60、不屈の概念
全話のラストちょっと変えました。
流石に詰めすぎた………
嫌な戦いだ。
終わりが見えず、先か見えず、それでも信じて戦うしかない。
いつか来るであろうその時を待つ。
きっと使徒を倒せる猛毒となるだろう。
しかし、かなり分の悪い賭けだ。
負傷によって多くの血が流れ、しかもこれ以上の増援も望めない。
他にも仲間たちだっているのだ。
使徒から引き離すことはできたが、信徒たちが牙を向かぬとも限らない。
だから早く終わってくれ、と願いながら攻撃を重ねる。
痛くない箇所などどこにもないほどに傷ついている。肺は吸っても吸っても酸素を要求し、目も少し霞んできた。
流れ出た血を戻す手段は無く、力も入らない。
今はただの意地だけで剣を握っている。
この勝負はその時が来るか、力尽きて死ぬかの二択だ。
前に戦った使徒、シンシアよりもずっとギリギリの戦いだ。
いつ来るかも分からないその時を待つしかないことに普通は絶望を覚えるだろう。
刃が首に押し付けられ、ジワジワとそれが皮を切り、肉を断とうとするのを待っているようなものだ。
苦しいだろう。
痛いだろう。
理不尽だろう。
だが、彼はソレには屈しない。
というよりも、屈する暇もない。
余計な思考は削ぎ落とし、最適だけを追い求めている。
一体何故そんなことをしているのか、という根本すら忘れてしまいそうなほど、使徒を倒すことだけを考えているのだ。
だから当たらない。
だから通じない。
「うおおおおお!!!」
使徒が雄叫びを上げながら攻撃する。
『聖剣』から放たれる光はすべてノーガードで突っ走るが、その光自体は無効化ができない。
光によって目がくらみながら、それでも敵へ向けて一直線へ走り抜ける。
だが、それも楽ではない。
目が効かないからと言って、敵が油断してくれないのだ。
使徒本人に攻撃が通用しない。
それはダメージを受けないということ。
影響自体は残ってしまう。
「クッ…………!」
地面を踏みぬこうとすれば力が予想外に抜けてしまい、体勢を崩す。
地面には小さな窪みができており、それに気づかずに踏んでしまったのだ。
できた隙を逃すようなことはせず、いくつもの光がまたもや襲い掛かり、さらに真下に大穴が出来上がった。
蟻地獄のように引き込まれ、生き埋めにしようと空が閉じていく。
上下が分からなくなるほどに視界が回り、呼吸も覚束ない。
それを埒外の力で脱出するまでが一連だ。
「クソ………!いい加減、沈んどけよ!」
ムカつく。
何をしても起き上がってくる使徒が鬱陶しい。
不屈とは言うが、ここまで来れば狂気でしかない。
「喝ああああああああ!」
「うるせえ………!」
愚直に使徒は追う。
一度見た獲物を逃す気はないとでもいうのか?
進み、折れない。
使徒はそれだけしかしていない。
だが、ここまで来て初めて分かったこともある。
(コイツ、勘がかなり鈍い)
エイルにライオス、使徒シンシアといった者たちはとにかく勘が鋭かった。
攻撃の前から即座に感知され、対処を事前に行われたのだ。
こういうのを天才の所業というのだろう。
勇者にはイマイチ理解できない感覚だ。
しかし、使徒はそれをしない。
始めは攻撃を受けても関係ないからかとも思ったが、搦手を出し始めてからもそれをやめようとしない。
いや、おそらく避けられない。
目潰しをしてからもかなり攻撃の頻度が落ちた。
速さとパワーと硬さをゴリ押して、正解の方向へ突っ込むことはあったが、それも二つに一つほど。
予感といった部分に関して、確実に使徒はこれまで戦った者たちに劣る。
だからこうして目を潰し、距離を取り、時間を稼げるように魔術を繰る。
「おおおお!!」
そうしていれば、自身の消耗は最小に、しかし使徒は長く時を取られるはずだ。
その時もその内やってくるし、おそらく使徒に勝てるはず。
「おおおおおお!!!」
使徒は自分で言っていたではないか。
力押ししかできない、と。
本当に彼には力押ししかなかったのだ。
硬さとパワー以外に目立った力などなく、工夫をできるだけの能力の奥行きがない。
だからこうして手玉にとれる。
「おおおおおお!!!!」
負けない。
そう思えるのだ。
だって、この使徒は愚直が過ぎるのだから。
何があろうと突き進み、押し通す。
人と呼ぶにはあまりにも機械的で、機械と呼ぶにはあまりにも意志に溢れ過ぎる。
だから力勝負では絶対に勝てないし、戦い方を変えるだけでここまで楽になる。
これを何とか言語化してみるなら一つ。
不器用
それしか出来ず、それを極めた男。
使徒の本質を今更叩きつけられた気分だ。
そうだろうな、とは思うこともあったが、これほど強く感じたことはない。
心、精神、そして魂。
その在り方を貫き通すことが『超越者』の根本にある強さだが、この使徒は本当にそれしかない。
使徒にはセンスも戦略も、変わった攻撃的な能力もない。
だからだろうか?
(このまま、同じことを続ければいい。それだけで勝てる。こっちもいつまで持つか分からないけど、そのままでいい………)
「おおおぉぉおああああ!!!!」
使徒は進み続ける。
『勇者』に勝つために。
大岩を幾つもの叩きつけられ、金属の触手で足を引っ張られ、生き埋めにもされた。
物理的な害が通じないならと、落ちた穴を水で満たされたり、水で呼吸器を塞がれたりもした。
だが、すべてが通じない。
先程までの斬撃や打撃とは違い、確実に使徒にも効果があるはずなのに効いていない。
大岩はすべてを砕かれた。
金属の触手は引きちぎられた。
生き埋めにすれば這い上がった。
水の牢獄は力ずくで脱出された。
呼吸器を塞ぐ水は吸い尽くされた。
翻弄してはいるのだ。
勇者の攻撃にはちゃんと効果があるし、使徒はそれに苦しんでいる訳でもあるから。
どちらかと言えば押している、有利であるのは勇者のはずだ。
しかし、
(押されてる………!?)
