表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
77/112

75、決着の四分

過去一長ぇ



 「アレーナ…………」


 「ごめんなさい。今は話してる暇がない。あの使徒を倒さないと………」



 あくまでも使徒を倒す。

 それ以外のことは全部後回しにしてほしい。


 そういう意図だ。

 ここまではっきり自分の主張を通そうとするなんて、初めてではないだろうか?

 彼女に何故変化が起こったのか、それは彼女自身にしか分からない。

 分からないが、その変化自体は理解できる。


 こんなにも『力』に満ちているのだ。

 目が離せないほど鮮烈に、目の前に立っている。



 勇者はアレーナに意識が向いているが、あとの二人。

 使徒は薄く笑いながら自らの腕とアレーナの両方を見ているが、エイルは穴が空かんばかりに使徒の腕を凝視していた。

 アレーナが起こした異常は、それほどまでに異常であったのだ。


 あの使徒の、


 あの使徒のデタラメに硬い体を、切り落とした。



『聖剣』ならまだ分かる。

 アレはかつて幾度も世界を救ってきた、最強の超兵器。

 これまで勇者が使いこなせていなかっただけで、使徒を斬れるポテンシャルは、あると思えるだろう。


 だが、アレーナは違う。

 ただ才能があるだけの少女のはず。

 例え『覚醒』しようが変わらない。

 いくら『超越者』になれたとはいえ、その壁は超えられないはずなのだ。

 ほんの少し前に『超越者』となったエイルも、ずっと昔から『超越者』だったライオスやガルゾフもそうだったのだから。


 なら、どうして?




 「エイル!」


 「!!」

 

 

 思考にふける彼の頭上から影が差す。

 

 使徒は大きく腕を振りかぶり、エイルを叩き潰そうとしていたのだ。

 盾を持てない腕を振るった。

 だがエイルは間一髪で後退し、



 「うっ!」



 吹き飛ばされる。


 当たった訳ではない。

 エイルは使徒の動きを上回り、奇襲を躱すことができた。

 

 できたが、使徒は想像の上をいく。

 

 叩きつけた腕は地面に衝突。

 地に着いた瞬間、まるで豆腐のように崩れ、その破片は散弾のように周りに飛び散る。

 起こる爆風は容易に人を吹き飛ばし、その衝撃は立っているのが難しいほどの地震を巻き起こした。


 この程度のことで死ぬエイルではないが、石の散弾は彼の骨を砕き、肉を抉る。

 勇者とアレーナは、アレーナの張った結界で事なきを得たが、砂埃によって視界を塞がれた。



 「「「………………………」」」


 

 視界が明ける頃、使徒は大きなクレーターの中央で佇んでいる。

 三人は、使徒から目を離せない。

 使徒の力が強いことなど尚更だが、ここに来て力がまた一段と強くなっているのだ。

 人型ではあるが、そのパワーは超大型の魔物と何も変わらない。


 そして、使徒はその視線にも応えない。

 これまでは、感情を隠しもしなかった使徒が、今はなんの感情も感じさせない。

 その静かさが、いっそう恐ろしい。



 「小僧共…………俺に勝てると思うか?」



 静かだ。

 あくまでも静かに語りかける。



 「腕を落とした程度で、俺が負けると思うか?小娘一人来た程度で俺の優位が揺らぐと思ったか?」



 悪寒が止まらない。

 使徒の静かさと底知れなさに、闇の中にいるような恐怖を感じる。

 格上を相手にして殺されるかも、という恐怖ではない。

 相手が分からなすぎるからこそ、恐い。

 

 確かに、勝てると思った。

 勇者の『聖剣』は使徒を切り裂き、アレーナの力は使徒の腕を千切った。

 十ニの抜け殻も、二人の共闘の前によって互角以上に渡りあえたし、使徒本人は彼らの動きについていけていない。


 正直、勝ちだった。


 抜け殻を動かすエネルギーも、硬さを維持するエネルギーも、その怪力を発揮するためのエネルギーも、馬鹿にならない。

 もう少し我慢比べをすれば、負けていたのは使徒の方だ。

 二人の集中もかなり深く、アレーナも油断などしない。

 だから勝てる、はずだった。


 だが、使徒がその予想をひっくり返した。




 「舐めるなよ?殺すぞ」




 使徒が力を強めることはあったが、今回のは訳が違うだろう。

 勝てそう、という希望を根本から引き抜かれた。

 この使徒との戦いは、まだ終わらないのだ。



 


 


 





 という、ブラフ。

 まだまだ余裕があると見せかけるための、嘘。

 

 ここに立つものが誰であれ、皆が皆これをハッタリとは思えないだろう。

 ここにいる勇者以外は、これに騙されてしまうはずだ。

 そう思わせる、せめてもの使徒の意地だと気付いているのは勇者だけ。

 勇者だけが、この使徒の心を見抜いている。

 


