3、特に話が進むわけではない
設定だけなら誰でも面白い物語はできるんですよ。設定だけなら!
「うわああ!」
とんでもない違和感に、慌てて飛び起きる。
汗がじっとりと滲み、体はまるで風邪をひいたときのように重い。
さっきまでの事を思い返せば恐ろしくて身が凍るように冷たく感じてしまう。
何だったんだ?いったい…………?
『大賢者』と呼ばれた老人が魔法陣を敷いたと思ったら、『聖女』と呼ばれた女の子に思いっきりキスされて、夢を見たのだ。
知らない誰かの、記憶。
5つの記憶を見終わったのだが、その度に何かを刻まれたのを感じた。
一つ光を見ると、その中から勇者と呼ばれた者たちのナニカを見て回ったのだ。
記憶かとも思ったが、それにしても何かとんでもないものが流れてきた感覚はあったし、見れた場面も限定的だった。
記憶もあるのだが、それは流れ込んで来たもののついででしかない。
これは、きっと…………
「目は覚めたようですね」
突然声をかけられる。
唐突で驚いたのだが、その声には聞き覚えがあった。
隣を見ると、さっき『聖女』と呼ばれた女の子がいたのだ。
いや、
「リベール=ハル=ハーレンス?」
あまりにも自然と、彼女の名前を呼ぶことができた。
少し前までは分からなかったのだが、今なら分かる。
俺と彼女との間には魔術的なパスができていたのだ。
「どうやら、軌跡を辿ることができたようですね」
「軌跡?ああ、アレはやっぱり………」
「ええ、歴代勇者たちの軌跡です。貴方の中にはそれが流れ込んだ。武器の扱い方や、魔力の操り方、その知識等が今の貴方にはあるはずですよ?」
試しに俺は魔力を操り、陣をつくる。
この世界に存在する魔術とは、魔力によって既存の法則を書き換える技術である。
そして、魔術を繰り出すには、魔力と『表現』が必要なのだ。
体に宿る魔力というエネルギーを材料に、どんな事象を確定申告させるかの指向性を定めるための『表現』を加える。
できた『表現』に魔力を通すと、空中から水が出てきた。
俺の中にある知識通りに陣を組めば、その通りになった。
俺の中にあるモノは、とりあえずは正しいみたいだ。
「貴方の中の知識は正しく継承されたようですね」
リベールが胸をなでおろして溜息を漏らす。
心配が解けるのと、安心の気持ちが伝わってくる。
「正直、結構怖かったんですよ?勇者様の中に流れ込むモノは歴代勇者様たちの記録。そんな強烈なモノが複数人分流れ込めば最悪廃人になる可能性もあったんですから」
「なんて事させんだ………?勇者は希少な戦力だろ」
「あの軌跡に耐えられて、自分の世界に未練のない、善良でマトモではない魂を求めて召喚したのです。アレが耐えられなければそもそも勇者の資格がありませんよ」
そう言われて結構納得している自分がいる。
確かに友達も、親戚も、その他の知り合いも、正直言ってあの世界に引き止められるほどの感慨はない。
知ってはいたが、俺はやはり正常ではないようだ。
でも、俺のことが善人かどうかはわからないな。
「俺にこんなものを与えたのは間違いじゃないのか?」
「さて、こんなものとは?」
「とぼけるな。俺とお前との契約の話だ」
俺と彼女との間には魔術によってとある契約が成されている。
それは、『俺が勇者としての役割を果たす限り、彼女は完全に俺に隷属する』という内容だ。
しかも、俺が死ねば彼女もいっしょも死ぬ。
彼女が死んでも俺には何の害もないが、俺が死んだら、という一方的な関係だ。
さっき俺が彼女の名前を知っていたのも、俺が主人で、彼女が俺の道具であるから、彼女の情報が流れてきたのだ。
他にも、彼女が俺を害そうとしただけで彼女にはペナルティが発生したり、位置情報が筒抜けだったり、俺の命令には絶対順守だったり、完全に不公平な内容だ。
「大丈夫ですよ」
「なんで?」
「そんなことを口に出してる時点で、貴方はですよ。少なくとも、悪用しようとは考えていないのでは?」
「………………………」
なんかやりずらいな………
笑顔で何の疑いもなさそうにそう言われたら、どうすればいいのかわからない。
「やけに信頼してくれるんだね?」
「大体でわかるんですよ、そういうのは昔から」
よくもまあそんな曖昧な勘でそこまで言えるもんだ。
どことなく居心地の悪さを感じながら、ベッドから立ち上がる。
「これから、どうすればいいんだろうか?」
「ああ!そうですね。何すればいいかわかんないですよね!」
手を叩いて明るく言ってのける。
仕草もそうだが、表情も、声音も、やはり幼く見える。
同じ17歳とは思えないな。
「とりあえず、ご飯でもどうです?」
※※※※※※※※※※※※※※※※
速攻で食事処へと通された。
なんというか行動力のある娘だな。
来る途中もフンフン鼻歌しながら案内してくれた。
「そういえば、これから何するか言ってませんでしたもんね」
食事会が始まってからしばらく、彼女は思い出したように呟いた。
いや、今更かよ………
何回か思ったのだが、この娘はだいぶ天然が入っているようだ。
なんでこのメンツで食事会しようと思ったのやら………
席についているのは三人。
俺、リベール、そして王様。
王様。
王様だ。
なんで王様まで呼んじゃったのかなあ
緊張しすぎて料理の味あんましよく分かってないんだよ。
王様とリベールの所作を何とかまねてテーブルマナーも何とかなったけど、やっぱり経験ないことは怖いんだよなあ。
「そうだったか?」
「そうなんですよ、説明しないとですね」
なんでこの娘はこんなにのんきに王様と会話できるんだ?
