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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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74、死の確信


 深く、深く集中していく。


 

 圧倒的不利の中での、奮闘。

 死の淵に立たされ、一秒後にはそこへ落ちているかもしれないという地獄。

 感情すら雑念と断じなければならぬ極地。

 ミスなど、起こすどころかその存在を考えた瞬間に終わってしまう。

 超高速、超展開の瞬間戦闘が繰り広げられる。


 彼我の戦力差は酷いものだ。

 使徒本体も、その抜け殻も、そのパワーとスピード、硬さは全く変わらない。

 一体一体が二人よりも性能的に勝っている。

 だというのに、それが十三体もいるのだから、悪い冗談のようである。

 理不尽の塊のような存在だ。

 それを相手にしなければならないのだから、大抵二人の運も悪いのかもしれない。

 


 そもそも何故、使徒のこの膂力、硬さはここまでのものになってしまっているのか?


 使徒の体を構成する物質は、とある術者によって作られた未知の金属である。

 その術者が長い年月をかけて集めた素材を元に、術者の能力によって解け、混ぜ、再構成したもの。

 既存の物質の硬度、耐久性を遥かに上回る。

 それが物理的な力であろうと、魔術、呪術に神聖術、果ては『魂源』であろうとも傷付かない。

 どんな刺激を受けたとしても、ただ変わらずにそこにあり続ける。

 神話にしか語られぬような伝説なのだ、この金属は。

 人の手で創ったのだと信じる者など、本当に一握りだけの最高級品。 

 これを壊すのは、『超越者』であっても難しい。

 完璧に破壊することができる人材は、天上教側にだって三人しかいない。

 

 術者いわく、揺るぎない自信と共に『究極金属(オリハルコン)』と名付けた最高の素材…………



 を、さらに最も純粋で強力とされた使徒の『魂の力』で強化しているのだ。

 

 『魂の力』というのは、あらゆるエネルギーの中で最も強力な存在。

 生物に宿る『魂』に内在する力であり、使うことができるならばとてつもない奇跡を起こすことができる。

 使いこなす事ができれば、世界だって変えることを可能にしてしまう。 

 そしてその『魂の力』の中でも、この使徒のそれは、桁違いに強力だ。


 より強い『魂』からは、強い『魂の力』を発生させる。

 そして、強い『魂』とは何かというと、それは本人の精神に起因する。

 つまり、精神が頑強であるほどに、より『魂』は強くなっていく。 

『超越者』が心持ち次第で強くなれるとはそういうことだ。

 その意味で使徒は、この世界の誰よりも強いかもしれない。

 なにせ、『不屈』と呼ばれているほどだ。

 これを名付け人物も、伊達や酔狂でそう呼んだわけではない。

 それは心からの賛辞だった。

 誰よりも強い、強い『人間』の精神を持っていると思ったからこそ、その名を付けた。

 

 だから、使徒は強い。

 決してその心身は砕けることはなく、敵は全身全霊を賭して迎え撃つ。

 こんな男が弱いわけがない。

 


 そんな彼との戦い。

 スペックの差は歴然。

 身体で負け、精神で負け、そして数でも負けている。

 希望などまるで見えない戦いだ。

 一瞬でも隙を見せればそれでおしまい。



 半歩間違えれば死という状況で、



 

 使徒と二人による十三対ニは、今、完全に拮抗していた。


 

 

 「おおおぉおお!」



 その眩い光は、使徒のあり得ないほど硬い体を溶かしていく。

 分解の能力もそうだが、『聖剣』の使い方が上達しているのだ。

 それも、目に見えるほど明らかに。

 

 刀身に光を集中させ、威力を高める。

 さらに、集めた光とは別に、後ろへ光を飛ばして推進力を得る。

 これまで、多少小手先の技を絡めはしたが、光を前に飛ばすということしかしてこなかった。

 だが今、二つのことを同時に行い、さらに三つ目まで手をかけている。

 

 三つ目の技。

 それは、熱だ。


『聖剣』の光から生まれる熱。

 それが一体何度に達するのか、それは計り知れない。

 だが、使徒の体に変化をもたらすには十分な熱量であったと言えよう。

 この熱が使徒の動きを乱す。


 そして、ただ熱を生み出しているわけではない。

 光に内在するエネルギーを、分解、そして熱に完璧に二分しているのである。

 完全に一対一になるように調整、コントロールしていた。

 本来は彼自身にも向かってくるはずの分解のエネルギー、そして熱のエネルギーは使徒に向かってのみ放たれる。

 

