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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
51/112

49、やる気がないなら帰れ


 「………………!」



 エイルの一撃は、人など簡単に殺せる攻撃だった。

 

 力は岩すら両断し、速さは目に映るのが難しいほどだ。

 その攻撃には確実に殺意が込められていただろう。


 ギョッとしたガルゾフはエイルの攻撃を剣で危うくだが受け流すことができた。

 いきなりの事に状況を理解しきれないガルゾフは、エイルに対して声を荒らげる。



 「何なのですか!?私は味方ですぞ!」


 「味方ですぞ、じゃねぇ…………テメェ、いい加減にしろよ?」



 エイルの殺気は本物だ。

 さっきの一撃は、本気でガルゾフを殺そうとしていたのである。

 これにはガルゾフも、そして信徒の相手をしていた勇者も驚いた。



 「エイル?何してるんだ?」


 「うるせぇ!お前は信徒をこっちに近づけさせんな!気になるなら戦いながら聞けぇ!」


 「そんなめちゃくちゃな…………」



 だが、結局そうしなくてはならない。

 エイルもガルゾフもそれどころではないから、押し寄せる信徒は彼が倒すしかない。

 しかし、エイルの行動も考えなしと言うわけではないようなので、ここは呑み込むしかなかった。

 


 「ああ、もう!」


 

 エイルの言い分に突っ込みたいが、どうしようもない。

 勇者はそのまま二人の話に耳を傾けながら信徒たちの相手をすることにした。

 厄介者を追払えたエイルは再びガルゾフに向き合う。

 ガルゾフも大分落ち着いたようで、彼はエイルを睨みつけていた。



 「何のつもりですかな?私に攻撃を加えるなど、それは裏切りと認識されても仕方ありませんぞ?」


 「ハッ!俺はこの戦争に勝つために最善の手を打っただけだ!」


 「つまり、貴方は天上教に下ったと?」



 鋭い殺気だ。

 ナイフのような殺気はまるでエイルの肌を刺すような圧を感じさせる。

 だが、エイルは鼻で笑いながら圧を受け流し、バカにするように言った。



 「何言ってやがる。俺は裏切ってなんかいねぇ」


 「なら、」


 「だが、今のお前は裏切り者より質が悪い………!」



 ガルゾフの圧など簡単に押し返すような殺気を放つ。

 暴虐、という言葉が最も似合う圧だ。

 そして、激しい怒りを滲ませながら吐き捨てるようにエイルは言った。



 「やる気がねぇなら帰れ!」



 彼は粗雑で喧嘩っ早いが、決して人が悪いということはない。

 しかし、今の彼の言葉にはあらん限りの悪意に満ちていた。

 それを言われたガルゾフは、その言葉を理解しきれずに唖然としている。



 「オッサンも俺も、あのバカ勇者も、皆命をかけて戦ってんだ」


 「そ、そんなこと、私も…………」


 「敵ブッ倒して、ちゃんと生き残れるように必死なんだよ!それなのに、なんだテメェは!?」



 再び斬りつけてしまうかもしれない、と思ってしまうほど鬼気迫っている。

 勇者も信徒の相手をしつつ聞いているために背中越しなのたが、エイルがかつてないほど怒っていることは分かった。



 「今のテメェに、背中は預けらんねぇ…………さっさと帰れ」


 「若造が………調子に乗るのも大概にしろ!」


 

 今度はガルゾフがエイルに怒りをぶつける。

 散々舐められたのだ。

 言われっぱなしで終われるほど、彼は気骨がないわけではない。

 ガルゾフはエイルを思い切り睨めつけながら言う。



 「『魔法』も使えんひよっこが何を言う!?ひよっこのお前よりもよほど私の方が役に立つ!」


 「牙の抜けた番犬なんて何の役にも立ちやしねぇ。それならまだ野良犬の方がマシだ」


 「考えてみろ!わざわざ戦力を減らすなど、馬鹿の極みだ!それに、こんなことをしている時間も惜しいのだぞ!そこを退け!」



 強引に通ろうとしたガルゾフだったが、エイルの大剣によって行く手を防がれる。

 平行線でしかないと悟ったガルゾフはエイルに剣を向け、最後通告を宣言した。


 

