52、激励
「テメェら、なんで?」
「おいおい、何ではねぇだろ。王 様?」
兵士の一人が応える。
彼らは全員が目の前の強敵に気を立たせ、興奮していた。
傷付いたライオスになど目も向けずに、当然の事だとでも言うように答える。
「早いもの勝ちって言ったのは王様だろうよ?」
「それで自分が真っ先に突撃するんだから何でも何もねぇだろ?」
「まさか、独り占めしようってわけじゃねぇんだろ?」
いや、確かに、確かにそうだが………
しかし、そんなことは問題ではないのだ。
「逃げろ!お前らじゃあ勝てねぇ!」
勝てるわけがない。
いや、時間稼ぎにもならない。
一撃の後に殺されてしまう。
こういう化け物相手には、自分が相対しなければならないのだ。
だが、
「あ?相手の方が強いに決まってんだろ?」
「俺らはそんなこと分かってるよ」
「ほらほら、選手交代だ。コラァ!クソ使徒ぉ、ブッ殺ぉす!」
「ま………!」
待て、とは言えなかった。
彼らは瞬きの間に使徒へ駆けていたのだ。
余裕のためか、使徒はまったく動こうとしない。
銅像のようにじっと待ち、彼らが間合いに入ることに構えている。
ここまで駆けつけた何十という獣人の精鋭に使徒は動かない。
兵士たちは使徒を取り囲み、どこからでも攻撃できるように備えた。
そして指揮を取る者が号令をかける。
「行けえぇぇぇええ!!」
一斉に走り出す。
使徒に一撃を与えるために、少しでも消耗させるために戦うのだ。
決死の戦いに使徒は感情を見せない。
まだ、彼らのことを待っていた。
そして一番初めに着いた者が使徒に攻撃する。
剣で喉を串刺しにしようとするのだが、
刃が壊れる
だが、攻撃は終わらない。
他の数人が別の急所へ向けてそれぞれの武器をぶつける。
今度は関節部だけではなく、目にも攻撃を当てられた。
流石に目は……………
だが、使徒は甘くない。
すべての予想を覆し、全くの無傷で佇む。
その瞳にすら傷を与えられることができない。
さらに次の手に移ろうとした兵士たちだったが、それも中止せざるを得なくなり……………
「無駄」
たったの一言。
その間に、二人殺された。
盾を横に薙ぐだけで、反応しきれなかった二人は首をはねられたのだ。
兵士たちの動きを完全に見切り、先に動いて一撃を放っていた。
分かってはいたが、使徒の戦闘経験はとてつもなく深い。
どこの誰が動いてもすぐに叩き潰せるように、警戒しながら立ち回っている。
仲間たちを殺されて、兵士たちは咆哮する。
目の前の敵を絶対に倒してみせると覚悟を改にした。
兵士たちは無謀な挑戦を続ける。
一方、その様子をライオスは見てるしかない。
ライオスの周りにはまだ十数人の兵士たちが囲っており、そこへ行かせてくれない。
心身ともに万全ではない彼では、この拘束を破るのは難しい。
ライオスは暴れながら、部下たちに向けて吠える。
「どけぇ!コレを黙って見てろってかぁ!?」
「そうです。見ていてください」
兵士たちを指揮する立場の者が冷静に言い放つ。
彼らの死に歯を食いしばりながら、ライオスを止めるように指示していたのだ。
その戦いに茶々を入れさせないという強い意志が垣間見えた。
部下たちの最期の戦いを、苦しげに見届けている。
この間にも多くが殺されている。
毎秒ごとに一人は殺され、いくらでも命は消えていくのだ。
「貴方は分かっていない。貴方がどういう存在か、どんな事を思われているか」
「それが何だ!?俺はまだ負けてねぇぞ!」
「いえ、ダメです。貴方は使徒に負けました」
隊長格の獣人はあくまでも冷静に言い放つ。
その激情を押さえつけながら、必死になってある主へ向けて言を投げる。
彼らはずっと見ていたのだ。
戦士として育てられた彼らは一騎打ちに割って入るようなことはしない。
戦士の誇りにかけて、そんなことは許さない。
主であるライオスはそのまま殺されていたかもしれないが、彼らはライオスを信じたのである。
しかし、ライオスは負け、さらには諦めようとしていたのだ。
これを見て、彼らが思ったことは二つだ。
先ずはじめに、
「ふざけないでいただきたい…………!」
「…………………」
「我らは貴方が諦める所など見たくない…………!みっともない所なんて見せないで欲しい……………!」
彼らは憤っていた。
自分たちの代表が、まさかあんな所を見せるとは思わなかったのだ。
彼らの最強の王は、敵を前に自分に負けたのである。
強く、負けない『獣王』が諦めようとした。
