表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
81/112

79、鋼の騎士(結)

ちょっとはみ出ました。

次で過去編終わりです。


 別に、何も変わらない日だ。


 いつもと同じ、昨日とも一昨日とも変わらない、普通の日のはずだった。

 


 エドガーはおつかいをよく頼まれる。

 護衛とは言っても、戦える付き人とそう変わらない。

 というか、クラリスがそういう風に指定した。

 エドガーの主人を自分とし、その一環で護衛をさせていたために、最終的な彼の行動の決定権はクラリスにある。


 つまり、別の命令を下されたのならば、そちらを優先しなければならない。

 彼女が命令するときは、護衛を後回しにしてでもお願いしたいことがある時である。



 「ね?お願い」



 別の誰かが言ったのならば、もっと変わっていたのかもしれない。

 例えば彼女の父である国王に言われて護衛についたのならば、そんなことよりもお前を守ると突っぱねられた。

 

 いや、こんなのただの言い訳でしかない。


 きっと彼女も、そして自分も、それを望んだ。

 人を助けることを。

 自分の憧れを守ることを。

 騎士であることを、何よりも望んだ。



 「確か、出たんでしょ?国境近くに強い魔物」



 自分というものに縛られる。

 はにかむような笑み、見透かされたような言葉、そしてそれを否定できない自分。

 常識外れの人生を送ってきたからこそ、その常識はずれで培ってきたものが彼の魂に語り掛けてくる。

 


 お前ならできるだろう?

 別に少しの間外したところでどうともならないさ



 今の任務を放っておけと、そう言っている。

 何を悩むことがあるのだ、と誘ってくる。

 だが、悲しいことに彼女の命令を正しくないと訴える冷静な自分が、今行かないでいつ行くのかと叫ぶ自分よりも遥かに弱いことだろう。



 「お父さん(陛下)から手紙来たよ。お前のとこの騎士貸せってさ」



 この誘いを振り払うだけの、勇ましい()()()()しか、彼は持ち合わせていなかった。

 不器用なことに、彼は強いことしかできなかった。

 その精神は強さの塊でしかなく、みっともなく縋る弱さなど、彼の中には始めからなかった。


 だから、間違えた。

 折れないという強さ故に、彼は…………




 「行ってきて、エドガー。そんでカッコいいとこ見せてきてよ」



 もう…………



 ※※※※※※※※



 魔物自体は、それほど大したことはない。

 とはいえ、凶暴な魔物であった。

 

 盾は大きくひしゃげ、特注のぶ厚い鎧は大きく欠損していた。

 夥しい血を流し、片目も潰れている。

 かつてない重傷であったが、それでも彼は倒れない。

 タフさだけで言えば、この時点でも人間を超えたものを持っていたのだ。

 

 傷を負いこそしたものの、この判断は正しかった。

 駆けつけた頃には多くの騎士や民たちは貪られ、おそらくは彼が動かなくてはならなかっただろう。

 早い内に動けたのは幸い、そして正解だ。

 

 正解でしかなかった。


 だから、どう足掻いてもこうなる運命だったのだと、今になって思ってしまう。

 悲しいほどに袋小路だった。

 彼の積み上げた強さによって、



 「王女様が死んだってな」



 すべてが、壊れた。




 ※※※※※※※※※※




 王もそろそろ歳だった。


 だから後継者を指定しようとしていたのだが、困ったことに候補は一人ではない。

 然るべき教育を受けて、誰が王となってもおかしくはない子どもたちが何人もいたのだ。

 確かに、エドガーの祖国はそう大きな国であるというわけではなかった。

 しかし、それが立場への貪欲さを減退させることはない。

 

 エドガーと同じで、彼らにはそれしかなかったというだけの話だ。

 だから、自分の存在のすべてを賭しても王座を掴みとろうとする。

 

 王族であれば、誰であろうと胸の内に抱く感情。

 もっと言えば、刻み込まれた本能。



 それが全くないのは、クラリスくらいのものだ。



 王という名の、支配者という立場。

 これにクラリスは、自分がおそろしく向いていないものだと強く理解している。

 だって、アレはすべての人を束ねねばならない。

 上から下まですべてを見て、全部を背負う責任が伴うあの役目。

 どうしても器用さというものが必要になる。


 それが、彼女には絶望的にない。

 そこの享楽にしか目がいかないというか、広くを見れないというか。

 間違いない言えるのは、チェスのような盤面のゲームが弱い。

 ブラフやら何やら、ややこしくて分かりにくいのだ。

 彼女自身、その類のゲームは嫌いではないのだが、確実に才能がない。


 つまりは不器用なのである。

 目標しか見えていない、どこぞの誰かのように。



 器用に人を操り、器用に他人と協力し、器用に清濁を併せ持つ必要のある王。

 彼女が4歳の時点で自分で向いていないと分かっていた。

 生まれながらに、他の兄弟たちとは違う生き物だったのだ。

 

 違うから、彼らは彼女を理解できない。

 裏表のない彼女のことなど、始めから理解することを放棄していた。

 だから彼女を遠ざける。

 理解できないものは怖いから、近くになど置いておきたくない。

 何も複雑なことはないのだが、考え方が複雑な彼らはどうも彼女を難しく考えるようだ。


 だから、とある出会いが鮮烈だった。



 器用なのに彼女のことを理解する男。

 不器用では彼女を完璧に上回った男。


 クラリスの大切な人たち。

 クラリスの恋人と親友。


 

