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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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68、最硬が負った傷

ここから一気に展開駆け抜けます。 

これから先がこの章で一番書きたかったところなのでこだわりたい。

だから毎日は難しいです。


 ガルゾフと使徒の戦いは熾烈を極めた。


 ただの『超越者』が、いや、人間が発揮できる力の限界を遥かに超えていた。

 その膂力はガルゾフを大いに苦しめ、追い詰めていくのだ。

 


 「グゥゥ…………!」



 一歩踏外せば、そこには死が広がっている。

 死というプレッシャーを背にして、全力疾走の綱渡りを強いられていた。

 そのストレスは尋常ではない。

 ジリジリと使徒が迫ってくる恐怖も、一手の誤りも許されないという緊張も、手足を縛ろうとする疲労も、すべてが彼の敵となって足を引っ張って来た。


 確実に来る()()()を頼りにして、生じるノイズを取り払う。

 何百年も戦ってきた騎士として、彼の集中がそんなに簡単に途切れることはないが、それでもやはり無限ではない。

 特に疲労はマズイ。

 何よりも疲労こそがガルゾフから集中を奪ってしまう。

 十分長い期間を戦えはするだろうが、()()()がいつ来るか分からない。


 ガルゾフは追い詰められていた。


 だがそれも、




 「喝ああああああ!!」



 使徒も同じことだ。



 使徒は自身の状況が良くないと分かっている。

 刻限が迫っていた。

 そして、使徒のすべての力をもってしても、ガルゾフを攻め崩すことができていない。


 ガルゾフの能力は、あまりにも横幅が広すぎた。

 力押しが通用しない、通用させない。

 

 先ずは土。

 気が付けば脆くなり、硬くなり、あるいは滑る。

 使徒の力を徹底的に散らせるように仕組ませるのだ。

 時には足一つ分の小ささで、時には踏み越えるのが難しいほどの広さで。


 他には空気。

 性質は二転三転して変化する。

 炎のように熱くなった場所が次の瞬間には氷のように冷たくなった。

 本来ならばその凶器のような空気は口のから入って、食道や肺を蝕んでいくはずなのだ。

 使徒だからこそその攻撃は効かないが、もしも()()()でなければとっくの昔に死んでいた。

 吸い込んだ空気が爆発したのは流石に初めての経験であった。



 「…………!」



 他にも彼の力は目まぐるしく、面白いものだった。

 気が付けば見えない斬撃がそこにおいてあり、何度も何度も首に喰らった。

 空気の色を操って目くらまし、大地の質に干渉してもちとりのように変化、液状化、マグマ化、重力が下から上へ流れることもあった。


 本当に何でもできる。

 限りなく万能に近く、何でもできて、なんにでもなれる。

 同じような『超越者』を一人知っているが、なるほど、きっとアレが本気で戦えばこうなることだろう。

 能力自体も協力ではあるが、それを完璧に使いこなす本人の質も申し分なかった。

 アレと比べるのは酷というものだが、それでもこんなに強く、正確に、そして自由に使う彼には賞賛モノだ。


 だからこそ、翻弄された。

 力押ししかないとすぐに見抜かれ、簡単に一方的に嬲られたのである。

 それが負傷に繋がらなかったとしても関係ない。

 ガルゾフは使徒に力を使わせることが目的なのだ。


 

 だから、




 「早く決める…………!」




 時間がない。

 使徒は攻撃など受けても痛手にはならないのだ。

 だから、勝つためには……………



 「頃合いか……………」



 しかし、



 受けれていればいいと言う前提が、簡単に崩れ去った。

 

 ガルゾフから感じる力の波動。

 明らかに敵の奥義が来るという確信。

 それに使徒の取る戦法は一つしかない。



 打って出る



 元よりそれしかできない使徒だ。

 防ぐ以外に生き残る術がないのだから、全霊で防ぐしか使徒に許された行動はない。

 

 嵐の中に突っ込んでいかねばならないのが分かる。

 使徒には久しい、そしてこれほど使徒らしい試練であると言えるかもしれなかった。

 脅威に自ら歩み寄るなど、今更すぎて恐れることなどありはしない。

 


 「ははは!ふはははははは!」



 何という脅威。

 何という危険。

 何という試練!


 長らく試練を出す側であった彼からすれば、なかなかに鮮烈な体験である。

 何が起こるのかを楽しみにしている。

 目的も忘れそうになりながら、それでも勝たねばならないという本能はそのままに。


 さて、何をする?

 どんなことが起こる?


