66、魔術師の偏執
毎日投稿できそうにない…………
これからは2日に一回を基本にやっていきます。
できる日はできるだけ投稿します…………
沈黙だ。
アレーナの無責任にも逃げるという提案に、さしものリベールでも何も言えない。
そんなこと考えもつかなかった。
意味もわからない。
なぜこのタイミングでそんなことを?
二人は呆然とし、アレーナを見た。
それに対して、アレーナは目を伏せ、それ以上言おうとしない。
しかし、撤回する気もなさそうで、本当にただそれだけを言い切った。
態度こそ弱々しいが、自分は間違っていないという強い想いが垣間見える。
「……………………」
リベールは少し悲しそうな顔をしながらアレーナをジッと見つめる。
縋るように少し手を伸ばそうとするが、その手が届かないと分かっているのか、すぐに引っ込めた。
ただ、彼女の言葉にできない闇が胸の中で渦巻く。
なぜ?どうして?意味が分からない、と疑問だけが頭に残る。
彼女の理解の及ばない所にあるアレーナの考えに大いに混乱した。
そして、時間が経って少し余裕が生まれた所でようやくリベールは口を開いて、
「なんでそうなるんです?ここで使徒を倒せなきゃ、アニマは滅びるんですよ?」
至極まっとうだ。
今ここで動かなければこの国が滅びるかもしれない。
そうなれば、どれだけの人々が苦しむか、どれだけの人々が悲しむか、どれだけの人々が死ぬのか…………
これでどうとも思わない方がおかしい。
彼女はそれを認められない。
目の前の人々が死ぬと分かっていて、それを黙っていることなどできないのだ。
あんな訳のわからない連中にめちゃくちゃにされるなど、あってはならない。
そんなの、想像するだけで耐え難い、身が焼かれるようだ、腸が煮えくりかえる。
そういう理不尽が、彼女は一番嫌いなのである。
だから、リベールは戦うことに疑問を見いださない。
見い出せない。
だが、アレーナは…………
「ど、どうでも、いいです…………」
そんなこと、毛ほども興味がない。
「わ、私が、だ、大事、なのはい、自分の命です…………そ、それ以外は、べ、別にどうだって……………」
知らない人間が、誰が何人死のうと関係ない。
重要なのは自分であり、ついでに自分の見知った人間かどうかということだけ。
彼女はアニマのことなどどうでもいい。
彼女の興味は、ガルゾフやライオスにすら及んでいない。
彼らが死のうが生きようが、正直どっちでもいい。
「い、生き残る、こと、が、大事です………わ、私は、貴女みたいに、ぜ、善人じゃ、ない…………」
これまで、長い間自分以外に必要なモノなど『大賢者』以外なかった。
自分だけが大切で、ただ生きていただけの時間もかなり長かった。
彼女自身、自分が相当冷たく、醜いことなど分かっている
だから、彼女にとって、リベールのような善人はまぶしく映った。
彼女は信頼できる。
誰しもに救いの手を差し伸べよう、殺させない、助ける、他人のために自分を使う。
そうしたいと思っていることは分かっているし、実際にしてきた。
前の使徒のことも、城下町でのことも、信徒の襲来のことも、他にも他にも他にもいっぱいある。
彼女は他人のために動くことができる人だ。
他人を守ろうとして自分の命をなげうとうとする姿に憧れも抱いた。
もし死ぬのなら、彼女ではなく自分が先に死ぬべきだと思う。
へこたれなずに他者を想う彼女のなんと美しいことか…………
自分のような薄汚れた魔術師とは違う。
「だ、から、わ、私は、た、戦うのが、いや、です。あ、あんな化け物、相手に、い、命がいくつ、あっても足りない…………」
だから、自分には無理だ。
悲しいことに、アレーナはそうやって簡単に諦める事ができる。
リベールに憧れる気持ちも、それを尊いと思う気持ちも真実だ。
しかし、
何も、間違ってはいない。
そもそも、格上を相手に殺し合いを仕掛ける方が間違っている。
もう力の差は十分分かったのだから、今はさっさと引いて次に備えるべきだ。
「も、もう、諦め、ませんか?」
「あ、れーな?」
「こんなに、が、頑張ったん、です…………だ、誰も、せ、責めたり、しません」
分かっている。
彼女が頑張って戦ったのは分かっている。
もう十分頑張ったではないか。
もう十分戦ったではないか。
こんなに頑張って、戦って、責める者が居るのならば、そいつは何も分かっていない。
そんなつまらない輩の言うことなど、耳を塞げばないも同然だ。
「い、いいじゃ、ないですか…………必死にやって、全力を尽くして、その、結果がコレだった……………」
「アレーナ…………」
「しょうがない、じゃ、ないですか…………ど、どうしろっていうんです、あ、あんなの…………」
誰しもがそう思うだろう。
見れば分かるはずだ、あの化け物の脅威を。
知ればどうだってできないと分かる。
分からないなら、とびっきりの馬鹿だ。
なら、逃げればいい。
避ければいい。
次に勝てれば、それでいい。
