65、フザケた提案
使徒がしぶと過ぎる…………
でも、もうちょっとですからね?
あと一回絶望したら終わりですから。
鈍る。
衰え、遅くなり、勢いが削がれていく。
なぜそうなったのか?
理屈は分からないが、使徒は感じてはいた。
急速に速度が落ちた使徒は、己の体への違和感があったのだ。
(なんだ………?これは…………)
不可視の力が働いた。
使徒の弾丸のような動きに対抗するように突然現れた力だ。
おそらく、目の前の老人によって発せられたのだろう。
何がなんだか分からないが、この先に起こることは簡単に予想がついた。
その正体が分からぬまま使徒は、
落ちた
「おおおおおおおお!!」
力に抗おうとして、雄叫びをあげて力を振り絞ろうと地を蹴った。
確かに大きな力ではあるが、使徒を縛るにはまだまだ足りていない。
このまま力を押しのけて、ガルゾフに飛びかかろうとする。
だが、地面も勿論ガルゾフの影響下にある。
そのことを忘れていた。
「…………………!」
ボコッ
間抜けな音と共に、使徒は己の失敗を理解する。
押さえつける力に注意がいき過ぎて、完全に頭から抜けてしまった。
地に着いたときに、使徒の体重を支えることすらせずに、地面は簡単に崩落する。
その異変は小さな地割れとなって使徒を襲ったのだ。
どこまでも落ちていく使徒に、ガルゾフは初めてしてやったりと笑う。
無様に落ちていく姿が、彼に優位を思わせた。
「地獄まで落ちろ、化け物…………!」
彼は全力で使徒の周囲の空気に重さの『数字』を乗せたのだ。
使徒本人に重さを『付与』することはできないが、その周りになら触れずとも影響をもたらせる。
その重りは宙に居た使徒を地に叩きつけるには充分な重量をしていたのである。
そして、地面にもこれまでと同様の細工をしていた。
使徒の重さに、重りが足されて崩れないはずもない。
『付与』の力を彼の知覚範囲ギリギリまで下に発動させたのだ。
深さおよそ五百メートル。
使徒が触れた場所は彼の能力を解除しているために、重さは元に戻っている。
これだけでも、使徒の周辺の土すべてが彼を縛る拘束具となっているのだが、まだ終わらせない。
「ふんっ!」
このままでは使徒は上ってくるだろう。
ガルゾフは使徒を舐めてはいないし、舐められるほど強いとは思っていない。
だから、徹底的にやる。
『魔法』の効果範囲の限界は本人の知覚範囲と同じ。
だから、埋まった使徒の周りの土を固める事も可能だ。
全力を尽くして『数字』を重ねる。
使徒が這い上がって来れないように、その土を伝説の名剣よりもなお硬く変化させた。
これで出てこられないはずだ。
力押ししかできないことなどとうに分かっている。
確かにその怪力は脅威だが、ここまでして出て来れるはずがない。
(だが、何故だ?)
使徒がガルゾフの能力にあたりを付けたように、ガルゾフもその能力を推測していた。
いや、戦えば絶対に分かる。
使徒の『魂源』は硬化能力だ。
その範囲はおそらく使徒の持つ大盾と、身に纏った鎧、あとは使徒自身。
そして、装備は『魂源』で顕現させたもののはず。
あの身体能力の説明はつかないが、まず間違いない。
なら、それを地面に応用すればこんなことにはならなかった。
『魔法』を使えば『魂源』の効果範囲以外のものにも同じような効果をもたらせるはず。
何故それをしない?
不可解な点が多い。
初めて生まれた余裕に、ガルゾフは深く思考を傾ける。
だが、
「ん?」
ほんの少し、足から振動を感じた。
微かにではあるが、いや、まさかそんな………
いくら何でも無理だろう。
早すぎるし、そもそも脱出などできるのか?
とてつもない重量に、名剣をかき集めた硬度の檻をどうやって?
「まさか、嘘だろう………?」
振動は次第に大きくなっていく。
確実に地面を掻き進んで来るソレは、もう奴しかいない。
すぐそこまで来ている。
正直生きているとは思えなかったが、完全に予想を裏切られた。
どうしてアレで戻って来られるのだ?
