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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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69、世界一のバカ


 よく分からないものが散乱している謎の場所。

 謎の場所で、謎の装置に囲まれて、それでも自分の存在だけは理解できる異界の中、彼は目を覚ます。

 しかし、目を覚ますといっても、まだ目が見えない。

 ただ、今そこに人が居るということかが気配と声から分かるが、それ以外は闇に包まれている。

 聴覚以外に、特に五感が働いているとは思えない。

 普通ならば異常事態ではあるのだが、どういう状況か察した彼は、ただ達成感のみを噛み締めている。


 彼は、乗り切ったのだ。

 地獄のような実験(拷問)を乗り越え、彼自身では一生かけても手に入れる事のできない力を手に入れた。



 「あーはっはっはっはっは!!バカだ、バカだコイツぅ!」

 

 

 女の哄笑が聞こえる。

 彼の耳に突き刺さるほどの耳障りな笑い声。

 癪に触る腹が立つ声だが、彼はこの声の主が誰かは分かっていた。

 彼を()()した、頭がトンでいる女。

 白衣を身に纏い、鮮血のような髪をした、二十を過ぎた辺りの見た目は若い女。

 その弱そうな見た目とはまるで真反対の、凄まじい力を持つ化け物だ。  



 「コラッ!何ですかバカって…………彼はこのイカれた実験に耐えれたのですよ!それをバカなんて…………」



 そして、化け物はもう一人居る。

 頭のイカれた赤髪をたしなめ、彼の事を笑うなと憤慨している人物。

 赤髪と一緒にいた、顔がよく分からない女(?)だ。 

 

 赤髪はその頭の中身のように狂った哄笑を奏で、よく分からない女(?)はそんな彼女を小突き続ける。

 二人はかなり近しく、そして仲が良いようではある。

 彼女らの正体を知る彼からしてみれば、悪い冗談でしかないのだが……………


 それでも、彼にとって今、彼女らは味方。

 動くことが出来たのならば、きっと頬を引つらせていたに違いない。

 その事実も含めて、悪い冗談だ。

 

 二人に注意を向けていた彼だったが、赤髪は彼が起きたことを悟ったのか、このやり取りを一端止めようとする。

 ひとしきり笑った赤髪は、いやだって、と言葉をすらすら並べていった。


 

 「いいや、バカだよコイツは。この研究をし始めて二百四十二年五ヶ月と十八日。正直今まで、コレに耐えられる奴が居ると思わなかったんだ」


 「なら、讃えるべきでしょう?彼は初めてコレに乗り切った……………これを凄い以外にどう表すのです?」


 「ならバカしかねぇよ、バーカ」


 「あぁ!今バカって言いましたね!仮にも私は貴女の上司ですよ!バカとは何事ですか!?」


 「はいはい、それが分かんねぇからバカなんだよ」


 「あぁ、また!」



 きりがないと判断した赤髪は、よく分からない女(?)の口を塞ぐ。

 だが、女は歩み寄るどころか、腕を動かしている訳でもない。

 見ただけでよく分からない女(?)を見事に黙らせた。



 「むううう!」


 「ほらほら、アホ上司は黙ってな。バカが起きたみたいだ」



 よく分からない女(?)の注意も彼へと向いた。

 そこには隠しきれない喜びと、彼に対する尊敬、そして安堵の色が見える。

 

 赤髪の女は、未だに彼へ向ける感情は変わらない。

 呆れが三割、好奇心が七割で、興味という意味ではよく分からない女(?)よりもずっと強い意識を向けていた。

 彼女からしてみれば、意外という言葉しか出てこなかっただろう。

 彼に対して、初めから期待などしていなかったのに、こんな大成功をもたらしてくれたのだ。

 砂利しか出ない鉱山から宝石が湧き出たのなら、それは驚くはずである。

 だがそれ以上に、アレに耐えきった彼の精神に強い興味を示していた。

 


