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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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62、愚か者の揃い踏み


 小さな小さな傷。

 ひっかき傷ほどの大きさでしかないが、確実に使徒打倒に対して第一歩となる重要なカギであることは間違いないだろう。

 これをもし、盾でもない部分に当てられれば………


 当てられれば…………


 

 「ガハッ!ゴホッゴホッ!!」



 勇者の口から大量の血が吐き出された。

 何とか耐えていたのだが、付く事の無かった膝を土で汚してしまう。

 限界の体にムチを打ち、限界を超えても無視して動かし続けた代償だ。


 気がつけば口から以外にも、鼻や目からも同じように血が流れているのが分かる。

 本格的に寒さが勝ってきており、完全にこれ以上はマズイと自分の中のすべてが叫んでいた。

 

 死ぬ…………


 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ………!



 死がそこまで来ている、なんてものじゃない。

 もう来ている。

 

 死に体だ。

 体はもうほとんど死んでいた。

 死までもう秒読みに入っている。


 なんとか頭を上げて、さらに霞む目で使徒を見た。

 

 勇者はまだ終わっていない。

 死んでも勝つという気迫が彼を生物の限界を超えるように操っている。


 まだまだ、終わりではないのだ。

 使徒の攻撃を避けて、また逃げなくてはならない。

 ここまですれば攻撃が通るということが分かっただけでも大きな収穫だった。

 今は逃げて、何らかの手段で回復したらまたチャンスを狙って奇襲で仕留める。

 そういう道筋が見えていた。

 実行のためのチャンスを探し、どうにかして使徒を殺そうとしているのだ。

 

 最早痛みすら鈍く感じる。

 まともではない体で、まともではない思考を至上として動こうとしている。

 勇者は寒さで支配された体を引きずりながら、なおも使徒を倒すための方法を考え続けていた。



 「たいした、ものだ…………」

 


 ため息混じりに使徒は勇者への称賛の言葉をかけた。

 使徒は息を乱しながらも、その言葉だけは言い切る。

 どこか呆れているような言い方だが、そこには隠しようのない敬意があった。


 目の前の死体は、この状況でもまだ目が死んでいないのだ。

 ここまで追い込まれて、力なんてとっくに使い果たして、それでもまだ勝とうとしている。

 とんでもない諦めの悪さだ。

 力の差に絶望していた、少し前の彼からは考えられない。


 だが、分かる。

 その進歩は心から理解できる。


 さっきの一瞬の激突が『勇者』を成長させた。

 その能力の扱いもそうだが、精神も確実に強固になったことだろう。

 まさに、狙い通りだ。

 こうなることを期待して戦っていた。

 使徒の仕事として、ここまで完璧にこなせたことも珍しい。

 満足そうに呟く。



 「素晴らしい。ここまで来ればもう十分だろう。最後のカギもアテがついている」



 言葉の意味は分からない。

 けれども、勝手に満足している使徒に対して怒りを覚える。

 その怒りを原動力に、もっと速く逃げなくては、と這って進み続ける。


 それに対して、使徒はゆっくりと歩み寄った。

 敵は、いや、『勇者』は完全な死に体。

 何をどうしても使徒に危害は加えられない、という余裕がある。

 最後のあの一撃だけはヒヤリとしたが、それでも盾に傷を付けただけだったのだ。

 警戒なく、ただ歩み寄る。



 「私の盾に傷を付けたのはお前が初めてだ。三百年以上、あの『大賢者』でも成し得なかった偉業だ。誇れ」



 歩みながら淡々と、『勇者』へ賛美を送った。

 掛け値なし、心からの贈り物だ。

 嫌味も皮肉もなしに、純粋にすごいと思ったのだ。


 しかし、その先があまりにも酷だった。



 「だが、この戦いは私の勝ちだ」



 さも残念そうに言う使徒の存在こそが、嫌味であり皮肉であるのだが、それを指摘できる者はいないだろう。

 悲しいことに、使徒の言うことがすべてなのだから。


 どれだけ頑張っても、勝てなくては意味がない。

 憐れなことに、そんな偉業を敗北という名の泥が汚してしまっている。

 だから惜しい。

 使徒は、ここまでしておいて負けるというのが惜しく感じている自分を感じた。

 それこそ勇者が悔しいと思う感情よりも強く思ったかもしれない。

 