 「エイル、アレーナ」



 仲間たちへ呼びかける。

 もう勝てる、という慢心を抱かせないように、警戒の色を声に乗せて。

 油断はするな、勝てると思うな、死闘の果てに息の根を止めろ。

 きっとそれが、使徒の望みなのだから。



 「倒すぞ、コイツ」


 

 使徒を睨みつける。

 ()()()()()()()など悟らせもしない男へ、最大の警戒を。

 そして、死の苦痛に顔色一つ変えないその精神の強さへ、最大の敬意を。


 言葉なくして二人は同意。

 浮ついた雰囲気はすぐに捨て去り、使徒を倒すことだけを考える。

 この使徒を倒せる相手ではない、と理解した。




 「そうだ、それでいい…………」



 満足そうにつぶやく使徒。

 しかしその言葉は、誰の耳にも届くことはない。

 それは、使徒だけの幸福であった。

 

 

 決着まで、残り四分



 ※※※※※※※※※※※※



 今度は十三対三人。


 だが、アレーナはただの一人ではない。

 魔術という広範囲を一度に攻撃できるという、乱戦では希少で有用な駒である。

 しかも、使徒の防御を貫通する魔術だ。

 

 だからむざむざ殺させる訳にはいかず、しかし彼女は戦士ではないために使徒から逃げられるほど足が速くない。

 空中に留まって上から戦場を俯瞰させて攻撃させる手もあるが、使徒の怪力による投擲からは逃げられない。

 つまり、代わりの足が必要なのだが………


 エイルが担げばいいだけの話だ。


 

 「ゆ、ゆ、ゆ、揺らさないで!て、て、手元が狂う!」


 「黙ってろ、舌噛むぞ!」



 残り3分45秒



手元が狂うと言いながらも、その技術の冴えは揺らされたくらいで衰えることはない。

 すべての技が繊細かつ高威力、広範囲で行われる。

 しかも、それが勇者やエイルの『分身』に当たることはない。


 

 「クッ!」



 爆炎が周囲を支配する。

 視界が炎に包まれて、誰が何処にいるのかが分からない。

 使徒だけは………



 「おおぉおお!」


 

 まいた炎を誘導し、使徒への道を繋げる。

 

 言葉にすればこれだけだが、これを成すのに必要な技術は幾らでも湧いて出る。

 一度広げた炎を操る制御力、瞬時に多くの気配を辿る感知力、他のすべてを覆い隠すことができるエネルギー量などなど。

 そうして完成する奇跡の道は勇者を使徒の元へと導き、そして『聖剣』の力を直前まで抑えていた勇者は使徒を破壊しようとする。



 ガキンッ!



 金属音が鳴り響く。

 これまで使徒の体を引き裂いた『聖剣』が、完全に防がれたのだ。

 傷一つ付けることはできず、また振り出しに戻ったようだ。



 「クソッ!化け物が!」



 だがそれも仕方がない。

 使徒の鎧はもともと『魔法』である。

 つまり、剣が『魔法』の範囲内に入った時点で簡単に対処可能。

 これまでではできずとも、今はそれを可能にするだけの『力』を得て、燃え上がられている。

 そして、その湧き上がる『力』をそのまま防御へ転じているのだ。

 それも、他の部分の防御は捨てて、その『力』を腕に集中させている。

 これによって、さらに硬さが跳ね上がってしまった。



 残り3分32秒



 「喰らえ!」


 

 杖を振るうと翡翠の宝石はまばゆく輝き、式を成す。

 アレーナは『魂の力』を用いて、自身の『魂源』を発動した。

 嵐のようなエネルギーが吹き荒れ、それは暴虐として形を作り上げるのだ。

 使徒の腕を千切った、彼女の『魂源』の正体。

 

 その力の名前は『再現』


 魔術では成し得ない『魂源』を観察、自身の中で理論化することで他者の『魂源』を再現する。

 再現度はどれだけ上手く理論化(こじつけ)できるかに依存し、本人の威力を超えることさえもできるだろう。

 

 これまで多くの魔術を吸収するように学び、あり得ない速度で成長していった、天才の彼女らしい能力だ。

 

 そして、使徒の腕を千切ったのは、リベールの『強化』とガルゾフの『付与』と、それから使徒シンシアの『断裂』の力である。

 もちろん、威力も性能も本人たちには劣る。

 だが、元よりある莫大な『魂の力』と、オリジナルに劣るとはいえ『魂源』を三つも掛け合わせるという暴挙は、使徒の防御を上回った。


 そして、その『魂源』は、今また使徒を襲う。

 


 「来ると分かればどうとでもなる」



 だが、当たったのはあくまでも意識外からの攻撃であったからこそ。

 備えてさえいれば、対処は容易い。


 使徒の抜け殻五体がかりで盾を付き出す。

 盾同士は『魂の力』によって結合され、そして一つの強大で大きな壁となる。

 支える力、加えられるエネルギーもそのまま受けた時とは全く違うのだ。

 アレーナの凄まじい『魂源』による斬撃は数秒の拮抗の後に弾かれてしまう。


 さらに、



 「うおっ!」

 

 「きゃっ!」



 地中から突如として腕が生えたのだ。


 その腕はエイルの右足をガッチリと掴んで離さない。

 二体の分身によって追われていたエイルは、自身の失態を悟る。

 壁に五体、追跡に二体、エイルの逃げ道を無くすために先回りするものが二体、勇者の相手二体。

 数えれば、一体足りないのだ。


 どうしてそうなるのか?