 「冗談半分で考えた実験が実を結ぶとはねぇ?お前以外全員途中で狂うのになぁ?」



 彼女は語っていた。

 彼が受ける実験は最悪の苦痛を味わい尽くすことになる、と。

 そして、これまでにその苦痛に耐えられた者は一人としておらず、全員が苦痛の中に沈んで死んでいった、と。

 何の誇張でもなく、ただの真実でしかないと悟ったのは、実験開始一秒後のことだ。

 体験したこととのない、自分の中身を掻き回されるような不快感、痛み。

 あらゆる苦痛が彼の中に流れ込み、侵食していく。

 なるほど、耐えきれなければその中に攫われて、消えていくに違いない。


 だが、



 ()()()()()()()

 

 

 人一倍耐えることができる体だった。

 そして、それ以外、何もなかった。

 何一つとして、成し遂げられたことなどなかった。


 耐えきれないということは、彼のすべての否定だ。

 すべてをなくしてしまった彼が、自分の中に残ったモノさえ失ってしまえば何もかもが本当になくなってしまう。

 それは、()()()の否定にもつながる。

 それだけは許されない。

 それだけは赦されない。


 もともと己が役立たずであることなど百も承知なのだ。

 こんなことしかできないし、こんなこともできないのなら、なら………



 『凄いね、■■■■!君のそれは、立派な才能だよ!』



 遠い、遠い思い出………

 これまで受けた苦痛など、どうとも思えなくなるほどに胸が締め付けられた。


 この選択が果たして正しいものだったのだろうか?

 悩んでも悩んでも答えは出ないのだ。 

 こんなことを望まれるわけがないと知りながらも、それでも彼は止まれない。


 しかし、彼は強く思うのだ。

 己のような役立たずの無能など………………








 「凄いですね………何が無能ですか。貴方のそれは、立派な才能です………」


 「………………!」



 彼の耳に飛び込んでくる、あまりにも甘美で心地のいい言葉。

 動けないはずの彼の体が、ほんの少し揺らいだ気がした。

 彼女へと手を伸ばす。

 実際に伸ばすことはできないが、光に寄る蛾のように、ついそうしたくなった。

 その言葉は、その優しさは、彼の心に何よりも響く。


 いつの間にか、よくわからない女(?)は、赤髪の見えない拘束を外していた。

 彼女はただ、彼の無事に安堵し、彼の成功を誇っている。

 確かに彼をここに連れてきたのは彼女であるが、これほどの『愛』を受けるほどの間柄でもないはずだ。

 だが、彼女は………………




 「よーし!話はここまでだ!そろそろお前のお目見えといこうか!」


 「いよいよ、ですね…………」


 「そうだとも!間違いがなくコイツは私の最高傑作となるだろう!さあ、ご覧あれ『教主』様!コレが、世界最強の()()()()だ!」




 すべてが拓ける。

 身動きの取れなかった体は動作を開始、触覚は空気を感知し、視覚は辺りの景色と二人の人を捉えた。


 そして、彼は二人へ跪いた。

 彼の創造主たるマスターと、彼の新しい主たる『教主』へ向けて。

 それは永遠の忠誠を誓う儀式。

 決して逆らわず、彼女らから与えられた任務はすべて遂行し、そのためにどんな手段も選ばないという決意の証。

 

 どんなことでもしてみせよう。

 彼には、もうその道しか残されていない。



 「やっぱり、アンタバカだよ……………」



 赤髪が、彼にも聞こえるように呟く。

 そこには言葉の通りのような嘲笑ではなく、とびきりの好意が詰まっている。

 イカれた人間は、彼女の好むところだ。

 何しろ彼女自身がイカれてるのだから、同類を見つけたと思っている。

 彼は組織にとって、とても有用な人材になると確信していた。



 「アタシやさ、おっとと…………アタシの親友以上のバカは見たことないよ!アンタならきっと、いい使徒になれるさ」



 使徒……………


 世界を脅かす、天上教の幹部。

 個人で一国を滅ぼすことすら可能な、最悪の天災。

 そして、これから自分がなろうとしているもの。


 彼が微かに使徒のことを考えていると、顔のわからない女、『教主』が一歩前に出た。

 これまでの柔らかな雰囲気を消し、世界の敵らしい、冷たく、恐ろしく気配を醸し出している。


 彼も、つい出ない唾を飲む。

 赤髪に隠れて分かりにくかったが、彼女の力も恐ろしいほどの力に満ちていた。

 感じるエネルギーの量はまるで海の如く、彼など簡単に呑み込んでしまえるだろう。

 その力をさらけ出した理由は、彼にはよく分かった。


 これから行うのは、最後の勧告。

 これから先は戻れない、と告げるためのもの。

 『教主』が彼へ向けた、ある種の慈悲の形。


 それが理解できるから、彼は……………



 「これから、貴方は世界の敵となります。あらゆる人間から憎まれ、恨まれ、石を投げられる。誰も貴方の心なんて汲んでくれない。ただ辛いだけの、酷い役目です」


 

