53、形勢逆転
正面には牙を向く『獣王』、そして背後には若い『超越者』二人が剣で首をはねようとしていた。
咄嗟のことに、使徒の動きが一瞬鈍る。
しかし、それは使徒の失敗だ。
どちらでもいいから専念すればよかったのだ。
その鈍りは、勝てるはずだった『獣王』との衝突を拮抗にまで抑えられてしまうこととなった。
さらに受け止められたことで二人の攻撃が首へ直撃する。
そこから生まれた怯みは、『獣王』が使徒を押し飛ばすには十分な隙だ。
この戦いで初めて、ライオスは使徒に競り勝つこととなった。
「硬ってええ!!」
「手が痺れる…………」
突如割って入った二人は使徒の硬さに驚愕していた。
二人は見たのだ。
剣が首に入ったのに薄皮一枚切れていなかったという光景を。
あまりの人間離れした硬さに、すぐに二人は使徒のデタラメさを確認した。
だが、待っていることはない。
二人は自分の『魂源』を開放した。
辺りを眩い光が支配する。
使徒はそれのことを聞かされていたために、すぐに理解できた。
あらゆるものを無に帰す『聖剣』だ。
使徒は盾を構える。
『教主』から聞いてはいた。
あの『聖剣』の力は分かっているし、自身の力が破られるとは思わないが、それでも危険であることには変わらない。
使徒からしてみればエイルの『魂源』は分からないが、最優先は『勇者』だ。
『勇者』に最大限の注意を払っていると、
ガツンッ!と衝撃が走った。
ノーダメージだ。
痛手にはまったくならないが、異常事態。
それは頭に、それも背後から来た。
気配すら掴ませなかった、隠密による一撃。
後ろを振り向き、隠れていたであろう伏兵を確認しようとする。
しかし、そこには何も映らない。
(……………?)
これで完全に警戒が消える。
「よそ見厳禁」
使徒はハッとする。
思わず気が緩んでしまった。
後悔しても、もう遅い。
次の瞬間には、使徒の全身は光に飲まれたのである。
「殺ったか!?」
「バカ!そういうの言って殺れてるわけないだろ!」
「あ?なんだそれ?」
そういうお約束である。
エイルからしてみれば訳のわからない話なのだが、そういうセリフは敵の無事を約束しているのだ。
『聖剣』はあらゆるものを分解するために土埃すら立たない。
光が収まるころに使徒がいる場所を確認すると、
「………………いない?」
「全部消えたか?」
何も残らない。
地面の抉れを残すばかりで、使徒は跡形も………
「バカ共、来たぞ!」
「「…………!」」
ライオスの号令と共に、吹き飛ばされた使徒が飛んできた。
光による負傷は見られず、純粋に大規模なエネルギーによって後方に飛ばされただけだ。
「盾は避けろ!硬すぎて破れねぇ!」
ライオスは素早く指示を飛ばした。
とにかく今は使徒の身体を狙わなければならない。
盾はさんざん自分で試してダメだったのだから、それ以外の部分でないと通らない。
使徒は三人に向けて近寄ってくる。
しかも、速い。
あまりにも速いその動きから、ダメージが皆無であることがすぐに分かった。
一歩が飛んでいるのかと思ってしまうほど大きく、その勢いは推して知るべきだろう。
この勢いで行われる攻撃はどれだけの威力か…………
使徒は盾を叩きつけようと押し出す。
それに対して、対応したのはエイルだ。
創り出した『分身』と三人がかりで受け止めようとしたのだ。
すでに形態は吸血鬼になっており、エルフ体、人族体が彼を支える。
三人分の大剣と、一人分の大盾が衝突した。
ギギギ、という金属音と共に四人は拮抗し、動けない。
『魂の力』で強化した、実質『超越者』三人がかりの抵抗に流石の使徒も押し返すことができず、完全に足を止められた。
これにライオス、勇者は左右から同時に攻撃を仕掛ける。
ライオスは『噛砕』で、勇者は『聖剣』で襲い掛かったのだ。
牙には後先考えない量の『魂の力』が込められ、『聖剣』は放出していた光をかき集め、刀身に集中させた。
ライオスはその自慢の牙を軋ませながら、勇者はその剣を蝕ませるほどに『力』を集中させている。
『魔法』越しではない、高密度の力が使徒に直接襲いかかったのだ。
それがこの戦場で最強の一撃となることは間違いないだろう。
それを使徒は、
その身体で受け止めた。
「はあ!?」 「嘘だろ!!」
「マジか………!」
おそらく盾こそが使徒の『魂源』であると予想していたために、これには三人とも驚きを隠せない。
これはいくら何でも、理不尽が過ぎるだろう。
まさか、全身が盾のように硬化することができるのか?
