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36、波乱


 「何だ!何だ!何だ一体!?」


 リベールに引っ張られて二人から離れたエイルは、しばらくしたところでようやく彼女を引き剥がした。

 いきなり連れてこられたのだ。

 そこに怒りも覚えよう。


 「いや、察してくださいよ。どんだけ鈍いんですか?」


 「はあ!?俺が悪いのか!!?」


 「そうは言ってません」


 戦闘においてのカンは凄まじいのだが、それ以外となると完全に別の事柄となってしまう。

 なんとも残念な戦士だ。


 リベールは呆れながら説明する。

 その様子にキレそうになるエイルなのだが、そこからさらにバカにされることを考えれば黙っていた方が賢明であるために何も言わない。


 「あの二人の相性の悪さは分かるでしょう?リフセントの旅の道すがらでは会話すらしなかったくらいに。でも、最近になって彼女は態度を改めようとしているんです。なら、もっと仲良くなれるようにここいらで一つ機会でも与えてあげるのがいいでしょう?」


 「ああ、そういうことか………」

 

 彼女の説明に納得する。

 ようやくわかったか、という態度が癪に障るが、ひとまずは置いておく。

 確かにそういうことなら彼女の行動も納得が出来よう。


 彼もアレーナの心情の変化は分かっている。

 歩み寄ろうとする態度は認めているし、彼女なりの頑張りも分かってはいる。


 だが、


 「でも大丈夫かぁ?あいつ等が仲良くするところなんて想像つかねえぞ?」


 「いいんですよ。勇者様は元から歩み寄ろうとはしてたし、そこまで悪いことにはならないでしょう」


 楽観が入ってはいたが、リベールはあの二人が大失敗するとは考えなかった。

 お互いそれなりに関わってきたのだし、大体のことならわかるだろうと思っていたのだ。

 だから、進展はしないまでも、悪化するようなことは起きないだろう。

 彼女は二人のことをよく知っていたし、彼女らなら大丈夫だと信頼しているのである。


 「あの二人はあの二人なりにうまくやりますよ」


 それに、彼と街を二人で歩くというのも新鮮だ。

 こういうのも、たまにはいいだろう。


 「今日は、貴方は私と二人で行動です。いいからさっさと宿を探しますよ」


 リベールは街の宿が好きだ。

 高級ではない感じがこの上なく楽しい。

 だから多分大丈夫な二人は放っておいて、今は休める宿を探すのが最優先だ。

 この街では一体どんな…………


 「そうかぁ?俺は別に心配でもないんだが、あの根暗女が変なことしてアイツを怒らせると思うぞ?」


 茶々が入った。

 せっかく気分が良かったのに、余計なことを………


 「あの娘にいちいちイライラするのは貴方くらいです。勇者様はそんなに短気じゃありません」


 「うるせぇ!誰が短気だ!」


 やめればいいのに、この二人は必ずこうして言い合いに発展してしまう。

 誰も止める者が居ないのが残念だ。

 いつもの四人で居ても、勇者は微笑ましげに眺めて、アレーナは割って入れずオロオロするだけなので止まらない。

 止める人が居ないからヒートアップしてしまうのだが………


 やかましい言い合いは数分続いた。

 この二人はすぐにこうして喧嘩になってしまうのだが、今回はそう長くはならない。


 傍から見れば痴話喧嘩にしか見えぬ二人を、周囲の人々は生暖かな目で見ていたのだが、それに気付いて押し黙るのは数分後のことであった。



 ※※※※※※※※※※※※※



 「貴方のせいでとんだ大恥かきました!」


 「テメーのせいだろーが!」


 本当に学ばない。

 その場から離れて、歩きながらまた言い合いを始めてしまった。

 よくもまあ、そんなに喧嘩できるものである。



 「もう!なんでそう粗忽なんですか!?」


 「うるせー!テメーだって口やかましいじゃねぇか!」


 「はああ?優しくて明るいから口数が多いだけですぅ!それなら貴方なんてただ煩いだけじゃないですか!」


 「俺だって必要以上にベラベラ喋らねぇよ!テメーが喋らせてんだ!」


 「なんなんですか!?」


 「やんのかコラ!」


 さらにひとしきり口喧嘩は続いた。

 そのうち疲れてきたのか、次第に口数が減っていった。

 ムスッとした雰囲気の二人は歩きながら宿を探していく。



 

