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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
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58、使徒による『勇者』像

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 三人は倒れ伏している。

 全員が全員虫の息で、死んでいないがそれもいつまで保つものでもない。

 



 「ハア………ハア………」


 「もう剣も覚束ないだろう。お前は、お前たちはよくやったよ」


 「ハア………クソ………!」



 苦しい。

 視界がブレて見える。

 心臓と肺が活動しすぎて破裂しそうだ。

 運動で流した熱い汗と、死の予感から来る冷たい汗がごっちゃになって気持ちが悪い。


 これまで重ねた疲労が、使徒の言葉が、もうダメかもしれないという諦めが、身体の自由を奪う。

 あらゆる物が鉛のように重いのだ。


 剣を杖代わりにしてようやく立てている。

 血の気の引いた青い顔で、肩で息をしながら使徒の言葉を黙って聞いていた。

 そうすることしかできない故に…………



 「長い戦いの末だ。この時のために数え切れない敵を屠ってきた。全ては悲願のために、な」


 「…………………」


 「まったく………三百と三十七年待った。これだけ待って、あと一つだ。しかしそれも時間の問題。お前を追い込むのもその一環だよ」



 かつてない危機。

 使徒にはほとんど消耗が見られない。

 このままでは確実に殺される。


 だが、使徒は動かない。

 憐れみと哀愁と無機質と、僅かな称賛を滲ませながら、使徒はただ最後に残った彼を見ていた。

 使徒は盾を脇に置き、静かに勇者を見つめながら語りかける。



 「あの老人が居たのなら別だったろう。彼の能力は、私のように力押ししか出来ぬ者では勝てない。これまでの戦いでそうなると思っていたから奥の手を隠していたが、無駄になった」



 目を瞑り、首を軽く振りながらとんでもないことを言う。

 

 その言葉に勇者は愕然だ。

 これまで何度も何度も追い込まれた使徒の手の内はまだ明かされていない。 

 頭が痛かった。

 そのまま頭を抱えてしまいたくなるほど、その言葉の破壊力は凄まじい。


 唇がわななき、剣を握りしめる。

 何とか動揺を表に出さないように必死になって、使徒の言葉を反芻する。


 奥の手を、隠している。

 なんと残酷な言葉であろうか?

 これまでの戦いで見せたものの、まだ先があると言うのだ。


 いくらなんでも強すぎる。

 歴戦であるとか、使徒であるとか、そういう次元の話ではない。


 「冗談だろ…………?」


 つい、ポロリと言葉が漏れる。

 元より苦痛で歪んでいた顔がさらに歪むのを感じた。

 苦痛と言葉の中で、四人の戦いを思い出す。


 本当に長く保たなかった。

 ライオスという穴は大きく、エイルとその『分身』では使徒を止めることができなかった。

 いや、この使徒の戦闘がエイルの『分身』に適応したのだ。

 どのタイミングで、どこに攻撃が来るかを予測され、あっという間に『分身』が壊される。

 エイル本体も、その隙に使徒の突撃に轢かれた。


 それに続いて残る三人も轢かれる。

 エイルを治そうと前に出過ぎたリベールを庇って、二人が全力の魔術と光線で使徒を押し返そうとしたのだが、少しの拮抗の後に…………

 何とか死なないようにアレーナとリベールを守りつつ、ギリギリ直撃は避けたが、結果はコレだ。


 使徒は余裕でその二本の足で立っている。

 痩我慢をしているわけでもなんでもなく、これまでの攻撃のすべてを無効化した。

 せいぜいリベールが来てから、その肌を少し焼いた程度か。


 それに比べて、四人は全員瀕死だ。

 勇者は立っているのがやっとのほどに傷付き、か弱いアレーナとリベールは致命傷を負ったまま気絶。

 エイルはどうなっているか確認できないが、立っていられないほどの傷を負ったのは間違いない。

 このまま放っておいても、一時間しない内に全員が死ぬだろう。

 

 まさしく、絶対絶命だ。


 だというのに、その状況に追い込んだ使徒からは、どこか喜色を感じた。

 その喜色に気味悪さを感じながら、使徒のことを睨む。

 そうしないと折れそうだったのだ。

 敵対の意志を強く持たないと、この使徒のことを諦めてしまいそうだった。


 それすら見越して、使徒は微笑む。

 ほんの僅かに微笑みながら、痛めつけた四人をただ見るだけだった。



 「皆が皆、私など簡単に越えられる素晴らしい才能を持っていた。これがあと五年、いや、三年後なら分からなかったよ」



 本心からの称賛だ。

 敵でなければ拍手をして讃えたことだろう。

 無骨な籠手に阻まれて見えないが、その手はそれをする寸前の形だ。


 これには勇者も苦笑いするしかない。

 遠すぎる距離を感じ取り、ついぞ落とさなかった頭を落とした。

 そして小さく、小さく言う。



 「よく言うよ………」


 

 皮肉でしかない。

 ここまで圧倒されて、三年後なら?