無理だろう、普通。
本当に何をすれば死ぬ
だが間違いない、
「来る…………!」
振動が止まる。
嵐の前のなんとやらだ。
本当に使徒のしぶとさには嫌気がさす。
どこから来るかを予測し、いつでも即座に叩ける準備をして、
「……………!」
「いいな、今の良かったぞ?だが、『勇者』の二番煎じだな」
使徒が飛び出す。
土で汚れてはいるが、それだけだった。
戦いは続く。
いつまでも、だ。
※※※※※※※※※※※
見ているしかない。
壁を壊せず、何もできない。
そんな事実に歯噛みしながら、八つ当たり気味に壁を剣で叩く。
透明な壁と、張り付けた本人であるガルゾフを睨みながら、エイルは声を荒らげる。
「あのジジイ………!一体どういう了見だぁ!?」
ガルゾフのことなど何も分からない彼は、突然意味もなく閉じ込められたわけだ。
これをフザケるなと思わないわけが無い。
しかも、この壁を崩せないのだから余計に怒りは募る。
使徒ならばこんな壁は砕けたはずだが、自分はそれが出来ていない。
それが悔しくて、情けない。
今はこれまでやってきたサポートすらできないのだ。
「しょうがないです。ガルゾフ様にはガルゾフ様の考えがあるのです。それに、貴方が壊せないのであれば、物理的に壊すのは諦めるしかありません」
「ああ!?そんなわけにいくかよ!こんなしょうもねー壁くらい簡単に………」
「貴方に破れるような壁を創るはずないでしょう?私たちを閉じ込めるために創ったんですから」
「分かってるよ!そんなことはぁ!」
怒りながらも冷静に判断する。
それに、ガルゾフから感じる意志から、並大抵の覚悟で戦っているわけではないと理解できる。
ただ、自分の不甲斐なさに腹が立つだけだ。
あれだけ大口叩いたガルゾフが使徒と戦い、自分は指をくわえて見ているしかない。
それがムカつくだけだ。
「で、どうすんだ?このまま終わるわけじゃねぇんだろ?」
「そりゃそうです。こんなの納得できないし、ガルゾフ様の都合なんて知りません」
諦めることはしない。
壊せない壁?脱出不可能?
そういうものは彼女が嫌いな理不尽の中に入っている。
エイルが吸血鬼形態で、『魂源』を全開にして壊せなかった時点で他の方法を考えていたのだ。
そして、元よりどうやって出るかについての方法はいくつかあたりを付けた。
「出る方法はいくつかありますよ?」
「マジか!?いったいどうやってこんな硬い壁壊すんだ?」
「それが貴方の悪いところです。そもそも壊すのが無理なら他にもやりようはあるでしょう?」
エイルは首を傾げる。
壁があって出られない。
それを壊さずに出る?
本気でわけが分からないという顔をするエイルにリベールは呆れる。
彼は脳筋すぎるのだ。
戦闘に関してはいくらでも頭が回るのに、少しだけ視点を変えることすらできない。
リベールはため息を吐く。
それにエイルは少しムカついたが、黙っていることにした。
「ガルゾフ様の『魂源』は『付与』。物の特性を数字で捉え、それを足したり引いたりできる…………そうですね?」
「ん?ああ。そうだ」
「なら、この壁はおそらく空気に『付与』をした。私たちを囲む壁の正体はガルゾフ様の『魂源』の支配下にある空気です」
「だからなんだよ………!早くどうやって出るのか…………」
「空気なら火で消えます」
エイルはハッとした。
少し前に、確かにものを燃やせば空気が減るのだと教わったのだ。
彼女らと使徒シンシアとの戦いを聞き、今は寝ている彼からも知識を聞き、そうなることは知った。
リベールの言う通りだ。
ガルゾフの『魂源』は物の性質を操るが、別のものに変えるわけではない。
それにわざわざこんなことを想定して、燃焼時に使われない、などという性質を無くすようなこともしないだろう。
今ここで火を起こせれば、この忌々しい壁はなくなる。
「ま、そしたら十中八九私たちが窒息するでしょうがね」
「はあ!?」
それでは意味がない。
自分なら大丈夫だろうが、他三人がそれで死ねばなんの意味もない。
まさかこれで終わりか?
出れないまま終わるのか?
