38、一般の信徒たち(2)
多分次で幕間終わりです。
そこには、男が一人と、女が一人いた。
男は女に痛めつけられ、どうにかして女は情報を抜き取ろうとしている。
男は人気のない路地に連れ込まれ、手足も動かないように細工されており、一人では逃げられない。
叫び声も、防音のための結界が張られているために外の仲間には響かず、仲間の助けも絶望的だ。
だが、心情的に押されているのは女の方かもしれない。
女は、険しい表情で佇んでいた。
その険しさは、男のあまりのイカれ具合に恐怖を覚えているからだ。
何せ、今しがた酷い拷問を行った後なのである。
男は片目を潰され、残った四肢には鉄柱がいくつも差し込まれ、歯はボロボロで、鼻は削がれている。
男の身体とその周辺の地面も赤で埋め尽くされ、そうでない所の方が少ないかもしれない。
これだけやって、男は嗤うだけなのだ。
叫びもする、苦しさにのたうち回る、自分と同じように赤い血だって流れている。
だというのに、コレの異常さは何だ?
どれだけ痛めつけても、叫んでも、最後には必ずコレは嗤う。
なぜそんな事が出来るのかが疑問でならない。
本当に人なのか、コイツは…………
「ふぉれたちに………ふぁはいをふぃ分ける、手段なんて、ふぁいさ」
「は?」
歯を潰されているために聞き取りづらいが、確かに見分ける手段はないと言った。
未だに嗤い続けている男はアレーナに向けて、嘲るように言葉を続ける。
「ふぁにふぉふぁんちふぁいしてふか、知らねぇふぁ、ふぉれたちふぁおたふぁいのことなんざ、知らふぇえ」
「馬鹿な………同士討ちの可能性だってあるでしょう?武器を隠していたり、冒険者に仲間が居たら見分けが…………」
「それふぁどうふぃた?」
これは、嘘をついていない。
嘘をついていない、と確信させるほどの雰囲気があった。
これだけ痛めつけても何も言わなかったのだ。
もしかしたら、始めからそんなものなかったから嗤っていたのでは?
痛みなど考慮に入れないだけの狂気があったのでは?
十分に、それが真実だと信じられる。
なら、コイツらは、殺せればそれでいいのか?
彼らは、とにかくこの日、この瞬間に暴れるように言われただけなのだろう。
それまではただ普通に暮らしていたのかもしれない。
誰が同士かなど、全く問題ではなかったのだ。
とにかく目に付く者を殺して回れと言われて、今暴れているのか?
ここまで自分を無くせるというのか?
だというのなら、それは………
「人じゃない………!」
最早、それは蟻に近い。
これでは、使徒などよりもよほど恐ろしいではないか。
いや、雰囲気に呑まれてはいけない。
そもそも、これが真実だという証拠などどこにもないではないか。
こうして偽の情報を掴ませることが目的なのだとしたらまんまと策に嵌まってしまう。
なら、どうするべきだ?
ここまで拷問しても情報を吐かないというのなら、ここでの最善は…………
「……………!」
魔力の高まりを感じる。
明らかにさっきまではなかった反応。
発信源はさっきの男、
「『教主』様、バンザーイ!!」
ボンッ!という音と共に、男は粉々に砕け散った。
アレーナは咄嗟に張った結界によって事なきを得たが、男は確実に死んだ。
話には聞いていたが、本当に自害するとは………
そして、男にしてやられたことを悟る。
男は、時間稼ぎをしていたのだ。
明らかに魔術師としてそれなり以上の腕を持つ彼女を足止めし、他の信徒の邪魔をされることを嫌った。
だから拷問に耐え、最期にせめて巻き込もうと自爆した。
最期まで、彼は個人ではなかった。
アレーナはそのことに歯噛みをし、他の信徒たちを鎮圧するために走った。
※※※※※※※※※※※※
『避難が必要な方は東の門まで来てください。『聖女』リベールがあなた達を守ります』
街中のすべての人間に届く声。
街という高範囲をカバーするこの神聖術は、軌跡の御技と呼ぶのにふさわしい。
その声を聞きながら、勇者は武器を持つ人々を片っ端から無効化していった。
暴れる信徒なのか、ただ武器を持って抗っている民衆なのか、見分けがつかない。
それに、冒険者などの戦闘を生業にする人々は酷いものだ。
元々武器を持っていてもおかしくないのだ。
あちこちで互いに争い合い、見分けるのは民衆よりも難しく、時間の無駄だと思ってしまう。
見分けがつかない、なら、目に付く全員を無力化するしかない。
勇者は目に付く範囲のすべてを昏倒させていく。
そして、厄介は幾らでも重なる。
昏倒させた人々を、新しく来た信徒たちが殺そうと狙ってくるのだ。
それを守ろうと思えば、幾つも同時に結界を個人を守るために張らなければならない。
魔術にはそれなりに精通している勇者だが、それにも限度がある。
しかも、その内の大半が信徒だと思うと無駄に力を消耗させられているようにも思えてしまう。
使徒シンシアよりもよほど厄介だった。
