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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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78、鋼の騎士(転)

あれ?何か話を薄い?


 エドガーはバカだった。


 まさか、その日から例の作戦を決行するとはクラリスでさえも思わない。

 いきなりの行動に、彼の父もどうすればいいか少し分からなくなったほどだ。

 まさに、奇行である。

 思い立ったが吉日、とは言うが、行動力に溢れすぎた。

 

 だが、それで容赦をする父ではない。


 始めの折檻よりもさらに激しく、より徹底的に、そしてさらに辛そうに。

 鉄面皮と呼ばれる父ではあるが、この時ばかりはその苦痛の色を隠しきれはしなかった。

 骨は折れ、肉は潰され、血を吐く息子。

 それを自分の手で行うのだからなおさらである。

 どんな外傷も、その顔色だけは………



 しかし、エドガーもめげない。

 ボコボコにされた次の日には、また木剣を振るっているのだから、タフすぎて誰もが呆れる。

 エドガーを憐れんでいた使用人たちも、これまで心配ながらも父の方針に異論を唱えなかった母も、開いた口が塞がらない。

 夜になるまでしごかれたのに、その早朝にはもう鍛錬を行っている。

 それが七日間行われた後、



 「いい加減にしろ」



 父はさらなる手段を取る。


 エドガーを部屋に閉じ込め、そして鍛錬に使えそうな道具という道具を燃やさせた。

 これに使用人も、そして母も賛同する。

 それはそうだろう。

 エドガーは彼らを愛していたし、彼らもエドガーを愛していた。

 そして、彼の父の意図も正しく理解している。

 だから、エドガーの被虐も、彼の父の加虐も、見ていられなかったのだ。


 これで止まっただろう。

 もう大丈夫だろう。

 だって、もうどうやって鍛えるのだ?

 これでどうやって強くなるつもりなのだ?


 ホッとする皆。

 もうこれで大丈夫だろうと安堵する、皆。


 だが、甘い。

 その程度ではエドガーは止められなかった。



 家具を振り回す彼の姿を見て、いったい何を思ったのだろうか?

 

 ここに来て初めて全員が予感する。

 生半可なことではやめさせることなどできはしない。

 もっと激しく、拷問じみたことまでしないと、完璧に折らないと意味がない。


 そして、地獄が始まる。

 



 家具を没収。

 窓から抜け出し、素手で木をこっている所を発見。

 

 窓を鉄格子で囲う。

 二日後、またもや素手で木をこっていた。

 窓の鉄格子は折れ曲がっており、これもおそらく素手で行われたと思われる。


 朝、昼は鎖で椅子に縛り付ける。

 三日後には、屋敷の周囲を走り回っているところを発見。

 鎖は異常な力で引きちぎられており、一日かからなかったと予測される。


 エドガーの父によって四肢の骨を折られる。

 翌日には丸太を振り回しており、近くからはこれまでこられていた木の残骸を発見。

 怪我の痛みはどこへやら。


 使用人の監視のもと、異常な行動をとれば報告する体制を取る。

 異常な行動をとらないことの方が少なかった。


 最後、一日中彼の父が監視する。

 一日中エドガーは戦いを挑むことになった。

 休む暇などどこにもなく、二十四時間、どれだけ壊されても戦い続けたのだ。

 骨折は無視、脱臼は無理矢理骨をねじ戻し、血反吐はもう出ないと体が訴えるまで吐き続ける。

 

 まさに狂気だった。

 ここまでして、いや、ここまでしないといけないのか?

 こんな風に命を削らなければいけないのか?




 最初の三日は寝る暇などなかった。

 はじめは三日もあれば十分だと思っていたのだが、三日間、一度たりともエドガーは止まることはない。


 

 それから四日目からは一日三時間は眠るようになった。

 いつまでも監視を続ける訳にはいかない。

 父には父の仕事があるため、昼は仕事、夜は監視の生活。

 いない間は使用人たちや母親によって鍛錬をやめるように説得、強制したが、今の彼に有効である訳がない。

 そして、夜には一対一の戦いに移行。

 エドガーも父も、その三時間だけは唯一眠れる癒やしだ。



 さらに二週間が経過したころには、エドガーは寝ながら戦えるようになった。

 エドガーの父は驚いたものだ。

 いつもの三時間の時間になっても、まだ動き続けていたのだから。

 寝ながらでも、敵を倒そうと自動で体は動き続け、休む暇すらなくなった。

 

 戦いの才能は微塵もなかったが、戦いの精神だけは戦神のそれだ。

 戦いのことしか頭にはない。

 バカの一つ覚えでも、もっとマシである。

 

 

 そして、監視から四十日経った頃。

 飛び散る血や汗の匂いで鼻が曲がりそうな、そして凄惨な部屋の中で、



 「かはっ!」 



 エドガーは父に拳を届かせたのだ。






 それからも、異常の一言である。


 エドガーに負けたことでついに折れてしまった父は、仕方なく彼を鍛えることにする。

 だが、仕方なくでも手を抜くことはしない。

 自分ができる全力を、いや、それよりも三段は上の負荷をかけた。

 それこそ、体を壊すつもりで。

 