 『教主』は静かに語る。

 彼女の長い歴史から来る、事実だ。

 天上教は、そうされるだけのことをしてきたし、それも仕方なしと受け止めている。

 それができねば、使徒にはなれない。

 世界の敵として、そう在れと決められた在り方を貫けないなら、それは使徒失格だ。

 

 だから、




 「貴方にその覚悟は、」

 

 「慎んでお受けいたします、『教主』様」




 即答。

 彼女の言葉を待つ必要もない。


 あの日、あの時、あの瞬間。

 彼のすべては彼女のものになった。

 彼のことを知り、必要なものを与え、ここまで見事に手下に仕立て上げたのだ。

 ここまでされて、逃げようとは思わない。

 覚悟など問われるまでもなく、とっくの昔にこの命を捧げようと決めていた。



 「そうですか……………」



 この時の『教主』の感情は分からない。

 ひたすらに自身から溢れるモノを押し殺し、堪えているようだった。

 嘆き?後悔?それともなければ、罪悪感?

 正確なことは、彼女自身にも分かりはしないだろう。


 だが、いつまでもそうしている訳にはいかない。

 次の瞬間には、()()()()()雰囲気に戻っていた。

 


 「なら、新しい名前を与えましょう。天の『神』に遣える天使として、相応しい名を…………」


 「はい…………」



 いよいよ、その時が来た。

 本当の本当に、使徒として……………



 

 「不屈…………貴方の才能、在り方、その魂をこれほど表すことができる言葉もないでしょう」


 

 何度も何度も挫折した。

 折れて、負けて、苦しんで、その先に今があっただけの話だ。

 不屈などとんでもない。

 絶望なんて味わい尽くした。

 そんな彼が、不屈とは……………




 「貴方の体とその『魂の力』が合わされば、何人の攻撃も弾く最硬の物質となるでしょう。決して壊れない、負けない砦として、機能してください」



 それができれば、どれほど良かったか…………

 人を守る砦。

 頑強で、誰にも攻め落とすことのできない砦。

 そうあれと、願っていた。

 だが、それもすべてが遅かった。



 「『不屈の砦』……………これはいいのを思いつきました」



 すべてが、皮肉だ。

 悲しいほどに、それが現実だった。

 何度も折られた、何も守れはしなかった、彼が『不屈の砦』とは……………



 「承知しました。私はこれより、使徒『不屈の砦』として貴女に仕えます」



 真っ直ぐに彼女を見つめる。

 顔すら窺えない、謎だらけの彼女。

 信頼というにはきっと足り得ない、歪んだものだろう。

 彼女が彼を騙していることを承知で、彼はすべてを彼女に捧げる。

 対して、彼女が彼に何かを支払う訳ではない。

 自身のことなど何一つ彼には教えていないのだ。

 彼女の正体は知らないし、それ以外にも、『教主』ということ、天上教の目的以外は何一つ教えてもらっていない。

 

 けれども、


 だがしかし、



 「私は、貴女を信じます……………」



 彼には、これしか残っていないのだ。




 「世界一のバカだよ、アンタは…………」



 赤髪のつぶやきだけが、その時やけに耳に残った。



 

 ※※※※※※※※※




 「なん、だ?その体は…………?」



 ガルゾフの疑問はもっともだった。

 斬られた使徒の腕からは血が流れておらず、それどころか人としての血管や筋肉すらもあるようには思えない。

 そこから覗く切断面は特有の光沢をまとっており、それが何かはすぐに分かる。

 

 それは、金属。

 使徒の腕は金属で構成されていたのだ。

 だが、不可解な部分も多い。


 これほど滑らかに動くのか?

 盾を握り、持ち替え、指を自在に動かしたのを見ている。

 義手だとしても出来過ぎだ。

 いくらなんでも、自由自在が過ぎている。



 「言っておくが、義手ではないぞ?」


 「……………………」


 「私は、全身が()()だ。骨、肉、臓器……………私には存在しない部位だな」


 

 全身がこうなっている?

