると頷いてくれたのは初めてだ!私はきちんと恩を返すぞ?それほど多くはないが、冒険者専用の信用金庫にまとまった金が、」


 「何勝手に話進めてんだ!」


 「ごっ!」



 何か言葉を返すよりも前に、エイルの手刀が女を叩き伏せる方が早かった。

 

 みっともなく、べちゃりと床にヘバリ付いている。

 だが、未だに手を離さないのは驚愕だ。

 女性とは思えないほどの強い力で、絶対に離してなるものかと握り続けていた。

 さらには笑みを絶やさず、目を合わせたまま起き上がろうとしている。

 その姿には酒場の全員がドン引きだ。

 握られている当人が思わず虫を見るような目になってしまったのも不可抗力だろう。

 振り払ってしまいたいが、彼女の剛力がそれを許さない。

 目見麗しいはずなのにどこか残念さを拭うことができないのは滑稽たが、彼女の執念を見れば不気味の一言である。


 そんな視線を感じて、慌てた女。

 流石にこの不名誉を受けるのは気が引け、



 「ああ、怯えないでほしい!私は君をどうこうしたりしない!だからさっきの言葉を取り消さないでくれ!お願いだ!」



 はしないようだ。


 名誉よりも約束が大事。

 連れて行くと言ったことの方がよっぽど重要。

 クールそうな見た目が台無しである。



 「呪ってやるぞ!このまま私を捨てるというのなら、子々孫々にまで呪い尽くしてやる!」



 女性陣は女の奇行に何も手を出すことができない。

 意味が不明すぎて、どうすればいいのかも分からなかった。

 だが、下手に関わって飛び火に当たるということもない、割と良好な選択肢を取ったと言える。

 下手に関わってしまった二人の散々な様子を間近で見れるのだから、少しホッとしているのは男性陣には内緒だ。


 そして、不憫な彼らは完全に押し負けていた。

 エイルは既に女を引き離すために彼女の脚を引いている。

 勇者も離れようと逆方向へ逃げるのだが、女自身が鎖で二人を繋ぐように諦めない。 

 男二人に綱引きにされているのだが、それでもなお彼女の爆走は止まらなかった。

 手から腕へ伸び、肩を掴む。

 先程まではかろうじて冷静そうだった目はギョロリと剥き、血走っていた。

 

 これではエルフではなく妖怪だ。

 美しさから来る妖艶さではなく、狂気から溢れる妖気で満ちる。

 ぶっちゃけ、怖い。

 歴戦の勇士だとしても裸足で逃げ出すほど怖い。 


 

 「分かった、分かったから!一旦手を離して!座ってからちゃんと話を聞くから!取消さないから落ち着いてくれ!」



 世界一頑固で硬い使徒さえ退けた勇者は、この時、完全に根負けしたのであった。



 ※※※※※※※※※



 「申し訳ない、取り乱した」


 「本当にですね……」

 

 

 ひたすら暴れまわった所で、ようやく落ち着きを取り戻す。

 言葉を尽くし、行動を尽くし、取り乱したで済まされるのは彼らの中で少し納得いかない。

 そこまで接していないリベールでも疲れたのだから、男二人はかなり消耗しただろう。

 だから、リベールの溜息のような言葉を誰も否定しない。

 周囲の者たちも、ようやく収まったか、とやれやれしている。

 


 「いや、私を連れて行ってくれると聞いてつい舞い上がっでしまって……」


 「テメーのはただの狂乱だろうが」



 どストレートなツッコミにも女は動じなかった。

 並の図太さではアレはできないだろうが、少しも応えないこの反応に、付き合わされた者たちの表情は微妙だ。

 当たり前である。

 ここまでしっちゃかめっちゃかにされて、こちらの口撃が効かないのは腹が立つ。



 「本当に申し訳ない。私はどうしてもヤマトへ行きたいのだ。それで行動を共にしてくれる仲間を集めようとしたが、すべて空振り。時間もないし、どうしようかと考えていた所で希望が降ってきたのだ。許してくれ……」



 しっかりと頭を下げ、謝辞を述べる。

 申し訳なさそうにしているその姿は、別人のようだ。

 さっきまで欠落していた理性をもって自分の意思を明らかにしており、多少は信用が回復する。

 本当に熱くなっていただけで、実際にはもう少し落ち着いているのだ。

 何回も何回も断られて、どうしようもなくなって、それで暴走しただけだと。 



 「本当に感謝する。私の悲願だったんだ……」



 泣きそうなほど感情を溢れさせる彼女。

 そこへ踏み込めるほど、無粋な者はいなかった。  

 人助けの一環として、彼女を連れて行くのもやぶさかではない。

 わざわざこのくらいの事を断って、ここまで熱望する人の期待を裏切ることはないんじゃないか?

 そう思わせて余りある強さだ。

 勇者も、リベールも、アレーナも、今更切って捨てるのはどうなのか、と思い始める。


 この場にそんな雰囲気に流されない、悪逆非道(空気読めない奴)が居るとは考えもしなかった。

 

 

 「テメーを連れてくなんて認めてねぇぞ?」


 「え?」


 「さっきのはコイツ一人の意見だ。俺らは四人居る。全員が納得しねぇと連れてはいけねぇ」



 お前正気か?という目でエイルを見る勇者。

 ここまでされたのに断るなど、普通ならできない。

 理由も裏も分からないが、なんだか悪いことをした気分になるだろう。

 

 それ以前にあの駄々を忘れたのか、と。

 またあの狂乱が行われてしまうのだ。

 下手に刺激してしまえば、ああなることを忘れたのか?


