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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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71、生きてほしい


 それから、ガルゾフは戦った。


 臆病な彼は、あんなものを見たくないと駆け回り、多くの災害を打倒していく。

 

 恐ろしかった。


 失敗することが恐ろしい。

 そのせいで人が死ぬことが恐ろしい。

 そして、その遺族から向けられるあの目が何よりも恐ろしい。



 だから必死に戦った。

 戦闘の任務が来たのなら、聞いた瞬間に現地まで駆けつけて、そのすべてをもって全力で対処にあたった。

 普段での鍛錬や机仕事は、あの恐ろしさを思い出さないようにするために頭をいっぱいにした。


 そうやって必死になって抗ううちに、彼の名声も上がっていった。

 彼はそんなものに興味はないが、それが高まるごとに民衆の期待は高まっていく。

 彼ならばきっと救ってくれる。

 彼ならばきっと助けてくれる。

 彼にはその能力がある。

 何も知らない民衆は、勝手に期待し、勝手に信じ込み、勝手に盛り上がる。



 だから、失敗したときの落差も大きくなった。




 「信じてたのに…………!」

 「何が、何が英雄だ!?」

 「どうして助けてくれなかった!」

 「なんで……?なんでダメだったの………?」

 「ふざけるなクソ野郎!」

 「お前なんかが英雄なんて…………とんだお笑い種だな!」

 「なんで…………なんで、あと二日…………たったの二日早く来てくれなかったんだ…………」

 「お前が死ねば良かった!」

 「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」



 「死ね!」



 打ち込めば打ち込むだけガルゾフの関わる任務は多くなり、その分どうしても間に合わない事例が増えたのは仕方がないことだった。

 ほとんど完璧に仕事をこなす彼でも、すべてには手が届かない。

 仕事が増えるのと同じく、そのほとんどに対応する例が増えていく。

 

 耳をふさいでも聞こえてくる声。

 うなされて、苦しんで、脳を侵された。

 どうしてもそれを忘れたくて、仕事に溺れる。

 疲れてどうしようもなくなるほどに動いて、夜になればすぐに眠る日々が続く。

 気が狂うほどに忙殺されて、何も考えられなくなるほどに体を動かし続けた。

 

 しかし、どうしても忘れられない。


 死んでいった人々。

 守れなかった人々。

 それを責め立てる人々。


 彼らを恨むことができればどれだけマシだったろうか?

 お前たちの言い分など知ったことか、と突っぱねることができたのならば、どれだけ楽だっただろうか?

 

 残念なことに彼はそれをできない。

 これまで培ってきた彼の『英雄』は、それを許さない。

 言ってみれば、根が真面目であった彼は、役割を放棄できなかったのだ。

 己の半生をかけて行ってきたそれを、どうしてゴミのように捨てる事ができようか?

 もう深く彼の頭蓋の中に根付いてしまっている。


 だから、変われない。

 これだけのことを味わっても、変わることはできない。

 それしか分からぬ故に……………

 

 毒は全身にまわり、もう吐き出すことは不可能。

 酷く彼を苦しめる。

 喉をゆっくりと締められるように、ジリジリと、ジリジリと蝕んでいった。

 ふとした瞬間にそれを思い出すのが嫌で、どうしても逃げられない。

 この毒の特効薬は一つしかない。

 最高の薬は、戦うことだ。


 戦って、戦って、戦う。

 多くの命を救い、ほんの少しの命を零す。

 零す度に罵倒されるが、そうすることが一番頭をいっぱいにできるのだ。

 悪循環に囚われ、彼自身ではもうどうしようもない。

 彼を安らがせると共に、彼を追い詰めていく。

 

 それでも戦う。

 だから戦う。

 後ろも、横も向かずに前だけを見続けた。

 これまでは皆が付いて来られないだけの話だったが、今度は誰も付いて来られないようにしたのだ。

 誰も寄せ付けずに、ただ人を救うことに全力を注ぎ込んだのだ。


 何年も


 彼自身の力が強くなっていく。

 これまでの十分に強者を名乗ることができていたが、それもタガが外れかかっていた。

 これまでの必死と、彼の持つ才能が合わさって、次第に彼を遥かな高みへと連れて行く。


 十数年も


 年を取り、体の衰えが始まる。

 筋肉、骨、関節といった体の一つ一つに錆が出たように感じた。

 しかし、それでも彼はなお強くなる。

 体は弱る中でも、戦うことをやめなかった彼には別のものが見えようとしていた。


 何十年も


 体を動かすにも、魔術を働かせるにも、そこにはエネルギーが必要だ。

 より深く『生きる』ということの仕組みを理解し、脳髄にその感覚を叩き込む。

 そうすると、自身の中にある、最も重要な核があることを知覚できた。

 いわば『魂』というものだ。

 長い時を戦闘に没頭したからこそ、その領域に至った。


 髪は白髪が多くなった。

 体は潤いをなくしていき、骨と皮の比率が高くなる。

 目に見えて、体から若さと強さが抜けていくのを年々理解させられる。

 少し前にはできていたことが、できなくなっていく。

 それだけを見れば確実に弱くなっていた。

 

