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39、敵は………


 その日の内に、天上教によるテロは鎮圧された。


 街は多大な被害を被り、建物はいくつも壊れ、負傷者は数え切れず、死者は四桁に上った。

 しばらくは街としての機能は著しく落ちるだろう。


 今回も、天上教の恐ろしさが存分に活かされた結果となってしまう。

 街の人間もそうだが、やってきた冒険者、行商人に傭兵、はては憲兵にまで信徒が混じっていたらしい。

 どうしても信徒とそれ以外との見分けは、特に冒険者や傭兵、憲兵のものは最後までできなかった。

 それによって対応は著しく遅れ、ここまでの被害が出てしまったのだ。

 

 しかし、それもまだマシな方だ。

 『聖女』であるリベールが避難誘導をし、しかも、避難先で他者を害そうとする者を次々と発見していった。

 そのために避難できた人々の中で死者はゼロ、怪我人は多少出たが、重傷者はなし。

 本当に、天上教相手にここまでよくできたのは珍しい。

 結果として、多くの命を救えた。



 だが、得られたものは何もない



 何百という昏倒させられた人々の内の約七割が、意識を取り戻した瞬間に自害したのだ。

 魔術に精通した者は彼らにかけられた自害用の魔術を解除したのだが、足りなかった。

 魔術が解除された瞬間に、今度は呪術が蝕んでいったのである。


 アレーナという超一流の魔術師は居たものの、繫がり自体は呪術でされていたために、呪術を発動させずに魔術を解除することは不可能だった。


 

 とてつもない狂気だ。

 ただ役目を果たすためにここまでの被害を出し、それが済めば自身の命を断つ。

 おおよそ、人の思考ではない。



 「そんな考え方が、あんな小さな子にまで植え付けられたなんて…………」


 「勇者様……………」



 勇者とリベールは無事だった人々の炊き出しの様子を眺めていた。

 お互い、今日あったことをポツリポツリと話していたのである。


 今日のことは、天上教という組織の認識を改めるには充分だった。

 あの人外の思考こそが、彼らの最強の武器だ。

 そしてその思考は老若男女すべてに植え付けられ、暴れる直前まで表に出さない。


 この場にいない二人も痛感したことだろう。

 使徒と戦えたということもあって、一般の信徒などどうとでもなると考えていたのだが、彼らにしてやられた。

 彼らは伊達や酔狂で何百年も恐れられていたわけではない。

 

 使徒が強いから天上教が恐ろしいのではない。

 天上教が天上教であるからこそ恐ろしいのだ。




 そして、今日彼らは街を襲った。

 天上教には珍しく、今回は目的がはっきりしている。


 「今日、この場所が襲われたのは………」


 「ええ、おそらくアニマへの供給を断つためでしょう。もしかしたら、他のアニマへの街も同じように………」



 アニマでは、天上教と戦争をしているらしい。

 万単位で信徒たちが動員され、さらに使徒序列六位『不屈の砦』がそれを率いているとか。


 これをアニマの国王である『獣王』、世界最強の騎士であるナハトリアの『聖騎士』の二名の英雄が抑えているとのことだ。

 何でもその二人は使徒序列七位『堕落界』を討伐、この侵攻もおそらくはその弔いと思われる。


 そのために、アニマでは物資を買い込んでいた。

 国と国とのものもそうだが、特に民衆の物品は行商によって賄われている。

 

 これが他のアニマ国境付近の街で同じように行われていると考えると、時間は相当限られる。 

 急がなくてはならない理由が出来てしまった。


 だが、やはり疑問が残る。



 「天上教…………いったい何がしたいんだ?」


 

 ついそう思ってしまうほど、謎が多すぎる。

 人を殺すという役目のために、平気で自分の命を断ってみせるのだ。

 しかも、話を聞いている限りでは、今回自死した者たちにこれまでの生活でのおかしさは一切なく、本当に突然暴れたらしい。

 

 人員、構成、目的。

 その一切が謎であるために、天上教は五百年以上もの間、世界に戦いを挑んでもなお存続し続けている。

 何もわからないが、強いて言えば数は国を形成できるほど集まっているかもしれない。

 

 そんな組織を直接的に大打撃を与えるためには、



 「使徒を倒すしかない、か」



 天上教のほんの僅かな手がかりだ。

 使徒はその存在を隠そうとはしない。

 

 今できることは使徒を倒す、と言うこと以外はほとんど無意味に終わってしまう。

 