 そもそも才能の欠片もない男だ。

 これで潰れてしまうのならばそれまで。

 目指すこと自体が無茶なのだから、こんなところでつまずいては最初から無理だったという話。

 それはエドガー自身も理解していた。

 だから、指導者としては失格と断じられるほどの無茶を押し通す。

 

 通したはず、なのだが………



 潰れるどころか、足りなかった。

 エドガーはこんなものどは足りないと、さらなる負荷を要求する。

 普通ならば、とっくの昔に壊れていた。

 戦える体にするにはもっと適度な鍛錬でいいはず。

 だが、エドガーはそんな適度も、そして限界も踏み越える。

 

 あの日、クラリスに会って、言葉を貰ったあの時から、エドガーにあったタガは外れていた。

 元よりそうなる精神と体を有していたのだ。

 この時、初めてそうしようと思えるようになった。


 そうなれば、もう止まれない。

 目標へ向けて一直進だ。



 さらなる負荷を求める日々。


 

 一年後には父はエドガーに付いていけなくなった。もう、付き合うのも嫌になる拷問だ。

 さらに二年後には父すらも超える。折られ、潰され、その度により強く再生する骨や肉は、人を逸脱する。

 素の身体能力だけで簡単な魔物を()()()ようになったのはこの頃だ。

 そして、さらに三年を費やし、磨きをかける。

 もちろん、時間と共に鍛錬は苛烈になっていき、誰もがそこから狂気以外を見いだせなくなってしまう。

 そんな時間の果てに、ようやくエドガーは完成したのだ。



 絶対に挫けない、負けない、鋼のような騎士。


 

 エドガー・ヴェール・ワイアットの名は、彼の国に大きく広がるほどのものになっていた。



 ※※※※※※※※※



 「ホントにキモいよねー、君」


 「とても心外だ」



 眉をひそめ、不服を顕にする男。

 彼の肉体は巨大な熊を思わせるほど大きい。

 身を包む鎧も、普通の騎士が着る鎧よりも遥かに大きく、そしてぶ厚い。

 背負う盾も彼の身の丈ほどに大きく、この重量では身を守るためというよりも、鍛えることの一環のようだ。

 くすんだ灰の髪は短く刈られており、体の雄々しさとは逆に、穏やかな目をした男だった。


 この国で、彼のことを知らない者はいない。

 どんな敵の攻撃も受けきってみせる怪物で、国最強とも噂される『鋼の騎士』エドガーである。



 「いやいや、それでここまでするかね?」


 「当然だ。そうしないと強くなれない。最低でも、お前を守るくらいはしないといけないんだ、クラリス」


 「えへへ、照れるね?」



 金髪の美しい女性、クラリスはニマニマ顔のままで答える。

 

 昔、初めて会った時とは全く違う。

 エドガーと出会った時の年齢は十二で、それから八年が経過したのだ。

 その肢体はスラリと伸び、より女性らしく、そしてより美しく成長した。

 中身はまるで変わらないが、まさに女神のよう。

 黙っていれば美しいだけだが、口を開けば残念そのものである。 



 「ホントに仲いいよねー私たち」


 「まぁ、お前にとってはそうなのだろうな。お前にとっては………」


 「おい!ここまで一緒にいるんだぞ!?君の下積み時代もよく一緒に遊んだじゃないか!」


 「俺にとっては、遊ばれた、の間違いだ」



 騎士として順調に功績を重ね続けて、約二年。

 エドガーはクラリスの護衛を任されるようになった。

 どんな場所にも付いてまわり、彼女の身を一番に優先するという、気の休まる所のない役目。

 だが、エドガーのこれまでのことを考えれば遊びに等しい。

 何も辛いことなどない。

  


 「も〜!ホントに素直じゃないなぁ!」


 

 強いて言えば、その護衛対象がコレということか。

 ここだけが疲れるポイントなのだが、まぁ仕方がないと割り切っている。

 これまで何度も手が出そうになったが、護衛対象にそんなことをする訳にはいかない。

 諦めそうになったが、こうして年単位で付き合いは続いている。

 

 それに、被害を受けるのは自分一人ではないのが幸いだ。

 これを共有できる、もう一人の護衛対象が一緒に遊ばれてくれるのだから、挫けなかった。


 エドガーも、まさかもう一人仲間(生贄)ができるとは思わない。

 彼はかなりの苦労人で、

 


 「僕にとっても同じなんだけどね?」


 「リオン!」



 クラリスの旦那である。


 