 操作、調整を失敗すれば、二人は使徒もろとも焼け死んでした。

 これまでしていたこととは難易度も、致死性も遥かに高い。


 だから、深く、深く集中していく。




 「があああああ!」




 エイルも同様に高まっていく。

 勇者を主体にして、自らはサポートに回っていた。

 

 だが、サポートといっても命懸け。

『聖剣』の制御で余裕がなく、目の前の敵にしか対処できない勇者の背中を守り、使徒と上手く相対できるように誘導しなければならない。

 抜け殻の牽制、本体の足止め、勇者の誘導、『聖剣』の効果範囲内にできるだけ多くの的を入れる。

 やる事はいくらでもあって、いくらでも積み重なって、そのすべてをミスできない。

 かつてなく力が漲っている勇者と使徒を相手に、そんな繊細な作業を求められている。

 

 脳が焼ききれそうだった。

 思考を止める暇など刹那たりとも存在しない。

 こんなチマチマした作業、今すぐにだって放り出したい。

 だが、この戦場の盤面を作り出しているのは、間違いなくエイである。


 

 「………………!」



 その奮闘に応えるように、彼の力はより強くなる。

 

 二体までしか出せなかった『分身』という、武器。

 それが、増えていく。

 今もなお、エイル本人の体は吸血鬼。

 分身は、人族、エルフ、()()の三体。

 一体一体が本体と同じ大剣を持ち、しかも十全に扱えている。

 複雑な、あの大剣の能力すら完全に再現していた。

 十三の体をすべて完全に手動で操る使徒とは違い、それぞれが思考し、それを共有、本体の指示のもとに動いている。

 使徒には数も力も勝てずとも、『分身』の精度では上回っていた。

 まるで本当に個別の人間がそこに居るかのようだ。


 とは言え三人+一人。

 しかも、パワーで勝っている訳ではない。

 使徒の動きを完全に止めるのは不可能で、精一杯を振り絞って出来ることは逸らすことだけ。

 絶妙なタイミングで攻撃の横から一撃を入れて、逸らす。

 どこまでも繊細さを求められる、神経をすり減らす作業だ。


 鋭い感覚を持つエイルだからこそこなせた、とてもシビアな仕事である。

 

 だが、間違えない。

 ここ一番という場面で、彼は決してミスを犯すことはない。

 負けない、勝つ、強くなるという決意が、彼をさらに先の世界へ連れて行く。


 深く、深く集中していく。



 

 「厄介………実に厄介…………」



 いつまでも潰れない敵を、使徒は楽しそうに笑う。

 言葉こそ忌々しそうではあるが、顔は大いに歓迎していたのだ。

 まだまだこんなものではないだろう、と語るかのように。

 

 面白いことに、まだこの二人は生きている。

 その理由は何となく見えている。

 ほんの少しだけ、抜け殻の操作が甘くなるのだ、どうしても。


 

 (いつもと感触が違う……何だこれは………?)



 何が起こったかは分からない。

 だが、誰がしたかなど明らか。

 仕組みが分からぬからこそ面白い。


 

 (不思議なことだ………一体何をした?)


   

 使徒は知るまでもないことだ。

 操作性が落ちている理由。

 それは、体が膨張しているから。

『聖剣』から生み出される、とてつもない熱が、不変の『究極金属(オリハルコン)』を僅かに膨張させていたのだ。


 熱によって金属は膨張する。

 勇者からすれば、そのまま溶かしてしまうつもりなのだが、『究極金属』の熱への耐性のせいでうまくいかないだけ。

 しかし、使徒からすれば大問題だ。


 慣れ親しんだ体だからこそ、『超越者』相手にも圧倒できる技術が発揮できる。

 だが、長い時間を経て身につけたからこそ、変化を大きく感じ取り、その染み込んだ癖をすぐに修正できるほど、使徒は器用ではない。

 だから操作がどこかで甘くなり、二人に付け入る隙を与えてしまう。

 

『聖剣』が『究極金属』に変化を与えられることを褒めるか、『究極金属』が『聖剣』の熱をもってしても融解しないことを褒めるか。

 どちらも尋常ではないのは確かだった。

 