 「そうですね…………使徒は強力ですが、だからこそ、倒したときの向こうの被害は大きい」


 「まあ、それくらいしかない。信徒の見分け方は最後まで分からなかったし」


 「ええ、私も害意がある者を見つけただけで、動こうとしなければ分かりませんでした」



 雰囲気はどことなく重苦しい。

 何せ、天上教という組織が厄介過ぎるのだ。

 信徒は使い捨てであるために倒しても意味が薄く、そして使徒は強すぎて倒すのがとんでもなく難しい。

 本当にどこまで迷惑な集団なのか…………


 「次も、厳しい戦いになるな…………」


 「ええ………アニマで暴れている使徒『不屈の砦』の話は有名ですからね」


 「そうなのか?」


 「え?知らないんです?」


 使徒の中でも、知名度というものは全く違う。

 序列二位の『武神』は、『大賢者』と引き分けた話はお伽噺のレベルで有名である。

 他にも既存の道具作成技術の何百年も先を行く武具を気まぐれに産み出す『鍛冶神』、通るだけで土地が穢れる『呪い人形』は有名だ。

 ちなみに、使徒としての年数が短い『断裂』や動かない『堕落界』、謎が多すぎる『虚ろなる世界』に『魔神』はそれほど知られてはいない。

 

 なのだが、今回の使徒は違う。


 「『不屈の砦』は有名です。大規模に天上教の信徒が動員されたとき、それを率いるのは奴ですからね。有名な話です」


 そう、言うなれば『不屈の砦』は天上教で軍師の役割を担っている。

 それ以外の使徒が大規模に信徒を率いたことはないし、おそらくそれは序列六位にしかできない。


 「あと、能力ですね。奴は世界で一番堅い生物だと言われているんです」


 「それは、凄いんだろうな………」


 「当たり前です。あの『大賢者』様の魔術ですら、奴の防御を抜けなかったらしいのです」


 誰にも壊せない、不壊の生命体。

 どんな攻撃も完璧に弾いてみせるという化け物だ。

 あの『大賢者』すら壊せないとは……………


 「いや、どうやって倒すんだ?」


 「それを考えるのが私たちの仕事ですよ」


 『大賢者』の魔術は空を割り、地を裂くとも言われるが、それすら防いでみせるのが『不屈の砦』だ。

 いや、そもそも、


 「『大賢者』様はどうやって『不屈の砦』を退けていたんだ?戦ったことがあるんだろ?」


 「いやぁ、ちょっと参考にはなりませんよ?」


 「そう言われると気になるな」


 「そうですか………じゃあ言いますが、『転移』です」


 「『転移』?ああ、そういう…………」 



 おそらく、『転移』でどこか適当な所に飛ばすのだろう。

 面倒くさい使徒はさっさとどこかに飛ばして戦わない、という『大賢者』なりの対処法だろう。

 

 だが、あの『大賢者』が悪意を持って飛ばす先が穏便とも思えない。

 多分だが、火口や上空といった、ただでは済まないような場所に送ったに違いない。

 だが、それでも、倒せていない。

 まともな相手ではない、埒外の強者のはずだ。


 しかも、序列はあの『断裂』の二つ上の六位。

 あれだけ強かった彼女よりもさらに強いとなると、本当に手に負えないかもしれない。

 それにまた、『魔法』を対処しなくてはいけないだろう。

 あの時はどうにかなったが、今度はもしかしたら死ぬかもしれない。



 「使徒の『魂源』も、『魔法』も、全部また対応していかないと」


 「今回は知っている人たちも居ますし、大丈夫ですよ。また勝てます」


 

 暗く言う勇者に対して、リベールは優しく朗らかに言う。

 マズイ状況であることには間違いないのだが、彼女はそのことをあまり深く思い詰めすぎないようにしているのだろう。

 本当に細かいことまで気を配れる人だ。

 

 それに、今考えてもしょうがない。

 どうせ今得られる情報など少ないのだから、その時にどうすればいいのか考えればいいではないか。

 今暗くなってもいいことなんてないだろう。


 本当に彼女がいないと、気が沈んで仕方がない。


 

 「ありがとう」


 「何のことかはわかりませんが、どういたしまして」


 

 少し気持ちを持ち直したところで、知っている顔が近づいてきた。

 

 灰色の髪の、獣のような青年だ。

 不機嫌そうな顔をして、ずかずかと近づいてくる。

 いつも不機嫌そうな顔はしているが、今日はとびきり機嫌が悪いらしい。



 「おう、いちゃつくのは終わったか?」


 「誰がいちゃつくですか!?」


 リベールは顔を赤くして反論する。

 マシンガンのように口から言葉が飛び出していくのだが、それを向けられた本人は知らん顔だ。

 エイルは彼女の反論には耳を傾けず、話半分で聞き流している。


 ………本当に機嫌が悪いらしい。

 確かに、信徒たちは接していてそう気分のいいものではなかったが、彼らにしてやられたのと、守勢に回らされ、安易に殺すこともできなかったからか、かなりストレスが溜まったのだろう。

 彼女をおもちゃにしてストレス発散しているのだろうか?