 だが、さらにエイルは続ける。



 「そもそも、何でお前は他の連中に断られてる?」



 うっ、と女は唸った。


 その顔は都合の悪いことを隠さない。

 嘘が吐けない者の典型のような反応だ。

 これを見てエイルは呆れて肘をテーブルに付けながら、さらに言葉を重ねる。



 「お前自身、相当強い。魔力もそうだが、立ち振る舞いからお前が戦えることなんて丸分かりだぞ」


 「………………」


 「そんなお前が、ヤマトへ行くのに何で人手が必要なんだ?一人で行けばいいじゃねぇか。カンだがお前はそれができる」



 最早、女の顔は青い。

 尋常ではない汗をかき、息もペースが早くなってきた。

 処刑前の死刑囚のようにうろたえる姿には、もう笑いすら込み上げてくる。

 視線も微妙に泳ぎ始めていた。

 まるで誰かに助けを求めるようだが、それに応えるほど酔狂な者は居らず、女のいたたまれなさだけが募っていく。



 「で、何で俺たちと一緒にヤマトへ行きたいんだ?」



 青を通り越して、もう白い。

 絶望すら感じられないほどの虚無に襲われている彼女は、少し不憫に思えてしまう。

 不憫ではあるが、怪しさが混じってきたのは確かだ。

 意図的に情報を明かそうとしなかったのは、共感はできるが、理解はできない。

 少し緩んでいた勇者たちの空気が引き締まり、改めて警戒の色を出す。

 

 そして、それでエイルが容赦することはなく、さらにたたみかけに入った。



 「理由も、目的も、どんな問題があるのかも明かさない輩と一緒に旅なんてゴメンだね。他をあたれ」


 

 完全に終わらせる気だ。

 席を立ち、冷めた目で女を見下ろしている。

 このままさっさと帰ってしまおう、という腹だろう。

 態度は威圧的としか言えず、もう話しかけるな、と顔に書いてある。

 経験という面では、パーティー内でエイルに勝てる者はいないのだ。

 彼がそれで正しいと断言するのなら、他の三人は従うしかない。

 エイルという人物が築き上げてきた実績と信頼からなる、当たり前の判断。

 さっき会ったばかりの彼女に、これを崩す術はない。


 だが、



 「わ、私は、金がいるんだ……」



 女はポツリと話し始める。

 

 全員が聞き逃さないように、黙って、じっと。

 喧騒とした周囲を無視して、話に入り込む。

 


 「知っているだろう?もうすぐ、ヤマトで国王主催の武闘大会が開かれる。その賞金、できれば3位以上のものが必要なんだ……」


 「その理由は?」


 「言えない……」


 「じゃあ、お前がこれまで避けられてきた理由は?」


 「…………私は世間一般で、あまり風評の良くない魔術を使う。だから、同業者から逃げられるのはいつものことだ」



 弱りながらも、できる限りに伝える女。

 エイルも深くは踏み込まない。

 彼女が言える範囲で、すべてを教えていることが分かるから。

 信用のために、その境界を推し量っている。

 


 「頼む。虫がいい話だとは分かっている。詳しいことは言えないが、私に協力してくれ……」



 テーブルに額を付けて願いを言う。

 間違いなく、心からの言葉だ。

 怪しいことこの上なく、信用などないに等しい赤の他人を、一先ずは呑み込んでくれ、と恥知らずにも頼む。

 

 勇者たちは、根は善人だ。

 ここまで誠意を見せられて、揺れないはずがない。

 頷くことはなかったリベールもアレーナも、もう同行に文句を言うつもりはない。

 もしもエイルが頷くのなら、警戒こそ必要だろうが、それでも致命になることはないと分かっている。

 だから、静かに彼女を見守った。

 

 彼女の奮闘も、あと一人。

 エイルさえ首を縦に振れば、彼女の努力は実を結ぶ。

 そして、



 「はあああ…………」



 分かりやすく息を吐くエイル。

 ビクリ、と肩を振るわせる女。

 

 なんと、彼は手を女へ差し出した。



 「………………!」



 パァ、と明るい顔を上げた瞬間、



 「わりぃな」  


 「へ?」



 とてつもない衝撃が、女の顔面を貫く。 


 この破壊に抗えるはずもなく、あっさりと彼女は意識を失ったのであった。



 ※※※※※※※※※




 「あ〜あ、行っちまいやがった」


 「しょうがねぇよ。あの小僧一人だけ雰囲気違ったからな。情に絆されるような玉じゃなかったんだろ」


 「いやぁ、でもちょっと可哀想だな。あの娘、一ヶ月からこの街に居るんだろ?」


 「バーカ!アイツが誰か知らねぇのか?」


 「? 有名人なのか?」


 「アイツはAランク冒険者のケイト・アングラーだぞ?」


 「え?マジで?あのケイト?」


 「そうだ、そのケイトだ。たった三年でAランクに上がって、そんで裏では色々黒い噂が出回ってる『守銭奴』のケイトだ」


 「へー、見た目はそんな悪そうじゃなかったけどな」


 「見た目はな?そりゃエルフだしべっぴんだが、そのせいで舐めてかかった奴らは全員治療院送りだ。裏でギルドと繋がってるとか言われちゃいるが、アイツ自身は間違いなく天才の類だろうよ」


 「でも、アイツがここ一ヶ月強いパーティーに付いて行こうとしたのは本当なんだろ?何でそんなことしてんのかね?」


 「俺が知るわけねぇ。だが、なんか企んでるのは確かだな。冷徹で外道なんて陰で言われてる奴が、あんなバカ演じてたんだ。なんも考えなしな訳ねぇだろうな」



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