 地面から生える手を見れば明らか。

 一体だけが地中に隠れ、エイルか勇者が上を通るのを待っていたのだ。

 この場合、より危険なアレーナを背負うエイルを狙って上手く誘導したのだろう。



 「うっ…………!」


 「エイルさん!」



 ミシリ、と骨が音をたてる。

 その万力にも等しい握力によって握られた足が無事で済むはずもなく、骨は今にも砕かれそうだ。

 しかし、今はそれよりもマズい事態がある。

 そう、他の抜け殻に追い付かれてしまえば、間違いなくその盾によってあっという間に挽き肉になってしまう。

 

 だから、エイルの判断は早かった。


 

 「……………!」


 「なっ!?」



 アレーナは驚いて声も出ない。

 突如飛び散った赤色を前にして、思考を一瞬止めてしまったほどだ。

 

 それもその筈である。

 何故なら、エイルは逃げられないと判断するや否や、自らの足を大剣で切り落としたのだ。

 痛みが走るが、今は気にしていられない。

 

 

 今、やれる事は…………



 「やっぱ、やりゃあできるもんだな…………」



 切り落とした足をそのままに、何とエイルはそのまま走り出したのである。

 だが、その血にまみれた断面は地面に当たらない。  

 当たる前に、断面と地面の間に何かがあるかのように、彼は()()()()()()()()

 


 「エイルさん、足は?」


 「今、創った………初めてだったが、何とかなったな…………」



 エイルの『魂源』は自身の分身を創ること。

 これまでは戦闘の面から考えて全身のものしか創ってこなかったが、やろうと思えば部位限定でも創れる。

 こうして即席の義足を仕立てることも可能なのだ。



 残り3分5秒



 「ほら、ボサッとすんな!さっさと仕事しやがれ!」


 「は、はい!すみません!」



 再び視界が塞がる。


 一寸先も見えないほどの凄まじい砂塵。

 その砂嵐は姿もそうだが、足音も、そして込められた魔力によって気配も探り難い。

 

 また姿をくらますための手。

 そして、使徒からすればまた勇者による強襲か、アレーナによる『魂源』が飛んでくることだろう。

 だが、油断はしない。

 彼らは手を変え、品を変え、様々な方法で使徒を殺そうとする。

 自身を防御を過信はしない。

 

 だから、きちんと備える。

 追わせていた抜け殻を三体周囲に集め、どこから来たとしても対応できるように。

 

 そして、


 

 「………………下か!」



 使徒の鈍い感覚でも分かる、膨大なエネルギー。

 これは間違いない。

 勇者による『聖剣』の光だ。



 「おおおぉおお!」


 アレーナによって作られたトンネルは、使徒の真下に来るように勇者を動かす。

 そこから放つ攻撃は、使徒本体と抜け殻三体をまとめて捉えるほどの広範囲の光線である。

 威力は申し分ない。

 使徒の両足を地面から離し、空にかち上げているのだから。

 しかし、それでは使徒に傷を付けられない。


 ありったけの光を刀身に集めることで分解と熱を高め、ようやく届いたのが、()()()()()()使徒の腕を落とすという偉業だ。

 だから、こんなにも広げては使徒にダメージを与えられない。



 (いや、そんな徒労をする必要がどこに?)



 無駄な手を今打つとは思えない。

 それほど頭が悪い訳ではないのは知っている。

 彼らは戦闘のために、殺生のために全力を尽くすことができる、イカれた人種だ。


 だからこれにも意味が、



 「冗談だろう?」


 「あああぁぁぁあああ!!!」



 剥き出しになった地面から、雄叫びをあげる勇者が見える。

 極太の光は天へ伸びる一本の柱となり、凄まじい速度で使徒を空へ運んでいくのだ。

 光はどこまでも続き、終わりは見えそうにない。



 「クゥ………!」


 

 何を狙ったのか分かった。

『聖剣』という無限の超兵器の性能をフルに使った、無茶が過ぎる一手だ。

 普通ならばあり得ない。

 だが、勇者ならば、『聖剣』ならば可能にできてしまうだろう。

 だから、対策を取らざるを得ない。 


 使徒は勇者が居る座標へ抜け殻を送り込む。

 抜け殻たちへの命令は簡単だ。

 たったの四文字で足りる行動、阻止しろ、だ。

 四体の抜け殻たちはすぐに盾を前に出し、体当たりで勇者を押し潰そうとする。


 だが、勇者は避けない。

 目の前に迫っていることがわかっているのに、避けようとしない。

 しかし、すぐにその理由も分かる。


 抜け殻が突如、消えた。

 四体もの抜け殻たちがいきなり影も形もなくなったのだ。

 少なくとも、使徒が操れる、感知できる範囲にはもういない。

 

