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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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80、使徒の運命


 なぜ二人が殺されたのか?


 それは、最後まで彼女を理解しようとしなかった者たちが、その自尊心を守るためだ。

 自らの心を守るため、彼女らを犠牲にしたのである。


 だが、それを認めるほどに、彼らは愚かでない。

 というより、愚かであると認めはしない。

 自身の格を自分で貶めるという選択を取れるほど、不器用なことはなかったのだ。

 だから、彼女を殺す口実というものができていた。

 

 それを表向きにして、それ以上を考えない。

 自分には愚かさなどないと言わんばかりに、その口実だけを理由にしたのだと言い聞かせる。

 愚かにも自分と向き合うことはなく、愚かにも自分の非を認めない。

 その結果、何でもしてしまう。

 何も赦されてはいないのに、仕方ないが優先して、何でもしていい気になってしまった。


 仮にも妹だった者の死後の名誉すら、平気で踏みにじる。

 だって、別にいいじゃないか。

 王を目指すためにそれまでに生まれる犠牲は、全部仕方ない犠牲なのだから。



 ※※※※※※※※※※



 エドガーは、分からなかった。



 ほんの数日。

 自分が側を離れた、ほんの数日。


 それだけの時間で、彼は大切な人たちを失った。

 手の届くはずだった人たちを放って、彼は手の届かない人たちを救うために動いた。

   

 頭では分かっていたはずなのに、何故か今彼は主人の近くにはいない。

 少しくらい離れても大丈夫だろうとタカをくくり、そしてそのツケは大きく響いた。

 大きく、響き過ぎた。

  

 何もできなかったエドガーの心を抉り、粉々に叩き割る。

 徹底的に、立ち直れないほどに。

 決して下ろすことのできない十字架は、もう死ぬまで彼を離さない。

 悲しく、苦しく、痛い罰。


 だが、それでも彼は挫けない。

 今回の顛末など容易に想像もついたのだが、それでも誰かを恨むことはしない。

 必死に己を律し、強くあろうとした。

 

 彼の強い、強さしかない心は、そうしなければならないのだと理解している。

 二人の死は自分の責任。

 自分の愚かさが招いた、最悪の結末。

 これを償うことなど一生かけてもできはしないが、それでも生きて償う。

 それを二人は望んでいる、と。


 限りなく正解に近い。

 人間としての心を持つ者として、間違いなく正しいと言える結論だ。

 その強さという呪いは、彼の弱さを縛りつけ、楽な道へ逃がそうとしてくれない。

 いつもいつも、そういう方へ勝手に移る。


 だが、それは悪い訳ではない。

 これで犯人であろう者たちを衝動に任せて殺したとして、どうにもならないのだ。

 むしろ国は間違いなく乱れ、民たちは結果として苦しむ。

 それに、まだ家がある。

 父や母といった家族がまだ居る。

 そんなことをすれば、間違いなく彼らはエドガー諸共に殺されてしまう。


 それに、生きることを二人は望むというのは真実だ。

 彼は知る由もないが、死にゆく中で二人は確かにエドガーの無事と生存を願った。

 自分たちが生きられなかった分も、ちゃんと生きてほしいと思った。  

 

 三人の絆は本物だ。

 だから彼の怒りは暗い炎として胸に燻り、リオンとクラリスの願いを正しく理解し、それ故にその恨みすら捨てようとした。

 入口の小さな正しい道。

 だが一度入れば、正しく生きられる。

 

 入口の大きな茨の道を歩むよりも、それはきっと有意義で、ずっと恵まれて過ごしていける。

 誰しもがこの道を通れる訳ではないが、それでも行けるのならば、人生を無駄にすることはない。


 それを望まれた。

 他ならぬ、守れなかった本人たちによって。


 だから、エドガーはその期待に応える。

 彼の強い心ならば、完全に消すことはできずとも、封じることは可能だ。

 それに身を焦がすことはなく、一生を共にすることだって。


 

 望まれた道へ行こうとして…………




 「クラリスなんて悪徳王族、死んで当然だ」




 人の悪意を、垣間見た。




 ※※※※※※※※※※




 なぜだ?



 「本当に死んで良かった」



 なぜだ?