 だが、それよりも大切なことがあるのだ。

 その感情は胸の底に沈める。

 一旦足を止めて、周囲を確認しだした。



 「さて、まだか?」



 『勇者』ではない別の何かを警戒していた。

 眉間にシワを寄せ、気を張っているのが明らかだった。

 今か今かと待ち受けている使徒は、



 「まだか、『大賢者』?」


 (…………?)



 おおよそ、関係があるとは思えない人物の名前が出た。

 疑問はあるが、『大賢者』はそういうことをするような人物じゃないだろう。

 弟子であろうと平気で殺しにかかろうとする鬼畜が、勇者の危機に駆け付けるようなことをするとは思えない。

 

 だが、使徒は確信している。

 あり得ない展開でしかない。

 突然隕石が降ってくるようなものだ。

 

 荒唐無稽でしかない話に、しかし、使徒は確信を揺がさない。

 確実に来ると思っている。

 


 「来るわけ、ない、だろう…………あの人が…………」


 「まだ喋れるのか?呆れた奴だ。死にかけているというのに、まだそんな………」


 「どうでも、いい………そんな、こと………」


 

 何を狙っている?


 不気味な使徒に対して、何がしたいのか?と暗に告げていた。

 完全に視界に留めてすらいなかった使徒は不愉快だったが、それよりも気になることがあったのだ。

 血の味しかしない口の中に不快感を覚えつつ、鋭く使徒を睨みつける。

 ほとんど見えていない目で、使徒の様子をできるだけ正確に捉えられるように注意しながら。



 「せっかく召喚した『勇者』をアレが放っておくわけがない。アレは人間の守護者だぞ?」


 「…………………」


 「お前は大切な駒。『大賢者』がむざむざ殺させるようなことはしない」



 確かにそうだが、これまでに『大賢者』が応えてくれたことなどない。

 使徒シンシアの時も、あれだけ追い込まれたというのに『大賢者』が助けるような様子は微塵もなかった。

 だというのに、使徒は『大賢者』の行動を確信している。


 しかも、監視の目などないだろう。

 察知できる範囲ではそんなものは感じないし、カンが良いエイルも、魔術に造詣が深いアレーナも居るのに、気づかなかった?

 それとも、それだけ『大賢者』が上手く隠した?

 いや、そもそも本当かも分からない。

 

 混乱する勇者に、使徒はいっそ優しくすら感じるほど穏やかに話しかける。



 「だが、お前が気にするようなことではない。心配するな。きっと助けてくれるさ」


 「………バカに、してんのか?」


 「違うとも。『勇者』であるお前はまだまだ死なない」


 「………俺を、殺すんじゃ、ないのか?」



 ここまでしておいて何を言っているのか?

 完全にこれまで殺す気だっただろうに、まるで殺す気はなかったかのような言い方。

 前の時も、今回も、どこかちぐはぐに感じる。

 『勇者』というものを完全に殺しにかかっていたというのに、『勇者』というものは天上教にとって完全に敵でしかないというのに、なんなんだろうか?


 いや、それだけではない。

 今回だけでなく、前回のリフセントでもそうだ。

 なぜ戦力を小出しにする?