 普通ならば、突如消えた戦力に狼狽えるのだろうが、緊急事態に思考を巡らせる使徒は簡単に答えに辿り着く。

 これは『転移門』だ。

 別の空間どうしを繋げる門を生成する、空間魔術。


 砂嵐で見えなかったが、まんまと抜け殻たちは使徒の指示にしたがって門へ飛び込んでしまった。




 「………………致し方なし!」



 

 この様子を正確に捉えられない状態で下手に抜け殻を動かせば、また戦力を減らしてしまう事になる。

 だから、今はここにあるもので逃げるしかない。


 使徒と抜け殻二体は、残り一体を足蹴にし、光の有効範囲から抜け出すことに成功する。

 空の終わりが少し見え始めた所で、ようやく光の拘束を破れたのだ。

 あのままなら、宇宙まで押し飛ばされていた。

 光は非実体であるのに、エネルギーによって吹き飛ばされていたのだ。

 逃げるためや踏ん張るための足場はなく、使徒の質量を軽々持ち上げる無限の光だけがそこにはある。

 星の外まで運ばれても、何ら不思議ではない。


 使徒と抜け殻は重力に従って自由落下していく。 

 この質量が、隕石ほどの速度で落ちるのだ。

 

 そしてその隕石は大きな大きなクレーターを、




 作らずにさらに穴の中へ落ちていった。



 残り2分36秒



 アレーナによって作られた穴が綺麗に閉じていく。

 一息の間に穴ははじめから何もなかったかのように消え去り、そこにはただの地面が広がる。

 抜け殻たちも、操る本体が遠く離れすぎたからか、ピクリとも動かなくなった。



 「使徒は、どこまで落ちた………?」


 「星の中心までです。私が使ったのは魔術。『魔法』と違って、有効範囲は知覚の外まで届きます。今回、そう設定して術を組みました……………」

  


 軽く言っているが、とんでもない事だ。


 自分の知覚領域よりも遥かに奥底まで、魔術を届かせるのだ。

 自動で穴ができていくように術を組む(設定する)のはそう難しいことではないが、それを星の中心にまで繋げるとなると、話は別次元に突入する。

 

 だが、今はそんなアレーナのデタラメに驚きはしない。

 使徒をほぼ封印に近い形で終らせたことに安堵を噛み締めている。

 あの化け物の姿が目に映らないだけで気が抜けた。


 もうアレが日の光を浴びることはないはずだ。

 何せ、ガルゾフの時とは訳が違う。

 深さもそうだが、そこにかけられる自然の圧力の大きさも桁違い。

 いくらあの怪力でも、自然の力に完全に逆らえる訳がないはずだ。

 


 「エイル、その足…………」


 「大丈夫だ。今は義足だが、吸血鬼の再生能力からしたらカスリ傷だよ」



 言葉の通り、あのときは急いでいたからこうしただけのこと。

 エイルは傷を治すために能力を解除する。

 ボタボタと血が落ちるが、それも十秒ほど。

 またたく間に新たな骨が、肉が、皮がエイルの失われた足を形作る。



 「な?」


 「な?じゃないです、もう…………」



 アレーナからすれば、ふざけるなという話だ。

 いきなり足を切り飛ばして、しかもそのまま走り出したのである。

 大丈夫とは言っていたが、痛いのは痛いに決まっているし、血だって多く流れた。

 

 ちゃんと気持ちを整理した彼女は、彼らを心配する。

 大切なものを理解している。

 理解できている。  


 だから、



 「二人とも、ごめんなさい…………」


 「?」


 「ああ………」



 寝ていた勇者からすれば分からないだろう。

 だが、当事者であるエイルはその謝罪の意味を正しく理解している。

 それだけのことをしたのだ。

 戦場で仲間割れを起こすなど、殺されても文句の言えない愚行である。

 


 「それなら、俺らよりあのアホ女に言え」


 「……………ごめんなさい。ありがとうございます」


 「いや、何があったの?」



 勇者だけが置いてけぼりだ。

   

 まぁ、しょうがない。

 ポカンとしている勇者に、何があったのか説明をしよう。

 

 エイルは苦笑いをし、アレーナは申し訳なさそうにしながら、




 


 ドンッ!






 「まだ、終わらんぞ…………!」




 残り1分



 驚きに身を固めたのはアレーナのみ。

 勇者とエイルは、すぐに次の行動に移っていた。


 勇者は『聖剣』の光をかき集め、光の剣を使徒へ向けて炸裂させる。

 エイルは反対に大剣の能力で闇を集め、自身の『魂源』で複製した計七振りの同じ剣を叩きつける。



 この攻撃に対して、使徒は、



 盾で防いだ。




 「何!?」


 「いったいどういう………!?」



 使徒にはもう手は残されていないはず。

 アレーナと勇者で、ちゃんと一本ずつ切り落とした。

 だというのに、使徒はその両の手で盾を握っている。


 混乱、疑問、そして絶望


 まさか…………



 自分の体を操って、手を再び構築した?