 「孤児院に寄付してたのは、後で子どもを売るためだったらしいぞ」

 「裏で国庫の金を使い込んでたらしい」

 「人を集めて禁呪を使おうとしてたとか」



 根も葉もない、どころではない。

 そんなことをする人じゃない。

 誰よりも近くで見てきた自分が言うんだ。

 彼女はそんな非道なことをするような人間じゃない。



 「他の王子を支持した貴族を大勢殺したとか」

 「表じゃいい顔して、見えない所じゃこれか」

 「騙された!」

 「■■■様が討伐隊を出して殺したんだと」



 何も見やしない者たち。

 何も聞きはしない者たち。

 これまで守ってきた、者たち。




 「死体は王都で晒されるとか」

 「ちぇー!ここじゃ遠すぎて見に行けねぇな」

 「どんな悪い顔してんのかねぇ、そのクラリスって奴」




 彼女の不器用が理解できないのは、王族や貴族だけだと思っていた。

 彼女の不器用な優しさは、伝わる者にはちゃんと伝わるのだと思っていた。

 彼女は不器用だから、ちゃんと尽くしてきたのだ。

 リオンにすべてを任せることなく、自分でできることは自分でこなしてきた。

 その責務をまっとうし、民を導くために。

 少しでも彼らにいい暮らしができるようにするために。

 貧困から民たちが苦しみ、死ぬことのないように。


 その結果が、コレか?



 「泣き叫ぶ所が見たかったなぁ」

 「ちゃんと生かして、その後処刑しないと見れねぇじゃん」

 「まぁ、何はともかくいい気味だな」

 「ああいうのが国を悪くするんだ」



 あれだけ足掻いて、頑張って、それでコレか?



 「死んでよかったな」




 このいかりをどうすればいい?

 このなげきをどうすればいい?

 おれはいったい、なにをすればいい?




 その時、確かに聞こえた。

 最強の『鋼の騎士』と呼ばれた男の心が、



  

 「こんな国、」




 ピシリと音をたてて、




 「滅びねぇかな…………?」





 壊れた音が。





 ※※※※※※※※




 その後は、記憶が飛んでいる。

 

 断片的に覚えていることは、目の前が真っ赤になったこと。

 それと一緒に、両の手には肉が潰れる感触が飽きるほどに続いたこと。

 傷だらけの身体で走り回って、痛くて、疲れたこと。

 彼女と彼の死体を見てしたり顔をしていた者たちを、全員潰したこと。

 そして、それを止めようとした、父を…………



 『やめろ!エドガー!』



 父を……………



 「何をしているんだ、俺は?」



 どこかも分からない洞窟の中。

 傷も、汚れも、返り血もそのままに、ここまで逃げ込んでしまった。

 追うものも居たが、追いつかれる訳がない。

 彼らとエドガーとでは、その強さに天と地ほどの差がある。


 幸いなことに、誰も彼を捕まえられない。

 不幸なことに、誰も彼を止められない。

 彼の凶行を止めることができた者は、彼自身も含めて誰一人として存在しなかった。


 力を持つ者は、その行動がまかり通る。

 だから、国を滅ぼそうとした彼の行動は、何よりも先に優先されてしまったのだ。

 いっときの激情に身を任せ、そうして自分で引き寄せた結末が、今。  


 多くを殺した。

 これまで自分が守ってきたものを、殺して殺して、そして殺した。

 積み上げてきたものをすべてかなぐり捨て、手に入れたのは虚しさだけだ。


 愛しい人たちの亡骸の前で、彼は何も思わない。


 一度たりとも涙は流れず。

 さりとて、もう怒りすら湧かない。

 何も感じぬ、何も思わぬ。

 眠る彼らが目を覚ますのを待つかのように、あくまでジッと動かない。

 彫像の如く、未動き一つ取ることはなく、ただ己と向き合い続ける。


 浮かぶ言葉はただ一つ。

 


『どうすれば良かったのだ?』



 分かっている。

 自分が選んだこの道は、間違いなく正解だった。

 

 正解だった。

 結果として親しき人が死んでしまったが、多くを助ける事ができた。

 正解だった。

 怒りに囚われ、赴くままにすべてを壊していった。

 正解だった。

 こうしてすべてを失い、愛しい人たち亡骸を前に、ただ独り居ることができてしまった。

 


 あの時、己を抑えることができたなら。

 あの時、もっと早く戻れていたなら。

 あの時、彼女の言うことも無視して、残っていたら。


 すべてはあり得ない仮定。

 こうなると知らなければ、考えることさえなかった道だ。

 だから、今ここにある選択肢はすべて正解だった。

 後になって、間違いに変化しただけで、あの時、あの瞬間に選んだ道はすべて正解だったのだ。


 だから、この話はもう終わり。

 何をどう足掻いても、この先というものは存在せず、話は絶対に広がらない。

 何もかも終わった。

 すべてがすべて、完結してしまった。


 これからエドガーが取る行動は二つに一つ。

 この物語を終わりと切り捨て、新しい話を始めるか。

 もしくは、終わったものへの執着を捨てず、大切に胸に抱きながら朽ち果てるか。

 