もしも次をつくれるのならば、もうそれはもう勝ちも同然だ。
次さえあれば、対策し、成長し、勝てる。
絶対にいつまでも超えられないなんてことはないと確信している。
だから、今は逃げるしかない。
「ねぇ、リベール……………」
仮にそのために被害が出たとしても、しょうがない。
今諦めたことによって、何千、何万という知らない誰かが死んでしまうのなら、もうしょうがない。
次に勝つための、どうしようもない犠牲だったのだ。
次さえあれば、きっとその仇も討てよう。
「逃げましょう?」
恐ろしく冷たく、乾いた考え方。
それがアレーナの考え方だ。
元より、彼女は他の三人に流されて、周りに流されて、『大賢者』の言うことに流されただけの話だった。
彼女は何一つとして、知らない誰かを慮ることなどしない。
それが彼女の本性だった。
「ね、え、エイル、さんも、そう思い、ませんか?」
「…………………」
だから、彼女はエイルに目を付けた。
彼は元は傭兵。
気質はリベールよりもずっと自分寄りのはず。
何しろ傭兵だ。
『聖女』であるリベールよりも、ずっと生きることを意識してきた。
今は『勇者一行』として、正義の味方ごっこに夢中かもしれないが、ここまで言えば分かってくれるだろう。
彼は自分と同じように、善人よりではない。
アレーナは彼はこの誘いに乗ってくれると確信している。
彼には強い克己心がある。
強敵を前にして強くなろうと必死に戦い、それによって強くなることに何よりも強い情熱を持っていることだろう。
だが、死んでしまえば元も子もない。
普段はそうでもないが、戦いに関しては頭が回る彼ならばきっとこの考えに共感してくれる。
それだけ次というものは大切なのだ。
次がなければ、その克己心は終わってしまう。
彼にとって、それだけは何よりも許せない。
だから、乗る。
この提案に、乗る。
そうなれば……………
「……………………!」
のる、はず…………
だと、いうのに…………
だというのに、
だというのに、何という目をしている?
「おい、根暗…………!」
「うっ…………」
息が詰まった。
その見るという行動だけでここまで感情を表現できるのか、と思うほどの空恐ろしさを感じる。
目も、態度も、言葉も、ありったけの不快感を表していたのだ。
気の小さいアレーナはその感情に当てられて引いてしまう。
彼から感じるおぞましさは、明確な拒絶の意だ。
賛同してくれると思っていた彼女は、動揺を隠すことができない。
「何を勘違いしてるかしらねぇが、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ……………」
なぜ、が消えない。
だって、だっておかしい…………
確かに彼が何を想っているのかは知らない。
その克己心の源も、彼の過去も、何も知らない。
でも、死ねばそれまでだ。
使徒と戦えば死んでしまうかもしれない。
そんなことも分からないような彼じゃあるまい。
だから、だから、だから……………
「何次なんてぬりぃこと言ってやがる?そんなもん、今超えりゃいいだろうが?」
「へぁ?」
意味が分からなすぎて、変な声が出た。
※※※※※※※※※※※※
エイルこそ、意味がわからなかった。
確かに、逃げるという選択肢もあるだろう。
傭兵としての生き方を教えてくれた者たちもよく言っていた。
命あっての物種だ、無駄死にだけはするな、死ねば何も残らない……………
エイルだって、初めから傭兵として負け無し訳じゃない。
一対一で強者と戦って死にかけたこともあるし、そうでなくとも一対複数で嬲り殺されそうになったこともあった。
傭兵としての教えをキチンと守るのならば、そういう場面では逃げることが正解だ。
だが、
「俺は次まで待てるほど堪え性じゃねぇよ」
待てるわけがない。
命が危ない?
死ねば何も残らない?
そんなこと、当たり前だろう。
何故そんな当たり前のことを遠ざけようとするのだろうか?
命のやり取りができないのであれば、それはする意味があるとは思えない。
命をさらけ出さなければ強くはなれない。
だから、アレーナとエイルは噛み合わないのだ。
「死なねぇために必死に生きてる。戦って死ぬなら、嫌だがしょうがねーだろ」
命に対する考え方が違う。
長い目で見て、少しずつでも進んでいく、進むことをやめないアレーナ。
そのためには命が必須だ。
一方、エイルはチマチマしたことはしない。
一気に、早く強くなりたい。
日々の鍛錬など弱くならないためのものでしかない。
実戦で戦うことこそが最大の近道だと信じて疑わないのである。
だから、命の危機に陥ることこそ必須だ。
つまりは、
(い、イカれてる…………)
異常が正常なのである。
目の前にチャンスがあるというのに、どうして掴み取ろうとしないのか?
彼からしてみれば、アレーナの次こそが分からない。
どうして次に期待するのだ?
手の届く所にチャンスが置いてあるのだから、掴み取ればいいだけの話だろう?