そうなればいったいどうやって勝てばいいのだろう?
(……………………?)
かすかな違和感を感じた者が一人。
しかし、それを考えている余裕はない。
使徒が駆け出す。
考えるための時間など、与えようはずもなかった。
三人はとにかく使徒の対処を優先させる。
使徒の攻撃手段は、盾と格闘技。
この二つにさえ気をつけていればいい。
隠しているのかもしれないが、この二つ以外の攻撃手段を未だに見せない。
しかし、その二つもまた厄介な武器であることには変わりないのである。
使徒の盾による攻撃。
盾を鈍器として扱い、エイルを叩き潰そうとする。
使徒の恐ろしさが垣間見える攻撃だ。
普通は防御のことも考えて、隙が大きな攻撃はここぞという時にしか使わない。
だが、この使徒はすべての攻撃にそんな配慮を挟むことはないのだ。
その体も金剛石より遥かに硬く、傷を負うことはない。
だからこの時、エイルは避けを選択する。
バカ正直に付き合えば、痛い目に遭うのは自分なのだから避けるしかない。
それに、この戦いは三体一だ。
使徒の体が光に包まれた。
あらゆるものを分解する危険な光だ。
それを受けて、流石の使徒も一瞬怯む。
そこでライオス、エイルは追撃を行った。
首、肘、膝、顔といった鎧の守りきれていない場所を切りつける。
本来ならば、それだけでバラバラになってしまってもおかしくない。
その力はとても強く、岩を粉砕できるだけの威力があった。
使徒相手でなければきっと勝てただろう。
使徒には傷一つない。
二人による斬撃は薄皮一枚切ることはできなかった。
「クソッ!」「……………!」
使徒は二人を振り払うように盾を振り回す。
当たらないし、対処も可能だったために余裕で回避することができた。
それに、これ以上すれば連携の邪魔となってしまうだろう。
攻撃はまだまだ続いているのだ。
勇者は二人が攻撃をしている間に、光をチャージしていた。
彼らの後ろからの『聖剣』が輝きを放つ。
「ああああ!」
高密度で大量の光に押しつぶされ、使徒は膝を付いた。
好機と判断した勇者は、さらに力を汲み上げる。
とてつもない光に押される中で、使徒は盾を掲げた。
「……………!」
なんと、使徒は折った膝を再び立ち上げ、光の中をかき分けて進んでいったのだ。
ジリジリと、着実に進む。
無限に近い力を、押し返しているのだ。
(化け物かよ………!)
そう思ってしまうのも仕方がない。
それだけ多くのエネルギーが費やされているにも関わらず、抵抗できている使徒がおかしいのだ。
光の牢獄は使徒に着実に破られていった。
時間と共に、使徒の闘志が高まっていく。
そして、
「喝っ!」
光が弾き飛ばされてしまった。
一体どうすればそんなことが可能なのか、全く分からない。
しかも、使徒が負傷している様子は見受けられず、両の脚で確かに立っている。
その目に映る強い意志はまるで衰えず、絶対に負けないという言葉にならぬ言葉が聞こえた気がした。
戦いは続く。
すでに戦いは三人に限界を超えさせた。
三人がかりだ。
三人がかりで、ようやく互角。
斬れば切れず、叩けば潰れず、焼けば燃えない。
どんな攻撃も効かない、不変の力。
なるほど、これは使徒『断裂』よりも数段強い。
全力を出しても、向こうにはまだ上があるのだ。
限界を超えてもまだ上があるのだ。
上が、見えないのだ。
どれだけ変えようとしても、どんな力を出しても、絶対に弾かれる。
ただただ、徒労に終わってしまう。
限界を超えて、超えて、超えて、その先に来るのが終わりだろう。
心身ともに、三人はいつ終わってもおかしくない。
だというのに、使徒は変わらずに壁であり続けた。
「無駄だ。我が肉体、我が鎧、我が盾、我が魂はそんな程度で折れはしない。私は『不屈』そのものだ」
その言葉を否定できない。
何をしても折れず、壊れずをまさに目の前で体現した者こそがこの使徒だ。
負けるかもしれない……………
