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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
79/112

77、鋼の騎士(承)



 エドガーはずっと考えている。


 

 ある日、父は突然エドガーへ暴力を振るった。

 これまでの鍛錬で散々痛みを刻みつけてきた父ではあったが、暴力は振るわない。

 叩かれても、蹴られても、それはすべてエドガーの鍛錬のためであり、どこまでいっても自分のためではなかったのだ。

 

 だが、あの時は違う。

 これまでのものが鍛錬と称すなら、間違いなくあの時のものは暴力としか言いようが無い。

 父はエドガーを鍛えるためにしごいたのではなかった。

 まさに痛めつけるための、暴力でしかない。


 不器用な人ではあるが、結局は根底に愛がある。

 他者を思い遣り、誇りを重視し、そして強い男なのだ。

 あんなことをするような人では決してない。



 だから、エドガーは考える。



 ()()()()()()()()()()()()()、を。



 何故父があんなことをしたのかは分かっていた。

 すべての原因は、エドガー自身の弱さ故。

 父は彼の弱さに嘆き、このままならいっその事、と諦めてしまったのだ。

 あの強い男が、絶望に負けてしまったのだ。



 「困ったな………」

  


 残念ながら、エドガーに才能の類は一切ない。

 あの父が絶望してしまうほどに、戦うという行為においての優れた点を探せない。

 努力だけは重ねているから、それは確かに普通の人間よりは強いだろう。

 だが、少し出来る者が見ればすぐに分かる。

 彼には才能のさの字もない、凡人だということが。


 だから、父はああした。

 徹底的に痛めつけ、再起不能になるように彼を壊そうとした。

 エドガーがただでは諦めないと知っていたし、中途半端なことでは逆効果だと理解していたからだ。

 そして今も、鍛えることは徹底的に禁止されている。

 もしもバレれば、父の暴力が彼を襲うだろう。  

 全力で完璧にへし折るために、手心を加えるとは思えない。

 父もそれ以上はしたくはないと思っているから、始めをあそこまでやった。


 そして、強くなるための手段は排除された。

 武官ではなく、文官にさせるための準備も続けているようである。

 これまで鍛錬な割いていた時間を勉強のために使い出したのだ。

 勉強は確かにしていたが、最近は毎日ずっと。

 来る日も来る日も机で紙とにらめっこ。

 流石に飽きてきたのだが、それに異を唱えることは出来そうもない。

 

 

 そして、この日もその一環だ。



 「ここが王宮だ。お前も、将来はここで働け」



 無骨な父はそれだけを言う。

 もうそれ以外求めていないと言わんばかりだ。

 いや、もうそれ以外期待などかけられていないのだろう。


 父が連れてきたのは国の中枢、王城。

 きらびやかに思えるほどに立派で、この場に居るのは一定以上の地位を持った人間だ。


 そしておそらく、父は彼らを見習って欲しいのだろう。

 近い未来、こういうふうに成長しろ、勉強しろと言っているのがよく分かる。

 背中がそう語っている。



 連れ回されている内に、それなりの時間が経つ。



 これまで、誰もが父と会話をし、そして全員が父を信頼しているようだった。

 矢張り騎士団長という責務を十全以上にこなしてきたからこそ、評価を正しく受けている。

 信頼され、この人に守られている意識があるのだ。

 

 無骨で無愛想に思えるかもしれないが、それ以上に優しさを感じられる人。

 だからこそ、エドガーは父に憧れた。

 この憧れこそが、強さを求める原動力となる。


 どれだけ苦しくとも、痛くても、それでも腐ることだけは絶対にないと確信していた。

 どれだけ遠回りをしても、諦めはしないと思っていた。

 

