54、形勢…………
二人の役割はハッキリしていた。
リベールは三人の『魂源』を強化。
一のエネルギーを五にも十にもできる『強化』の力。
これによって、使徒の防御を僅かなりとも削ることができるようになる。
これまで使徒を突破するための兆しすらみせなかったために、初めて希望が見えた。
アレーナも重要な役割を持つ。
魔術によって使徒の動きを妨害していた。
本来なら『魔法』を用いれば感知できる地面の変化を、使徒は身の周りに集中させているために察知できないのだ。
だから、足を下ろす場所に窪みを創るだけで隙ができる。
使徒の攻撃にも、防御にも余計なことに対応しなければならない分、どうしても動きが鈍った。
なぜ『魔法』を広げないか、使徒本人以外は分からないのだが、それは後回しに考える。
今はどうやって倒すかだ。
さっきまでと転じて、今の彼らは猛攻している。
リベールによって攻撃が通じやすくなり、アレーナによって攻撃が当たりやすくなっていた。
何か別の手を出す前に、使徒を仕留めなければならない。
「ガアアアア!」
ライオスの『噛砕』が使徒の鎧にヒビをいれる。
リベールの『強化』を入れて、ようやくヒビという使徒のデタラメさだ。
三人はもう今更なので驚きはない。
だが、この使徒は初見の彼女ら、特に『魂源』の応用で『魂の力』を見ることができるリベールは驚愕していた。
そのあまりにも純真な『魂の力』こそ、使徒の強さの源だと一目で分かる。
リベールは能力によってより深く『魂の力』を感じ取れる。
これまで何人も『超越者』に出会ってきたが、それでもこの使徒ほどに質の良い『魂の力』は初めて見た。
量はそれほどでもないが、その磨き抜かれた、としか表現できない力に美しさすら感じた。
だからこそ、コレが敵と思うとゾッとする。
こんなのが暴れれば、戦っていた三人が押されっぱなしだったのも納得してしまった。
おぞましさではなく、美しさでこんなことを思わせてしまう使徒に、誰よりも大きな畏敬と恐怖を抱く。
(早く、早く殺さないと………!)
長く見れば、情が出てしまう。
この宝石を壊したくないと思ってしまう。
力を三人に注ぎ、使徒の破壊を願う。
それに応じてか、勇者は『聖剣』の光を溢れされた。
この光の本質を知る者からすれば、辺り一帯を消し飛ばすつもりか、と思うほどの莫大な光だ。
その光はすべて一人を倒すために使われる。
「ああああああああ!!」
その光はさらに凝縮され、人ひとり分の大きさにまで小さくなり、使徒を襲う。
使徒はその盾を全霊で叩きつけ、光に対抗した。
無謀にも思える抵抗だが、使徒はそれに抵抗できている。
「喝あああ!!」
「ああああああああ!」
使徒と勇者の全力の勝負。
一歩も引かず、負けることはない。
だが、それは大きな隙だ。
「死ねぇぇ!」「倒れろぉ!!」
ライオス、エイルはその隙を見逃さない。
なりふりかまっていられない二人は、隙だらけの使徒に攻撃を叩き込む。
強化された『魂の力』をふんだんに使った、使徒でもただでは済まないだろう攻撃だ。
使徒は避けられずに直撃を受けて、
「はああああ!!」
しかし、倒れない。
使徒は光を盾で受け流し、二人を襲う。
機敏ではなく、使徒の強さが込められた重い攻撃だ。
二人は堪らず後退し、エイルの見えない『分身』をぶつけることで時間を稼ぐ。
そしてエイルは違和感を感じていた。
その鋭いカンは、彼に恐ろしい予感を抱かせる。
(コイツ、さっきより硬く………?)
何よりも、その意志の硬い使徒。
その彼が逆境に陥ったらどうなるのか?