 二択を突きつけられた彼は、


 

 「もう、どうでもいい…………」



 後者を選んだ。


 落ちた日がまた昇る頃、



 「そう言わず、また戦ってください」



 最後の運命が、動き出した。




 ※※※※※※※※※※※



 

 突然、目の前に現れた。


 フードを被った怪しい女。

 顔は伺えず、声は記憶から滑り落ち、ただそこに居るという認識だけが先行する。

 例えるならば、幽霊か。

 淡い存在を抱えながら、ふわりふわりと姿を見せる。

 だが、そこに抱えられた()()だけは隠しようもなく、空恐ろしい。


 そしてその妄執だけでなく、感じてしまう目の前の女の力の大きさ。

 人の形はしているが、コイツは人じゃない。

 漏れ出る力の一端だけでも、エドガーなど遥かに超えている。

 次の瞬間に首をハネられても何ら不思議ではない。

 

 コレに比べれば、すべてが蟻だ。

 エドガーのこれまでの人生で見てきたすべての生物を天秤にかけても、コレと比べたならば一瞬たりとも釣り合わない。

 ここまで人間に近い化け物も、初めてだった。

 凡人ながらも、これまでのすべてを拷問じみた努力で乗り越えてきたエドガー。

 そんな彼でも、例え千年かけても足元すら見えないと予感するだけの力。



 「はじめましてですね、エドガーさん。私は天上教の『教主』です」



 天上教。

 これまで何度も、その信徒たちは相手にしてきた。

 使徒は会ったこともないが、その存在自体は知っている。


 だが、いったい『教主』とは?

 分かっている。

 何百年も暴れ回る、謎の組織。

 その異常性から尻尾すら掴ませない連中の長が、目の前に居る。

 姿形の情報すら出回らない、何百年も謎のままだった長が。



 「なぜ、俺の前に………?」



 自然と声が震える。

 それはそうだ。

 もしも期限を損ねれば、エドガーなど一瞬で消える。 

   

 恐怖という弱さはずっと昔に克服したつもりだった。

 どんな強敵を相手にしても、絶対に折れない戦士であるために、どうしてもそれは邪魔だったのだ。

 だから、というべきか。

 無謀に近い戦いを何度も何度も繰り返す内に、そんなものはとっくに消え去った。

 

 と、思っていた。


 これが『教主』。

 これが、世界を脅かす者たちの頭。

 

 戦慄が止められない。

 これを相手にして、どうして平気でいられよう? 

 


 「そう怯えないでください。私が貴方をどうこうする気はありません」


 「…………………」


 「下手に力を使うと『大賢者』に気づかれます。だから今、私は貴方に手出しできない」




 そういう問題ではない。

 命の危機を感じているのだ。

 

 いきなり猛獣が仲良くしましょうと言ってきたとして、それで、はい分かりましたとなる訳がない。

 こんなのを相手にして、いったいどうして警戒を緩められよう?

 何があっても絶対に警戒は、



 「貴方、使徒になりませんか?」


 「は?」



 解けな、い…………



 言葉が脳を巡る。

 グルグルと回って、落ち着かない。

 巡らせ、消化し、反芻して、また巡る。

 だって意味が分からない。

 望まれるようなものは何も持っていない、望まれるような力はない、望まれるほど立派ではない。

 

 頭ではこんなこと、と切り捨ててしまう。

 こんな訳の分からない輩が言った、訳の分からない願いなど、と。

 けれども、その言葉は酷く心に響いた。


 

 「何を迷うのです?」

  


 言葉は、エドガーの心につけ込む。

 硬く、強かった心が初めて作ったヒビに潜り込むように、絡みつく。

 だから、聞き逃せない。  

 一言一句でさえも、エドガーは忘れることのないように刻みつけられた。

 


 「悪くないですよ、使徒は、我々は。貴方を強く理解し、共感できます」


 「何が、分かる?」


 「だいたいは分かりますよ。みーんな貴方みたいなはみ出者です。なら、はみ出者どうしで集まりましょうよ」



 否定などできよう筈もない。

 ついさっき、『教主』の言う通りになったのだ。

 殺して、壊して、失った。

 悲しいほどに言い訳のしようもない。

 

 だが、やはり何も分かってはいない。

 エドガーは傷の舐め合いなど望んではいない。

 もう生きる意味すら見失った彼にとって、そんなことはどうでもいいのだ。

 だから、答えは決まっている。




 「と、言っても貴方はなびかない」


 

 