 だが、残念なことにエドガーには才能がない。


 どれだけやっても歩みは亀のごとく、そしてその途中には父という兎が歩みを発見し、彼が進まぬように邪魔をする。

 さらに、エドガー自身が父に似て不器用な考え方しかできない。

 だから、困る。

 だから、つまずく。


 エドガーが強くなるためには、必要な要素が最低でも三つはあった。

 少なくとも、この三つなくしては夢は諦めるしかない。



 一つ、父を説得するための何か

 二つ、正しい戦い方のお手本

 三つ、それらを教えてくれる器用な人間



 エドガーだけでは、一つ目と二つ目を自力で思い付きそうにない。

 不器用さだけは一級なのだ。

 だから、教えてもらえねばそれはできない。




 「困った……………」




 そのつぶやきは漏れ出てしまう。

 

 幸い、そこにはその言葉を聞いて折檻する父はいない。

 城内を歩いている途中、誰かに呼び止められて、どこかへ行ってしまった。

 ここで待て、とだけ言われたので、ただ考えながら突っ立っていた途中である。

 

 だが、本当に困っている。

 エドガーは彼の父が思っている以上に頑固だった。


 どうしてあそこまで痛めつけたのに、まだ目指そうと思うのだろう?

 どうして現実を厳しく突きつけたはずなのに、そんな結論に辿り着くのだろう?

 どうして諦めようとしないのだろう?

 どうして辛く、苦しいと分かっている道をあえて歩こうとするのだろう?


 その理由は、頑固さ故だ。

 エドガーは決して見失わない。

 決めたことを曲げようとはしない。

 父がそういう生き方をしていると思い、それに憧れたからだ。


 だが、憧れだけではどうにもならないのが現実。


 どうしても、迷わざるを得ない彼に導きが必要なのだ。

 前へ進む事しか知らない彼に、きっかけを与えてくれる人が必要なのだ。

 誰かがその役割を担わねばならない。

 本当なら、彼の父が果たすはずだった、その役目。


 

 頭が良く、



 「ふんふふふ〜ん♪」



 器用で、



 「ふ〜んふんふふふ〜ん♫」



 彼の想いに賛同する、誰かが………



 「あ、ねぇねぇ、そこの君!」



 

 そこには、見知らぬ少女がいた。

 年はエドガーと同じくらい。

 やけに明るく、軽い雰囲気を発する少女。

 

 服装と王城をスキップしながら散策していたことから、かなり高位の爵位を持った人物の令嬢だと分かる。

 美しい金の髪と、それに釣り合う美しい(かんばせ)に、ついエドガーは見惚れてしまった。




 エドガーは後になって思う。

 

 これは運命だったのだ。

 彼女と出会い、そして戦い、死ぬことこそが逃れ得ぬ運命だったのだと。

 

 誰だって思う。

 何故なら、でき過ぎていたからだ。

 たまたま父に連れられて王城へ赴き、たまたま彼女は彼を見つけ、たまたま暇つぶしの相手に選んだ。

 この出来事が無ければ、きっとエドガーはこうはならなかった。

 とても忌々しいはずの、




 「暇なら、私とチェスをしない?」



 何より美しい、彼女の記憶…………



 ※※※※※※※※※

  


 その後、エドガーは無理矢理連行された。

 こちらの意見を聞くまでもなく、近くの部屋に連れ込まれる。

 部屋に入ると即座に適当に椅子と机を引っ張って、どこからともなくチェス盤を取り出した。

 彼の意思など何処にもない、見事な拉致監禁である。


 乱暴を働く訳にはいかないため、どうしても従わざるを得ない。

 普通ならば、エドガーは引き剥がしている。

 いきなり連れ込もうとするなど、警戒して当たり前だ。

 むしろどうとも思わない方がどうかしているし、鍛えていた彼ならば、同じ年頃の少女に負けるはずがない。

 目の前の少女は実は実力者であるとかそういう展開はなく、本当に肉体はただの女の子。

 力でも、戦いの技量でも勝っているのはエドガーの方。


 だが、そうもいかないからとても困っていた。


 

 クラリス



 目の前の少女はそう名乗った。

 

