35、改めて
リフセントを出た後、四人は次の国、獣人たちの都であるアニマを目指している。
長い長い道のりの中で、彼らはよく街に寄る。
それは物資の補充というだけでなく、野営になれていない人物が約三名が居るために自然とそうなることが多くなってしまうのだ。
この日も、旅の道中で大きな街に寄る機会ができたためにそこに少し滞在することになったのである。
そこはそれなりに大きな街で、多くの露店と人で賑わい、吟遊詩人や旅芸人がそこらで自身の技を披露しているのが見える。
大きさで言えばあの二国の王都とは比べようもないが、にぎやかさで言えば勝っているかもしれない。
何百、何千という人々が往来している。
勇者はあまり関わってきたわけではなかったのだが、人とは異なる異種族も多く居る。
エルフに獣人、ドワーフといった種族がまちまちと歩いていた。
「何をそうキョロキョロしているんですか?」
「ああ、あんまり異種族に関わってきたわけじゃないからな。こんだけいたら流石に気になる」
リベールはソワソワしている彼に声をかける。
ないとは思うのだが、彼の様子から体調不良等の異変がないのか探ってみたのだ。
まあ、普段から彼は色んなことに目を向けるので今更なのだが………
勇者はある意味感動している。
異種族に慣れていない勇者は完全に異世界の雰囲気に呑まれていたのだ。
いかにもファンタジーな種族がそこに居るのだから、当然の反応と言えば当然の反応と言える。
「それなら、俺はどうなんだ?俺は一応人族じゃあねえぞ?」
「エイルは別に………戦う時以外それっぽくならないだろ」
かけられた声に自然と返す。
この二人も始めに比べれば随分と仲良くなった。
殺し合いをしただけあって微妙にギクシャクしていた二人だったのだが、今では軽口を交わしたり、気軽に話しかけたりするくらいにはいい。
リベールのおちょくりに勇者が乗って、エイルがキレることもあったのだが、それもパーティー内の戯れの内だ。
問題と言えるようなことにはならない。
もし、問題と言えることなら………
「アレーナ。人が多いけど大丈夫か?人混み、苦手だろう?」
「…………………はい」
これかもしれない。
一時期はまったく関わろうとしなかったために、話しかけに応じている時点でかなり態度は軟化してはいるのだ。
男衆の関係の進歩と比べても大きな変化であるのだが、それでもこれはパーティー内での不和に相当してしまうレベルだろう。
あの戦い以降、彼女は二人に対しての態度を和らげていた。
エイルに対してはただただ怖い人として接していたし、勇者にいたっては嫌悪していたのだ。
二人が死ぬ気で戦うのを見て、認識を少し改めている。
まあ、エイルに関しては問題ない。
彼は良くも悪くも割り切りが早いために、相手が仲良くする気がないのなら必要以上に仲を深めようとしない。
以前はリベールにべったりでそれ以外は敬遠していたのが明らかだった。
だが、今の彼女はなんとか距離を縮めようとしているのだ。
その努力を彼は見逃さない。
時間さえかければ、そう遠くない内に仲間と呼べるようになるだろう。
だが、勇者は…………
スタートが低かった故になかなか距離を詰めづらい。
遠慮が先に来てしまうために、どうしても一歩引いた関係になってしまう。
勇者は勇者なりに、距離を詰めようとはしているのだが、如何せん人間関係という分野は、彼は不得手だ。
距離の詰め方、というものがいまいちよく分かっていないように思える。
もう一歩、関係を進められるだけの何かがあればいいのだが…………
「で、宿のことなんだがなぁ」
ある程度街を見て回った所で、エイルが宿の話をし始めた。
いつもなら、男女で別れて、男が買い物、女が宿探しをしに行く。
普通なら男女で組んだ方が、女子二人に絡む者が少なくなるだろうから良いのだが、この組み合わせじゃないとまともなことにはならないだろうから仕方がない。
(あ、そうだ)
リベールは突如閃いた。
そろそろいいのではないだろうか?