 「リオンってばまたまたぁ〜」


 「嘘偽りない真実だけどね?」



 エドガーと似たような返答だ。

 まあ、似たような扱いを受けていたのだから、そこが似ても仕方がない。

 だが、クラリスはエドガーよりも声が弾んでいる気がする。

 エドガーは楽しそう、だが、リオンは嬉しそう、である。



 「そういう照れ屋な所が好きだよ!」


 「エドガー助けてくれないか?話を聞いてくれない」



 クラリスに抱きしめられ、苦しそうに助けを求めるリオン。

 優しそうな雰囲気の彼だが、今は潰されて顔を青くしている。

 儚げな美青年ではあるものの、本当に儚くなってしまってはいけない。

 エドガーがクラリスを引っぺがすのも仕事の一つとなっているのが、この職場ならではだろう。

 本当に、よく結婚したものである。


 結婚当時、この性格のクラリスを相手に、婚約者が婚約破棄しなかったことに驚きだった。

 公爵家の次男らしいが、この娘に振り回されても平気なのだろうかと、会わないうちはずっと心配していたものだ。

 聞いた話で、エドガーと会う前からそれなりに交流があったらしいが、ということはエドガーよりも長い間を彼はクラリスに振り回れているということ。

 彼のこれまでの苦労を考えると、胸に来るものがあった。

 

 絶対行き遅れると思ったのに…………



 「今失礼なこと考えられた気がする」

 

 「? 意味が分からん。ほら、それよりリオンが死にそうだ。早く退け」



 リオンとて、そう体が強い訳ではない。

 まぁ、エドガーと比べれば大抵の人間は体が弱いのだが、そうではない。

 実際に虚弱気味であるために、そこそこには注意が必要なのである。


 彼もエドガーの護衛対象に入っているのだ。

 それに、同じ女に振り回され、同じ苦労を共有する友である。

 互いを無二の親友として認める彼らの友情は堅い。

 気が合い、趣味も合う、希少な存在だとも言える。


 このリオンと、このクラリスであるからか、他の者との関係よりもずっと深い。

 護衛対象が護衛に気安く触れられる現場もそうはない。

 何というか、ゆるい。

 忠誠心とか、緊張感とか、彼らに必要とは認識されていないのである。

 三人はあくまでもリラックスしている。

 上司や部下というよりは、友人どおしといった様子だ。



 「で、ここに来たってことは仕事終わったの?」


 「うん。最近鉱山を見つけたのは大きかったよ。おかげで大忙しだ」


 「その割にはまだ大分早いぞ?」


 「面倒くさかったからね。全部最速で終わらせた」


 「いや〜ん!流石旦那様!」



 次の言葉には、君たちに会いたかったから、と続きそうであった。

 

 三人とも、年は同じ。

 趣味も、好みも、気も合う。

 こんなに恵まれた縁というものもあまりない。



 だから、エドガーは知った。

 これまで、騎士として色んな人間を守ってきたのはあくまでも義務でしかなかったのだと。

 心から守りたいと思ったことなど、一度たりともありはしなかったのだ。

 ただ漠然と父に憧れて、気が付いたらここまで来ていた。

 

 成長、と言うのだろうか?


 ただ耐えることしか能のなかったエドガーだが、守ることもできるようになった。

 もしかしたら、思ったよりもずっと自分は上手くやれているのかもしれない。

 目標にひた走ってきたのだが、その先にこんな光景が待っているとは思いもしなかった。



 「この子も、きっと優しい子になるよ」



 クラリスのお腹は軽く膨れている。

 彼女は愛おしそうに自身の腹を撫で、それにリオンも追従した。

 二人とも、とても幸せそうに。

 何よりも暖かい、何か。


 エドガーの知らない、見てこなかったもの。

 これから生まれてくる命になど、頭の片隅にもなかったこと。

 視界が広がるのだ。

 自分で思ったよりも、たくさんのものを救えているのではないだろうか?

 そう思わせてくれる。



 「エドガー」


 「こっちおいで!」



 夫婦二人で、と思っていたのだが、これも三人一緒にしてほしいようだ。

 思ったよりも甘えん坊のようだ。

 大人になっても、クラリスはエドガーに甘え、リオンもそれに乗っかる。

 

 とても、とても心地の良い。

 


 「ずっと三人一緒ならいいのにね………」



 クラリスの言葉に、すこしドキリとした。

 

 表に出ないほどのことではあったが、何故か、図星を突かれたように。

 エドガー自身にも分からない。

 エドガーの知らない経験である。

 だが、気に留めるようなことでもない。


 彼はすぐに答える。

 一瞬ほどの思考こそあったが、ほとんど気付かないほどだ。



 「そうだな………」


 「もうすぐ四人になるかもね?」



 リオンは微笑みながら茶化す。

 そして、



 「守ってね、僕らのこと」



 嗚呼…………


 これほど嬉しいことはない。

 こんなにも優しく身を包む幸福はない。


 自分は今、期待されている。

 親しき友から、その能力を買われている。  

 かつては才なしと判断され、何も期待されなかった男が、今は…………


 ようやく自信というものを持てた気がした。

 自分ならば出来るという、確信。

 自分にしか出来ないという、矜持。


 守ってみせよう。

 昔の力なき自分にはできずとも、鋼の騎士になった自分ならばできぬはずがない。

 


 そう、思っていた。 



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