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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
三章、鋼の騎士
46/112

44、『■■■■■■』


 たったの六文字を、彼は言えなかった。


 

 二十年前、彼は大きな過ちを犯した。

 英雄の一人であり、世界最強の騎士『聖騎士』ガルゾフは、世界の敵である使徒を生み出したのだ。


 その使徒は、彼にとって孫のような存在だった。

 赤子の頃からずっと見てきたし、彼女がすくすくと育っていく姿を楽しみにしていた。

 

 ずっと見てきた。

 優しくて、お転婆で、明るくて、彼女のような者たちを守ることこそが使命だと胸に刻みつけていた。

 だから可愛がったし、愛していた。

 彼女の転機は、いつだったろうか?


 ある日、彼女は言ったのだ。

 

 『剣を使ってみたい』


 戯れで訓練用の木剣を握らせ、振り方を教える。

 なに、ほんの戯れだ、と軽い気持ちで。

 孫のワガママを聞く祖父というのはこういうのに違いないと思いながら、戯れで訓練用のデク人形に木剣を振らせた。


 その時、彼女の才能を確信したのだ。


 自分を上回る剣の才能がある、と彼は思った。

 その時から、この才能を開花させねばならないという義務感と、教え子がどんどん成長する楽しさが芽生えたのだ。

 

 あまりにも甘露な時間。

 彼女は誰からの期待にも応え、完璧以上にすべてをこなしてきた。

 剣の腕は一級、誰にでも優しい模範となるべき才女。

 彼女の父も、母も、兄弟たちも、部下たちも、皆が彼女の能力に心酔していったのかもしれない。

 あの天才に関われている、役に立っている、という事実が判断力を奪った。


 だから、誰も気づけなかった。


 彼女が重ねる努力の傍らで、別のナニカがすり減っていったことに、気づくべき身近に居た者たちは誰も…………

 あまりにも出来すぎた彼女は、ソレを隠していたのだ。

 上手く、器用に、誰にも悟らせない。

 彼女なら、簡単にできたことだ。


 

 いつでも、ヒントはあったはずだった。


 どんなときでも模範のようにあれ、としていた彼女が疲れていないとでも思ったのか?

 四六時中張り詰めて、無理をしていないか考えなかったのか?

 自分は常に理想を押し付けていたという自覚はなかったのか?


 呆れてしまう。

 あまりにも、何も見えていなかった自分に呆れすぎて怒りすら出ない。

 自分が情けないのは今に始まったことではないが、人生で一番の失敗だった。


 ほんの少しだけ、彼女に寄り添えたなら良かった。

 もしかしたら、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。

 彼女が自分を打ち明けられて、一緒に悩むことができたのかもしれない。

 もっとやりようがあったはずなのだ。

 そんな思いが二十年、ずっと頭にチラついた。



 『ええ、だからこれまで耐えることができたし、これまで苦しんできたんです』


 忘れられない。

 暗に、何故気づいてくれなかった、と言われたような気がして、何よりも胸に刺さった。

 あの場にいた三人は、それから何故気づけなかったのだ、と自分を責め続けてた。



 『使徒となって世界を恐怖に陥れましょう。私に、ピッタリだと思いませんか?』


 忘れられない。

 彼女が何を望んでいるのかすぐに分かった。

 これまで隠していた演技力はどこへ行ったのか、やけに言葉が弱って聞こえた。

 その言葉には、自分は殺されたいのだ、という願いが鮮烈に感じられる。

 その破滅願望を取り除くには、あまりにも気づくのが遅すぎた。

 

 

 『ええ、ごめんなさい』


 忘れられない。

 あの時、手を伸ばしたのだ。

 だが、手を伸ばすだけでは到底届かない距離で、脚を動かさなくてはならない。

 引き止めなければ、そんな所に行ってはいけない、と示さなくては…………

 しかし、脚が動くことはなかった。

 まるで鎖で戒められたように、一歩が踏み出せない。


 待って欲しい…………!

 行かないで欲しい!

 何故貴女がそんな仕打ちを受けなければならない!?

 私は貴女に■■■■■■のだ!


 どんなに心で叫んでも、それが表に出ることはなかった。

 声を出そうとしても、出る直前で消えてしまう。

 何もできはしなかった。

 その前からも、その時にも…………



 忘れられない。

 あの日、彼女と決別した日。

 多くの部下たちが殺され、彼女が使徒となってしまった日のことをすべて知る者は四人しかいない。


 彼女自身、その両親、そして、騎士ガルゾフ。

 それ以外の者は、彼らは使徒『断裂』によって殺されたと思っている。


 彼女の父が隠蔽した結果だ。

 優しく気高く、強い彼女は使徒『断裂』に殺されたのだ、と。

 四人以外は彼女こそが『断裂』とは知らない。


 苦しい日々だった。

 生き残った者たちは『断裂』に恨みを持ち、ガルゾフに仇をとってもらうことを心から期待する。

 友を、伴侶を、あまつさえ()()を殺した『断裂』を許すな、と訴えかけた。


 すべてを知っているからこそ、その様がつらい。

 仇をとる相手がその彼女であり、仇をとることを期待しているガルゾフは本当は…………



 自身を押し込めることがこんなにつらいとは思わなかった。

 期待に応えようとはするが、その本心がそれを願わないことがこんなに心を蝕むとは思わなかった。

 あの場に居た三人は、あの日からずっと苦しみ続けた。

 皮肉なことに、彼らは彼女と同じ苦しみを味わう事となったのである。

 なんという罰だろうか? 