 意識はガルゾフだけに向けられる。

 使徒のすべてをぶつけるに足る、素晴らしい力を感じたのだ。

 ガルゾフだけを意識する。

 彼のことだけを意識する。

 使徒の力など、()()()()()()()()()ガルゾフの力だけを意識する。


 だから、使徒も強くなれる。



 

 「……………………!」



 使徒に備えていたガルゾフは、その使徒から溢れる力に驚愕を示す。

 確かに量自体は大したことはないだろう。

 今、高めているガルゾフの半分にも満たない。

 しかし、確実に使徒の『魂の力』は()()()()()()()()

 

 使ったエネルギーが戻ったわけではない。

 使徒の『魂の力』は、その魂の中に変わらずに使われていることだろう。

 そのままの量がそこにはある事だろう。

 けれども、大きく見える。

 使徒の姿が、二倍にも三倍にも大きく見える。


 

 (この状況でもまだ……………!)



 『超越者』は心の持ちようで強くなる。

 その力の源である魂は、心によってエネルギーの燃やし方も、エネルギー自体も変わるのだ。

 心の持ちようが自分にとって正しい在り方であれば、より大きな力を、より効率的に使えるようになる。


 だから、この使徒の逆境への情熱が分かる。

 こんな性格で、どうやって今まで生きてこられたのか?

 人の生活の中で確実に生きにくい人柄なのは間違いがない。


 試練に対するこのこだわりは何なのか?

 面白そうに、おかしそうに、簡単に命の危機にさらされる。

 戦闘狂の方がまだ理解できる。

 成長も、危機も、敵の打倒も、そこに生まれるであろう目的足り得るものが、この使徒にとってはすべて目的たり得ない。


 本当に、ただ試練を求めていた。




 「英雄ううぅぅぅ!!」


 「もう、いいだろう…………いい加減に止まれ、使徒よ…………」



 きっと、ここまで走り続けたのだろう。

 一度立ち止まることはあったとしても、またすぐに走り出す。

 仮に道中で転ぼうが、それでどれだけ傷付こうが、何度でも起き上がるのだ。

 何故分かるのだろうか?


 それはきっと……………




 エネルギーの爆心地。

 計り知れない破壊の中。


 ガルゾフの奥義を受けた使徒は、完全にその動きを止めたのだ。



 ※※※※※※※※※※※



 時空魔術というものがある。


 ほんの少しの限られた人材だけが使える、時間と空間に作用する強力な魔術だ。

 その才能がある、というだけで、貧しい暮らしをしていたものが次の日には王宮に召抱えられるという事もある。

 それだけ凄まじい、恐ろしい力であるということである。

 

 何せ、世界の理の一端に干渉できる力だ。


 どういうことかというと、先ず前提として世界は数え切れない絶対のルールに縛られている。

 人、いや、あらゆる生命はそのルールに違反することができない。

 そもそも、触れることすら叶わないだろう。

 これを自在に操る者のことを、人は『神』と呼ぶ。

 

 だが、例外もある。

 それが時空魔術。

 世界のルールに干渉し、少しだけでも、一時だけでも操れる数少ない力。

 人が『神』に近づく、超常の中でも最高クラスに位置する強力な魔術だ。

 これを世のため人のために使うことができれば、いったい幾つの問題を解決し、どれだけの人を救えることだろうか?

 貴重な資源や人材を、必要な場所へ、すぐに運ぶことができるのだ。

 その需要は天限知らずだろう。

 そして逆に、ほんの少し使い方を悪意に傾けただけで、いくらでも好きに他を乱すことができよう。

 どんな場所でも、どんな時でも現れ、しかも空間を操るために逃げ場などない。

 その昔、とある国に恨みのある時空魔術が使える魔術師によって国が一つ滅びたという話もある。

 惨劇の後はあちこちが抉り取られたような跡が残り、まるで魔物が暴れた後だったようらしい。

 こうした、甚大な被害をもたらした事案は歴史上いくらでもある。

 

 だから時空魔術は危険視されながらも、その有用性から特別扱いされているのだ。

 人が扱えて、その上で人が扱うには危険な力だから。

 


 

 だが、これは名前の通り魔術である。

 どこまでいっても、魔力という不純な力を使った、限界も際限もある技術。

 人の領分から離れ、『神』に近づくことはあれども、『神』の領分には決して足を踏み入れることは叶わない。

 ほんの少しだけ理の端を変えることはできても、実際に『神』のように好きなだけ理をイジれることはない。


 もしも時間を操るとして、時空魔術を使える魔術師ならばきっとこれを川の流れに例えるだろう。

 時空魔術を扱う魔術師は、その川に石を投じて波を作ったり、流れを少し遅めたりすることができる。

 多大な労力の末に、川から小さな道を横に作って自分の小さな小さな川を作ることもできよう。

 それだけで、こんなに小さなことだけで、人は多大な利も害も成せるのだ。



 では、これが『魂源』で同じ効果を再現されたのならどうだろうか?


