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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
53/112

51、『獣王』の絶望

 

 飛ばされた

 吹き飛ばされた

 押し負けた



 『力』と『力』のぶつけ合い。

 それに完全に負けてしまった。




 使徒が見せた、あの山のイメージ。

 アレは正確ではなかったのだ。

 もっと言えば、アレは壁だったのだ。

 硬く、厚く、高い、途方もなく心を削る壁だった。




 「ガアァ…………!」




 グルグルと視界が回り、時たま赤が混じりつつ青と茶が映っては消えていった。

 次いで、背に強い衝撃。

 受け身も取れずに地面に叩きつけられたのだ。




 ライオスはまさか負けるとは思わなかった。

 さっきよりも、盾はさらに硬かった。


 その精神の在り方が、ライオスよりも強固だったのだ。

 


 「お前の強さの源は、その自信だ。『獣王』ライオス………」




 使徒がゆっくりと近づいてくる。

 淡々と、ただ事実を語っていた。

 目が回り、頭もはっきりしないライオスは苦しげにそれを聞くしかない。



 「自分が強いという、絶対の自信。超えられない壁はないと本気で信じている。最後には超えられるという、な」

   


 使徒はどこか羨ましげに言う。

 いや、皮肉が含まれていたのかもしれない。


 ライオスという、どんな困難にも最後には乗り越えてきた男へ、壁そのもののような男が言っているのだ。



 お前は自分を越えられない、と…………




 「そんなものでは足りない。絶望なくして、進歩はない」




 実感がこれでもかと詰められた言葉だ。

 使徒は歩を進める。


 その歩みは、何よりも重かったかもしれない。

 絶望しながらも、それでも歩み続けたからこそ、ここまで重く踏みしめられる。

 強く踏みしめているわけでもないのに、そういう音がした気がしたのだ。

 重く踏みしめる音を…………



 ライオスは動けない。

 ダメージが抜けきらず、何とかうつ伏せに体を回して起き上がろうとする。

 するが、まだ少し目が回って起き上がれない。

 早く起きなければ、敵がそこまで来ているというのに、体が言うことを聞かない。



 「絶望して、折れて、諦めて……………その上でまた立ち上がる。それを何度だって繰り返す」




 ズズッと盾を引きずる音がする。

 そしてそれはすぐ目の前にまで迫っており、その盾が届けば振り下ろしてライオスを殺すだろう。

 死を覚悟したことは何度だってあったか、ここまで近づいてくることはなかった。 


 焦る。

 早く、早く動かないと…………


 だが、あと少しだ。

 目眩もかなり収まってきた。

 もう少しだけ時間があれば、すぐにまた動けるようになるだろう。


 あと、あと少し……………




 「挫折もせず、諦めたこともない者よりも、その方がずっと強いに決まってる…………」




 壁が、そこまで迫っている。

 苦痛と試練の壁が、ライオスを潰そうとしている。

 死が喉元まで迫っていた。

 冷たいナニカが背筋を上っていく。


 その大きく重い盾がライオスに向けて振り下ろされて、



 「うがあああ!!」 



 ライオスは力を振り絞る。

 あの忌々しい盾に向けて、全力を振り絞って拳をぶつける。

 そして一瞬、使徒の攻撃は止まった。


 その隙になんとか退く。

 まだ少しだけ視界はおぼつかないが、とにかく距離はできた。

 ライオスは何よりも回復を図る。


 ここに来て、ようやくライオスは目の前の使徒の恐ろしさが理解できた。


 

 「まだ、だぁ!」


 

 ライオスはまだ攻撃を続ける。

 その牙で、使徒を齧り取ろうとするのだが、


 ガッ!


 届かない。

 あまりにも使徒は硬い。

 

 なぜ、ここまでできるのか分からない。

 『不屈』の名に違わぬ、崩れることのない丈夫な魂。


 

 「グアア!」



 盾で防がれるのなら、別の場所を…………

 

 先程までは『魂源』の勝負をしていたためにしなかったのだが、その首や肘、膝などの鎧の関節部分に向けて『噛砕』の力を使う。

 これならきっと通るはず………!



 「通らぬ」



 通らない。

 弾かれる。

 

 まさか、全身があの盾と同じ硬度だというのか……!

 めちゃくちゃだ、ありえない。

 なぜこんな事が可能なのだ? 


 あまりにも理不尽だ。

 これで、使徒の下から三番目なのか?