前のような最悪、と言える関係ではないのだ。
ここいらで一つイベントがあった方がいいのではないだろうか?
それで、仲良くなれる機会が増えるのなら万々歳である。
それに、リベールは二人のことが好きだ。
同じ死線を超えてきた、大切な仲間と言える。
そんな二人がいつまでも不仲なままでいるというのは、あまり気分が良くない。
と、いうことで…………
「よーし、エイル。私たちの担当は宿の確保です。行きますよー!」
「は?おい待て。なんで俺らが…………」
「はーい、黙る!」
リベールはエイルの腕を引っ張り、口を塞いでそのまま行こうとする。
エイルは意味が分からず抗議しようとしているのだが、彼女は聞く気がまったくないようだ。
さらに、これには魔術師も慌てる。
このままでは、間違いなく一番苦手な彼と二人きりになってしまうからだ。
「ちょっ、ちょっと待って!な、なんで?いつもだったら……」
「はーい、聞こえませーん」
この時、勇者は彼女の意図を察して何も言わない。
少々強引な気もするが、自分たちを思ってやってくれているのだと思うとやめろとも言い難い。
気づいたら、もうチーム分けがすんでしまった。
あれよあれよとエイル、リベールの二人はすぐに人波に消えていってしまう。
「「……………………」」
振り回された二人は、ついその場で顔を見合わせる。
本当に、気が利くというか、遠慮が無いというか…………
だが、二人は彼女のことを好ましく思っているのだ。
その気遣いに対して、応えようと思ってしまうくらいにはこの二人は真面目である。
「とりあえず、買い物しようか………」
「……………………はい」
※※※※※※※※※※※※※※
食料、ランプ、油や砥石。
旅を続けるのに必要なものはいくらでもある。
そうして買い込んでいる内に、話す機会もできるだろうから、苦手意識を払拭してほしいと思っているのだろう。
実際、二人きりにするというのは悪くない。
「そういえば、あのときいつの間に王女と仲良くなったんだ?」
「……………少し話す機会が」
一方的に勇者が魔術師に話しかけているだけなのだが、案外聞くことは尽きない。
話すようなことを彼女はしようとしてこなかったから、知りたいことはたくさんある。
勇者はとにかく話すことをやめない。
気持ち的にはリベールのように、いろんな話を繋げていく。
同じ師である『大賢者』の話なら、彼女と出会う前の数カ月の話や、共通の仲間であるリベールとの関わり、エイルとの戦いのことを話す。
できる限り楽しげに、会ってきた人々のことを思い出とともに話していく。
リベールの真似をしていたらなんとかなるだろうと信じて………
ん?
視線が微妙に…………
ああ、もしかして
「欲しいのか?」
「えっ?」
「ずっと見てただろ?」
視線の先には、屋台だ。
話の中でもチラチラと視線を他の場所に向けているので、もしかしたら、と思ったのだ。
「えっいや、べ、べつに………」
明らかに目が泳いでいる。
どことなく恥ずかしそうにしている姿は、おそらく図星だったのだろう。
「ほら、遠慮しない」
「い、いや、べ、別に違いますからね!私が食いしん坊みたいしゃないですか!」
こういう時、リベールなら強引に誘うだろう。
とりあえず手を引いて買いに行く。
多少抵抗しようとしたが、まんざらでもなかったのか、その抵抗も形だけで弱い。
屋台の店番のおじさんは人懐こそうな笑みを浮かべている。
こちらに気付いた瞬間に接客スマイルに切り替えたところ、結構慣れていた。
「いらっしゃい。何本いる?」
「アレーナ、何本食う?」
「だ、だから私は食いしん坊じゃないんです!い、一本で十分ですから!」
頬を赤らめながら、要らないと言うあたり、やはり結構欲しかったようだ。
「一本ください」
「あいよ」
美味しそうな匂いが立ち込める。
だが、渡された串焼きの数が違っている。
「一本多いよ?」