 魔術でコレ。

 その上位互換である『魂源』であればいったいどんなことが?

 どれだけ凶悪な力が芽を見せる?


 その答えが、ピクリとも動かない使徒である。




 「はあ………はあ………はあ………」



 疲労困憊。

 ガルゾフは思わず膝を付き、息は酷くあがっていた。

 汗は止まらず、顔を上に上げることができそうにない。


 彼の奥義は、それ相応のエネルギーを彼の中から奪っていった。

 ここぞという時でしか使わない、使えない最強の攻撃、いや、封印だ。




 「その、周囲から、時間を奪った…………貴様なら、きっと、危険を承知で、突っ込んで来ると思った……………」




 ガルゾフの『魂源』は、物の性質を操る。

 あらゆるものが数字で表現され、物にそれを足したり引いて戦うのである。

 彼がしたことはシンプル。

 使徒が来る方向の、自身の少し前にある空間の時間の流れの『数字』を限界まで引いた。


 そうすれば、この中に存在するすべてはその時を奪われる。

 生き物、物質、空気、光、その他すべてだ。

 効果範囲内のあらゆるものを完璧に止める究極の封印術。


 遅らせるのが精々の魔術とはわけが違う。

 その効果内では真の意味で止まってしまい、その強制力は何よりも先に優先される。

 川の流れを堰き止める、『神』の領域。

 概念にすら干渉した、使徒シンシアの『神剣』と同等の性質が宿った力。

 


 「貴様に通じるか、それは分からなかったよ、化け物…………だから、私は待っていた。私の力が、確実に通じるまで、貴様の力が弱まるのを、ずっと、な…………」




 ()()()とは、使徒のエネルギー切れの瞬間のこと。

 『魂源』も『魂の力』というエネルギーを用いる能力であり、無限に使い続けられる訳ではない。

 しかも、使徒は『魂の力』の総量自体はそれほど多くない。

 だから勇者もガルゾフも、持久戦に持ち込んだ。

 自分の力が使徒に通じるほどに弱らせてから、全力で叩くという心積もりをしていたのである。

 勇者は最後まで持たなかったが、ガルゾフはやれた。

 使徒が確実に封印を破ることができぬであろうところまで削ることができた。


 だが予想以上に、使徒はしぶとかった。

 ガルゾフだけでは最後まで逃げ切ることができなかったかもしれない。

 五体一、勇者の孤軍奮闘を経て、ようやくこの結果に至る。

 心持ち次第で強くなる『超越者』でも、ここまで分かりやすく、しかも短時間で強化されるとは…………

 異常な身体能力、異常な硬さ、異常な精神。

 だが何よりも、その精神は紛れもなく人の強さを体現していた。

 ガルゾフの経験上、他の使徒とも戦ったこともあるが、これほど強い使徒もいなかった。

 実力的にも、精神的にも、ガルゾフの上をいっていただろう。

 正真正銘、人を超えた化け物で、人を超えた人であった。



 「貴様が使徒でさえなければ、きっと……………いや、何も言うまい。本当に手強かったよ。我が人生、最大の強敵は間違いがなくお前だ……………」



 下手な感傷で、この強敵の決意を貶めてはいけない。  

 最期まで、多くの敵を前にして、折れるどころか自分たちを圧倒してみせたこの男は、最強の敵だった。

 それで終わりでいい。


 それよりも、やる事がまだある。

 そろそろライオスが龍たちを倒しただろうか?

 本当ならもっと早く終わってここまで駆けつけたはずだが、周囲の被害を考慮しながらの戦いは相当苦労しているとみえる。

 それに、信徒たちの残党も残っている。

 使徒がこうなった今、何かの合図で自爆特攻を仕掛けてもおかしくないのだ。

 被害が広がる前に一網打尽にする。


 そして、勇者。

 彼の一人での奮闘は、使徒打倒に大きく貢献した。

 まだ若いのに、この世界に来てそれほど時間も経っていないのに、立派に戦い抜いたのだ。

 だから、ありがとうを言わなくては。


 彼にとっては異世界でしかないこの世界のために、あんなにも傷だらけになって戦ってくれたこと。

 こんなに恐ろしく、強い敵を前に、戦い抜き、生き残ってくれたこと。

 そして、彼女に最期を与え、それを看取ってくれたこと…………


 だからありがとうと、()()()()()を言わなくては、いけない。




 息も整ってきた。

 体力もかなり持っていかれたが、走って信徒と戦う分には問題ない。

 使徒は去っても、天上教の脅威自体は残っている。

 最期のひと仕事はまだ残って……………















 「? なんだ…………!」



 マズイ…………

 マズイ、マズイ……………!