 だから、つけ込む。




 「何を言う?俺はお前にはつかない。今更、命など惜しくない」


 「おや、良いのですか?」


 「もうやりたいこともなくなった。十分に落ちぶれた。その上で、これ以上外道になるつもりもない。お前の誘いに乗るとはそういうことだ」




 自分で曲げてしまった想い。

 自分で壊してしまった信念。

 守る、という、ただそれだけのことすらできない自分。

 

 だが、彼はまだそれに縛られる。

 曲げても、壊しても、折れたとしても、その残骸たちは絶対に彼を離さない。

 それは『教主』にも分かっている。

 彼を引き込むには、もっと徹底的に、再起不能になるまで叩き潰すか、



 「では、私が目指す所を教えましょう」


 「何を………知りたくもない。知る必要もない。俺は、」


 「私は――――――――――」



 

 その信念、つまり後悔を利用する。


 思わず飛びつきたくなる、甘い餌。

 あまりにも現実離れだ。

 まさに世界を作り変える、人の分を越えた目的、絵空事。

 それでいて、エドガーにとっては都合が良すぎる、願ってもない夢。


 だが、ただの夢や絵空事ではない。

 あり得ない次元の話を現実に持ってくるために、これまで積み重ねてきた途方もない努力(犠牲)

 そしてそれを投げ出さないための強い意志(妄執)

 

 完全にイカれている。

 常人の発想、というか、人間の発想ではない。

 眉唾でしなかった。

 天上教は世界を変えようとしている、という無味無臭の噂に色が彩られる。

 

 これだけのことをしてみせると言う。

 聞いたばかりのエドガーにさえ、達成を幻視させる確信。

 必ず成功する未来が、そこにはあった。


 


 「それで、俺が無辜な民を殺すと?」


 「殺しますよ。実際に殺せた。それに、貴方はもうその無辜な民とやらに愛想を尽かした」



 

 何を当たり前な、と。

 これまで底を見せなかった『教主』が、初めて感情を顕にした。

 深い、深い憎しみ。

 さらに奥底にある、悲しみ。

 ここまでの凶行を行い続けて、なおも夢想を現へ変えようとする原動力。


 それにエドガーは気圧される。

 年季が違いすぎる怒り、いや呪いに。

 ドス黒い負の感情を前にして、彼は…………




 「来てください。私が、面白いものを見せてあげます」




 そこに、夢を見る。

 甘い、とろけるような夢を………




 「………………分かった。お前に付いて行こう」




 運命(悪魔)の手を取った瞬間に、彼はもう引き返すことはできなくなった。

 引き返すつもりも、なくなった。




 ※※※※※※※※※※



 とある工房にて




 「いいかぁ?私はよく勘違いされるんだが、意外と優しい」




 エドガーが『教主』によって連れてこられた場所は、どこかの工房だった。

 魔術師が魔術の研究をしたり、魔術を込めた道具を作る場所。

 だがここに限っては、何とも分からない何かに溢れる、未知の温床。

 世界で最も危険な場所の一つと名高い、最悪の人食い地帯。


 使徒序列三位『鍛冶神』の工房。 

 世界一般のものの数百年は先をいく技術を専有する、最新を生み出す工場。


 エドガーは今、その主である『鍛冶神』の前に居た。



 「だから、これから私がすることもちゃんと説明する。だが、その上でこの話を受けるのなら、私の優しさの範囲外だ」



 その『鍛冶神』にエドガーが頼んだことは一つ。

 強くしてほしい。

 才なしと自ら認める男の最後の足掻き。


 真っ当な手段ではこれ以上強くなれない。

 誰に言われずとも、それを理解することができているエドガーが辿り着いた結果だ。

 これから行われる実験の成否に関わらず、彼は人間として終わる。

 だが、躊躇などしない。

 付いて行くと決めた日から、どんな事でもすると決めた。

 

 例え裏切り者でも、外道でも、通す筋があるのだ。

 協力の意志を定めた今、その力が、努力が、すべてが『教主』のために使われるのは当然。

 それに、『教主』の言った面白いもの、というのも、エドガーの協力なしには見られないから、彼女は彼を引き込んだのだ。

 だから、何もしない道理などない。

 どんな事でもしなければならない。



 「私がすることはお前を強くすること。だが、真っ当な手段じゃ無理だ。当たり前だよな?」




 それに、エドガーは彼女の目的に夢を見た。

 この夢は、彼のすべてを捧げたとしても成し遂げたいものとなったのだ。

 英雄や騎士など、もうどうでもいい。

 今はただ、大切な人たちのことがただただ愛おしい。


 これから『教主』のために働くのは、その先にエドガーの理想があったからだ。

 利己的でしかない思想。

 自分以外は誰もそんなことを望んではいないと知っている。


 だが、それでも…………




 『ぎゃああああああ!!!』

 『ひゃひゃ、あ〜ひゃぁaTpUn'wmwupぶあてな』

 『もう、もうやめ……………』


 「耳障りだろう?今のはお前と同じ、私の施術を求めてきた者たちのものだ。お前と同じで全部失って、私の所に来て、説明を受け、覚悟を決めて、それでコレだ」



   