 戦って、良く分かる。

 この使徒の意志は、精神は異常だ。

 『超越者』の強さは魂、つまり精神や心が大きく作用するということは分かっている。


 だが、コイツはソレが強すぎる。




 「『不屈の砦』………まさか、名前通りとはな…………」



 「そうだとも。私は不屈だ。何度も折れて、潰れて、絶望して、そうして強くなった。お前たちとは違う」



 「お前たち…………?」




 意味が分からない。

 どうにも、異質な感じが否めない。

 これまでとは全く違う敵とは分かってはいたが、何か本質を捉えきれていない気がする。


 だが、それを考える暇はない。

 今はどうやって目の前の敵と戦うかだ。



 「ハァハァ………クソッ………!」


 「お前たちは分からない。俺たちの苦しみがな……………」


 「よく、言うぜ…………世界の、敵なんだろ?」



 「…………………」



 使徒は何も言わない。


 言ったところで理解できないとわかっているからだ。


 使徒は、彼らとでは根本が全く異なっている事が分からなくては語り聞かせても無意味だ、と断じている。



 使徒はまた歩を進める。

 これまでと同じように、壁として重い足取りだ。


 変わらず、負けず、硬いままの使徒だ。

 その変わらなさがあまりにも不気味すぎる。




 「どうした?動きが遅いぞ?」




 「クッ!」




 ふらつく中で、使徒の攻撃を躱す。

 先程までとは違い、ギリギリのようやくだ。


 血を垂らしながら躱す。

 使徒の盾捌きは感嘆するほど滑らかですさまじいが、ライオスのカンはそれ以上だ。


 先読みし、殺気を感じ取る。

 ライオスは想像以上にしぶとく、強い。


 だが、



 「クアッ!」


 「無駄だ…………」



 使徒の拳がライオスを捉えた。

 避けきれず、完璧に入った。


 鋼のような腹筋に使徒の拳が大きくめり込み、ライオスは血を吹きながら飛んでいく。


 今度は受け身が間に合った。

 それなりに回復してきたからか、意識がはっきりしている。



 「私は大して強くない…………」


 「冗談、キツイぜ…………確実に強いよ、テメェは…………」


 「私の序列は六位。まだ私より強い者があと五人いる」



 使徒は語る。

 心をへし折るために。

 事実を語りながらも、ライオスの心を折ることで彼を弱くするために。



 「……………………」


 「分かるだろう?お前たちはその程度だ。どれだけ積み上げても、私は崩せない。崩せても、私よりも高い壁が五つ。どうだ?」


 

 使徒は悠然と語りかける。

 彼もそう言うことがあったのだと感じさせる、水底のように足を取られるような声。

 そこに込められた感情は、ライオスには測り知ることのできない深いものだ。

 ライオスは、この感情を知らない。



 「何がだ?」


 「諦めないか?」



 絡みつくように言う。

 依然として変わらずに歩を勧めながら、心を抉る。

 体が重い、使徒の歩みが重い、そして何よりその言葉が重い。


 ずっしりと重りのように肩にのしかかる。

 ここまで心を折りに来た者も、ここまで心が折れかかったのも初めてだった。



 「そこが、お前の限界だ」



 心を、抉られる。

 その硬い声が無機質に響く。

 使徒はライオスに配慮を見せることなく、言葉を続けた。



 「どうせ、死ぬ。お前たちが挑む敵はまだまだ居るし、底なんて全く見せていない。どうだ、ここは一つ、我らの軍門に降らないか?」



 「…………………」




 重く、甘い言葉だ。

 自身以上の強者から、自分に付けとの誘い。


 ………………………


 獣人の血が騒ぐ。

 彼らにとって、こういうのは珍しくない。



 より強者を好み、より強い者に従う。

 ある意味それは獣人にとって摂理の一つと言えるのかもしれない。

 だというのなら、自分を負かした使徒の手を取ることも、やぶさかではないかもしれない。

 



 「さあ、手を取れ」



 重い歩みは目の前で止まっていた。

 その大きな手は、彼のすぐ近くにまで差し伸べられている。




 あの時、ライオスは真っ向勝負を挑んだ。


 自分が負けるわけがないという絶対の自信の元、ソレを選んだのだが、もし応じていなかったらどうなっていたか?


 結果は単純だ。




 今と同じ




 もし応じずに続けていても、確実にこの構図にまで追い詰められていたことだろう。

 あの硬さに、重さに、いつか屈していた。


 使徒は自分よりも強い。


 そして、どうしても勝てないだろう。

 あまりにも厚く、硬い壁を小さなヤスリで貫通させようとしているようなものだ。

 天地がひっくり返っても、勝敗は変わらない。



 なら、もう潔く負けを認めても…………








 「………!」




 「うおおおおお!!!」






 使徒は咄嗟に盾で意識外からの攻撃を防ぐ。




 自身を襲った者を確認しようと目を向けると、そこには何十という影があった。


 彼らは……………





 「王様、速すぎだよ」 「しかも決着も速いとか………」


 「まだだよなぁ?使徒狩りは続いてんぜ?」


 「リタイアなら隅によってろ、王様?」






 獣人軍の一般兵士たちだ。


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