 骨も肉も内臓もなく、ただ金属で埋め尽くされている?

 そんなもの、生物と言えるのか?


 荒唐無稽な内容だ。

 では、物であるにも関わらず、彼の持つ人の精神は一体何なのか?

 しかし、嘘には思えない。

 あの明らかに人が出せる限界を遥かに超えた身体能力。

 『魂源』にしても硬すぎる硬度。

 この使徒の納得できない強さに、ようやく理由が見えた気がしたのだ。


 

 「私は、使徒序列三位『鍛冶神』によって作り出された、最強のゴーレム…………」



 人間ではない。

 人間の強さではないと思っていたが、本当に人間ではなかった。

 そして出てくる『鍛冶神』の名前。

 勇者からしてみればよく分からないが、ガルゾフには強い意味を持っていた。

 不可能を可能に変える、最高の職人。

 世界最強の()()()()()()()()()として、有名な使徒だ。

 アレならばこんなゴーレムを作り出しても不思議では……………




 「そして、世界で初めて作られた、()()()『超越者』だ」


 「は?」



 人造の、『超越者』?

 理解を超える、理解し難い言葉。


 あの『超越者』を作る?

 人の手で?

 そんなバカな、ありえない。

 あまりにも、それは道理に反している。



 

 「嘘だ…………ありえない……………」


 「嘘ではない。分かるだろう?私と戦ったのなら、お前たちはちゃんと分かるはずだ」


 「「………………………」」



 

 否定が、できなかった。

 一対一で、長く長く戦った二人は理解できる。

 確かにこの使徒は強かった。

 ありえないほどのパワー、ありえないほどの頑強さ、ありえないほどシンプルに強い。

 全員が死にそうになりながら、やっとここまで辿り着いたのだ。

 使徒は強い。

 それに間違いがあるはずがない。


 しかし、



 この使徒は『()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『超越者』になるには、長い鍛錬、自身の在り方を貫ける精神、そして才能がいる。

 何故なら、『超越者』にとって一番なことが自身の在り方を貫き、極めることだから。

 だから、鍛錬に才能など、あって当たり前のことなのだ。

 貫くことに日々の鍛錬や強い精神が必要だし、極めることに才能が無くてどうする?

 人が見せる進化の形の条件は、それほど温くない。

 

 仮に強くなりたいと願って、『超越者』足り得る強い精神があったとする。

 だが、そのうち気付いてしまうだろう。

 自分には限界があり、ある程度のところで先に行けなくなってしまう、と。

 そして、もしも才あると勘違いし続けるのなら、待っているのは自分の分を超えた事態を前にして死ぬだけだ。

 それではいけない。

 それでは、極めたとは言えない。

 極められるという確信が無いのなら、その資格はない。


 だから、無理なはずだ。

 不可能なはずだ。


 『超越者』を作る?

 ありもしないものを無から創造するようなものである。

 だから、



 「不可能だと、そう思うか?」


 「「………………!」」


 「案外、何でもできるものだ…………いわば廉価品でしかない私がお前たちを圧倒したように、な」



 使徒の言葉には、万感の想いが詰まっていた。

 才無き男が必死に努力を重ねで天才を打ち破るという物語のような構図に、悦を覚えているのだろうか?

 それとも、正規ではない方法でここまで至った自分に嫌悪しているのだろうか?

 それとも、もっと早くこうなれれば、と………………



 「だから言おう。私は『魔法』を使えるが、とても範囲が狭い。精々がこの身を囲うほどの大きさだ」


 「「……………………」」


 「この盾も特別製でな?『鍛冶神』が作った盾なんだ。私専用にするために、普通の魔術が込められた武具や、お前やシンシアの剣のような『魂』から形を成した武器のように自動で修復しない。もちろん、私の体もな……………だから、この盾が壊れれば私は武器なしだし、体を壊せばちゃんと壊れる」


 「「…………………………」」


 「まだいくつか話せることもあるぞ?私は…………」


 「バカか」


 

