37、一般の信徒たち(1)
ちょっと短め。
ここで切るしかなかったんだ…………
辺りには火の手が広がっている。
街並みは次々と破壊され、人々は逃げ惑っていた。
混乱する人々、燃え広がる業火、そして地面に血が散乱している。
おそらく、あの宿屋のような爆発が各所で起こったに違いない。
使徒シンシアとの戦いのように、何かに爆発の魔術を仕込んで一気に爆発させたのだろう。
そして、おそらく血は、それに巻き込まれた人々の一部。
もうすでに、それなりの数の犠牲者が出てしまっている。
それだけなら、まだマシだ。
問題は、武器を持ち、人を殺している者がいたことである。
男も女も、若者も老人も、ちらほらと異種族の者たちも、そこには何か差があるようには思えない。
誰しもが武器を取り、殺しをしていた。
特徴がない、という特徴がある。
善良そうに見えた人々が突如として牙を向く。
先程の老人のように
とにかく先ずは、武器を持っている人々を片っ端から鎮圧していくしかない。
「おっらああ!」
リベールを抱えたままのエイルは、そのまま一番近い武器を持って血にまみれた者へ跳躍し、大剣で叩きのめした。
おそらく、死にはしていないだろう。
しかし、しばらくは動けないはずだ。
そしてさらに次の………
「ま、待って!一旦待ってください!」
「あ?」
抱えられままのリベールが待ったをかける。
大方言いたいことが分かるが、それは却下だ。
「お、下ろしてくれませんか?他の人々を落ち着かせるのと、避難誘導を………」
「ダメだ」
「な、何でです!?」
「俺が見てねぇとテメーが危ねえ。落ち着かせるのに『聖女』の立場使うんだろうが、そんなもん確実に狙われる」
彼女はきっと、『聖女』であることを明かして民衆に落ち着きを取り戻させ、避難誘導するつもりだろう。
しかし、そこにはほぼ間違いなく、暴れ回っている連中の仲間が紛れ込む。
武器といっても、服に隠せる程度の大きさの物だったら、民衆を装って…………
彼女は戦士ではないのだ。
そうなれば、避けきれずに殺されるかもしれない。
「大丈夫です」
「あのなぁ、俺は………」
「大丈夫です」
妙な確信。
だが、それには根拠のある確信であると伝わって来る。
一体、何がそこまで…………
疑問に思っていると、彼女から不透明で、純粋な力が沸き立つのを感じた。
自身も使えるそれは、『魂の力』だ。
ということは、ここまで言い切る確信の源はおそらく………
「これで『見え』ます。力がどの方向に流れるか、それを向ける対象も分かります。だから大丈夫です」
確かに彼女が『覚醒』したのは知っている。
彼女の能力は『魂の力』の強化と聞いていたが、何らかの形で応用できるということだろうか?
だが、問い詰めても今は答えてくれない。
何よりも今、彼女は民衆のことを考えているし、そんなことを言っている暇はない早く下ろせ、が答えだろう。
それに、『超越者』だけあって、我が強い。
何を言っても引かないし、抵抗されても面倒だ。
「分かった。バカみてえに殺されんじゃねえぞ?」
「そっくりそのままお返しです」
二人は互いに背を向け、走った。
次に会うのは、この騒動を落ち着かせた後である。
※※※※※※※※※※※※
この混乱は別行動の二人にも確認していた。
突如発生した爆発、一部暴徒と化して殺人を始めた人々、そして、その直前に彼らが叫んだ一言。
『教主様、万歳!』
その時点で、理解した。
天上教の信徒たち
こんなバカげたことをする信徒など、それしかあるまい。
なら、やることは決まっている。
「ど、どうしますか?」
「聞かなくても分かるだろう?」
二人は、この場に居ない彼女ならばそうするだろう、という想定している。
なら、自分たちにできるこの混乱を抑えるための最善は決まっているだろう。
「暴れているやつを無力化する」
勇者は『聖剣』ではない、腰に差していたただの剣を抜く。
『聖剣』では破壊力が強すぎるために、『聖剣』が抜けない時のサブウェポンとして携帯している、エイルがそこらから見繕ったただの業物だ。
勇者は暴れていた者に近づく。
狙いは近くに居て、仲間との距離が離れた奴だ。
気づかれないように最大限に気配を消しながら常人では目で追えないほどの速度で接近し、手に取った剣で武器を持つ腕を斬り落とした。
「グアア!!」
腕を斬り落とされた男は、うめき声と共に倒れる。
斬られた腕を押さえながら、男はわけがわからないという顔をしているのだが、本質的に混乱に陥っているわけではない。
すぐに顔を上げて周囲を確認しようとするのだが、
「グッ!」
顔を踏みつぶされる。
徹底的に相手が得られる情報を潰していく。
そこから服の裾を切り取って目隠しと猿ぐつわを作って男相手に使い、他の仲間に気づかれる前に連れ去った。
この間、五秒足らずである。
「捕まえてきた」
「わっ!」
あまりの手際に驚く。
彼女は前衛ではないためにそのすごさは半分も分からないが、分かるものが見ればその身体能力の強化具合にさぞ目を剥くことだろう。
それに、接近に見せた体捌きは確実に達人の域にあろう。
ほぼ毎日戦闘のプロと戦い、その動きから学び続けてきただけのことはある。
だが、分からないこともある。
なぜ一人捕らえたのだろうか?
そのまま何十人か斬り殺した方が早かろうに………
「アレーナ、コイツを拷問してくれ」
「へっ?」
「天上教とそれ以外との差が武器くらいしか分からない。武器を持って抵抗する人や武器を隠しているだけの教徒がいるだろう。それを見分けたい」
一瞬遅れて理解する。
確かに、殺すにしても味方が分からなければおいそれとできない。
隣にいる者がもしかしたら同士かもしれないし、近くにいる者は顔が分かるにしても少し場所を離れてしまえば見分けがつかないだろう。
この規模の街を、全体で一気に襲ったのだから、覚えきれる人数であるとは考えずらい。
それに、逃げるだけの者しかいないわけではない。
憲兵に冒険者、騎士といった戦う者も存在する。
味方と合流して戦力増強を図るのに、顔が分からないという欠点は致命的すぎるのだ。
だから、見分けるためのナニカがあるはずだ。
「それが分かったらどこかに居るリベールに報告。たぶん避難誘導を出すからその場所に向かえばいい。その後アイツの『精神伝達』でみんなに伝えるように言ってくれ」
「え、い、いきなり拷問ですか?」
「ああ、まあ、たぶん大丈夫だろ」
なぜいきなり拷問という発想が出てくるのか?
本当に彼は戦いのない平和な世界から来たのか疑問だ。
だが、その情報が必要なのは変わりないし、やらねばならないことは明らかである。
経験はないが、何とかやって見なければならないだろう。
「わ、分かりました。任せてください」
「ありがとう。任せた」
「そ、それで、あ、貴方は何を………?」
「ああ、それなら決まってる」
勇者の目が鋭くなる。
先ほどまでの仲間に対する顔ではなく、敵を前にした戦士の顔に変化したのだ。
アレーナは思わずゾッとして、身構えてしまう。
こういう不気味な切り替えの早さが人間らしくなくて怖いのだが、もうそのことは気にしないと決めていた。
決めたのに、つい反応してしまうほど恐ろしかった。
勇者はゆるりと歩き出した。
それはまるで、獲物を前にした狩の直前の獣のように思えて、
「奴らを無力化してくる」
その場から掻き消えるように行ってしまった。
ポツン、と置いてけぼりにされる。
「…………………」
始めは、火を使う所からだろうか?