その結果死んでしまうのならば、それはそれだ。
今更どうということもない。
それを決めつけられたのだから、腹が立った。
誰がお前のような根暗と同じなのだ、と。
むしろ真反対である。
彼はアレーナとは違い、もっと命が輝くように生きているつもりだ。
死のギリギリにまで追い込ませ、もっともっと強くなれるように、悔いのないように……………
そして、義理をキチンと返せるように…………
目的のために命を最優先に守る女と、目的のために命を捨てれる男が同じであるはずがない。
それに、
「お前、俺を使うとはいい度胸だな?」
「え?」
決めつけられただけならまだ良かった。
それだけならば、こんなに不快ではなかった。
「お前、手前が逃げるための言い訳に俺を使ったな?」
「え、え?え?わ、私…………」
「俺も巻きこめば、上手く逃げられる口実作れるもんなぁ?」
そもそも、本当に命だけを考えているのなら一人で逃げれば良かった。
さっさと『転移』でどことなりに逃げればそれで安全だっただろう。
自分だけが大切なら、黙って逃げればそれで良いはずだ。
だが、そうはしない。
何故なら…………
「保身に走ったな?」
「!」
「このアホ女の意志を折ってからじゃねぇと、コイツに嫌われるもんなぁ?」
黙ってリベールを戦場から連出せばどうなるか?
敵を、多くの人を殺そうとする害悪を前にして、黙っていられる訳がない。
そんな彼女を無理矢理連れて逃げればどうなるか?
火を見るより明らかだろう。
アレーナはその結果が嫌だった。
彼女に遠ざけられるのが、嫌だった。
いつかの家族だった者たちのような結末だけは、心から嫌だった。
だって、初めてだったのだ。
『大賢者』以外でこんなにも憧れたのは。
魔術という技術ではなく、人として憧れたのだ。
こんな風になりたい、こんな風に生きたい、こんな風にすればもしかしたら………………
無理だと分かっている。
天地がひっくり返っても、この腐った性根は変わらない。
諦めて、無理だと理解した。
「なんとか言ったらどうだ?」
「わ、わ、たしは…………」
「お前は、何が、したかったんだ!?」
エイルが迫る。
黙っていることは許さない、とそう言っている。
答えるしかない。
この苦しい胸の内を、さらけ出すしかない。
恐ろしい。
もしかしたら、一番嫌なことが起こるかもしれない。
けれども、言わなければ同じことが起こるかもしれない。
彼の言葉がぐるぐる巡り、言わないと、と言いたくない、が渦を巻いていた。
いつまでもそうしていられない。
さっさと言え。
言ったらもしかしたら…………
こんな汚いモノを吐き出したら…………
でも、
だが、
しかし、
それでも、信じて、みようか?
そうでなければ、彼女を想う資格すらない。
こんなこともできぬようでは、何も出来はしない。
だって、彼女が信頼できる、初めての友達だと思ったのだから…………
「し、死にたく、なかったんです……………」
「…………………」
「そ、それで、し、死なせたく、なかったんです……………」
いつものように言葉を途切れさせながら、ゆっくりと喋る。
いつもと同じように、じれったく、野暮ったく、聞き取りづらく喋る。
いつもと違うのは、その目から涙が溢れていること。
「き、嫌われたく、なかったん、です………」
そして、隠していた本音が見えていたこと。
「だ、だから、」
「アレーナ…………」
リベールは一歩近づく。
泣いている彼女に、無意識に一歩を踏み出した。
だが、アレーナは遠のいた。
一歩踏み出した後に、アレーナはニ歩下がる。
薄汚く、意地汚い自分なんかが、綺麗な彼女に触れて言い訳が無いと思って避ける。
しかし、
「アレーナ!」
「!」
そんな彼女にリベールは抱き着いた。
これを聞いて、誰が嫌う?
ここまで想ってもらえてると知って、どうして遠ざける?
リベールはそこまで、アレーナが思っていたほど狭量ではない。
「ありがとう」
「リベール…………」
「私を想ってくれて、ありがとう。大丈夫です。私は、皆が大切ですから…………」
匂いが鼻の奥にまで届く。
甘く、魅了されるような優しい香り。
髪が指に絡みつく。
サラサラで、絹のような白く美しい髪。
柔らかい。
美しい。
綺麗だ。
ずっとこのままでいたい。
リベールのすべてに取り憑かれていく…………
「ごめんなさい…………」
「……………………」
「戦わないと、いけないんです。勝たないといけないんです。守りたいんです…………」
察してしまう。
どれだけ声を張り上げても、訴えかけても、決して彼女は止まらない。
たとえこの場で四肢をもいだもしても、彼女は戦うことをやめないだろう。
その誇りの、何と素晴らしいことか。
その願いの、何と尊いことか。
だから、ここは道を空けないと……………
自分のような意志の薄弱な女が、妨げていい相手ではないのだと強く痛感する。
だから、
だからなんだ、
だからこそ、
「ごめんなさい。リベール……………」
「え?」
悲しそうなアレーナの顔が目に飛び込んできた瞬間に、
バチッ!
「うっ…………!」
「…………………おい!」
リベールは意識を失った。