 だが、代わりに『魂』が高まっていくのを感じる。


 そうやって戦い続けて、逃げ続けて、その結末が今の強さ。

 気が付けば『覚醒』などとうの昔に遂げていた。

 常人では、決してたどり着くことのできない遥かなる領域。

 何十年も人を救い続けた、その果て。


 それを自覚したとき、



 「こんな所まで来たのか、私は…………」



 ホッとした。

 あまりにも遠くまで走ったことに、安堵した。


 何故そう思ったか?

 それは分かりやすく、単純なことだ。


 後ろを振り向いたのだ。

 

 未だに救えなかった人々は頭から離れない。

 だが、頭をいっぱいにして、余裕など一切なかった彼は、その領域まで来て初めて後ろを向いた。

 するとそこには、多くの人が居ることに初めて気が付いた。

  

 彼を心から労い、気遣う王族。

 その働きを強く評価する貴族。

 志を同じくし、平和を願う騎士。

 そして、これまで救ってきた、感謝を捧げる民。


 そうすることで、こうも思う。

 『嗚呼、多くを救ってきたのだな』と。

 安堵の中にどっぷりとつかり、傷だらけの心にとてもよく沁みた気がした。


 確かに救うことのできない命もある。

 けれども、たくさんを救うこともできていた。

 そのことに価値を感じることを忘れてしまっていたのだ。

 

 彼が生まれて百年と少し、これだけの期間を経て、ようやく彼は戦いに義務以外を感じることができた。

 救える達成感、救えた安心、救わねばという気概、救えぬという恐怖。

 本来知るべきだった必要だったすべてを学んだ。

 長い長い期間を経て、彼は自身に無かったものを取り入れることができたのだ。



 だからようやく、ようやく彼は『人』になった。


 

 『人』らしく、『人』に寄り添える『英雄』となる。

 長い道のりの果てに、呪縛から開放された瞬間とも言えるだろう。 

 その成長は彼に多くを与えた。

 気負いすぎる必要はないのだ、という安息が生まれる。



 「嗚呼、何とも心が軽い……………」


 

 たった一度気づくだけで良かったのに。

 こんなに簡単なことだったのに、どうしてこれまでできなかったのだろうか?

 こんなことなら、もっと早く、それを見ればよかった。

 そうすれば、苦しむこともなかった。

 

 だが、そうやって生まれた余裕を楽しむことも、強い原動力となり得るようになる。

 彼は『人』らしく、幸福を得ることができたのだ。



 彼は『人』になったからこそ、苦しみが生まれることを知らない。

 二百年ほど後に………………



 



 


 「この娘の名前は、シンシア…………シンシアだ、ガルゾフ……………」



 王から告げられた、新たな王女の名前。

 それを聞いた彼は、何ということかと心から驚いた。

 あのことを知る者は、彼本人以外には全員死に絶えてしまった。

 だから、その時の衝撃を知る者は彼しかいない。

 

 その時、どれだけ彼の心を揺さぶったか。

 その時、どれだけ彼の記憶を掻き立てたか。



 シンシア、という名の少女。


 

 初めて救うことができなかった、あの少女。

 彼の手から漏れてしまい、とびきり無残に、とびきり残酷にその命を絶たれてしまった被害者。

 けれども、だ。

 まさかずっとあとの時代になって、その名を再び聞くことになるとは思いもしなかった。

  

 そして、度々彼女の成長を見ることとなる。

 

 何かと目をかけた彼女だ。

 王城にいる間、どうしても彼女のことばかりを追っていた。

 

   


 「ガル爺!みてみて!」「ねえ、ガル爺ガル爺!」「凄いんだよー!この虫みて!」「捕まえてみてよ!」



 彼女との思い出が美しく輝く。

 シンシアという名前には、無残に殺された死体しか記憶になかったのに、このシンシアには命があり、心があり、『魂』がある。

 彼にとって、彼女が動くだけでも深い意味がある。

 優しく微笑む度に、元気よく声をあげる度に、生きているを感じる度に、彼の心は踊った。


 王城の中庭で駆け回り、よく虫やトカゲを捕まえて見せてくれたものだ。

 それを見てニコニコしていると、教育係がやって来て彼女を頭を軽くはたき、ガルゾフへ甘やかすなと小言を言う。

 捕まえたものを逃されてブーたくれる彼女へ軽く手を振るうと、思い切り元気に手を振り返すのだ。


 何気ない日常。

 責任から切り離された、至福のひととき。

 この時ばかりは、この時だけは、これまで山ほど見てきた悲しい現実を忘れられた。

 こんなに濃い幸せを味わったことはない。

 『人』となったとき、あの苦しみから開放されること以上の幸福はないと思っていたが、それは勘違いだったと思わせる。

 

 

 彼女を見て、守りたいと思った。

 今度こそはと決意した。

 彼女を理不尽に壊させてたまるか、と戦う未来を想起する。

 もしかしたら彼女の両親よりも、彼女を強く想っているかもしれなかった。

 

 だって、こんな運命はないだろう?

