64、『不屈』vs『付与』
使徒とガルゾフ。
両方が長き年月を生きた、一騎当千の猛者である。
それに、使徒はライオスたち五人がかりで勝てなかった敵でもある。
どんな攻撃も弾く防御力、誰にも止められない怪力、そしてそれらを支える使徒の精神。
この三つによって、使徒はこれまでのすべての敵を蹴散らしてきたのだ。
それに比べると、ガルゾフはひ弱だ。
彼の『魂源』によって自身の身体能力を強化することもできるが、どれだけ高めたとしても使徒には及ばない。
それに、これまでの戦いの通りに、ガルゾフがあらゆる攻撃手段を用いたとしても、傷一つつけられまい。
それだけ能力としての差がある。
ガルゾフが弱いというわけではなく、使徒が強すぎるのだ。
ならば、この勝負はどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。
ライオスたちと同じように蹂躙されるしかない。
使徒によって貴重な戦力が消されてしまう。
あんな化け物を相手に、一人で戦うとは無謀がすぎる。
それもまあ、戦い方次第ではある。
「チッ!」
使徒の攻撃は見事に外れる。
戦った誰もが苦しめられた、使徒の体当たり。
決して止まらず、その硬さとパワーで轢き潰す必殺の攻撃なのだ。
だが、それも真の力が発揮できればの話である。
「クソッ!またか!」
使徒が踏み込んだ瞬間に、その足が深く沈む。
膝近くまで埋め込み、次の一歩に力が入らず中断せざるを得ない。
脚を弾き抜き、下がった所で突如頭に何かがぶつかった。
「………………!」
「これでもダメか…………」
第三者による奇襲ではない。
ガルゾフの『魂源』によって、空気に仕掛けた不可視の刃だ。
使徒の体には傷一つ付けられないが、それでも優位はガルゾフにあった。
これまで、近づけすらしないのだ。
戦えば戦うだけ離されていくような気さえする。
使徒はガルゾフの能力の厄介さに舌を巻いた。
ガルゾフはほとんど動いていない。
これまでの五体一や、勇者との追いかけっこでは考えられない移動量の少なさだ。
使徒は既にガルゾフの『魔法』の範囲内に入っており、動かずともその能力をどこにでも届かせることができるとはいえ、それでもコレは出来すぎている。
いくら使徒の踏み込みが重いといっても、ここまで沈ませるような間抜けはしない。
これはガルゾフの『付与』の力である。
(やはりこの使徒は力押ししかない。その怪力を発揮できなくなるとその戦力は落ちる)
使徒の足場の土の『数字』を引く。
するとその土は硬さを失い、泥よりも遥かに脆くなる。
使徒の踏み込みの力を支えるどころか、その力を吸収してしまうほどに。
使徒は力と力の勝負なら負けない。
なら、ガルゾフはその勝負を初めから受けはしない。
「やはりそうか…………物の性質を操るか…………」
使徒もバカではない。
小競り合いも含めて、十分すぎるほどに戦ったのだ。
数え切れない戦場を乗り越えてきた彼は、いくらガルゾフの『魂源』が分かりにくい能力であろうとすぐに推察はできる。
だから、ガルゾフの『魂源』をほぼ正確に当てられた。
敵の能力の詳細が分かるのなら、次はその対抗策を考えればいい。
使徒の『魂源』であればそれができるはずだが、
「無理だな」
諦めの言葉だ。
これはガルゾフにもしっかりと耳に入る。
『不屈』そのもののような使徒の、らしくない発言に怪訝な顔をするガルゾフ。
だが、その怪訝もすぐに驚愕に変わることとなった。
「そういう器用なことは、私には到底できない」
使徒は変わらずに踏み込む。
彼我の距離を埋めるために、無策に同じくその怪力のままに走り出したのだ。
だが、それにガルゾフはすぐに反応する。
ガルゾフはその力で踏みしめるはずの地面を脆い性質へと変化させて……………
「………………!」
それを踏み外された。
「なに!?」
「いいぞ!やはりだ!」
使徒は喜色を浮かべながら走り続ける。
ガルゾフの力に強さに敬意と感嘆を感じていた。
戦えば戦うほどに、ガルゾフの力の奥深さや、それを使いこなす技術が分かる。
もとより、本来の力を発揮した彼と戦ってみたかったのだ。
これまでの小競り合いをした腑抜けた彼ではなく、全力の彼を楽しみにしていた。
戦ってみれば予想以上。
これまでとは想像もつかない、究極の域にある達人だ。
「能力を局所で使っているな?」
「……………!」
「私が足を置く位置を予測して、そこだけを脆くしている。なるほど素晴らしい技術だ。自身の能力に対して深い理解と、長い研鑽が必要だ!」
確かにその通りだ。
ガルゾフは丁度足が来る場所へピンポイントで影響をもたらしていた。
できる限り『魂の力』を節約しなければならないという穴を突かれたのである。
しかし、使徒がそれを実現するとは思わなかった。
完全に踏む速さと力が込められていたはずだ。
それを直前になって無理矢理変えた?