 まだ言葉を重ねようとする使徒に、勇者は光線を放った。


 人の拳ほどの太さの光は、真っ直ぐに使徒の喉へむけて伸びていき、使徒に軽く防がれる。

 バシュンッ!という音と共に、光は簡単に消え去った。

 

 かなりの威力が込められていたが、使徒からしてみれば紙くずを投げられたも同然だ。

 いきなり攻撃を仕掛けた勇者に対して、使徒はおかしそうに語りかける。


 

 「何だ、いきなり?お前たちにとって有用な情報だぞ?」


 「嘘か本当かも分からない情報に価値はない」


 「失敬な……………すべて事実だというのに……………」



 おどけたように言う使徒。

 それに鋭い視線を送る勇者。


 使徒が何をしようとしているのか、まるで分からない。

 何故今そんなことを言う必要がある?

 それは嘘なのか?本当なのか?

 いったい、何企んでいる?


 その声なき声を聞き取ったのか、使徒は何も聞かれていないのに、勇者が聞こうとしていた質問の答えをつらつらとあげていった。



 「深く考えるな、これは敬意さ。私を、『鍛冶神』の最高傑作を傷付けたお前と、崖の淵にまで追い込んだそこの英雄へのな」


 「嘘くさい」


 「本当だとも。知っておいて損はない話だ……………」



 どこか躱されている気がする。


 確かに損はない。

 これまでならいざ知らず、勇者が明確に使徒を壊せるようになった今、使徒の死体を調べればある程度嘘か真かは分かる。

 

 もしも嘘なら単なるハッタリだ。

 使徒が話した以上のことなど、目立ってあるとは思えない。

 精々が、負傷や傷が癒えるくらいだろう。


 だがもしも本当ならば、ただいたずらに情報を与えただけになる。

 使徒に利益があるとは思えない。

 そんなのは、非合理的でしかない。


 しかし、



 (まさか、本当なのか……………?)



 どうしても信じてしまう。

 思い出すのは、使徒シンシアの最期。

 あのとき、あんなに満足そうに、幸せそうに死んだ彼女の最期の言葉が嘘とは思えなかった。

 もしかしたら、使徒というものは思うほど外道ではないのではないか?

 そう思ってしまう。

 だからこの使徒も、本当にただの敬意で、ただの褒美のつもりで言っているだけなのではないか?

 どこまでいっても、その疑問は解決されない。



 「言っているだろう?難しく考えるな、と」


 「…………………?」


 「こうして長々と喋るときは、尊敬する敵に敬意を言葉で表するとき。それと、もう一つしかないだろう……………?」





 



 


 「バカ勇者ああぁぁああ!!!!」


 「え…………?」



 エイルの声が遠くから聞こえた。

 心からの焦燥が滲んだ、恐ろしい叫び声だ。

 その声は勇者の聴覚を支配するほどに大きく、衝撃的だったのにも関わらず、別の声も同時に聞こえた。


 使徒の、冷たい声を………………






 「あとは、時間を稼ぐときだ」







 背後からだ。

 背後から、巨大な盾が迫っていた。


 使徒が持つ盾とまったく同じ、大盾。

 その持ち主は、使徒と同じように大盾を持ち、同じように銀の装備に包まれ、同じように巨体の割にスピードを発揮した、手練だ。

 兜で顔を隠しているわけではないので、敵の顔がはっきりと見えた。



 使徒とまったく同じ顔をした男が……………



 これは、死んだ。

 避けられない。

 直撃すれば間違いなく致死になる、速度、パワー。

 間に合わないと悟った。

  

 けれども、勇者が死ぬことはなかった。

 

 別の衝撃が彼の体を貫いたのだ。

 弱い力ではあったが、勇者の体をズラすには十分な力。

 大人の男がする、体当たりほどの威力だったろう。

 

 それに従い、弾かれる。

 盾の即死圏内から見事に外れ、事なきを得た。




 だが、




 「ガ…………!」



 勇者を弾き飛ばした、ガルゾフは間に合わない。

 手を伸ばしても、届かない。

 遅すぎた…………遠すぎた……………




 「■■■、■■■……………」



 それだけ言うと、満足そうに彼は笑う。

 安心したように、零れたような笑みが見える。



 叫び声すら間に合わない。

 



 

 次の瞬間、ガルゾフの胸から下は、あっさりと消し飛ばされた。


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