疑問に思っていると王様がこちらを向いてきた。
うわ、もう緊張する。
正直この人苦手なんだよ。
「継承は済んだのだから、あとすることは決まっている」
「は、はい。なんでしょう?」
「鍛錬だ」
うん、まあ………
普通に当たり前すぎて何とも言えない。
「当然だろう、といった顔だな。だが、これはバカにならない。勇者殿に引き継がれたものはあくまで知識でしかない。実際に経験してこそ、正しく勇者としての力を得ることができるのだ」
「ええ、そうですね」
「だから、鍛錬だ。剣を振るい、魔術を放つ。最後に大賢者殿の試験を突破できれば、めでたく強い勇者の誕生となる」
大賢者か………
それは知識の中にもある。
悠久の時を生き、あらゆる魔術を扱う人類の守護者。
あの時の黒ローブの老人だったのだが、最後にあの人に最終試験してもらうのか………
「これから、他のメンバーにも会ってもらうがな」
「ほかのメンバーですか?」
「ああ、太古から勇者は仲間たちと魔王討伐を目指す。冒険の中で見繕うこともあるが、始めの数人はこちらから用意する。『聖女』は当然として、パーティーのバランスも考えて、魔術師と前衛職は紹介させてもらおう」
確かに、それは必要だ
何人か見繕ってもいいって言ってたけど、四人でやるわけじゃないんだ。
記憶では四人が最大だったので勘違いしてた。
とはいっても、記憶で見たのは本当にごく一場面だったから判断するのは早計だったか。
「とにかくは、しばらく鍛錬だ。その後だが、大賢者殿に十分だと判断されれば諸国を巡ってもらう」
王様は背もたれに思いっきりもたれかかり、手慰みを始めた。
完全にリラックスしているみたいだ。
実は王様も俺が勇者としての役割を引き受けてくれるのかや、俺が継承に耐えられるか内心ドキドキで、それで今安心してるもかもしれない。
「前回の世界会談で我が国が勇者召喚を行うことは決まっていた。だから勇者が召喚されたことを示すために、主要国には勇者自身が報告するのだ。色々理由はあるが、一番はそこの重鎮に顔を知られていれば何かと支援しやすいからだな」
確かにそうだろう。
あとは、実践訓練の意味合いもあるのかもしれない。
戦いとなると、野営とかの経験も必要になってくるはずだ。旅をさせて城の中ではできない訓練をさせるということか。
「あと、」
王様の雰囲気が若干変わった。
何というか、悲しんでいるというか、苦しんでいるというか………
とにかく、明るい感情ではない。
「使徒は凶悪だ。ここにも二十年前に使徒が現れた」
まるで懺悔するように王様は語る。
今まで見た中で、確実に一番彼は弱っている。
「使徒序列八位『断裂』によって、当時の騎士団は半壊したほどだ。あの時、殺された騎士にも、最強と言われる騎士団長にも、殺せなかった………」
被害に怒るでもなく、ただ、悲しんでいた。
当時は何があったか知らないが、何を思い出せばこんなにも一瞬でやつれるのか。
王様を見ていると、後悔、という言葉が自然と浮かんだ。
「彼女に会ったら、確実に殺してくれ。一筋縄ではいかないだろうが、頼む…………」
なんだ………?
なんとなく、そうじゃないような…………
本当にソレを願っているのか、そうじゃないのか…………
「とりあえずは明日からだ。明日から訓練に参加してもらう」
次の言葉とともに、そんな弱った雰囲気は霧散した。
一体何だったんだ?
でも、あんまり触れていいようなことじゃない気がする。
「承知いたしました」
「頑張ってくださいねー」
リベールの声で一気に気が抜けた。
明るいというか、天然というか、なんとなくやる気が削がれるような声で緊張が解ける。
この娘が絡むとなんでもいい加減な感じになっちゃうなー。
この日はどうということもなく、俺はこれから始まる鍛錬に備えるのだった