 使徒が二人以上襲ってきたならば対処なんてできるわけがないのだ。

 使徒の数は全部で八もいるのだから、ここに二は位置するだけの余裕はあるはず。


 あまりにも不自然すぎる。

 そのおかしさから、どうしても疑問を抑えることができなかった。



 「お前、たちは………いったい、何がしたいんだ………?」


 「決まっているだろう?」



 勇者の疑問に対して、使徒は何をいまさら、といった様子だ。

 ただ純然たる事実を語る。

 ものが下に落ちることと同様の事実であるかのように、ただ当たり前のことを話すようだ。



 「世界を変えるのだ」



 高揚などあるはずもない。

 淡々と、何でもないように言った。


 その様子に少しだけ気圧された。

 これまで使徒によって、いや、天上教によって、どれだけの人間が殺されてきたか分からない。

 六百年以上を殺戮に費やした行為を、何らおかしなことと感じさせることなく語ったのだ。

 

 人の形をしているが、その歪さは何より分かりやすい。

 世界を変える、などというわけのわからない目的を盲信し、それでここまで突き進むことができた。

 これまでの犠牲など、すべて必要だったで切り捨てる。

 安らぎもなく、ただ悲願のためにと戦い続ける。

 

 異常だ。

 世界を変えようと、本気で思っている。

 使徒シンシアからはさほど感じなかった、天上教への強い情熱を感じた。

 情熱という皮を被った、狂気を垣間見た。

 

 

 「化け、物、め…………!」


 「それでいい。悲願のためなら、化け物でも怪物でも、何にでもなろう」



 その言葉は彼のこれまでを表していた。

 目的のための怪物と化した、恐ろしくも、どこか憐れな男。

 ソレにすべてを捧げた、ソレのためだけの騎士。


 これほど強い嫌悪を抱いたことはない。

 前の使徒の方がずっと人間らしかった。

 自分の目的と天上教の目的を分けており、二つを抱える姿がとても人らしかった。

 だから尊敬すら覚えることができたのだ。


 だが、コイツは…………… 


 使徒はもうそこまで迫っていた。

 冷たく見下され、使徒の甲冑に包まれた足がなめられるほど近くに置かれる。

 その大盾はいつでも勇者の首を断つことができるだろう。

 

 勇者は動けない。

 這いずりながらも逃げようと進んでいたが、それすらできなくなった。

 とどめを刺されずとも、数分で死ぬ。

 

 しかし、諦めない。

 ここまできたのだから諦めてたまるか、と強く意志を燃やして、抵抗しようとする。

 こんな使徒に殺されてたまるか、と生き抜こうとしていた。

 絶対にこの使徒を殺そうという決意の証。

 見る者に呪いを思わせる痛ましい不気味。


 だが、この使徒よりはよっぽどマシだ。

 

 

 「クゥ………!」



 使徒の足に噛み付く。

 最期のその時まで諦めない。

 泥と血の味が入り混じり、吐きそうになりながらも噛む力を緩めない。

 体中が痛くなくなってきて、新しく歯が痛いなんて感じないから、全力で噛む。

 ギリギリと音が鳴り、使徒の鎧には傷など付かない。

 逆に歯が削れていくのだが、やめるだけの理性すらもう残っていなかった。

 それを見て使徒は、



 「………………素晴らしい」



 誰に言い聞かせるためでもない、ただの呟き。

 ニヤリと笑い、『勇者』の、いや、敵の強さを確認した。



 「お前なら、きっと死なないだろうな…………」



 あり得ない言葉だ。

 ここまで来て、ここまで追い込んだ使徒が、敵の生存を予感している。

 馬鹿げているが、本気でそう思っていた。

 だからこそこのトドメは手を抜かない。


 盾を持ち上げた。

 振り下ろせば縁が首に当たるように調整する。

 少し力を込めれば、それだけで敵の頭と胴体は別れる。


 絶対にここからの逆転はない。

 しかし、それでも使徒は敵が生き残ることを確信していた。



 「さあ、見せろ。お前の力を…………!」



 使徒はその盾を大きく振り下ろし……………










 ガキンッ!



 剣によって阻まれた。

 これといって特徴のない、普通の剣。

 名剣でも魔剣でもない、ただの剣。


 その持ち主は…………



 「使徒ぉ…………!」



 怒りに顔を歪めた、愚かな老人だった。



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