 回復能力の顕現。

 この使徒にだけは与えてはならない、最悪の権能。

 隠していたであろう切り札を、ここで切ってきた。


 だとしたら、使徒に与えた負傷は負傷たり得なくなる可能性がある。

 どんな傷もたちどころに塞がり、どんな欠損も簡単に補われてしまう。

 そうなれば、どうやって殺したらいいのか分からない。

 この時、全員が使徒を前に不死身を思った。



 

 「喝あああぁぁあああああ!!!」




 使徒は二人がかりの抵抗に対していとも簡単に押し勝つ。

 

 二人は一緒に宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。

 目にはチカチカと星が飛び、自分が立っているのか、寝ているのかも分からない。

 

 そしてここで、アレーナが動く。



 「…………………!」



『転移』の魔術。

 逃げるための、距離を取るための魔術。


 刹那の間に三人は、使徒から遠く離れた地に降り立った。

 あと数瞬でも遅れていれば、仲良くまとめて肉塊になっていただろう。

 恐ろしいなんてものじゃない。

 あの状況で戦闘を続けられるほど、アレーナは無謀を好まない。

 咄嗟に急いで行った『転移』であるため、距離は一キロと離れていないが、十分。

 このまま…………




 「逃げられるとでも思ったか?」



 

 声


 エイルものでも、勇者のものでもない、声。

 仲間たちのものではなく、その声に聞き覚えがあるという確信。

 そして、そんな敵意を含んだ言葉を吐く輩など、一人しかいない。

 アレーナの『転移』の効果範囲に、無理矢理割り込んできた使徒一人しか……………



 「ふぇ?」


 「さらばだ、勇者…………」



 盾がすぐそこにまで迫っている。

 人間なんて簡単にシミに変えてしまう、死神の盾が、もう目の前にまで。

 目と鼻の先にまで。


 アレーナは動けない。

 迫る死に対して、どうする事もできない。

 ただただ、溢れ出る情報を処理しきれずに呆然と死を見つめている。


 

 死



 死、死



死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死







 死の直前。

 もうすぐ、死ぬ。

 目の前の死に圧倒され、動くことができないのは普通のこと。

 馴れないものが、馴れるはずのないものが自分にも降りかかる。

 このストレスには、人は耐えきれない。

 動くことができる者はきっと、生きる意思に溢れた者か、とんでもないイカれ、またはその両方だろう。




 だから、死を前にして呆けていられるような暇を堪能するようなことは、二人にはできない。




 「「死んでたまるか」」




 異界が広がる。

 

 エイルを中心にして、周囲のすべてを取り囲むように広がる世界。

 すべてが彼の思いのままに成る、彼の世界。

 彼の『魂』そのもの。


 

 「……………………!」



 四方八方から伸びる、いくつもの()

 一つ一つがエイル本人とそう変わらないパワーを発揮する手、すべてが使徒を掴み、引っ張り、離さない。

 さしもの使徒も、何百というエイルに引かれるこの状況で、力を押し通すことはできなかった。

 

 使徒は動きを完全に止めたのだ。



 

 さらに、それでは終わらない。


 勇者の『聖剣』から、優しく輝くナニカが漏れる。

 そのナニカは光であったが、これまで普通に出していた光とはどこか違っているような気がした。

 説明もできないような、ナニカ。

 だが見える断片から言えば、ソレは生きているかのように、と表現するのが一番正しい。

 意思を持つかのように揺らめき、自ら動く。

 ほんの瞬きの間に、ソレは次第に『槍』へと変化する。



 「ありがとう…………」


 

 自然と言葉が漏れた。

 誰に対してなのか、それは言った本人にも理解する事ができない。

 だが、ポロリと勇者は言葉を零していた。

 

 そして、使徒にもその言葉が耳に届いた瞬間………




 「ガッ!」




 使徒の胸には『槍』が刺さっていた。

 掴み、投げるという過程が抜け落ちたかのように、本当に一瞬で。

 避ける間も、防ぐ間もなく、スルリと使徒の防御を貫通し、大穴を空ける。

 焦げ目、ヒビ、汚れすらなく、できたものはただの穴。

 光に触れたものすべてが、完全に消失していた。


 

 残り50秒



 「……………!」



 使徒は拘束が緩むのを感じる。

 突如発動した『魔法』であったが、感覚的に偶然起こっただけであって、任意でオンオフはまだ出来ないのだろう。

 とはいえ、チャンスだ。

 使徒は全力で後退を選択する。


 下手に踏み込んで、また同じものを受ければどうなるか。

 

 

 (いやはや、矢張りとんでもないな……………)