守る、ということがこれほど厄介だとは思わなかった。
そのことを逆手に取ってここまでのことをやるとは………
いったいどうすれば………
「おおい!こんなとこに居やがったか!」
聞きなれた声に振り返る。
すると、そこには灰色の髪と身の丈ほどの大剣を持つ青年、エイルが居た。
彼の後ろには幾人も人が倒れており、彼も同じように無力化させてきたのだろう。
「まずいぜ。人数が多すぎて手に負えねえ」
「分かってる。昏倒させた人は………?」
「そのままだ。俺じゃどうしようもねえ。あの根暗女はどうした?」
アレーナの張る結界で保護しようと考えたのだろう。
だが、それも見当が外れてしまう。
「ダメだ。アレーナは信徒の見分け方を拷問させてる。どこかは分からないが、リベールのもとへ向かっているはずだ」
「………、そういうことか。ああ、めんどくせえ!」
察しがよくてとても助かる。
かなり面倒だが、一人一人無力化していくしかない。
二人は同時に振り返り、それぞれまた別の方向へ向かおうとして………
「「………!!」」
空から炎が降ってきた。
しかし、それほどの威力ではなかったために簡単に防げた。
一体なんだ、と思ったのだが、その魔力には覚えがあった。
それに、周囲を見回せば武器を持っていた人物はみんなその炎に襲われている。
魔力、正確さ、射程から考えて、知り合いの大魔術師のもののはずだ。
「うおおおい!何しやがるクソ女ぁ!!」
「ひいいいいい!すみませーん!」
頭上から声が響いた。
上を見上げれば、見覚えのある魔術師が宙に浮いていた。
宙に浮かぶ魔術は風の魔術で飛んでいるのだろう。
風の魔術で飛ぶことができるのは限られた上位の魔術師しかいないのだが、その上で別の魔術まで併用している辺り彼女は流石である。
「テメー、なんで味方にも当ててやがんだ!裏切りやがったか!?」
「す、すみませーん!そうじゃないんですぅ!ただ目に付く範囲で同時に攻撃しただけで………しかも威力も死なないように抑えたじゃないですかぁ!」
怯えながらも反論するアレーナ。
確かに、それも仕方がない。
怪我もなかったのだし、彼女を褒めることはあっても、貶すことは間違いだろう。
まあ、そのことは別にいい。
それに、彼女が制圧に加わったのならもっと被害も抑えられるはずだ。
しかし、
「信徒はどうやって見極めるんだ?何か聞けただろう?」
その時、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をする。
ひねり出すような声で、本当に思い出すのも嫌だと言わんばかりの様子で語りだす。
「アレは無視です………どれだけ痛めつけても吐きませんでした………それに、見分けは彼らにもついていないかもしれません」
「あ?どういうことだ?」
「私にもわかりません。彼らのことは、理解したくもありません………」
大体伝わってしまう。
相当な狂人でしかなかった、ということなら理解のしようもない。
どうしようもなかったと割り切るしかないだろう。
「分かった。アレーナはそのまま同じように攻撃を続けえてくれ」
「いいんですか?」
「今はそんな場合じゃない。何も得られなかったなら、制圧に回ってくれ」
「………わかりました」
彼女はそのままどこかへ飛んでいく。
きっと役目を果たしてくれるはずだ。
これで、鎮圧の目途がようやくついた。
あの広範囲、超正確な魔術があれば、すぐにでも鎮圧は可能なはずである。
「俺も行く。無様さらすなよ?」
エイルも彼女とは別方向に駆けていく。
彼も彼なりに、一人でも多くを無力化するつもりだろう。
彼なら、下手を打つこともあるまい。
なら、自身のやることも決まる。
とりあえず、この近辺の武装者を………
「………?」
小さな人影が通った気がした。
誰かがいたようだ。
勇者はすぐに人影が走った方に駆け寄った。
だが、足はそれほど速くない。
すぐに追いつき、その正体が明らかになった。
「………子供?」
小さな女の子だ。
十を越えないほどだろうか?
本当に、ただの子供だ。
「お嬢ちゃんどうしたんだい?お父さんやお母さんは?」
首を振る。
それだけで、何があったか伝わってしまう。
とにかく、放っておけない。
「そうか………怖かったね。安全な所に連れてってあげるから、一緒に来て」
女の子は頷いて、近づく。
彼は手を取り、外に出ようとした所で…………
「『教主』様、」
グサリ、と背中を刺された。
「……………!」
良くも悪くも、彼には戦士としての本能が備わっている。
何度も何度も戦い、その中で獲得した能力だ。
殺気を感じたり、長く戦えるように手を抜く所は手を抜けたり、
不意の攻撃に、反撃したり…………
気がつけば、その剣は女の子の胸に突き刺さっていた。
コプッと口から血が溢れ、そのまま倒れてしまう。
「……………………」
勇者は、そんな彼女を眺める事しかできなかった………