よりその意志を強め、さらに強くなることが簡単に想像できてしまう。
『超越者』は心が大切、と言ったのはライオスだったが、その果てがこの使徒だ。
その過剰が過ぎるほどの精神は、魂は、大きく『魂源』の強さに関わっている。
平時でアレだった。
なら、危機にさらされれば一体どれほどのものになるのか………
光で塗りつぶされる。
映す瞳が焼ききれるほどの光量を前に、使徒は変わらずにその盾で、鎧で、肉体で、意志で迎え撃つ。
「おおおおおお!!」
使徒の動きはより速く、より重くなっていく。
敵の強化にあわせるように、時とともに次第に強く。
負けられない
そう思うのは勇者たちだけではない。
使徒は己のすべてをかけてここに居るのだ。
過去の誇りも、今の想いも、未来の命も、すべてをここで使い果たすつもりで戦っている。
それは彼にとって、彼を動かす最高の燃料だ。
彼は本気で勝ちに来ている。
五対一だろうが、十対一だろうが、百対一だろうが、負ける気なんてサラサラない。
その意志は彼の体を限界の果てまで動かし、強くさせ続けていた。
先程は膝を屈した光。
しかし今は、
「うおおおおおお!!!」
光が弾かれる。
負けてしまった光に、今度は完璧に勝ってみせた。
それに誰しもが驚きを隠せない。
この時、全員が確信した。
強くなっている
思考がそれで埋まる。
底が見えない絶望に、考えが止まってしまった。
届きそうだった壁の頂点が、さらに上に移動したのだ。
最早、何も考えられない。
戦場では、それは致命だ。
「カハッ!」
血が飛び散った。
人体から出てはいけない、嫌な音が皆の耳に響く。
グシャ、とボキッ、が混ざった耳障りで嫌な音だ。
使徒の盾の一撃が、勇者を完全に捉えたのだ。
咄嗟に腕を前に出していたが、その腕はひしゃげ、ふんばろうとした脚の骨は二つに折れる。
肋骨も折れ、一部は内臓に刺さってしまう。
血を流しながら飛んでいき、まともに受け身も取れず、地面に叩きつけられた。
「勇者様!」
リベールは勇者に駆け寄る。
駆け寄り、すぐに治すしかない。
そうしなければ穴が埋められないし、均衡が崩れてしまう。
しかし、この時間は穴が生まれることに変わりない。
その時間およそ、十数秒…………
これは使徒にとってチャンスでしかない。
始めに動いたのはアレーナだ。
いくつもの魔術を重ね、使徒の動きを阻害するために全力を傾ける。
炎の槍、水の檻、風の鎚、雷の刃、土の棺、鉄の触手………
種類も数も、数えるのが馬鹿らしくなるほど多い。
何もなければ何も残らない、とてつもない威力だ。
しかし、それで止められるかは別だ。
炎も風も雷も届かず、水も土も鉄も踏み倒された。
それも一瞬で。
アレーナは焦りながらも判断は冷静だ。
杖にとびきりの力を込め、足止めにとっておきの魔術を発動した。
「『空絶の壁』!」
アレーナの魔術。
空間を仕切る、時空魔術だ。
硬いなどという話ではなく、空間が仕切られている。
コレを破るとなれば、魔術の仕組みを解いて解除するか、特殊な能力で空間そのものに干渉するか、
「無駄だあぁぁ!!」
埒外の力で無理矢理ブチ破るか、だろうか?
(そ、そんな…………!)