 エドガーは不器用であるが、決して馬鹿ではない。

 頭の出来自体は、他の職業ではなく、彼の父が強く宮仕えの道を提示する程度には頭が良い。

 ただ頭が硬いだけで、間抜けという訳ではないのだ。


 だから、というか、普通なら分かる。

 クラリスは確か、王女の一人と同じ名前だったな、と。


 年の頃はエドガーと同じ12歳。

 見た目からもおそらくは一致している。

 所作の一つ一つ取っても、彼が使っているものよりもずっと染み付いているように思えた。


 本来ならば、話すなどとてもじゃないができない。

 たかだか現騎士団長の息子程度が、気安く接していい相手ではないのだ。

 だが、下手に扱うこともできない。


 無碍にすれば首が飛ぶ。

 それをするだけの権力が握られている。


 だからあくまでも丁寧に。

 


 「へー!それであんな顔してたんだ!」


 「そんなに顔に出てましたか?」


 「出てたよ?陰気臭い顔してんなーって思った!」



 丁寧に、



 「嫌ホント、皆面倒くよね!ごちゃごちゃうるさいっての。別に好きなことさせりゃあいいのにね?」


 「いや、父のことを悪く言わないでください」


 「何でー?話聞いてる限りクソ親父じゃん?」



 てい、ねい………



 「君もバカだよ?もっと賢く生きれる道なんていくらでもあるのに」 


 

 てい、



 「さっさと諦めたら楽なのにねー?」

 



 本当に丁寧にしないといけないのか?

 



 (はっ!いけない!)



 あまりにもうざ………正直な人柄すぎて無礼を働く所だった。

 

 ズカズカと相手の心へ土足で踏み入ってくる。

 下手をすれば手が出てしまいそうなほどに腹が立つ。

 しかも、あまりにも無神経で、かつ止まらない彼女に、つい悩みを教えてしまったのである。

 もちろん、ほとんど無理矢理にではあるが。


 

 「だからさー、アンタら両方バカなんだよ」


 

 クラリスは、やれやれと肩をすくめる。

 一挙手一投足が他人の神経を逆撫でする、腹が立つ人間。

 逆に嫌な所が見つからない。

 適度に人への罵倒も織り交ぜるのが彼女の持ち味なのだろう。



 「でもでも安心して!そんな君がこよ私に相談を持ちかけた!これは奇跡だよ!」

 


 「……………誰がお前に相談なんかしたんだよ」



 「ん〜?何か言った?」

 

 

 つい本音が漏れてしまったことは許して欲しい。

 コレをまともに相手して、むしろここまでよく持った方だと言えるだろう。


 チェスをしよう、そう持ちかけたクラリス。

 彼女はエドガーの手番の時に必ず何で悩んでいるのかを質問攻めにする。  

 まるで幼子のように、ねぇねぇねぇねぇ、とやかましい。

 絶対に答えてもらうぞ、と言外に言っている。

 ワガママを絶対に通せるだけの力を生まれながらに持っているから、納得と言えば納得だ。

 だから、これを我慢できようもなかった。

 これならまだ父からの折檻の方がまだマシだ。



 耐えきることができなかったのは初めてかもしれない。



 

 「君、難しく考えすぎなんじゃない?」


 「は?」


 「いや、『は?』じゃなくてさ。話聞いてる限りじゃ、君のお父さん納得させるのなんて簡単じゃん」



 いやいや、え?

 本当にできるのか、そんな?



 エドガーは驚きを隠せない。

 そして、その顔を見てニヤリと笑う彼女がムカつく。

 すぐに眉間にシワが寄るのだが、それにも彼女はケラケラと笑う。

 さらに不機嫌そうに顔を歪めるのだが、それでもクラリスは爆笑するだけだ。


 王女とは思えない振舞いだが、王城を一人で散策して、しかもそこらに居た子供にいきなりチェスを挑むのだ。

 その後の会話からも王女らしさなど感じなかった。

 完全に異端そのもののような人柄だ。

 もっと言うのなら阿呆である。

 そして、その阿呆にいいようにされている自分も、阿呆かもしれない。

 

 そこで、一つの思考が浮かんだ。

 もしかして、自分はからかわれているだけなのではないだろうか?