 死の間際に二人には変化が訪れたのだと悟る。

『進化』という、人類が見せる底力。

 それがここに来て、彼らを生かしたのだ。

 火事場の馬鹿力とは言うが、彼らは真にそれを発揮できる精神の強さを兼ね備えている。



 「エイル、さっきのと同じのできるか?」


 「知るわけねぇだろ、咄嗟だったんだ。そういうテメーはどうなんだ?」


 「お前と同じ」



 つまり、もう一度はできない。


 だが、どうだっていい。

 戦いはまだ、続いている。


 勝つ。

 相手を超える。

 そのために、ただそのためだけに全てをかける。



 「ふふふ………」


 

 止められない。

 これだけは、やめられそうにない。

 この高ぶりはどうしても、収められる気がしない。



 「ははははは!あーはっはっはっは!!」



 狂ったように使徒は笑う。

 

 たのしい  うれしい  おかしい

 

   こんなことはしょうがいでなかった


  こんなにあたらしいことはなかった

       まちどおしい    さいごだ


やっとだ


   ()()()()()()()



 「殺す!」



 とびきりの笑みと共に使徒は、



 「こっちのセリフだ、ボケが!」



 突進の前に懐に飛び込んできたエイルの斬撃が顎に見事に入った。

 すぐにエイルの方を向き、盾を使って叩き潰そうとする。

 だが、そこには彼の姿はない。


 エイルは既に背後に移動しており、いくつもの斬撃を使徒にぶつける。

 勿論効くわけがなく、ただ使徒に位置を教えただけだ。

 だから使徒は逃げられない内に裏拳を叩きつけ、



 ようとした所で、そのままでは勇者とアレーナという、使徒に痛手を負わせられる存在がいる事を思い出す。

 あの二人が居るところに背を向ける?

 そんなの、ただの自殺行為。

 だから、今注意を払うべきは正面。


 後ろへ流しそうになった視線を再び前へ向けると、



 「き、気付きましたよ!」


 「構わないから、撃て!」



 破壊が迫る。


 使徒の腕を千切ったアレーナの『魂源』と『聖剣』の光が混ざり合い、あらゆるものを蒸発させる破壊ができあがった。

 生身で受ければ無事では済まない。

 今の『燃え上がっている』状態であろうと、鎧だけでは無理だろう。


 だが、今は盾がある。

 使徒にとって、盾はそれだけ大きな意味を持つのだ。

 それだけを武器として使ってこなかった故に、使徒の『魂源』は盾にしか乗らない。

 だから、これまでの『燃え上がって』からの攻撃はすべて『魂源』なしで受けていたのだ。


 だから、この破壊は防げる。

 防げなければならない。


 使徒が盾を前に押し出し、破壊を正面から受ける。

 逃げることも、流すこともせずに、真正面から。



 轟音


 のち、一瞬の静寂。



 使徒の背後だけが変わらない。

 だが、そのすぐ横は景色がまったく違う。

 地面は巨人の手によって削り取られたように抉れ、あの破壊の威力の凄まじさが分かる。



 残り34秒


 

 

 「いい加減にしてくれ………!」



 エイルの使徒への嘆願の言葉。

 あの合技すらも無傷で凌いでしまう使徒へ、どうしても弱気を止められなかった。

 

 今度は勇者との同時攻撃。

 エイルが使徒の攻撃の()()()()を弾き、動けない使徒を勇者の『聖剣』によって斬る。

 そういう作戦。

 お互いがそう理解出来る事は不思議ではあるが、疑問を解決する暇はない。


 二人は息を完璧に合わせて使徒との間合いを詰めるのだが、


 

 使徒ができる攻撃は突進、盾を振り回す、殴る、蹴る、あとは投擲くらいしかできない。

 特殊な攻撃手段など何一つとして持っておらず、炎を出したり、水を操ったりなどは最早使徒に求めるのが間違いである。

 

 だが、自分の体を操ることはどうか?

 抜け殻を操ったり、生物ではないことを活かして欠損部位を無理矢理作りだしたりと、これを攻撃にできないのか?

 

 

 答えは、不可能。



 何故なら、使徒はそんなことをしてこなかったから。

 

 使徒には才能がない。

 才能がない、をもっと詳しく言うと、適切な体の動かし方を本能的に理解したり、敵の攻撃をカンで躱したり、咄嗟で最適な行動をとったりすることができない。


 だから、長い長い時間をかけて、それができるのようになるのだ。

 才ある者が平然と進む道を、使徒は一歩一歩確認しながら歩むしかない。

 歩み、考え、時には止まり、時には戻る。


 そういう積み重ねの上でこそ、使徒は戦い方を学んで強くなっていった。

 幸い、老いることのない体だ。

 そして、鍛錬の時間もいくらでもある。

 天才の真似事しかできないが、それでも天才の()()()ことはできよう。


 経験という使徒の隠れた武器は、不可能だったことを可能に変えられる。



 「………………!?」


 「なんだ?」



 金属の塊が飛んでくる。

 まるで磁石に引き寄せられるかのように、使徒へ向かって一直線にだ。

 ここで使徒は、回避を選ぶ。


 これまで向かい撃つことばかりだった使徒が、突然避けたことに作戦は狂い、中止せざるを得ない。

 お互いがぶつかる寸前で二人は踏みとどまり、使徒の方へと目を向ける。


 と、同時に長物が二人の首を目掛けて振られたのだ。



 