「本当に力押ししかできぬのか………!」
呆れるほどの力押しだ。
使徒もこれだけで三百年以上も戦いで勝ち抜いてきたのだから、それも生半可ではない。
ガルゾフもそれを尚の事理解した。
もったいないが、仕方がない。
使徒の前方全域に同様の効果を発動させる。
これで逃げ場はない。
「ぬうぅぅん!」
「……………!」
使徒が飛んだ。
効果範囲内に入る少し前に、使徒は思い切り踏み切ったのだ。
一直線に、弾丸のように飛んできた。
とてつもない速さ、重さ。
受けきれるわけが無い。
空気にいくつもの壁を創り出す。
だが、それは足止めだ。
かするだけでも致命になる使徒の攻撃を完全に躱すための一手。
とはいえ、咄嗟に張り付けただけではあるが、叩きつけた方を砕くほどの強度はあるはず。
鋼鉄の塊に体当たりするのと変わらない。
しかも、それが複数ある。
これで止められないのは化け物がすぎる。
だが、使徒と壁が接触するごとに紙のように破れていった。
拮抗すら生まず、簡単に破れていく。
本当にかすれば死ぬ威力。
ガルゾフが確実に躱せる速度だ。
余裕をもって躱せた。
空気に硬さを『付与』しながら、万が一使徒の攻撃をよけきれなかった時のための予防線を張りながら。
すると真横から凄まじい風が吹き、次いで轟音が響いた。
「クッ!なんとデタラメな………!」
その威力は想定よりも強過ぎた。
使徒は残った壁を蹴って加速したのである。
しかし、それにしても速すぎる。
どこからそんな力が沸き上がるのか?
音よりも速くガルゾフまで飛び込んできたのだ。
予防がなければダメージを受けてしまったことだろう。
そして、着地の瞬間にまたもや地面を強く踏みしめ、二撃目に入ってすぐそこまで来ていた使徒には感心すら湧いてくる。
あれだけの速度で着地したのに、使徒はすぐにまた突撃できたのだ。
そして、今度は避けきれない。
あまりにも使徒は速すぎたし、強すぎた。
「いたし方あるまい………!」
「無駄だ!」
使徒の声は叫んだ。
何をしても無駄だと分かっている。
どうしてもガルゾフにはこの突進は止められない。
使徒の怪力の源を考えれば当然の結果だ。
それを知らなくとも、使徒を止められないことなど簡単に分かるだろう。
だから、どのようにして防ぐのかを待っていた。
そして、
(素晴らしい…………!)
ガルゾフは動かない。
彫刻のように止まり、使徒の攻撃を避けようとしない、いや、できない。
避ければ真後ろの四人に当たってしまう。
彼の創った壁がどれだけ硬かろうと、使徒を受け止めきれる確証などない。
だから受けるしかない。
受けるしかないために、ガルゾフから感じるその『魂の力』の高まりは、これまでで一番だ。
おそらく切り札を切ってくるはず。
(なんだろうが関係ない。全部吹き飛ばしてやろう………!)
自分ならできる。
自分ならやれる。
昔とは違うのだ。
その自負は使徒により多くの力を引き出させる。
力比べなら負けるわけがない。
さて、どうやって…………?
「………………!」
「落ちろ、暴れ牛」
使徒の動きが、次第に鈍る。
そして、