 「まあ、いい。コイツ借りてくぞ?どうせ暇なんだろうしな?」


 「はあ!?私のことなんだと思ってるんです?物扱いしないでもらえますか!?」


 「はいはい、うるせえな。とにかくこっち来い。おい、いいよな?」


 「別にいいけど、汚れとかつけないでね」


 「勇者様!?貴方まで物扱いですか!?」



 裏切られた顔をしているリベールだったが、いじられている彼女が面白いのだから仕方がない。

 必死に抗議を続ける彼女だが、そのままエイルに首根っこを掴まれたまま、どこかへ連れ去られてしまった。

 遠くでも未だに暴れているのが分かるがどことなく可愛らしい。


 それからすぐに二人は見えなくなって、彼一人が残った。







 静かだ………


 ちらほらと街の人々の声は聞こえてはいるのだが、それでも先ほどまでよりもずっと静かになったように思えてしまう。

 たった一人いなくなっただけで、ここまで変わるとは………




 

 勇者は、ただ一人で、自身が殺した少女の顔を思い出すのであった。



 ※※※※※※※※※※※※



 「あああ、もう!ほんとになんなんですか!?人を猫みたいに!」


 「うるせえ、黙って運ばれてりゃあいいのにべらべら騒ぎ立てやがって」


 「普通するでしょう!?いきなり首根っこ掴まれてこんなところまで運ばれたら!」



 エイルはリベールの言い分を完全に無視し、そのまま路地まで運んでいったのだ。

 二人の周囲には誰もおらず、二人の声以外はただ風の音がなるばかり。


 エイルの雰囲気も併せて、異様な雰囲気に包まれていた。


 

 「で、どうしたんです?わざわざ人の居ないところまで運んで?誰にも言えないことでもあったんですか?」


 「まあな」



 明かりすら薄っすらとしか届かない、遠い場所だ。

 誰にも聞かせたくないことがあるとしか思えない。

 

 しかし、それはいったい何だろう?

 彼はカンがいい。

 もしかしたら、昼のことで何か気づいたことがあったのかもしれない。


 リベールが何を言うのか想像しながら待っていると、彼は恐る恐るといった様子で口を開いた。



 「なあ、勇者は有力国を巡って旅をするんだよな?そして、召喚国のナハトリアを除いた四国を巡る」


 「?ええ、そうですよ?それが何か?」


 「なあ、それ、誰が決めたんだ?」



 意外なことに目を剥いてしまう。

 なぜ今そんなことを聞くのだろう?

 そんなこと、今は関係のない話なのではないか?



 「何でそんなことを?それに何の関係が………?」


 「有力国っていうなら、お前のとこの聖アレンティーヌはどうした?あれも大国の一つだろう?」


 「エイル?何を言ってるんです?」



 様子がおかしい気がする。

 怒っている?怪しんでいる?いったい何に?



 「エ、エイル?いったいどうし………」


 「気持ち割いんだよ………!はっきりしねー感じが、気持ちわりい。この際だ、はっきり言うぞリベール。お前、何を隠してる………?」



 ??????

 隠しているって、いったい何を?


 何をいぶかしんでいる?何を怪しんでいる?

 こっちこそ、教えてほし………


 その時、異変が起こる。


 「な、なんですか、これ………!」


 「なっ!?」


 突如指輪が光りだす。

 込められた莫大なエネルギーと、白い光が駆け巡り、辺りを白で満たしていった。

 明らかな異常、明らかな異変。

 早く対処しないと、



 「エイル!ど、どうしたら!?」


 「早く指輪を外せ!早くしねえと………!」


 「と、取れないんです!」



 マズイ!

 マズイ!マズイ!マズイ!


 何が起こるかわからないが、ロクでもないことが起こる。

 まさかこんなことが起きるなんて………


 あの()()()()()指輪をどうにかしようと………



 あれ?なんで気持ち悪いと思ったんだ?



 「あ、ああ………」



 光が溢れる。

 真っ白な光は二人を呑み込んで………
















 「まさか、指輪に気づくとは」


 「カンが鋭いにも限度がある」


 「そこから違和感を感じ取るなんて思いもしなかった」


 「だが、大丈夫だ」


 「今回は念入りに記憶を消してやろう」


 翡翠の光が二人を包む。

 

 

 その時のことを思い出せない、道化が二人。

 その場にいない、容疑者は…………



さーて、こんなことできる人は限られますね

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