 始めからそんなこと思いつかずに、適当言っていただけなのではないか?

 一番エドガーが欲しそうな獲物を釣って、こういう反応をすることを待っていたのではないだろうか?

 彼女とは今さっき会ったばかりだが、性格上言いそうである。


 それならこれまでの自分は滑稽が過ぎる。

 化かされていたのなら、もういい。

 自分が間抜けだったという話である。

 それに、もう彼女とは付き合わなければいいだけの話だ。

 

 

 真剣に取り合ったのが間違いだったか。

 さっさと退散するに限る。

 チェスはまだ終わっていないが、そもそもこんなことバカ真面目に続けていたことが間違っていた。

 

 なんて性根の悪い女なのだろうか?

 王女でもなければ確実に殴っていたかもしれない。




 「ではお邪魔しました」



 「あー!ちょっと待って待って!ゴメンって!」



 初めて慌てたような声をあげる。

 つい冷めた目で彼女を見てしまったが、これも許容範囲内らしい。

 ゴメンってー、と軽くだが、少し真剣そうに謝る。

 

 まぁ、確かに面倒な女ではあるが、実は本気で悩みを解決しようとしてくれたのかもしれない。

 正直、こんな頭の軽い人間の言うことを聞くのもどうかとは思ったが、一応は。

 どうせ行き詰まっていたのだから、聞くだけ聞いてみれば良いのかもしれない。



 ハァ……………



 ため息が漏れるが、それも目を瞑ってほしいものだ。

 彼女もからかい過ぎたと思っているからか、この不敬を前にしてもビクリッと体を震わせただけだった。

 いや、きっとこの娘は気にしないのだろう。

 王族らしくはないのだが、この美徳に甘えられるのだから甘えておく。

 

 そして、



 「では、どうやって父を納得させるのです?」



 純粋に気になる。


 あの父だ。

 不器用で頑固で、きっと今回のことで意見を変えることなどない父。

 いったいどうやって解決するのか?

 

 不器用な彼の頭では導き出せない答え。

 それを是非とも知りたい。


 

 「まず、君が君のお父さんに勝ってる所って何だと思う?」


 「?」


 「いいから」



 エドガーが父に勝っている所。


 ……………………


 思い付きそうにない。

 


 「あります?そんなの?」


 「えぇ………」



 心から父を尊敬するエドガーだ。

 どう考えても、答えは一つとしてでない。

 

 戦闘能力、強さ、経験、知恵や頭脳。

 年も人生の豊かさも、才能でだって勝てない。

 いったい何を…………



 いつまで経っても答えを出さない。

 そんなエドガーに呆れながら、クラリスはしょうがないなぁという目で見た。

 その口は羽よりも軽く、酷く悩むエドガーの重さをふいと取り除く。

 さて、その答えは、




 「君はね、頑固さならお父さんに勝ってるよ」




 不意に伝えられた答え。

 

 強さや才能でもなく、頑固さ。

 この娘の性格から、むしろ貶しているのではと勘違いしそうになる。

 しかし、その目はいたって真剣だ。

 

 これまでにない真剣さで、彼女はまだ言葉を続ける。



 「君、お父さんに折檻された時ってどう思った?」


 「? 別にどうとも?多少骨は折れましたが、別に問題にもなりません。才能のない私が悪いというだけの話ですし………」


 「普通ね、それは諦めるよ」



 それはそうだ。

 不思議そうにきょとんとするエドガーだが、普通はそうはならない。

 いきなり親にボコボコにされて、弱さを叩きつけられる。

 お前になんて才能の欠片もないのだから、もっと分相応に生きろと言われて、どうしてどうとも思わない?