 そこに最初の後悔があったのだ。

 もちろん自己満足の、幻想でしかないことは分かっている。


 しかし、それでも……………

 それでも、今度こそは……………


 幸い、彼女はこの手に届く距離に居る。

 何事もなく、健やかに育ってくれるだけでいい。

 だから、





 「そうです。無駄な力はいりません。肩の力を抜いて、然るべき場所へ振り下ろせばいい」



 あれ?



 「陛下。シンシア様は天才です!私の元でなら、もっと強い騎士になれます!多くの人々を救えます!」



 おかしいな…………

 何でだ?



 「この魔物をこうも容易く……………やはり、素晴らしい…………貴女なら、きっと……………」



 こんなことを、何故する?

 ただ健やかに暮らすのに、王女として幸せに暮らさせることに、どうして剣を握らせる必要がある?

 どうして彼女を危険の中に潜らせようとしているのだ?

 そんなことをすれば、死んでしまうかもしれないじゃないか。

 

 彼女のことを想うのなら、必要ないことのはずだ。  

 もし彼女が死んだらどうする?

 恐ろしいだろう?震えるだろう?

 彼女の死など、想像したくもないだろう?

 だというのに、いったいどうして自分は彼女を死に近づけることをするのか?

 

 自分が何をしているのか理解できない。

 やっていることと、考えていることの乖離が凄まじく、気持ちが悪い。

 自分で自分を制御できていない。


 なぜ?


 理由は明白。

 彼女の才能に、彼が溺れていたから。


 


 「わた、しは…………いったい…………」



 目がくらんでいた。

 あまりにも大きく、美しい宝石を前にして、これを使えばどんな事が起こるかを考えてしまった。

 

 これまでは、多くをガルゾフ一人で守ってきた。

 大国ナハトリアの広大な土地を、彼一人が駆け回ってきた。

 軍が動く時もあるが、それは彼が何かにかかりきりになって対応できない時だけだ。

 だから、もしも自身に匹敵する者が居たら、と考える。

 

 頭から離れない怨嗟が、少しでも減るのでは?

 もう一人の英雄が生まれれば、もっと多くの人を救えるのでは?

 

 その時には、もう止まれなかった。

 彼女に剣を教え、兵法を教え、戦争を教えた。

 もう一人の自分を生み出すために、もっと広く手を広げるために、彼女を鍛える。

 彼女のために、人々のために、そして何より自分のために…………

 

 その打算が、いけなかった。


 本当に愚かだ。

 今という甘美が味を占め、昔を思い出すことをすっかり忘れていた。

 これでは同じだと考えることをしなかった。

 これでは、中身など気にもしなかった周囲の人々と何が違う?

 すぐそこに居るのに、その心を慮り、彼女自身を救うことを考慮に入れなかったのだ。


 気付ける機会など、いくらでもあっただろう。

 だが、その度に目を逸らしてしまった。

 考えられる『もしも』が恐ろしすぎて、身をすくませる。

 自身が失態を犯し、彼女が()()()()ものになってしまったと認めることが、痛かった。


 彼の弱さが、彼の臆病が、事態を悪化させたのだ。

 認めたくない、見たくないと目を塞いでしまったから、皆が苦しむ。

 傷付けたくなかったはずなのに、一番大切なものが傷付くことを黙認していた。


 目的を、はき違えた。

 だからこの結末は、仕方がないのだ。

 

 だから、

 

 だから、

 



 だから、けれども、だから……………


 これは、罰なのだろう……………







 収まっていた肉体から開放されてしまったアカ。

 液体のようにも、固体のようにも思える、悲しいアカの群れ。

 絨毯が真っ赤に染められ、その外も、壁も、天井にもアカは広がっていた。

 身に纏う鎧や盾、剣もアカだらけ。


 すべてが鋭利な刃物によって切り裂かれた結果だ。

 芸術的なまでに人体を分かち、彼らは一瞬のうちに即死したことだろう。

 ぶちまけられた脳漿、訳がわからないという顔で止まった頭、プツリとキレイに途切れた胃、肝臓に腸。

 上手く一度で斬られてた。

 

