84、変人
みじかい
東の大国ヤマト。
大陸の最も東に位置する国。
特別魔物が多い海である、通称『死海』に囲われ、辿り着くための道は陸にしかない。
だが、海でなくとも難しい。
ヤマトは無窮山脈、という巨大な山々に囲まれ、ルートはかなり限られている。
だから、陸の孤島とも言えるかの国では、独自の文化を築いてきた。
侍と呼ばれる戦士などはそのいい例である。
そういう他にはない物を生み出す、いや、守ってきたのだ。
それが勇者一行が次に行く国。
彼らは今、そのルートに入るための街の一つに寄っていた。
まだまだヤマトからは遠く、だが確実にヤマトへ向かう道すがらである。
日も暮れる夕方。
もうすぐで夜に差し掛かるほどの時間。
四人は今…………
「だから、何度も言ってる!私を連れて行ってくれ!」
「駄目だ。俺らは別にこれ以上人員が必要な訳じゃねぇ!他をあたってくれ!」
「だから、何度も言っているだろう!他は当たり尽くしたのだ!いいじゃないか別に一人増えたくらいで!」
「良くねぇから断ってんだよ!いきなり押し掛けてきた奴をどう信用しろってんだ!」
何やら言い争いエイルと、若い女性。
他の三人はこの様子を、いつまで続くのやら、と呆れながら眺めている。
喧騒として酒屋での、さらに喧騒とした話だ。
かれこれ半刻近く続いている終わりの見えない現状に飽きてきた。
本当に面倒くさい輩に絡まれたものである。
※※※※※※※
アニマを出た彼らは、着々と歩を進めていた。
とは言っても、それほど時間が経ったわけではない。
使徒を倒してから一月経過したところだろうか。
いつものように街に着き、物資調達、休息を味わっていた時のことである。
宿を確保し、荷物は部屋へ。
ひとしきりやる事は終わったために、胃に押し込んだ食べ物たちは骨身に沁みた。
「おいアホ女、飲めよこの酒。うめぇぞ?」
「私一応聖職者ですよ?そういうのは控えてます」
「じゃあアホ勇者はどうだ?」
「いやぁ、酒はちょっと……」
「………………」
「え、わ、私には……?」
四人は食事を共にしていた。
別に珍しいことなど何もない。
周りからはただの四人組が騒いでいるだけだろう。
だが、勘がいい者ならすぐに分かる。
彼は凄腕の集まりだ、と。
「ぶはぁ……飲めばいいのに……」
酒をあおる男の鋭さは何だろうか?
飲んだくれているように見えて、その実自然と、そしてすぐに剣へ手が伸びるようにしている。
常在戦場、とはよく言ったもので、彼はとても忠実にその言葉を再現していた。
おそらく、戦争に身を置いた立場だったのだろう。
予測でしかないが、傭兵。
きっと二つ名まで付けられた、有名な。
そこそこの数の戦士たちに、エイルは注目されていた。
「私飲めますよ?え、エイルさん?え、聞こえてないんですか?」
見るからに魔術師の女の脅威に気付けた者はさらに少ない。
魔力を感じる、という、少し力を付ければ誰にだってできる技術。
人、物、魔物に環境まで、多くの場面で使いどころがある。
人や魔物に使う時は、大まかな実力把握に使うのだが、その点でアレーナの力は目立ってはいない。
だが、彼女はそれを隠しているのだ。
とても巧妙に、気付かれないように。
だから、その実力を見抜いた者は相当な手練である。
超人、と呼ばれるほどの力量がなければ、察知することができないだろう。
「リベール、もういいのか?」
「あ、はい。もうお腹いっぱいです」
他二人にしても、警戒に値すると思える者はかなり少ない。
なぜなら、この二人は分からないのだ。
男は黒髪が珍しいが、それ以外は分からない。
魔力は高いし、腰にさげた剣も飾りではないはずだ。
女もよく分からない。
神官服は分かるのだが、それ以外は頭に入ってこない。
どこか不気味だが、どこか目が離せない。
この二人は……
「ヤマトまではあとどれくらいなんでしょうか?」
「まだまだだよ。これから七つは街を経由して、それから山を越える。だからあと一月はかかるな」
他愛もない会話だ。
旅をしているのなら、こんな会話は当たり前のことで、不思議な所など何もない。
酒場には多少道を同じくしようとする者たちも居たし、彼らも少し前までは同じようなことを喋っていた。
だが、ここでそれは駄目だ。
この酒場で、いや、この街でヤマトの話をするのはタブーであったことを知らない。
知っていた者もいちいち説明したりはしない。
割を喰うのは知らない奴だけだから、そんなお人好しはこの場にはいなかった。
「ヤマト、と言ったな?」
四人に一人の女性が声をかける。
金髪の女性だ。
見目は二十を過ぎた辺り。
スラリとした四肢に、クールが似合う顔立ちはたじろぐほどに美しい。
長い髪は一本にまとめられ、格好や立ち振る舞いから『戦える人』だと分かる。
そして何より、彼女の耳。
鋭く尖るその耳は、間違いなくエルフのもの。
彼女は切羽詰まったような雰囲気のままに、すがりつくように言った。
「ヤマトへ行くなら、ついでに私を一緒に連れて行ってくれ!」
ここからエイルと彼女の言い争いが延々と続くのだが、まさかその後一時間も言葉が途切れないとは誰も思うまい。