 それでも…………




 「お前は、私の施術を、」


 「やる」



 呆れたような目で見る。

 彼女からすれば、目の前の男などこれまでとまるで変わりない。

 どうせ失敗、と決めつける。

 全部忘れて普通に余生を過ごせばよかろうに、と。


 だが、優しさはここまでだ。

 本人が望むのならば、容赦など微塵も必要ない。

 ただの思い付きから始めた実験だったが、如何せん上手く行っていない。  

 だから、サンプルとして。

 あくまでも、失敗の一例として………



 「はあ…………いいか、私はこれからお前の魂をイジる。そんで、私が作った最強のゴーレムという体に流し込むんだ。イカれているだろ?」



 魂は肉体に根付く。

 数年、数十年と肉体に居着いた魂は、そこから離れないように根を張るのだ。

 ならば、その繋がりを断ち切り、まったく違う体に入れればどうなるのか?


 それがこの実験だ。

 世界最高の魔術師の一人である『鍛冶神』自らがその魂を操り、イジる。

 肉体から解放し、新たなる体へ適応できるように。

 より強い兵士を生み出すために。


 だが、誤算もあった。

 それは、魂をイジられて平気でいられる人材が絶無だったということ。

 魂という自分の根幹を直接触れられ、しかも変えられるなど処刑と変わらない。

 その過程で生まれる不快感と苦痛は一瞬でも発狂するほどのものだが、その後すらも恐ろしい。

 魂を変革させられた先に居るものは、はたして元の自分なのだろうか?

 まったくの別人にでも、いやそうはならないとして、大して変化がなくても、それは全く同じ他人なのではないか?


 それが根幹に関わるということ。

 結果として力がもたらされるのかもしれないが、代償は己のすべてだ。

 理解した上で、やる。

 どうあっても死と、死の方がマシと思える苦痛が付きまとってしまう。


 だが、



 「貴女が見せた夢は、素晴らし過ぎた」



 これから彼に手を加える『鍛冶神』ではなく、後ろへ控える『教主』への言葉。

 観念したかのような言葉に納得しかない。

 全員が、エドガー自身でさえも、上手く騙されたものだと思う。

 この蒙昧は、命すらもかけられる。


 下手な覚悟よりもよほど信に置けた。

 あまりに愚かなエドガーは、その愚かさ故にすべて投げ出す。

 愚直、ただそれだけ。

 理解した『鍛冶神』はニヤリと嗤う。



 「もうごちゃごちゃした事はなしだ。徹底的に作り変え(壊し)てやるよ」



 

 ※※※※※※※※




 死で終わるのならば、どれほど良かっただろうか?

 そのまま終わってしまえるのなら、どれだけ救われただろうか?

 

 どれだけ考えても、もし、の答えはない。

 どれだけ悩んでも、もし、の先はない。


 

 これまで、この三百年で、気が狂うほど考えた。

 もしもこうしていれば、ああしていれば、と考えずにはいられなかった。


 この猛毒は、そうして心を蝕んでいく。

 ジワジワと少しずつ、殺してくる。

 どれだけ身体を鍛えたとしても関係ない。

 忘れようとしても、遠ざけようとしても、逃げることは絶対にできない。


 だから、薬を求めた。

 甘く、夢中になってしまう、優しい薬を。

 悪魔の薬と知りながら、それでもエドガーはそれを求めて、落ちぶれた。

 

 心のどこかで分かってはいたのだ。

 こんな事をしても、どうにもならない、と。

 だが、それでもやるしかなった。

 希望なしには生きていられず、死ぬしても燻ぶる炎が邪魔をする。

 こうするしかなかったのだ。


 何か一つでも違った未来。

 何か一つでも違えば、今よりは少しだけまともなままで死ねたかもしれない。

 こんな外道となることはなかったかもしれない。

 すべては、自身の弱さ故に。



 何をやったとしても、救いなどなかった。

 信じて付いて行く道は穢れた道で、それ以外は確実に後になって彼を後悔の中で殺していた。

 救いようもない話だ。

 この道以外選びようもなく、仮に他を選んでもどうにもならなかった。


  

 努力では超えられない、壁。

 人はそれを運命と呼ぶのだ。

 

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