 「そこを退け…………でないと、力づくになるぞ?」


 

 殺しはしないが、それなりに痛めつけてやる。  

 ガルゾフに彼の思惑は分からないが、邪魔をするというのなら斬るしかないだろう、と。  

 できれば、これで引いてはくれまいかと願いながら…………



 「テメェにできるかよ、腰抜け…………」



 明らかな拒絶の言葉。

 この言葉を皮切りに、不毛な戦いが始まった。



 ※※※※※※※※※※※※※



 剣をぶつけ合い、火花が飛ぶ。

 

 それもあちこちから突然、音と火花が現れるように思えてしまうほどその攻防は高速で行われている。

 その高速の戦いにおいて終始優勢なのは、ガルゾフだ。


 エイルの攻撃すべてを紙一重で躱してみせる。

 そして、完璧に狙いすまされたタイミングで、カウンターを撃ち続けるのだ。


 攻撃の回数が多いのは確実にエイル。

 しかし、追い詰められているのも、エイルである。



 「チッ!」



 舌打ちも仕方がない。

 これまで、あまりにも彼の思い通りに戦いが運ばれない。

 こちらからの攻撃は簡単に避けられるのに、向こうからの攻撃はギリギリようやく対応できる。


 これが何百年も『超越者』として戦い続けた者の力か………



 「クソッ!」



 一撃の重さはそれほどでもない。

 身体能力ならエイルの方に軍配が上がるのだが、そのエイルにガルゾフは完全に対応しきっている。

 

 エイルは横一文字に大剣を薙いだ。

 人なら簡単に真っ二つにできる威力だろう。

 しかし、それに恐れを抱くガルゾフではない。

 エイルの横なぎに対して一歩引き、射程範囲外に逃れると同時に、心臓に向けて突きを放つ。



 「………!」



 ギリギリで躱せたのだが、次に飛んできた拳には対応できなかった。

 何度目かは分からないが、エイルはまたもや吹き飛ばされる。

 何十という攻防の中で、こうして対応しきれずに殴り飛ばされたのも一度や二度ではないのだ。

 

 剣での致命打は何とか躱せても、その次には完全に対応できていない。

 その程度ではびくともしないが、手玉に取られていることも事実だ。




 先ほどから何度もこうしてやられていたのだが、どうにもおかしい。


 それに、効かないと分かっている攻撃を続けるようには………





 「………未熟」



 ハッとする。

 

 気が付けば横から脚が伸びていた。

 すでに攻撃が来ている、と悟った時にはすでに遅かった。

 剣の腹で咄嗟に守ったが、思いきり吹き飛ばされる。


 

 「まだ早い。あと十年は鍛錬が必要だな」 



 おかしい。

 先ほどまでとは速さが違う。

 こんな気を抜けば見失うほど、速くはなかった。

 おそらく、



 「『魂源』かぁ………俺の速さをパクリやがったな?」


 「『超越者』相手には時間がかかりますが、身体能力の数字をこちらに足すことは可能です」



 時間がかかるし、おそらく剣越しにでも接触が必要だ。

 これまでも攻撃は、弾くことが多かった。

 躱すことよりも、迎撃を多く選択させられたのかもしれない。

 なら、始めから掌の上だったということだ。



 「カアァ!!」


 