 惨々たる有様。

 民を救うという志を持った、立派な騎士たちが物言わぬ骸と化してしまった。

 誰もが友を持ち、家族を持ち、幸福を持っていた、心を持つ『人』であった彼らが…………


 ガルゾフは痛感する。

 これが自分の怠慢の結果なのだ、と。

 

 同じ釜の飯を食った部下たちの死。

 まだまだ若い彼らが、こんな老害の失態のせいで、その輝く未来を奪われていく。  

 ガルゾフの目指した理想の対極ともいえる結果が、ガルゾフによってもたらされた。

 ガルゾフにとって、最も忌避する道を選んでしまったのである。


 だが、何も………………


 彼らの死に対して、何も感じることができない。

 愛していた彼らのこの有様に対して、ガルゾフは驚くほど何も感じないのだ。

 下手人への怒りも、彼らの死への悲しみも、自身への不甲斐なさも、全部がどうでもいい。

 

 こうなるしかなかったのだ。

 おぞましい光景を受け入れ、ただただ……………




 『ええ、ごめんなさい』



 あの時伸ばした手は空を切った。

 間に合うことは、絶対にない。

 








 悲しい


 彼女を殺さなければならないという状況が、

 彼女が心から死を望むことが、

 

 苦しい


 結果を受け入れることが、

 他人を救おうとはしたのに、身近な人を救おうとしなかった愚かさが、

 彼女の母が()()()()と共に死んだことが、

 そのことを羨ましいと思ってしまう浅ましさが、


 痛い


 まだ終わらない苦痛の果てにある結果が、

 彼女を殺せなくてよかったと思ってしまっている弱さが、

 まだ果たせていない責任を放棄することが、

 敵を倒せないことが、


 でも…………


 どうしようもなさ過ぎて、それでもうれしい


 まだ途中なのに、救えないことだらけだと思った自分が、最期に救いたいと思った人を救えたことが、

 今度こそは間に合ったことが、

 その手が伸ばした相手に触れられたことが、

 

 全部を忘れてしまいそうなほどに嬉しかった。




 ガルゾフは自分のことを高く評価しない。

 これまでの人生で、碌なことができなかったのだ。

 数え切れないほどを救えても、その万に一つほどは決して救えない。

 守ろうとした相手は蔑ろにし、悲しいだけの不実な誓いは果たせない。

 心から願ったことこそ、何も成し遂げられずに終わるところだった。

 その昔、理想の騎士を演じていた頃は、これ以上ないと思っていたが、とんだ思い上がりだ。

 彼はそんなものにはなれなかった。

 理想とは程遠く、その模造品にしか…………


 だが、模造品でよかったとも思える。

 なぜかというのは簡単だ。

 言ってみたら、変わってしまったのかもしれない。

 

 装置でしかない彼が、ちゃんとした『人』になった。

 『人』になれたからこそ、多くの幸福を得られた。

 あのまま心の芯まで装置になれば、多くを救えたのだから別にいいだろうと言い放つ、冷たい鋼のようになっていただろう。

 決して傷付かず、人の血など通わない、冷たい鋼の騎士になっていた。

 今のように、傷付くこともなく、そして幸せなど感じることのない、寂しい騎士。

 そうならなくて、良かった。


 本当に、これで良かったのだ。

 『人』として死ねた。

 理想の騎士になどなれなかったが、鋼の騎士にもなることのない、ただの『人』の騎士に終わる。

 多くを救えず、傷付きはしたが、それだけで本当に良かった。



 突き飛ばした青年の驚いた顔が見える。

 何をそう驚くのだろう?

 これは、断じて当たり前のことでしかない。

 

 言ったはずだ。

 彼らを守ることが自分の使命だ、と。

 この命をかけるには、それだけで十分な理由である。


 さらにあと一つだけ、最後の仕事をしなければ。

 迷う若者を導くのだって、先人の役割の一つなのだから。

 人生最後の『魂源』を()()へ向けて発動する。

 そして、

 

 ………………………………



 すべてが軽く感じる。

 何もかもが、このときなくなったのだ。

 仕事、責任、義務、誇り、そのすべてがこの時消失した。

 ずっと彼を縛り続けたものがなくなり、自由になれたその時に、ある言葉が浮かぶ。

 

 あの時、彼女に、シンシアに言えなかった言葉。

 それだけが頭を支配する。

 呪縛のせいでどうしても言うことができなかった言葉を、今になって、最期になってようやく言えるのだ。

 後悔も、失敗も、数え切れないほど多い、どうしようもない人生だった。


 だが、これで良かったと心から思える。

 これで良かった。

 死んで良かった。

 彼が生きていて良かった。

 シンシアを看取ってくれて良かった。


 ありがとう


 そして、





 「生きてほしい」




 心から嬉しそうに、

 心から安らかに、

 

 やっと言えた六文字を噛み締めて、瞳を閉じる。



 再びその目が開くことは、もうなかった。


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