 屋台の食べ物で腹を満たしながら、宿を求めて歩く。

 いくらか宿は見つけたのだが、いっぱいで入れないと言われてしまった。

 正午を越えて、日が西側に倒れながら夕方に入る少し前のあたりで…………


 「あ、ありましたよ」


 見つけたようだ。


 なかなかに長い散歩だったのだが、それもいったん終わりだ。

 ようやく次の宿屋を発見した。


 「今度は空いてるといいですね」


 「いや、ていうかお前の権限で客どかせらんねぇのか?仮にも『聖女』だろ?」


 「仮ってなんですか、仮って!」 


 リベールは抗議するのだが、エイルはどこ吹く風だ。

 最初からこうしてれば疲れないのに、と彼は毎回思うのだが、ついああなってしまう。 


 長引くとまた面倒くさい。

 とりあえず、先ずは黙らせる。

 彼は乱暴に彼女の頭をかき乱した。


 「わひゃああ!なんですか?!」


 「うっるせぇ。お前がもうちょっと職権乱用したら楽なんだがなぁ、て話だ」


 「えぇ………本気だったんですか?駄目ですよそんなの。私は指輪の効果を切りませんよ?」


 「はああ、分かったよ。お堅ぇこった」


 リベールは右手の指輪を顔に押し付けるように見せてくる。

 そんなに近づけなくても見えるというのに。


 「不思議なもんだな。そんな目立つ見た目してんのに誰も気づかねぇんだから」


 「まぁ、そういう効果ですからね。『聖王』様に持たせていただいた認識阻害の指輪です。生半可な効き目ではありません」


 彼女の指には一つ、指輪がはめてある。

 彼女の目立つ見た目を誤魔化す、『聖女』だとバレないようするための指輪だ。


 『聖女』の特徴が普通の人々には分からないようにするための魔術が込められているとか。

 なんとも便利な道具である。


 「………………」


 「?どうかしました?」


 「いや、なんでもねぇ」



 二人は宿屋に入る。


 特に大きくも狭くもない普通の宿で、受付には老人が一人いるだけだ。


 エイルは大股で老人に詰め寄る。



 「おい、ジジイ。泊まりてぇんだが、部屋空いてるか?」


 「コラッ!なんでそう威圧感な態度しか取れないんです!すみません、部屋はまだ空いてますでしょうか?」



 リベールはエイルをたしなめながら尋ねる。

 だが、老人は困ったような顔をした。

 これは…………


 「すまないねぇ。部屋はもういっぱいなんだ」


 「はああ!?もう何回目だよ!」


 「エイル……気持ちは分かりますけど抑えて……」


 「悪いねぇ。ここ最近、アニマに行く行商人の数がだいぶ増えたんだよ」

 

 アニマ


 これから自分たちが行く国の名前だ。

 人口の多くが獣人によって構成されており、リフセントに次ぐ軍事力を持つ国だ。

 しかも、遅れを取る理由も戦士の数から来るものであり、練度だけなら世界最高と言われている。


 「アニマ?何でなんですかね?」


 「聞いた限りじゃあ、ずいぶんと物を買い込むんだとか。もしかしたら、戦争でもするのかねぇ。最近天上教も暴れることが多いし、何かと大変だ」


 「………………」


 