「サービスだよ。美人の彼女さんだから、まぁ、サービスだよ」
「かッ!?」
おじさんの軽口に笑いながら、きっちり二本貰っておく。
抗議しようとしているのが分かるが、手で口を塞ぎながらその場を去っていく。
この時、本当に仲のいい仲間のようで、勇者もとても気分がいい。
少し人の少ない所まで移動し、ようやく落ち着いて話せるようになった。
「ほ、本当になんなんですか………!わ、私が、か、彼女って」
「まあまあ、悪かったよ。ゴメンゴメン」
まだ顔を赤くしている。
怒っている、というより、照れているという感じで、気まずいだけでそれほど嫌われてはいないのが分かる。
ほんの少しだけ彼女の心を覗けたようで、少し嬉しい。
その後も、彼女は勇者に抵抗なく話すことができたようで、掛け合いのような会話が続いた。
その熱も少し冷め、落ち着いた所で、彼女は雰囲気を変えた。
彼女なりに、話すことがあるのかも知れない。
これは、きっとふざける所ではない。
「私は、ずっと疑問でした。貴方が人のようには思えなくて………信じることができなかった」
信じることができない。
だって、人ではない化け物のように思えたから。
その在り方が、どうしても相容れないと確信したから。
だから、嫌いだったのだ。
「俺は、ただの人だよ」
「そうです。他人のために全力で戦うその姿を、私は見ました。命の使い方があまりに無機質に見えただけで、そこには血が通っていた」
そこは、勘違いだった。
人形のように見えてしまっただけで、ずっと彼は人間らしかったのだ。
しかし、
「もう一つ、信頼に関することです」
これは、大きい。
ここだけは………………
「人を信じることが苦手な貴方を、私は自分を見ているみたいでとても気持ち悪いのです」
「………………」
それは分かる。
きっと、そうなのだろうと思っていたのだから、それでも不思議ではない。
「でも、俺は人を信じたいと思ってるよ」
「何故?いや、そもそも、貴方があの二人を信頼しているのも不思議です。どうして、そんなに人を………」
でも、それは案外考えたら簡単なのだ。
そう難しいことではない。
「とりあえずは先に人を信じるんだよ。信じてみようとしないと、信じられない」
「彼女らもそうして信頼し合ったと?」
「そうだな………二人とは、自分の心も相手の心で通じ合ったからな。リベールは精神を繋げたし、エイルは純粋に戦いのことしか考えなかったから」
「では、私は無理でしょうか?」
虚をつかれた、かもしれない。
歩み寄ろうとする意志の感じる言葉を、初めて聞いた。
「できるよ。俺は、できると思う」
「その割に、心の底で疑っているのでは?その疑問は抜けませんよ」
「なら、別にいい。それなら、俺は待つ。疑うなら、それが変わるまでずっと待つ」
解決策ではないだろう。
志の話だ。
だが、それも貫こうと思わなければ貫けないし、人に信じてもらうなんて遠い目標だ。
「言葉だけなら、誰でも言えます」
「なら、態度で示す。これから幾らでも信じられるようなことをするし、信じるように君の全部を見る」
どうだろうか?
信じてくれないだろうか?信じられないだろうか?
だが、できなくてもいつかはできるようになると宣言しておく。
この宣言ができなければ、初めから信じるに値しなかったというだけの話だ。
「…………………」
仲間に、なれる。
信じ合える仲間に、なれる。
そう思っておかないと、いつまでだってできない。
「分かりました」
その気持ちは伝わる。
きっと、今はそれしかないのだろう。
歩み寄ろうとは、向こうもしている。
それは分かった。
なら、
「私も、信頼できる仲間になりたいです。そういう、理想の関係に………」
手を出す。
形として、この形は分かりやすく信頼を表す事ができるだろう。
勇者も、それが分かった。
だから、その手を取って…………
「改めて、私は魔術師、アレーナ=リール=ハドレズです。よろしくお願いします」