 「いいぞ………もっとだ………!もっと、」



 言葉が続く前に攻撃が飛んでくる。

 咄嗟に残った片手で盾を操って防ぎはしたが、勇者を目前にまで接近させてしまった。

 そして背後からは突如として頭に一撃、そして目と腕にも連撃が飛んできた。

 エイルの見えない『分身』である。


 いきなりの奇襲に盾を持つ手が一瞬緩み、その隙に勇者は盾を弾いて使徒の頭を『聖剣』で狙い、頭をはねようとするが、



 「シイイィィ!!」


 

 弾かれる。

 いや、弾かざるを得ない。

『聖剣』を無視して、無理矢理使徒は勇者本人の胴を蹴り上げようとしたのだ。

 これにはたまらず勇者も『聖剣』を収めて引くしかなかった。

 

 相打ちなど負けも同然。

 こんな所で死ぬわけにはいかないから、どうしてもそうされると引いてしまう。

 


 「来い!早く()を殺してみせろ!」



 荒っぽい言葉だ。

 これまで騎士のような丁寧な物言いだったが、次第に言葉も乱れていく。

 本当に楽しそうに、本当に嬉しそうに。

 抜け殻たちはあいも変わらずだが、本体だけはとびきりの喜色を丸出しにする。

 


 「言うまでもない………!」


 「だったら、早く、殺されろ!」



 大剣による能力で、使徒の視界は黒に塗り上げれる。

 確かに抜け殻は使徒によってマニュアルで動かされているため、こうして視界を塞げば下手に動かせない。

 闇夜よりも尚深い黒の中ではやりたい放題だろう。

 だが、使徒は失策を感じた。

 

 勇者の『聖剣』は、これよりも尚明るいのだ。

 どれだけ黒で塗ろうと、ただの闇ではあの光を妨げられない。

 エイルはどこにいるのか分からないが、勇者だけは丸わかりだ。


 使徒は勇者を挽き潰すために、そこへ全『分身』を突撃させる。

 自らもそこへ加わり、逃げ場を無くすために全力で叩く。

 しかし、



 (ん?何だ?)



 あの光、位置が変わってなくないか?

 


 「マズい!」


 「遅ぇ!」



 背後から声。

 勇者ではなく、エイルのもの。

 

 そちらへ向けて身構えるが、一向に攻撃は来ない。

 