 「…………ッぶねぇ!」


 「マジかよ…………」




 使徒の手には、エイルの剣よりも尚長く、重く、大きい大剣が握られていたのだ。

 剣と盾、鎧を装備する姿はまさに騎士。

 そして、これだけの質量を戦いに適応させられるレベルで振り回せるのは、世界でも有数。

 おそらくは世界でも一ニを争う重戦士となった。



 残り25秒



 その大剣は、抜け殻を集めて作ったもの。

 

 職人が作ったような精巧な造りはしていないが、それでも尋常でない武器であるのは間違いない。

 普通ならば、使徒にこんなことはできるはずがないのだが、経験は不可能を可能に変える。


 そもそも、抜け殻を操ること自体が相当繊細な作業。

 そして、体の形を変えることもさっきになってようやく出来るようになった。

 これらを掛け合わせ、使徒はこの芸当を実現した。


 

 ブォン!



 短い風切り音。

 この大剣で、それだけの速さを実現する使徒の力。


 厄介だ。

 これまで使徒の攻撃のリーチはそう広くなかった。

 だが、ニメートルを大きく超える大剣はその問題を解決してしまう。

 しかも、受ければ使徒のパワーに押し負け、受けられなければ体はミンチになる。 


 お手上げの三歩手前だ。

 近接戦に持ち込まれて、二人が使徒に勝てる道理はどこにもない。

 いくらカンに優れたエイルでも、そう長くは持たない。

 


 だから二人は、アレーナに任せることにする。




 「退いて!」



 彼女の声と共に、即後退。

 通じ合っている彼らと、何も分からない使徒では反応速度に大きく差が出る。

 だから、準備完了から発動までほぼノータイムで行われたこの攻撃を使徒は対処することができなかった。



 「カハッ!」

  


 使徒が苦し気な声をあげる。

 痛覚など無さそうなゴーレム体の使徒だが、それは間違い。

 使徒の魂を入れる核が存在し、そこを傷付けられるとこうしてちゃんと苦しいのだ。


 それだけアレーナのした事は強い。


 これまで行う魔術を、魔力の代わりに『魂の力』をエネルギーにして使う。

 魔力は『魂の力』の下位互換。

 だから、それだけで威力は爆発的に上昇する。


 さらにダメ押しだ。

 魔術ではない、アレーナ自身の『魂源』の併用。

 リベールの『強化』とガルゾフの『付与』を魔術に乗せて使う。

 時間こそ多少かかったが、それなりの時を二人は稼いでくれた。

 新しい事への挑戦などやり飽きたし、何度だって乗り越えてきたのだ。

 熟すまでに一分も必要ない。


 

 人の指ほどまでに凝縮された雷が十と七本。

 使徒にまとわりつき、離れない黒い炎。

 しっちゃかめっちゃかに働きく重力。


 どれもが高位の魔術。

 

 流石にここまでされては、使徒も無事ではいられない。

 アレーナが持ち得るほぼすべての『魂の力』を注ぎ込んだのだ。

 むしろ、これで終わらせる気で撃った。


 

 だから、これでも足りない使徒の方がおかしい。




 残り12秒



 ギロリ、と使徒は睨む。


 実際は炎で見えないのだが、確かにその目はアレーナの方を見た。

 殺気を込めて、次はお前だ、と言わんばかりに。



 使徒はアレーナに向けて走り出す。

 

 金属を操って、炎に焼かれた表面だけを綺麗に脱ぎ捨てたのだ。

 普通の人間からすれば、全身の皮膚を剥いだのと変わらないが、そこはゴーレムの使徒。

 脱いだところでまったく同じ表面が生成され、無傷となんら変わらないように見えた。


 そして、三人は直感で理解する。


 この使徒は死んでも敵の打倒を目指す。

 駆けるための脚を失っても、殺すための腕を失っても、前へ前へと突き進む。

 そういう覚悟が見えたのだ。


 だから、ここで迎え撃つ。

 いや、迎え撃つしかない。


 三人で陣を組み、次の攻撃へ…………




 残り9秒




 「使徒おおおおおぉぉおおお!」



 

 耳を塞ぎたくなるような轟音。

 雄々しく、強さを感じる覇気。

 そして、目が離せなくなるような『魂』。


 獅子の頭を持つ、獣人の王。

『獣王』ライオスがようやく戻ってきた。



 「行って、ください!ライオス様!」




 残り8秒




 透き通るような女の声。

 

 彼女の声と共に、強い『魂』であったライオスは、さらに力を感じさせる。

 この能力、この声に聞き覚えのない人間はいない。

 白い髪をたなびかせ、紅い瞳はまばゆく輝く。

  

 大きな戦力だ。

 この二人が戻ってきた。



 「『聖女』か…………!」



 流石に使徒は彼らを無視できない。

 