 マズイマズイマズイマズイ!


 吹き荒れるようなプレッシャー。

 熱風としか言いようがないほど、()()、燃え盛るエネルギー。

 間違いがない、これは……………



 「まさか、冗談だろう…………?」



 使徒は、封印に抗っている?

 

 ありえない、無理だ、不可能だ。

 リベールのように力を可視化することはできないが、それでも感じ取ることはできる。

 長年、騎士としての歴史があるガルゾフならば、相手が上手く誤魔化さない限り、かなり正確に力量を測れるだろう。

 その上で、使徒の封印前のエネルギーの量は残り少なかった。

 人には発揮できないほどの()で勘違いしそうだが、()はそれほどでもないはずなのだ。

 だというのに今の使徒は、


 確実にさっきよりも()が増えている。

 いや、初めて相対したときよりも、今の方がずっと多い。


 


 「……………………!」

 


 何が起こった?


 エネルギーを回復?

 いや、こんな急速に行えるはずがない。

 『魂の力』は自分だけのものでしかなく、受け止められる器は自身の魂だけであり、他者から譲り受けたり、他の何かで代用できるモノではない。


 では、隠していた?

 いや、あの使徒ができるはずがない。

 歴戦のガルゾフにさえも通じる隠蔽など、この使徒にできるはずがない。

 使徒がそれをするには、()()()()()()()()()()()()()

 

 じゃあ、何だ?

 それ以外のことは?


 いや、そもそも…………




 「どうする………!?」




 そんなことは後で考えればいい。

 今ここですべきことは、使徒の打倒。

 今考えることは、どうすれば使徒を倒せるか、だ。

 

 奥義を使った後の、この疲れ切った、使い切った体でどうやって勝つ?

 この状況でどうやってこんな化け物と戦う?

 敵は全快以上、対してガルゾフは全快とは程遠い。


 どうやって、どうやって、どうやって?




 「………………………!」



 使徒の声にならぬ声が聞こえた。

 この時の牢獄の中で、今使徒は足掻き、もがいている。

 そして、その抵抗の度に使徒を閉じ込めているソレが壊されていくのが分かった。


 さっきまでピクリとも動かなかったはずなのに、指先から少しずつ、少しずつ動いている。

 歯を食いしばり、その目はギョロリとガルゾフを捉えた。

 時と共に、動くと共に熱量は増え続け、ガルゾフからすればまるで大火災が目の前で起こっているかのようだ。


 


 「化け物め…………!」



 この悪態を誰が止めよう?

 この吐き捨てた言葉を誰が咎めよう?


 誰も彼もが思っただろう。

 見る者など誰もいないこの戦いを、もしも誰かが見ていたなら皆が同じことを思っただろう。

 こんな反則(チート)が、どうして今も生きているのか?

 駄目だろう、こんな生物……………

 創造主が定めた種の限界さえも踏み越えている。

 


 (いくらなんでも、しぶと過ぎる…………!)



 強い、硬い、タフだ。

 それを極めると、こんなモノになるのか?

 どうやったら殺せというのか、こんな化け物。


 冷や汗が止まらない。

 動悸が激しくなってきた。

 頭が痛い。


 エイルに、ライオスに激励を受けてから、本気で戦うと決めてから、初めて心が折れかかっている。

 どうしようもない、という諦めが心の底に溜まっていく。

 焦燥、絶望、諦念。

 その弱さは、檻の破壊を早める結果となった。



 使徒の右腕が大きく動く。

 檻の壊れる幻の音が、ガルゾフの耳にははっきりと聞こえた。

 この化け物を閉じ込めている牢獄は、 


 


 「マズイ、破られる…………!」




 バリンッ!


 

 「ふはは、はははは、はぁははははは!!」


 

 狂ったように嗤う使徒。

 その高揚が収まることはなく、封印の前と同じように嗤っていた。

 止めていた時がそのまま進みだしたのだから、使徒としては本当にそのままでしかないのだろう。

 だが、だが、それがやけに…………


 空元気にしか見えないのは、何故だろう?