 今どき、国家間で戦争なんてしない。

 基本的に、ここで言う戦争というのは、天上教の教徒たちとの大規模な戦いだ。


 「天上教はすごいからねぇ。昔、知り合いが実は天上教の教徒で、騎士に捕らえられて喉を掻き切った。あの時の光景は今も忘れないよ………」


 とんでもなく重いことを少し懐かしそうに話す老人。

 ずいぶんと変わった性格なのかもしれない。

 いや、エイルのような威圧感過多な人物と普通に話しているのだから、なかなかに肝が座っているだけなのかもしれない。


 「まあ、世界を本気で変えようって連中だ。まともじゃなきゃ、やってられないんだろうねぇ」


 老人の言う通りだ。

 彼らは一人残らずまともではなく、それが実行できるだけの戦力がある。


 天上教の恐ろしい所は使徒だけではない。

 その信徒たちも厄介なのだ。


 天上教の信徒の数は未知数。

 大昔は、使徒抜きでも一国と戦争をすることができたという話もある。

 どこにでもいるし、誰がそれかは分からないという、兵団としては厄介にも程がある連中なのだ。


 もしかしたら、今頃あの国では…………



 「まあ、時期が悪かったね。もっと街の外れの方ならまだ空いてるかもしれないから…………」


 「カァー!クソ!」


 「コラッ!そういうことしない!」



 老人は微笑ましそうに眺めていた。

 どことなく暖かいものを見ているような視線に気づき、エイルはすぐに突っかかる。


 「おい、ジジイ!なんだその目は!?」


 「おや、悪かったねぇ。年寄にとって若者の恋慕は見てて楽しいからの」


 「「何が恋慕だ(ですか)!?」」


 「ほら、そういうところ」


 「「どこが!?」」



 老人はなかなかいい性格をしている。

 二人をからかって遊んでいるのだが、彼らがそのことに気付いている様子はない。

 弁明の考えと相方への注意でそれ以外のことへの関心が思い切り逸れている。



 「ほれほれ、店でそう喧嘩なんてするもんじゃないよ」



 老人は二人に穏やかに話しかける。

 孫の喧嘩を仲裁する祖父のように、二人が聞き分けられるくらいに優しく。


 「とりあえず、お茶くらいは出すよ?何かと災難だったみたいだしね」


 お互いの顔を睨み合ったが、それも一瞬だ。

 そのくらいの冷静さは残っていたのだろう。

 そんなことをすれば確実にまたあの目で見られてしまうのが明らかだ。



 老人は奥に行ってしまった。

 その間にお互いを小突き合い、お前のせいだ、と暗に告げ合っている。

 そういう所だろうに、仲がいいのか、悪いのか。

 性格が違っても思考が似ているのかもしれない。  


 そんなことをしていたら、今にも老人が戻ってきて二人のことを見て面白がることだろう。

  


 「あっ」 



 こんな風に。


 「すまないねぇ。邪魔したかな?」


 「ち、違いますからね!」


 「いい加減にしろやテメー!」


 笑いながら老人はお茶を差し出した。

 香ばしい匂いが広がり、高級品をよく嗜んだリベールをしても美味しそうだと思った。

 

 エイルは出された茶を一気に飲み干し、カップを付き返した。

 リベールは優雅な所作で少しずつ飲んでいる。



 「ありがとうございます。客でもないのに………」


 「老人のおせっかいだと思ってくれればいい。お礼なんていいんだよ」


 老人の気遣いにリベールは微笑む。 

 かなり人がいいおじいさんだなあ、とぼんやり考えていた。

 

 「本当に時期が悪い。刻限ももう少しというのに…………」


 「?何か言いましたか?」

 

 「いや、何でもないぞ?」


 老人がポツリ、と何かをつぶやいた気がした。

 だが、何を言ったか、声が小さすぎて聞こえない。 

 エイルも訝しんではいるが、それ止まりだ。


 「あ、お茶美味しかったです。ありがとうございました」


 「邪魔したなぁ」


 

 お茶も貰い、宿の当たりも教えてもらった。

 なんとも優しい老人が居たものだ。

 


 店を出ようとする二人だったが………

 




 「良かったよ。君らのような若者が今、この時を生きていて………」


 「ああ?どういう意味だ?」  


 穏やかそうな雰囲気は変わらない。

 だが、穏やかながらに目を離せないナニかがあった。



 「そのままさ。時代の夜明けが見れる。これほど幸運なことがあるかい?」


 「何を………?」


 笑いながら、それでも恐ろしい。

 目の奥に宿っているその感覚は、何だろう?

 多分、




 


 狂気か…………


 「ま、それも生き残れればの話だがな」










 

 ドオオオオオン!!



 頭上から爆音が響く。

 これは、確実に異常事態だ。


 「ひゃっ!」


 エイルはリベールを抱えて店の外に出た。

 

 彼女は戦士ではないのだ。

 咄嗟のことに反応できないだろう。


 万が一を考えると、エイルがとりあえずは守るしかない。


 そして、外は…………


 

 「………これは」



 あちこちから煙が上がっている。

 人々の悲鳴も飛び交っていた。


 もしかしたら……………




 「天上教………?」

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