 ガルゾフに向けて、剣を振る。

 先程までならガルゾフは避けていたのだが、



 「………………!」



 避けない。

 エイルの両腕での全力に対して、彼は腕一本で防いでみせた。

 止められた瞬間、ガルゾフの脇腹に向けて蹴りを放つのだが、止められた剣を弾き飛ばされ、距離を取られた。


 着地の瞬間、視界の端に動いている何かを捉える。

 頭を下げれば、ガルゾフの蹴りが頭上で振り抜かれているところだったのだ。

 凄まじい風切り音はその蹴りの威力を表している。


 残った軸足を掴んで、そのまま持ち上げて地面に叩きつけてやろうとしたエイル。

 しかし、頭に衝撃が走った。


 ガルゾフは蹴り抜けた脚を戻して、エイルの頭を踏み付けたのだ。

 地面と足に挟まれたエイルの頭からは血が垂れ、意識を奪うには十分な一撃だったと言える。

 しかし、



 「気に入らねえ………」


 

 頑丈さで言えば頭一つ抜けたエイルだ。

 まだこの程度では負けない。


 寝ながらの状態で剣を振るう。

 速さなどさっきと比べれば断然遅い攻撃であったが、ガルゾフは防ぐこともなく余裕をもって躱した。

 大きく距離を取って、エイルを眺める。


 拘束のなくなったエイルはすぐに立ち上がり、視界に捉えたガルゾフを睨んだ。

 まだ諦めていないエイルの様子に、ガルゾフは諭すように言葉を紡ぐ。



 「まだ、やるのですかな?」


 「………………」


 「分かるでしょう?私とあなたの実力差が。何のつもりかは知りませんが、貴方のせいで無駄な時間を使いました。勇者様も必要以上に消耗した。まったく、とんでもない奇行です」

 

 「……………………」


 「とにかく、もうやめなさい。これ以上は本当に………」



 ガンッという音がした。

 エイルが大剣を地面に打ち付けた音である。


 それ以上、ガルゾフの言い分を聞いてはいられなかったのだ。

 ガルゾフの言葉にさらに機嫌を悪くし、視線だけで射殺さんほどに睨みつけていた。

 

 あまりの敵意に、ガルゾフは一歩退く。

 味方にここまで嫌悪される理由が分からなすぎる。

 そう深く関わったこともないような若造に、自分は一体どうして…………


 

 「いくらなんでも、そりゃあねぇだろ?」


 「なに?」



 静かにエイルは剣を構える。

 どことなく、そこには目を離せないナニカがあるように思えるのだ。

 異質で、見たこともないナニカ。



 「なあ、爺さん……………」


 

 ポツリ、と言う。

 怒り以外にも、続く言葉には純粋な疑問が含まれている。

 なぜそうなるのだ、というまったく関係ないように思えるような感情だ。








 「どこまでコケにする気だ?」



 ザワザワとエイルの髪が逆立つ。

 目や歯はまるで猛獣のそれのように変わっていき、その魔力も微妙に変化しているように思える。

 

 話には聞いていたが、彼は種族を切り替えられるのだとか。

 しかし、耳が尖るエルフ、髪が伸びる吸血鬼と、切り替えられる対象は二つだけではなかったか?


 これは、知らない。



 「テメェ、ずっとどこを見てやがる!」


 「? どういうことです?私は、」


 「こっちを見やがれ!」



 エイルは剣を持って駆ける。

 先程までなら、簡単に見切れる剣でこちらを攻撃してくるのだが、


 (な、速い…………!)


 「死ねぇ!!」


 

 明らかに先程までとは速度が違う。

 あまりの速度にギョッとしてしまい、反応が一瞬遅れた。

 避けられず、剣で受けてしまう。



 「何があったかなんて知らねぇ!テメェが何を思ったのかなんてもっと知らねぇ!だがな、」



 押し負けている………!


 ジリジリと下がってしまい、逃げ切れない。

 このままではマズい、と判断し、ここは蹴りで………



 「持ち込むんじゃねぇよ!」


 (なに!?)