「ほら、まだです。今のは例の一つですよ」
おちょくってんのか?
青筋が浮かんだエイルではあったが、リベールの様子を見てその怒りも沈んだ。
どこか怪訝そうな顔をしている。
しかも、その意識は話しているエイルではなく、もっと他の所へ向いていたのだ。
その意識の先には……………
「………………アレーナの『転移』でここから動けばいい。この壁の外、ほんの三十メートルほど先に動くだけ」
エイルはバッとアレーナを見た。
アレーナは変わらずに一言も喋らず、ただ申し訳なさそうな顔をしている。
なぜこれまで黙っていたのか?
それに彼女ならば、リベールの言った手段を真っ先に思いついてもおかしくはないだろう。
なら、
「知ってて黙ってたのか?」
その言葉に彼女は肩をビクリと震わせる。
そしてより申し訳なさそうな顔をして、今にも泣き出しそうになっていた。
その様子を見て、エイルは確信する。
彼女は元よりリベールの案を思いついていたのだ。
思いついた上で黙ってそのまま見ているだけだった。
それに、黙っていたということは隠していたということ。
彼女は意図してこの壁の中にエイルたちを閉じ込めたままにしようとしていたのである。
「テメェ、どういうつもりだ………?」
エイルが凄む。
一歩進めばアレーナも合わせて一歩下がった。
完全に仲間に向ける圧ではなく、敵、いや、敵として認定する一歩手前だ。
そのエイルに対して、リベールが彼の前に立ちはだかる。
「やめてください。一旦落ち着いて。仲間どおしで争うなんてバカげてます」
「本当に仲間ならな。ここで使徒に有利に働くように動く理由が分からねぇ。俺はそれを見逃すわけにはいかねぇよな?」
「ガルゾフ様が一人で行ったように、彼女にも何か理由があるはずです!とにかく今は…………きゃっ!」
エイルはリベールを押しのける。
静かな怒りを発しながらアレーナを追い詰めた。
ズカズカとアレーナの方へと歩み寄り、彼女が逃げる前にその手を掴んで、
「どういうつもりだ?なぜ俺たちをここに閉じ込めようとした?」
尋問だ。
嘘かどうかなら、彼のカンで分かる。
「うっ…………!」
腕を握る力を強める。
アレーナはその痛みと恐怖に顔を歪め、見るからに弱っていた。
下手な嘘をつくなら彼女の腕をへし折る。
それでも嘘を重ねるなら脚でも指でも折る。
普段からは考えられない冷徹な目で、彼女を見つめた。
そういうことをするのだと伝わり、アレーナは冷や汗を垂らす。
まだリベールは彼女を守ろうとするが、
「何するんです!?私を突き飛ばすとはいい度胸ですね!」
「うるせぇ………俺はコイツに用があるんだよ…………」
「いくら怪しいからって、こんなのダメです!いくらなんでも判断を急ぎすぎてます!ここは落ち着いて、」
「うるせぇ、黙れ!」
エイルの曲がらない意思に、リベールは一歩退いた。
前衛で戦士の彼と、後衛で回復役の彼女とでは実力差があり過ぎる。
普通なら、これだけで失神してもおかしくない圧だった。
彼の圧に負けかけた彼女であったが、彼女も『超越者』である。
自分の在り方を曲げることはない。
「手をどかせなさい…………いい加減にしないと怒りますよ?」
「テメェこそ分かってんのか?コイツは、」
「それでもです。これまで一緒に旅をした仲間ですよ?裏切るはずないでしょう?」
もう一歩も引かない。
二人は静かに睨み合い、お互いの主張を押し通そうとしていた。
その様子に、アレーナは胸を痛める。
こんなことを望んではいない。
二人にそんなことをして欲しくはない。
だから、
「あ、あの…………」
初めて声を発する。
ずっと続けた彼女の沈黙が破られ、それを聞いた二人は同時に彼女の方を振り向いた。
二人の視線に気を弱める。
今から言う事に、二人が怒らないわけがない。
最悪、絶縁させる可能性さえあるのだ。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
でも、言わないといけない。
決死の覚悟で、彼女は自分の提案を叩きつける。
「も、もう、逃げま、せんか?じゅ、十分、たた、戦ったでしょ?」
勇者「zzzzz……………」