それは断じて、許容できない。
「ダメですよ、それじゃあ」
「…………………」
「我らは貴方に憧れて戦士になったんです。貴方は国の象徴なんです。そんな貴方が、敵に頭を垂れて欲しくない」
盾を振れば急所が真っ二つ、体当たりは体を肉塊にし、拳や蹴りは当たった箇所を完全に壊しきる。
こちらの攻撃は痛手にすらならないのに、向こうの攻撃は必殺。
しかも戦闘においての巧みさは向こうが上。
どうあっても、コレは詰んでいる。
今も一人、心臓を踏み潰された。
今も一人、盾で叩きつけられてぺしゃんこになった。
今も一人、使徒の拳が顔に穴を開けた。
今も一人、今も一人、今も一人…………………
始めは何十人も居た戦士たちはみるみる数を減らしていき、そしてついに……………
「終わりだ…………」
使徒の言葉はすべてを表していた。
残ったのは三人。
処理にかかった時間は、一瞬。
一人目はシールドバッシュに粉々になり、二人目はもう一人と左右から挟み撃ちにしようとして動きを予測され、拳をまともに受けて胴に穴が空いた。
そして、最後の一人は使徒に捕まり、頭を簡単に握りつぶされ、中身をぶちまけた。
それを見てもなお、隊長格の彼は冷静に、諭すようにライオスへ激励を続ける。
それは、全獣人の願いだ。
アニマに居る者たちすべてが同じくする意思なのである。
負けないでくれ
これが、二つ目……………
「陛下。負けないでください」
「……………………」
「勝負に負けるのは仕方ありません。でも、自分に負けるのは許しません…………!」
「……………………」
「陛下は我らの、希望なのです…………」
そこには熱が込められていた。
先程感じた怒りよりも何よりも、強い願いがそこにはあったのだ。
ライオスという希望に、負けないでほしいという心からの想い。
それは、何よりも強く彼の心に訴えかけた。
「では、これにて失礼します、陛下。生きてくださいね」
伸ばした手は、届かない。
「うおおおおおおお!!!」
ライオスの周りにいた者たちも駆け出す。
隊長格の者も使徒に向けて走り出し、武器を向けながら叫んでいた。
絶対に自分たちの『獣王』は負けないと信じながら。
しかしそれも、
「無駄」
使徒には関係のない話だ。
使徒は少し怒ったように乱暴に暴れる。
それだけで、壊れた。
使徒の四肢が、盾が、彼らのすべてを壊していった。
武器も、体も、命も……………
瞬く間に死んでいき、光はなくなって、
だが、彼らもなんの後悔もなく逝ったのが伝わってきた。
いや、彼らが後悔していたなど、そう思うことは彼らに対する冒涜でしかないだろう。
自分の信じたモノのために全力で戦ったのだ。
彼らは自分を信じて死んでいった。
まだ自分よりもずっと若い彼らが、子供のようにただ憧れた、という理由ですべてを託したのだ。
それに比べて、何だ自分は?
負けて、折れるところなど、彼らの期待に応えられていると言えるのか?
これこそが『獣王』だと誇ることができるのか?
できるわけがない
コレを見せられて、黙っていられない。
黙っていられて、たまるものか………!
「フンッ!」
ライオスは自分の顔を全力で殴った。
戒めと、ケジメだ。
もう情けない所は見せない。
だって、これまでの醜態を晒していた自分を今殴り飛ばしたのだ。
だからもう大丈夫…………
それを見ていた使徒は、ゆっくりと重い歩を進める。
『獣王』に対して、当てが外れたという顔をしながら、さも残念そうに。
ライオスはそれを見て思う。
ああ、この使徒の考え方は相容れない…………
この使徒は言った。
折れても立ち直る、その方が強いに決まっている、と。
確かにそうかもしれない。
使徒の、そんな在り方の方が強いのかもしれない。
だが、そんなものは、
(俺には似合わねぇよな!)
ライオスは『獣王』なのだ。
それはきっと、負けず、折れず、窮地に希望を見出すことのできる者に違いない。
それはさっきまでの自分とは程遠い。
だが、今ならきっと大丈夫なはずだ。
「いくぞ…………」
「幾らやっても無駄と分からんか?」
強い二人は向かい合う。
絶対に負けないという意志が感じられ、とてつもない圧が吹き荒れた。
ライオスは負傷しているのだが、そんなことは微塵も思わせないほどに強い。
もう、諦めない。
「がああああ!!」
「………………!」
ライオスと使徒が激突して、
「うりゃあああ!」
若い『超越者』二人が使徒の背後から襲いかかった。