チラと頭をよぎってしまう。
攻略が不可能なのだ。
穴のない、完全に繋がった知恵の輪を解いているようなものである。
それがすべてなら…………
「まだだ、突破口はある」
ライオスは冷静にそう言った。
あれだけの力を見せつけられて、ライオスは自身を持って突破口があると言ったのだ。
二人の視線が自然と彼に引き寄せられる。
「あんな硬さを突破できんなのか?オッサン」
「ああ。とは言っても、しんどいことには変わりない」
使徒は変わらずにライオスを待った。
しかし、彼の言葉を止めようとはせず、 彼の答えをただ待っている。
不気味な使徒に舌打ちしながら、ライオスは言葉を続けた。
「俺がアイツに噛み付いたとき、変な違和感があった」
「違和感?」
「そうだ。反応が小さすぎてすぐには分からんかったが、俺もよく知っているものだった」
エイルは素直にライオスの言葉に耳を傾けている。
勇者は黙って話を聞きつつ、早く二人が来ないかを待っていた。
使徒は続けろ、と言わんばかりにライオスを見つめていた。
ライオスは使徒の態度に不機嫌になりながらもさらに続ける。
「お前の鎧と体を守ってるソレ、『魔法』だな?」
図星だった。
使徒の『魂源』の効果範囲は盾のみ。
それ以外の場所は『魔法』でカバーしているのだ。
だから、
「だったら、なんだ?」
「盾以外は、盾よりも脆いはずだ」
魂を広げるのは『魔法』、そして魂そのものが『魂源』だ。
如何にして『魔法』で隙をつくりながら『魂源』を叩き込むかが『超越者』の戦いである。
それは、『魔法』は『魂源』よりも絶対に密度から性能面で言えば劣ってしまうから。
だから、『魂源』で叩き続ければいずれは必ずあの防御は壊れる。
「続ければ、できねぇなんてことはねぇ」
間違ってはいない。
かなり苦しいが、一応は壁を破るための穴を空けるための方法はあった。
遠く、長い道のりではあるが、ゴールは見える。
「だが、それが不可能であることには変わりない。お前たちの力では、私には届かない」
これまで攻撃が通らなかった分、余計に言葉が響く。
確かにその通りだろう。
盾よりも脆いといっても、三人の攻撃が通らなかったことには変わりない。
何という硬さか…………
『魔法』が『魂源』を防いでみせるのだ。
この異常をどうやって倒せばいいのか?
世界最硬と呼ばれる使徒だ。
生半可な手は通じないとは分かるが、奥義と呼べる攻撃すらも通さない
しかし、勇者はニヤリと笑ってみせた。
「確かに、今のままじゃマズイですね?」
「不可能と言っているのだ。お前たちでは、私を倒せない」
「まあ、俺たちじゃあ、無理だろうな」
勇者に視線が集まる。
これは何かがある顔だ、と二人は期待する顔で見つめ、使徒はその余裕を訝しむ。
「何か、あるのか?策が………」
「おい、バカ。何もったいぶってる。そんなのがあるならさっさと…………」
言葉は途中で切られた。
勇者は突如、『聖剣』で使徒に光線をはなったのだ。
(この程度の奇襲で………)
簡単に受け止められる。
そう高をくくった使徒は盾を前に弾き飛ばそうとして、
「なっ!」
予想外の威力に、逆に吹き飛ばされてしまった。
ありえない、そんなわけがない、さっきまでとは威力の桁が違いすぎる!
様々な思考が使徒の頭を巡るのだが、答えが出るはずもない。
さらに数本の光の柱が同時に襲いかかり、無防備だった使徒を焼いていく。
そして、これまで傷一つ負わなかった使徒に、小さなかすり傷なできていた。
「…………何をした?」
問いかけずにはいられない。
一体どんな手品でこんかことが………?
答えを求めて勇者を見れば、彼は後ろに向けて親指を立てていた。
何事か、とライオスとエイルも釣られて見れば、すぐに疑問は氷解する。
勇者の待ち人が来たという話だったのだ。
「ナイスアシスト、二人とも」
魔術師アレーナが切り札足り得る聖女リベールを連れてきていたのだ。