 「死ねぇい!」


 

 しかし、その脅威はそのまま、いや、それ以上だ。

 ガルゾフの目にも、速すぎて影を捉えるのがやっとだった。

 これまで以上の強化。

 パワーもこれまでよりさらに上がっているはずだ


 避けたい。

 そこまで迫っている、致死の攻撃を避けてしまいたい。

 まだ戦わなければならないのだ。

 この使徒を、超えなければならないのだ。

 証明しなければならないのだ。


 使徒の盾がそこまで迫っている。

 これは、避けられない。

 何もかもが遅すぎて、使徒の強さがおかしすぎた。

 




 思考が加速する。

 死ぬ気などないのに、死にたくはないのに、これまでの人生が目まぐるしく思い出される。

 人に誇れるほどのものではなかった、酷い人生。

 人よりも恵まれ、人よりも多くのものを持ち、人よりも長く生きたというのに、思い出すのは救えなかった命ばかりだ。

 

 救えなかった、彼女

 救おうとした、彼  


 最期の最後、二人の顔が浮かぶ。

 



 (なんと、中途半端な……………)



 それだけが、言葉になった。

 こんなにも長い人生を生きた結果が、その言葉だ。

 

 身近に居て、苦しみ抜いた彼女は救えず。

 今度こそは、と寄添おうとした彼には醜態を見せる。


 ガルゾフが死ねば、次は彼らを狙う。

 


 

 嗚呼、彼女には、彼には、■■■■■■だけだったのに…………



 終わりが近づく。

 冷たい死しかそこにはない。

 

 そして、




   



 


 




 救いたかった彼が、そこには居て………………




 「はああああぁぁあ!」



 盾を持つ方の腕に、彼の『聖剣』が叩きつけられた。

 すると、その盾はガルゾフのギリギリ横を掠める。

 あの使徒のパワーに逆らって、それが成功したのだ。


 漏れ出す光は辺りを白に塗りつぶすほどに眩く、そして包み込まれるように暖かい。

 殺意を向けられないガルゾフからしてみれば、不思議な光でしかなかった。

 だが、その殺傷能力は、受けた使徒からしてみれば馬鹿にならない。

 強化され、想像もつかないような膂力を発揮する使徒の腕を、横から一撃入れただけで、その軌道を反らしたのだ。



 勇者が力で勝った?

 あの身体能力ならば負けなしの使徒に?


 いや、そうではない。

 この時、使()()()()()()のだ。

 ()()()()()()()()()()、と確信したから。



 (手を引かねば…………!)



 使徒の危機感知能力は鈍い。

 攻撃などほとんどが端から効かないし、その戦い方は長年の戦闘経験から染み付いているからだ。

 これまでの戦いでも、使徒が避ける事態など何一つとしてなかったし、もしもそんなことがあったとしても、使徒は避けなかった。

 そもそも、使徒はカンで避けるなんてことはできない。

 誰しもがエイルやライオスのように、何でも感覚で分かるほど鋭い訳がない。

 経験から理論立て、どうすることが正解かをあらかじめ考えておく。

 そして、それに沿った行動を取るのが使徒のスタイル。


 だから、コレは避けられなかった。

 この突然の脅威、突然の斬撃、突然の『聖剣』を避ける能力が、彼には無かった。



 「マズ…………!」


 「斬ぃれぇろ、クソがああああぁぁぁあ!!!」



 閃光、加速、次に来るのは、斬撃。


 使徒には反応しきれない速度で振られた『聖剣』は、次第に使徒の腕に食い込んでいく。

 だが、それを使徒が止めることはない。

 止められない。

 長い時間にも思える斬撃は、斬撃の主が叫び終わるまでにすべてが終わっていたのだ。



 

 「…………………言葉もない」




 使徒の独り言。

 そこには、使徒の持ち得る限りの感動が詰め込まれていた。

 満点の星空を見たかのように、あらゆる雑念の含まれない、ただの感動だけがあった。

 


 気が付けば、『聖剣』は振り抜かれ、使徒の腕を切り飛ばしている。

 あれだけ硬く、傷一つすら付けられなかった使徒の腕が、切断されている。


 斬った男も、斬られた男も、見ていた男も、彼らは自然とその傷口に意識をやる。

 あまりにも人からかけ離れた、人でしかないこの怪物の傷口を穴が空くほどに見つめていた。

 斬られた男は心からの称賛と共に。

 残りの二人は、どういう事だと語っていることが誰でも分かる顔で。



 何故か?





 それは、切り飛ばされた腕には、一滴の血も通ってはいなかったからだ。



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