恐るべき力の体当たりで、壁が破られる。
その盾は込められたそこにあるエネルギーを弾き、踏み潰したのだ。
確かに魔術は『魂源』に劣る。
しかし、断絶された空間を踏み抜いた。
押し付ければグレードが下の魔術が消えるが、固まった空間自体はそこにあるのだ。
一度止まり、解除されるのを待ってからならまだ分かる。
しかし、使徒は一度も止まらずにそのまま走り抜けたのだ。
これでは使徒を止められない、という事である。
それを見て、突き抜ける使徒に前衛職二人が対応した。
ライオス、エイル、その『分身』二人による妨害だ。
四人がかりの妨害に使徒は、
「喝ああああ!!」
押し通す。
あまりの圧に、一瞬も気が抜けない。
歯が砕けそうなほどに噛み締めて、それでようやく勢いがおさまった。
だが、使徒はその程度で諦めはしない。
一歩、また一歩と進む。
二人の力が弱いと言うわけではない。
むしろ、二人は怪力だ。
人族というよりも、『超越者』としても力は強い部類に入るだろう。
そもそも素の力が強く、強化をしなくても岩程度なら素手で砕けるほどだ。
その二人が『魂の力』で身体能力を高めれば想像を絶する。
しかし、その二人の体が悲鳴をあげた。
腕はプチプチという音が鳴り、脚はギリギリと軋む。
にも関わらず、使徒の進もうとする力は止まろうとはしない。
これは、
「人間じゃ、ねぇ………!」
零れる言葉を止められない。
見た目は人族だが、出せる力はその限界を何十度も超えていることだろう。
『魂の力』の強化だけでは説明がつかない。
思っていたよりも、ずっと恐ろしいモノだ。
使徒はさらに力を込める。
『聖剣』と同じように、まさか無限に力を取り出すことができるのだろうか?
明らかに個人の力を超越している。
こんな理不尽、あり得るわけがないのだ。
そんなのを相手に、ずっと戦えるわけがない。
「リベール………!早く、治せえぇぇ!!もう………」
「嬢ちゃん!早くしろぉ!!」
言葉すら力に還元する。
そうやって振り絞らないと止められそうにない。
最早悲鳴に近い。
人外のパワーを発揮するこの男を前に、そう長くは保たない。
恐怖を感じる暇すらないほど、使徒は強かった。
「そこを、そこをどけえぇぇ!!」
受けた盾を振り払う。
突如加えられた横の力に、対応することができなかった。
地に叩きつけられ、使徒の行く手ができてしまう。
ここで一人を潰せれば戦況は大きく使徒に傾き、そのままの勢いで全員を倒せる。
一人を殺せばそのまま押し勝って、全員を殺せる自身があるのだ。
しかも、使徒にとって『勇者』は脅威足り得る存在。
ここで潰しておけるなら潰すしかない。
血走った目で傷付いた目標に対してさらに一歩を踏込もうとすると……………
「間に合った…………!」
光で埋め尽くされる。
突然の光に怯み、力が抜けた。
これまで進んだ道のりが押し戻され、ようやく振り出しに戻すことができた。
そして、全員が悟る。
一瞬でも気を抜けばこうなる、と。
五人で、誰かが欠けてしまえば、そこからこの戦いは瓦解してしまうのだ。
両脇は針の山での綱渡り。
一歩間違うだけで命取りになるだろう。
息が詰まる。
この使徒は、人ではないのだ。
明らかに人の力を超越していた。
そんな化け物を相手にしているのだと、あまりに苦しい事実を思い知らされる。
使徒に最大の警戒をしていると、使徒が突如として別の場所に視線を向けた。
それは隙でしかないのだが、踏み込めない。
全員が感じ取った嫌な予感が攻撃の手を止めてしまう。
そして、使徒は語りかけた。
「覚えているか?これは、戦争だということを」
目が離せない。
止まらない戦闘の中で突如として生まれた空白に、胸のざわめきを止めることができないのだ。
使徒はさらに語る。
なるべく、絶望が大きくなるように………
「私だけに、ここまで戦力を注ぎ込んで良いのか?」
良いに決まってる。
そう言い切れるのに、なぜ突然そんなことを?
嫌な予感がする………
嫌な予感がする…………
嫌な予感が、
「ほら、来たぞ。追加戦力だ」
使徒が視線を向けた先は、青い空。
上空にその注意が向けられ、
ビキリッと大きなヒビができた。
そこから産まれ落ちるように、巨体が姿を現す。
確実に脅威と呼べる、さらなる試練だ。
「追加戦力、龍が三体。さあ、お前たち以外はどうやって対処するのかな?」