 冗談にしても相当キツイ。

 

 小さく呟きだったが、使徒ははっきりと捉えていた。

 正確に捉えて、使徒は真面目腐った顔でまっすぐに勇者のことを見た。

 そのボロボロの姿を前にしてもなお、彼の予測は達成していただろうと確信する。

 確かな自信と共に使徒は断言した。



 「いいや、出来たよ。お前ならきっと、そうなるように導けた」


 「………………?」



 嘘は言っていない。

 そう確信させるには充分な空気だった。


 嘘を言っているにしては、真面目過ぎる雰囲気だ。

 嘘臭いとは微塵も思えない。



 「お前なら、仲間たちを強くできた。『勇者』はそのための印なのだ。お前という希望があるから、人類は触発されてより強くなる」


 「はあ………?」


 「だから、負けと決めつけるには早いぞ?」



 …………意味がよく分からない。

 そうなるように導く、とはどういうことか?

 使徒の言葉は、知らないナニカを前提にしている。

 

 今は何を言っているか分からない……………


 最早戦闘の気配など微塵もない。

 使徒はただ、事実を語るのみだ。



 「私はな、私よりもずっと素養がある者を腐るほど見てきた。その上で言うが、やはり『勇者』というのは異常だ」


 「? どういう、ことだ………?」



 彼の言葉には感情がほとんど籠もっていなかった。

 ただひたすらに無機質で、だというのに、そこにある重みは想像しきれないほど重い。

 何がそこまでさせるのか分からない、悲しみさえ感じさせる雰囲気だ。

 そのまま使徒は言葉を続ける。

 いつでも殺せるだろうに、敢えて会話を続ける。



 「『勇者』は異界より呼び出される。確か、ニホンという平和で争いの無い国から…………」


 「…………………」


 「なら、何故そこまで戦える?戦士として()()()()には、才能と幼少からの教育が不可欠だ」


 「それは、『勇者』には軌跡が…………」


 「才能と経験は違う。()()()何十年分の、それも戦士の育成期間を過ぎた者の戦闘経験で、本当にそこまでになったと思っているのか?」



 どこか不機嫌そうに言った。使徒は拳を握りしめ、眉間に僅かなシワを寄せている。

 ここまで感情を見せたのは初めてかもしれない。

 それを見て、驚きと疑問を同時に感じる。

 傷こそ治ってはいないが、少し落ち着いてきた。


 使徒は言っているのだ。

 素人の凡人が数十年積み重ねたモノ程度でそれほど強くなるわけがない、と。

 

 それが驚くほど鮮明に聞こえた。

 使徒が静かに怒っているのを感じる。

 


 「何か他に、そうなった要因があるのだ。お前が気づいていないナニカがな」


 「ナニカって何だ?俺は…………」


 「それに、知っているか?最近、冒険者のAランク入りが多くなっている。私達が数を減らすから分かりにくいが、ここ最近の昇格はかなり伸びてる」


 「本当に、なんの話だ?」


 「おかしい、という話さ。ここ最近、人類に強者が生まれやすくなっている。おかげでこっちは毎日対策で忙しい」


 「お前ならそんなの有象無象も同じだろ?」


 「確かにな、だが、そこから『超越者』が生まれるかもしれない。現にお前を除いて二人生まれた。この直近に二人もだ」



 今度は違う顔を見せる。

 どこか自身の言った事実に対して感心している、のだろうか?

 使徒はその事実がどれほど凄まじいことかを表現するように腕を広げた。

 その時の使徒の感情は、分からない。

 喜んでいるようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。



 「明らかな異常事態だよ。そして、その異常はお前にも訪れている」



 だが、その複雑なものもすぐに消える

 今の使徒にあるものは一つのみとなった。

 これまで何度もソレによって敗北間近に追い込まれた、使徒の武器。

 不屈の意志。


 分かる、理解できる、感覚を押し付けられる。

 この使徒は訴えかけているのだ。

 立ち上がれ、と。

 

 その目には期待の色が映っていた。

 この期待に応えろと、強く願っていた。



 「だから、もう一度だ」



 自分の想いは伝わっただろう?

 そう言っていた。

 使徒が立ち上がったのが理解させられる。

 さっきから足で立ってはいたが、そうではない。明らかに彼は今、立ち上がった。

 その精神が、魂が…………



 「人類は進化している。今、この瞬間にだ。だから、お前もたち上がれる。立ち上がって、強くなれる…………!」



 使徒は盾を持ち上げ、勇者に向かってくる。

 先程までとは違い、今の彼は闘志に満ちていた。

 心なしか、目がランランとしているような気さえする。


 使徒は楽しんでいたのだ。

 これから、このボロボロの『勇者』がどう立ち回り、どう成長し、どう()()()()()かを………

 弟子など取ったこともない使徒であったが、彼が抱くこの感情はもしかしたら………


 

 「お前の目はまだ死んでいない。それなら崖に叩きこむのが私のやり方だ!さあ、『勇者』!折れろ、諦めろ、絶望しろ!」



 諦めなければ道は通じる


 だが、その道から外れ、諦めてからまた這い戻ることこそ最も強い。

 使徒は世界中の誰よりも不器用である自信があった。

 だから、『勇者』の()()()として、こういうやり方しかできないのだ。 



 「希望たれ!お前は、『勇者』は、人々の希望であらねならんのだ!」



 苦々しく思いながらも、使徒の言葉が正しいことを理解していた。

 このまま終わるのは悔しい………

 絶望なんか忘れて、如何にして一泡吹かせるかを考え始める。


 

 それで使徒との実力差が埋まるわけではないが、やるしかない。


 一方的な第三ラウンドが開始する。




 「お前の成長こそが、我らの悲願の一歩だ!」



 「クソが…………!」




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