 これほど相応しい罰などなかろう。


 それに苦しむことが何よりも救いだ…………






 なんという未熟……

 なんという堕落…………

 なんという弱さ………………!


 そんなものただの自己満足だ。

 ここまで弱かったのか?


 違うだろう、英雄。

 そんなことで済むはずがないだろう?


 やることは決まっている。

 彼女の望みを叶え、かつ責任を果たすための最善の方法がある。

 これを成し得ずして、何が英雄だろうか?


 「貴女を、殺す」



 誓いを…………

 それ以外のことは些事だと言い切れるようにならなくてはならない。

 苦しい道のりだろうが、やらなくては。

 その道程で何が起きても、殺すと決めなくては…………








 何が起きても…………



 『あの娘に、■■■■■■』


 それだけ言い遺して、彼女の母は死んだ。

 彼女のことで思い悩み、体調を崩すことが多くなったあの母親に、流行り病は致命的だった。

 不運なことだが、ガルゾフの誓いに傷など付かない。

 そんな悲しみでは彼を止めることができない。

 

 何が起きても、殺す。

 そう誓ったのだ。


 こんなことで挫けてはいけない。

 

 だが、チラと考えてしまった。

 心を押し殺し、何も言えない自身と違い、あの人は最期に本音を言えたのだ。

 心の底で羨ましいと思った。

 





 何が起きても…………



 『ガルゾフさん、ありがとうございます』


 目の前の青年は、『勇者』だ。

 剣を教え、戦い方を教え、心構えを教えた。

 

 『勇者』は、軌跡によって戦闘の経験を流し込まれる。

 その経験を元にして、急速に強くなることができるのだ。

 だから、あっと言う間に教えることなどなくなった。

 

 それに、彼から感じた小さな違和感。

 誰にでも優しく、あまりに出来すぎている姿は、まさに『勇者』そのもののように感じる。

 いや、演じているように思えた。


 昔に見たことのある類の人間だ。

 そして、どこで見たのかなど考えるまでもない。

 思い出して、想い続けて、殺そうとしている彼女。


 そう、彼女を思い出す。

 

 呑み込みの早さ、周囲が期待するようなことを察してその通りにする器用さと生真面目さ。

 彼女と似ている、と感じてしまった。


 使徒をつくり、今度はその反対の力を育てている。

 だが、彼女と同じにしてはいけない。

 同じ轍を踏まないだけのことだ。


 彼を見る度、少し落ち着かない。

 あの時、こうすれば良かったと思ってしまうから…………








 何が、起きても……………


 アニマで使徒と戦う。

 二十年、この時を待っていた。

 待っていたと言うのに、



 『本当は分かっていたんじゃないのか?』



 目的とは違う使徒だった。

 だが、おそらく彼女の次にガルゾフの心を抉る使徒だったかもしれない。 

 

 彼の内にある悪意と怒りは、ガルゾフの心をひどく締め付ける。

 彼女のことを強く想っている彼は、ガルゾフを責めていた。

 その煽りは彼にはナイフのように刺さったのだ。

 

 彼女はどうやら、使徒としてうまくやっているらしい。

 そのことが情けないし、自分たちなどよりもずっと性に合っているだろうことが悲しくて…………

 うまくできていて、それが…………………




 何を、思った?


 それはダメだ。 

 それ以上は絶対にダメだ。

 

 これまでのことは一体何だったのだ?

 責任を取るために彼女を殺そうという決意は何だったのだ?

 この二十年は何だったのだ?


 考えては、いけない。

 彼女に会えないことに安心しているなど、決してそんなことは………






 

 

 『満足そうに死にました』


 呪いの言葉だった。

 彼女は自分が殺さなくては、と二十年考えていた。

 しかし、結果は勇者によって殺され、自分は何も関わることなく終わってしまった。

 

 本当に、一体何だったのか…………

 二十年勝手に彼女を殺そうと決意し、何度も何度も挫けそうになりながらも思い続け、そしてその最後は会うことすらなく知らずに終わる。


 こういうのを、人は道化と言うのだ。


 それだけではない。

 彼女は言ったらしい。 


 『良い人生だったよ』、と。


 ………………………


 ふざけるな


 苦しかったはずだろう?

 自分たちのような愚か者たちに弄ばれて、玩具にされて、辛くなかったはずがないだろう?

 なんでそんなことを言えるんだ?


 まさか、恨んでなかったといでも言うのか?



 苦しい


 ここまでのことをしておいて、されておいて、何を勝手に一人で満足しているんだ………!

 思い切り恨めばいいだろう。

 溜め込んだ呪いを、彼女を苦しめた原因である自分たちにぶつければいいだろう。


 

 屈辱だ


 ここまで自分は想っていたというのに、彼女には眼中になかったのか?

 そんなにも自分は敵足り得なかったのか?

 






 悲しい


 死んでしまったことが、悲しい。

 こんな感情は不要であるはずなのに、溢れて、こぼれて仕方ない。

 心から目を通じて、滝のようにあふれ出る。

 彼女の死を願っていたはずなのに、どうしてこんなにも矛盾したものが出てしまうのか?

 

 人知れず終わったことに怒ればいい、見向きもされなかったことに怒ればいい。

 だが、悲しむのは違うだろう。

 こんなこと、誰も望んでいなかった。

 心ではずっと、ずっと………………



 どうしたかったのだ?


 「とんでもない道化だ、私は…………」


 本心を隠して、滑稽な様を晒し続けていた。

 押し込めて押し込めて、最後の最後はすべてが無駄に終わってしまう。

 喜劇にしても出来が悪い。



 本当に、これまで一体何がしたかったのやら?

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