「喝あああああああああああああ!!!!」
強固が過ぎる。
不壊、不変、不死身、不屈。
そういう概念が骨の髄まで染み付いた怪物だ。
「『勇者』ああああぁぁぁああ!!」
鋼鉄の柱が使徒に突き刺さる。
その目、鼻、口に直接貫かんとしている。
光でまともに目が見えていないために、まともにその三ヶ所に突き刺さった。
脳天を貫き、延髄を垂らすはずだ。
(死ね…………)
懇願に近い。
早く、なんでもいいし、どうでもいいから早く死んでほしい。
これで死んでくれれば…………
この瞬間がその時であってくれれば………
果たして使徒はどうなった?
結果、無傷。
その進撃も止められない。
目と鼻はへし折る。
傷すら付かず、一瞬の拮抗すら生まれずに、だ。
口はどうかと思ったが、その歯で鉄柱を簡単に噛み潰した。
攻撃はとまらない。
光をつらたせる。
魔術と『魂源』の合わせ技として、咄嗟に組み上げた力だ。
使徒がへし折った鉄柱の中から閃光が迸り、使徒の目前で多大なエネルギーが炸裂した。
「クッ!」
目がやられた。
視界が白で染まり、何も見えない。
だが、問題もない。
「居るな、そこに………!」
敵はどこに居るか?
使徒にはかなり難しい。
勘や本能といったものが決定的に欠けている使徒にとって、目が見えない状況ではほぼ解答不可の問題だ。
だが、それを埋められるのが経験だ。
「…………!」
「やはり、居た!」
使徒はそこに居るという確信があった。
いきなりのことに勇者も一瞬対応が遅れるが、
「グッ………!」
逃げ切れる。
ギリギリではあったが、『聖剣』の爆発が間に合った。
傷がまるでヤスリで削られるように痛む。
骨と肉が無理矢理別の方向へ引きちぎられるかのような感覚に襲われ、ゴロゴロと地に落ちた。
使徒から目を離してはいけないと分かっている勇者はすぐに使徒に向けて視線を飛ばすが、戦慄した。
使徒はまだ見えぬ目を、敵へ向ける。
そしてその方向は寸分違わず勇者を捉えていたのだ。
「もう逃さん………!」
何百年も戦った使徒の経験。
相手の呼吸を捉え、敵が何をしたいかを考える。
長い間翻弄されたが、勇者の思考を捕まえた。
思考の癖を見つけ、規則性を浮かび上がらせることにようやく成功したのだ。
「化け物め………!」
使徒が迫る。
鉄の壁を三重に発生させ、さらに物理的な干渉を受け難いぶ厚い水の壁を創る。
距離を取り、逃げる隙を作らなければならないのだ。
「おおおおお!!」
押し通す。
一歩で壁を二枚、二歩目で鉄の壁をすべて打ち砕き、そして三歩目で水の壁を打ち払った。
すぐに逃げる。
横へ、上へ、後ろへ逃げる。
絶え間なく攻撃は続けて、どこへいるのかを分からせないように撹乱しながらだ。
速く、速く…………
このままでは殺される…………!
「まだだ!まだ足りないぞ!」
使徒は勇者を追う。
これまではまともに追えていなかった。
しかし、今は正確に追っている。
「なら、これは………!?」
土を重ねる。
まっすぐに追ってくる使徒の通路にいくつもの土を重ねる。
魔力を総動員させ、使徒の身の丈ほどの山を創り上げたのだ。
この程度で止められるわけはないが、まだ終わらない。
重ねる、重ねる、重ねる。
重ねる続けて、小さな山が出来た。
「ハア………ハア…………」
鼻血が垂れるが、手で強引に拭う。
魔力をほぼすべて使ったために、かなり気分も悪くなる。
吐きそうだが、このままではダメだ。
また逃げなければならない。
一度リセットさせただけで、まだ終わらない。
挑発しつつ、距離を取り、逃げなければ………
このまま押し潰されてくれればどれだけ楽だったろうか?
流石に限界が近い。
このまま蹲って休んでしまいたいという欲を抑え、また走りだそうとして……………
『まだ、だ…………』
「………………!!」
振り返る。
依然として山はそこにあり、使徒はまだ下敷きになっていることだろう。
だが、確実に聞こえた。
使徒のまだだ、という声が聞こえた。
そしてすぐに察した。
予感ではなく、これは……………
「ぬうわああああ!!!」
山が、吹き飛んだ。
強度こそなかったとはいえ、重さは測りきれないはずなのだ。
勇者の莫大な魔力のほぼすべてを費やして創り出した山。
小さくはあったが、それは自然という基準での話。
重さでいえば、十トンや百トンでは足りない。
「嘘だろ………?」
使徒はこちらを捉えている。
殺気が確実にこちらへ向いている。
呆然としている暇などない。
次の対処を、次の一手を、次の…………
「おおおおお!!」
使徒が一歩を踏み出した。
だが、大丈夫のはずだ。
速くはあるが、対処はできる。
速さで負けていたのならもうとっくに殺されていたのだから、避けられる。
また『聖剣』で目くらましをして逃げる。
魔術がもう使えないのは痛いが、でき
「……………!」
(え、速…………)
目前には使徒の大盾が迫っていた。