 蹴りの動作に入ろうとした瞬間、足を踏みつけられた。

 まるでそれを分かっていたかのように。

 逃げられない鍔迫り合いの中で、ガルゾフはエイルの言葉に耳を傾け、顔を見るしかない。



 「吹っ切れろ!グダグダグダグダ、引きずるんじゃねぇ!」



 その言葉は酷く胸に引っかかる。

 この感情が一体何なのか分からない、それでも黙っていられるような静かなものではない。

 これは、激情と言うしかないだろう。



 「黙れ黙れ!お前に何が分かる!?私のこの苦痛が…………」


 「うるせぇ!」



 言葉を遮られる。

 エイルはガルゾフの言葉になどまるで興味がない。

 そんな事は知らない、そんな事よりももっとやる事があるだろう、と言っている。



 「ここは戦場だぞ!?」


 「分かっている、そんな事!」  


 「分かってねぇんだよ、テメェは!」



 ガルゾフのしたい事など何もさせない。

 彼の話など、まったく聞く気はないのだから、自分の話だけ聞いていればいいのだ。

 エイルはガルゾフの言葉を自分の言葉でかき消す。



 「違う所ばっか見やがって、戦場にそんな余裕あると思ってんのか!?それに、使徒もいるんだぞ!?」


 「分かって…………」


 「そんな奴に来られても肝心な所でやらかすに決まってる!戦いてぇならウジウジすんのをやめろ!!」



 ……………………


 エイルの言葉が耳に残って離れない。

 反論したいのに、どこかで納得している自分がいるのだ。

 だが、それは酷すぎる。

 彼の言い分を遂行するには、時間が足りない。



 「何があったか知りもしないくせに!そんな、」


 「なら帰れ!心がダメな『超越者』なんて、何の役に立つってんだ!?」



 グウの音も出ない。

 一言一句、彼の言う通りなのだろう。

 だが、だが、今は……………



 「わ、私は…………」


 「お前のせいで死ぬぞ?俺も、オッサンも、」



 ダメだ、それ以上は……………

 やめてくれ、やめてくれ…………

 分かっているのだ、そんな事は。

 だから、口に出さないで欲し、



 「あのバカ勇者も、死ぬぞ?」



 力が急速に抜けていく。

 鍔迫り合いは終わり、エイルは距離を取ってガルゾフを観察する。ガルゾフは佇んだままだ。

 だが、エイルはすぐにガルゾフへの興味をなくした。

 掃き溜めでも見るような目でガルゾフを見ながら、彼は次の行動へ移る。



 「おい、バカ勇者!さっさとオッサンの所へ行くぞ!」


 

 これまで信徒を一手に引き受けていた勇者はようやくか、という顔をし、エイルに振り向く。

 だが、そこには疑問が残ったように言う。



 「おい、ガルゾフさんは!?」


 「話聞いてなかったのか!?このジジイはここに置いてく!」


 「こんなに敵が居るのに聞けるわけないだろ!?」



 流石に無茶振りには対応できなかった。

 無駄に力を使わないために、『魂源』を使わずにただの剣のみで大人数と戦っていたのだ。

 それで話を聞けというのが無理な話である。



 「とにかく、さっさと行くぞ!腑抜けにかまってる暇はねぇぞ!」


 「……………………」



 エイルの言葉にガルゾフを見る。


 そこには、魂が抜けたような顔をしたガルゾフがいた。

 呆然とただ佇んでいる。

 それを見た勇者は、



 「よし、分かった。行こう」


 「いいのかよ?」


 「多分、使徒との戦いで役に立ちそうにない」



 冷たく吐き捨てる。

 この状況では、こうするしかない。

 彼はそうするだけの冷徹さはある。


 その時、ガルゾフが一瞬だけ縋るような目をしたが……………



 二人は彼を完全に無視した。








 


 ポツン、と一人、彼は残る。


 追いかけることは、できなかった。

ちゃんと振り切れて道化になりきった騎士と、振り切れずに道化であることを受け入れられない騎士が居ましたね…………

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