 ここは、襲い来るライオスを優先させるしかなかった。

 三人を追えば、彼は後ろから絶対に邪魔をするだろう。

 しかも、この力……………

 使徒にも、もしやと思わせてしまう。




 残り7秒



 大剣を振り上げた。


 このまま向かって来るライオスの頭をかち割る。

 おそらくは、ライオスの攻撃は『魂源』を用いた牙によるものだろう。

 だから、ここは腕一本を犠牲にしてライオスを確実に殺す。

 それが最適だと瞬時に判断。

 その時が来ることを、今か今かと待つが、



 「三人とも!」



 その時が来るよりもリベールが『魂源』を使う方が早かった。

 



 残り6秒



 

 「イケるぜ、今なら…………!」

 


 エイルの『魔法』が使徒を覆う。


 幾百という見えない腕が使徒の腕を抑える。

 全身を止めることはできずとも、かち割るための大剣だけは動かさせない。

 少なくとも、この数秒だけは。



 「まだ!」



 アレーナの『魂源』も、ほとんど同時にライオスへ届いた。

 ガルゾフとリベールの『魂源』を使って、さらなる力を宿させる。

 これならば、きっと使徒を殺せるはずだ。



 残り5秒



 「おおおおおぉおぉおおぉぉぉぉ!!!」


 「喝ああああぁああああぁぁああ!!!」



 両雄、衝突。


 ライオスの牙と、使徒の盾。

 お互いの最強の武器がぶつかり合った。


 激突のエネルギーは龍のように暴れまわり、辺りに滅びを振り撒いていく。

 この『魂』たちは、限界なんてとうに超えている。

 こんなにも輝き、強くなったのだ。



 だが、両者は完全に拮抗している。



 勝つことも、負けることもない。

 ここまでしても、まだ終われない。

 使徒の盾は、守りは、誇りは破れない。




 残り、2秒




 「また、力を借ります…………」



 その言葉と共に、手の『聖剣』から光が漏れる。


 生きているかのように動き、意思を感じさせる不思議な光。

 光は勇者の意図を理解し、自身の役目を果たす。


 フワリフワリと移動し、光はライオスの牙へと吸い込まれていく。

 


 「…………………!」



 突如、とてつもない力が溢れた。


 制御しきれないと思えるほどの、暴れ回る急流のような膨大なエネルギー。

 アレーナとリベールによって強化されたはずの牙がギシギシと軋んでいるのが分かる。

 しかも、それは時と共に、そして光と共に強くなり続け、上限が全く見えないほどだ。

 

 このままでは壊れ……………



(ナメんなよ、俺を誰だと思ってる………!?)




 「がああああああァァァああ!!」



 ない。


 壊れない、壊れない、壊れない。



 凄まじいエネルギーを本能と意志で無理に制御し、その全てを破壊のために使う。

 まさしく、獣の王。

 このイレギュラーに、完璧に対応しきった。



 残り、1秒



 ピシリ、ピシリと音が鳴る。


 音の源は明らか。

 使徒の、不変の(誇り)から。


 勇者が初めて付けた傷から、次第にヒビは広がっていき、やがては全体を覆おうとしていた。



(マズい、破られる!)



 あってはならない。

 あってはならない。

 あってはならない。

 あってはならない、あってはならない、あってはならない!


 そんなことを、認めてはならない!!



(まだだ、まだ負けてない!)



 負けられない。

 盾を破られるなど、そんなものは敗北以下だ。

 そんな不条理だけはあり得ない。


 この盾こそが『不変』の概念。

 自身こそが『不屈』の結晶。

 この生き様こそが『不敗』のすべて。


 壁は、壊れない。

 壊れることへの喜びなど、あるはずがない。

 終わることへの感激など、あるはずがない。

 

 そんなこと、あるはずが……………



(もっと、もっとだ!もっと『魂』を捧げれば!)



 『ダメです!そんな事は、許可できません!』



 「………………!」



 頭に直接声が届いた。

 使徒だけが知り、使徒だけに届く、彼女の声。

 

 味方であるはずなのに、彼女のためであるはずなのに、彼女からの言葉は、拒絶。

 使徒の献身を、退けたのだ。



 『お願いです!もう、やめてください。もう、休んでください…………』



 ダメだ。

 そんなこと、いけない。

 そんなことを、貴女が言ってはいけない。


 我らは道具。

 命も、人生も、名前もすべて貴女に捧げた。

 それだけは貴女が言っては、



 『お願いです、エドガー……………』








 「ずるいですよ、『教主』様…………」




 残り0秒



 

 「がああああぁぁぁああ!!!」



 破片が飛び散る。


 決して破ることがなかった、使徒の盾。


 使徒の人生と誇り。


 そして、使徒という、厚い壁。



 ライオスの牙は使徒の体にまで届く。

 これを止める術は使徒にはなく、ただ、されるがままに、それを受けた。

 心に小さな言葉を遺して…………



 嗚呼、負けた



 右肩から左脇腹にかけて、胴が消える。

 最も『人間』の強さを体現した、『人間』をやめた男は、血の一滴すら流す事なく、終わったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