 「後ろか!」


 「……………!」



 ぎりぎりで、盾の縁が『聖剣』の軌道を変えることに成功した。

 使徒の頬に熱く輝く刃が通る。


 そして視界はすぐに晴れた。

 あくまでも魔術による黒の帳であり、効果時間が過ぎれば一瞬で消える。

 時間までおり込み済みで、こう設定したのだろう。


『聖剣』を囮にするという奇策。

 アレは勇者の魂に根付く『力』だ。

 しまえば勇者の『魂』へ戻り、再び出せば手元へ出る。

 だから、初手で『聖剣』をその場に置き、逃げた。

 その後にエイルの陽動の声で使徒の居場所を察知した勇者の『聖剣』で……………




 「惜しかった」


 「見りゃ分かる。次やるぞ」



 すぐに切り替えて走り出す。

 今度は『聖剣』の白で塗り潰しながらだ。

 光で目が効かぬはずなのに、二人はお互いが見えているかのように連携して動くのだ。


 使徒もほぼ手探りの状態で抜け殻たちを指揮しつつ二人を掴もうとするが、かすりもしない。

 この中では、光を拡散に費やしすぎて使徒に有効打を与えられる攻撃は打てないが、そもそも二人の目的は使徒をエネルギー切れに追い込むこと。

 下手に踏み込みすぎる必要はないのだ。


 だから、手も足も出せない。

 パワーを発揮する前に動きは止められ、上手く避けられる。

 戦い方を学習されている。


 そして、二人のコンビネーションも練り上げられていくのが分かる。

 時とともに、よりやり難く、より強く、激しく。

 動きは磨き上げられ、能力も洗練されていった。

 これは明らかに、成長。


 一日前までの彼らよりも、今の二人は遥かに強くなっている。

 目に見える成長、進化。

 使徒を超えようと全力で戦う。

 その刺激が、二人をさらに上のステージに上げようとしていたのだ。


 この事実に、使徒は歓喜を隠さない。


 自身の研鑽は、働きは無駄ではなかったのだと言われた気がした。

 なにせ、その結果が目の前にはあるのだ。

 やはり『勇者』は死の瀬戸際でこそ、その真価を発揮する。


 これまでのすべては、無駄ではなかった。

 この瞬間に命を削ることなど、苦ではない。



 「……………!」


 「はっ?」



 使徒の鎧は『魔法』の一種だ。

 体にも使った『究極金属』は勿論のこと、()()()()()を混ぜて作り、その上から『魂源』を広げることでようやく『魔法』として成り立っている。

 ガルゾフは何故『魔法』の範囲を広げないのか疑問を抱いていたが、答えは簡単な話。


 広げない、のではなく、広げられないのである。


 鎧から広く離しすぎれば『魂の力』は霧散し、『魔法』は解除されてしまうのだ。

 だから、どうしても範囲は通常の『超越者』の『魔法』よりも狭くなる。


 だが、『魔法』は『魔法』だ。


 範囲内の情報をより深く、広く感知できるようになるし、その硬さが失われることもない。

 だから、攻撃を当てられた瞬間に敵の方向、場所を察知することもできる。


 瞬時の判断が求められる上に、向こうは端から逃げることを前提にしている。

 彼らは使徒の動きを散々見てきたのだ。

 そのパワーから生み出されたスピードにも慣れ、それを想定して戦っている。

 

 だから、限界を超える。


 使徒は絞り出すことはできても、成長することはできない。

 これまでの研鑽、消耗、才能から、もうその余地がないことは明らかなのだ。

 よって、彼らの想定を上回ることは難しい。

 いや、不可能だろう。


 通常の手段では…………




 「捕まえたぞ。勇者…………!」



 離せない。

 

 使徒は盾を投げ捨て、想定の速さを遥かに超えて、首を掴んだ。



 「く……………」



 「使徒おぉ!」



 エイルは使徒に攻撃を放つが、効かない。

 勇者だけが、使徒への有効打を持つ。


 だからこうして、勇者が動けなくなった以上、詰み。


 間に合わない。

 今ここで全力を使ったとしても、首をへし折られる方が確実に早い。

 腕でも首でも、斬るには時間が足りない。

 使徒が力を入れた瞬間、死ぬ。


 だから、



 「くた………ばれ………クソ使徒…………!」



 全力で『聖剣』を振るった。


 せめて相打ちにもっていけるように、その頭部に向けて全力全霊の一太刀で。

 



 「お前も天晴だ…………!」



 刺し違えに、何も動じていない。

 一緒に死ぬことに何の抵抗もないようだ。


 狂気的な笑みは衰えることもなく、ただ勇者の武威を心から悦んでいる。

 だが、その狂気もどこかで勇者は納得していた。


 確実に、使徒の命が消えかかっている。



 

 「あ?」



『命』を、感じる。

 これまで漠然としているだけだった、『命』の感覚。

 もっと言うのなら『魂』というものの存在を感じ取っている……………のかもしれない。

 

 死ぬ刹那の前にして、何かを掴んだ?

 いったい何を?

 どうして、どうやって?


 だが、感じられるようになって、分かる。


 この使徒の『魂』の美しさ。

 おそろしく澄んだ『魂』が、もうすぐ消えようとしている。

 

 その消えかける様子が、とても美しい……………



 死の間際、使徒の美しさに魅入られて…………







 


 「間に合いました」



 

 


 


 そして、勇者を掴んだ腕が弾け飛ぶ。


 あの硬い腕が、勇者の『聖剣』もなしに、突然だ。





 「大丈夫ですか?」


 「は?」



 突如として、視界が変化する。

 

 さっきまで触れ合っていた使徒が、ずっと遠くで立っていた。

 一歩やニ歩の距離ではなく、何十歩という長い距離。


 使徒もエイルも、ただ勇者の後ろを見ている。



 「ごめんなさい。謝りたいのだけど、今はそれどころではないから、ちょっとだけ待って」



 青の髪に、翡翠の宝石がはめ込まれた杖。

 そして見知った声音や顔。

 

 だが彼女が誰なのか、一瞬分からなかった。

 いつもおどおどした雰囲気を出して、言葉だってつっかえながら喋っていたのに、どうしたというのだ?

 

 むしろ、その逆。

 力強くて、頼りになる雰囲気。

 自信に満ちている、凛々しい横顔。


 そして、膨大な『魂の力』に身を包み、その自信に見合う実力を持っていることは間違いがない。



 「早く、あの使徒を倒しましょう。二人とも」


 

 アレーナは薄く笑う。

 自分たちならば、絶対にあの化け物を倒せると確信して。






 「ああ………何という試練か…………」



 この時、使徒は避けようの無い死を感じていた。

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