 リオンの優しさに絆された。

 エドガーの強さに憧れた。

 リオンの理解に救われた。

 エドガーの挫けない姿に夢を見た。

 リオンの器用さに恋をした。

 エドガーの不器用さを愛した。


 不器用な彼女に、器用な彼も、不器用な彼も、見事に惹かれたのである。

 この三人はなるべくして、互いの手を取り合ったのだ。



 だから、()()()()()原因は、おそらく三つ。

 一つ、彼女に惹かれた二人が凄まじい力を持っていたこと。

 二つ、彼女が不器用だったこと。

 三つ、その不器用さを彼ら以外は理解できなかったこと。



 リオンは内政者として超一流だ。

 まだまだ若造ではあるものの、その敏腕は貴族たちの中では有名だった。

 多くの商人と結びつき、その懐はどんなものでも出て来る魔法の袋と言われたほどだ。

 権力という力なら、一目を置かざるを得ない。


 エドガーは武官として超一流だ。

 まだまだ若造ではあるものの、その豪腕は民たちの中では有名だった。

 決して挫けず、負けず、粘りに粘って最後には勝つ頑丈さから、鋼の騎士と呼ばれたほどだ。

 純粋な力なら、無視することはできない。


 では、その二人を脇に控えさせるクラリスはどうなのか?

 

 彼女は不器用だ。

 不器用で、善人だ。

 だから、孤児院に寄付をしたり、領地に自ら赴いて民たちと共に過ごす、なんてことはよくある。

 評判の良さで言ったら、彼女の性格がそのまま表れた結果であると言えよう。



 こんな三人が集まった。

 こんなにも力を持つ三人が集まった。

 では、こんな声が自然と出るだろう。



 クラリス様が王にふさわしいのでは?



 貴族はリオンを評価する。

 民はエドガーを評価する。

 そして、クラリス本人は有りていに言って人気が高い。


 これを面白く思わない者も居るのだ。

 王を本気で目指している者からすれば、目の上のたんこぶもいいところである。

 それに、本気で目指していない者が、本気で目指している自分たちを上回るなど屈辱でしかない。


 だから、彼らは逃げるのだ。

 器用な彼らは、あれこれと理由をつけて逃げ道を作ることができてしまう。



 理解できないのは仕方ない。

 だって、アイツは実は優秀だった。

 王位に興味のないフリをして、今になって本性を見せたのだ。

 そうはいかない。

 思い通りにはさせない。

 

 お前を王にはさせない………



 なんて、何も理解しようとしないバカ共が喚いている。



 気が付けば全部が遅かった。

 もしかしたら、彼らももう少し頭がいいのではないかと期待したのがいけなかった。

 理性にふりまわされて、結局は理性的にはなれない獣になど、始めから信じてはいけなかった。


 でも、信じるしかなかった。

 心根にある善性が、どうしても信じたいと思ってしまったのだ。

 彼らがクラリスたちに手を出せなかった理由。

 最強と名高い『鋼の騎士』エドガーという、盾。

 それを自ら手放せば、もしかしたら自分は王位になど興味がないという意思表示になるのではないだろうか、と。


 家族の絆を信じた。

 信じて、寄り添って、



 その結果が、血にまみれて倒れ伏すリオンとクラリスの二人姿だった。



 「もう………ホントに………バカ、ばっかり………」



 どうして、こんなにも愚かなのか。

 どうして、理解できないのか。


 彼女が一度でもそんなものを求めたか?

 一度でも、そんなものに夢を見たか?

 答えは否だ。

 

 クラリスはたった一つのものにしか、夢を見たことはない。


 彼女は何も求めない。

 彼女が恋した人と、彼女が愛した人以外を求めたことなど一度もない。

 今あるものだけで十分だった。

 それだけで幸せだった。


 でも、許されなかった。

 この小さな幸せを維持することすら、彼女には許されなかった。

 溢れる涙は、その悲しみ象徴だ。

 


 涙と血が混じるモノを引きずりながら、恋した人の亡骸へ辿り着く。

 もう長くはないと分かりながらも、最期の瞬間だけはこの人と一緒に居たい、と。

 


 「もっと、一緒に、いたかったなぁ………」



 胸が張り裂けそうだ。

 悲しくて、悔しくて、痛い。

 どうしてこんな理不尽が許されてしまうのだろう、と意味の無い問いを考える。

 意味もないのに、どうしても考えてしまう。


 

 「もっと、生きて、沢山を見たかった………」



 これから生まれるはずだった子どもは、いったいどんな大人になったのだろうか?

 その子が大人になったら、エドガーもリオンも、勿論自分も年をとって、色んなことに挑戦したかもしれない。

 苦しいことがあったとしても、きっと折れないエドガーに救われて、器用なリオンが道を示した。

 そうやって三人で助け合って、これからを生きるはずだった。



 「ごめんね………エドガー…………」





 ごめんなさい。

 ごめんなさい、ごめんなさい。


 貴方を一人残してしまうこと、本当にごめんなさい。


 貴方のせいじゃない。

 全部、全部、こうなったのは全部私が悪い。

 

 何も分かっていなかった。

 こうなることは予想できたのに、何もかも台無しにしたのは私なの…………

 私だけが、悪いの…………


 だから、ごめんなさい。


 

 貴方には死なないでほしい。

 貴方には、負けないでほしい。

 だって、貴方は私の憧れだから………!


 私は知ってたの。

 知ってた上で、この『三人』を壊したくなかったの。

 貴方は私の憧れのままでいて欲しくて、どうしても貴方の心を踏みにじるしかなかった。


 ごめんなさい。

 優しい貴方は、ずっとそのことを知らずにいるでしょう。


 ごめんなさい。

 強い貴方は、そんな弱さを許さないでしょう。


 ごめんなさい。

 その優しさも、強さも、きっと貴方を苛ませることでしょう。



 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。



 愛してる(ごめんなさい)…………




 「もっと、生きたかった、なぁ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