 その異常を彼は分かっていない。

 それに、父は彼を息子として愛している。

 だから何度も何度も息子を痛ぶるという行為を繰り返さないように、最初を徹底的にした。

 いや、そもそも、諦めない彼に対して、それよりも前に諦めたのは彼の父である。


 だから、



 「君はね、めっちゃ頑固なんだよ」



 めっちゃ頑固なのである。


 それこそ、自他ともに認める頑固親父な彼の父よりも。

 この頑固さこそが、エドガーの最大の武器なのだ。



 「で、その頑固な私がどうすれば?」


 「ん?簡単じゃん?」



 そう、簡単だ。

 そして、めちゃくちゃだ。




 「折檻されても、機会を取り上げられても、続けりゃあ良い。君の方が頑固なんだから、お父さんの方が先に折れるよ」




 めちゃくちゃだ。

 というよりも、バカだ。


 分かっていながら、気を失うまで殴られろと言われて誰がそうするのか?

 とんでもなく痛いし、とんでもなく苦しい。

 そして、敬愛する父の意思を理解しながらもそれにツバを吐き、押し通す。

 こんなのに同意するバカがどこに………



 「なるほど…………」




 ここに居た。


 


 「めっちゃ良いでしょ?」


 「確かにそうですね!これならきっと上手くいく」



 止める者などいない。

 ここには、思考に癖のある人間しかいない。


 本当に力押しどころではない。

 ほとんど拷問に近いはずの提案を、良案だと二人は心から思っている。

 同じレベルの考えを共有していた。



 「ありがとうございました。まさか本当に使える案を出すとは思いませんでしたよ!」


 「あれ?さり気なくバカにされてる?」


 「早速家に帰ればやってみます!では、また!」



 チェスなどやってられない。

 今すぐに試してみたい。

 

 久方ぶりに自分の思い通りになるのかもしれない。

 この興奮は抑えられる気がしない。


 バタバタと椅子から立ち上がり、部屋を出ようとしたその時、



 「あ、あと言っとくよ!普通人は骨を折られたら問題ないなんて感想でないしね!しかも、普段のしごきなんてバカだよ!?問題なく毎日してた君の体は鋼みたい!」



 もうその時には部屋の外に出て、扉を閉めようとしていた。

 だが、彼女のやかましい声は彼の耳にはっきりと届く。

 ムカつくとは思ったが、これは明るいの裏返しなのかもしれない。

 彼女の明るさは、彼の心を暖かに照らした。



 「すごいね、エドガー!君のそれは、立派な才能だよ!」



 才能

 才能、か………


 初めて、そんなことを言われたかもしれない。

 何百年も消えない、鮮烈な記憶がその時に刻み込まれた。



 ※※※※※※※※※※



 さっきの場所へ戻ると、エドガーの父は無言で立っていた。

 

 何かを言いそうではあったが、エドガーの様子を見るとすぐにその言葉は引っ込める。

 かつてなく明るい彼を見て、文句も出そうになかった。



 「申し訳ありません、父上」


 「どうした?何かあったのか?」


 「いえ、とある方にチェスに誘われまして」



 とある方、とは誰かは知らない。

 だが、ここを自由に歩き回ってチェスを誘うのなら、きっとそれなりの立場の人間なのかもしれない。

 あえて言葉を濁すのだから、別に聞く必要はないと判断する。

 それに、チェスとは…………



 「お前がチェスか」


 「? ええ、そうですよ?」


 「なら、接待の必要はないな」



 エドガーも、彼の父も、チェスはすこぶる弱い。

 どうしても柔軟な思考というものができず、あっという間に負ける。

 不器用の塊のような性格と考え方だ。

 エドガーは何度か父とやった事がある程度だから、そういうことに気付いてはいないのだが。

 だから、



 「最後まで勝負は付きませんでしたけどね」


 「ん?そうなのか?」


 「? はい。ずっと拮抗してましたよ?」



 それは、珍しいこともあったものだ。

 逆に接待させてもらったのか?

 年配の者が、遊びで子供に引き分けを見せかけた?

 

 …………………


 まあ、どうでもいい話だ。

 今日のところは帰るとする。


 いつかは、息子が健やかに暮らせますように………






 エドガーはこの日、戦い方を教えてくれない、エドガー並みに不器用な、思想の賛同者を得たのだ。


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