34、さいご
本日2回目の投稿です。
「コハッ!」
麗剣が、シンシアの心臓に根本まで突き刺さる。
抱き締めているほど近くに居る彼は、剣から垂れる血も、吐き出された血も、すべてを一身に浴びた。
そう、すべてを受け止めた結果だ。
シンシアのすべてを込めた一撃を、受けきることができた勇者が強かった。
そして、彼女が打ち砕かれてしまったのも当然の結果でしかないだろう。
あれほど厄介だった魔剣も半ばから折れ、その腕には持ち上げる力すらなさそうに見える。
本当に、今にも倒れてそのまま眠りに付きそうだ。
実際に、力など残っていない。
最期の技だったのだ。
消耗した彼女には、技の反動を耐えられるだけの力すら残っていない。
人の形を保ってはいても、すでにその中身はグチャグチャだ。
リベールが対処したとしても、もう治せない重傷、いや、死に体だった。
死ぬ
剣に乗せた誇りも、呪いも、そのすべてを断ち切られた結果として、これほど妥当なことはない。
命に対して、命で返してくれた彼に負けてしまった。
より強い在り方が自分の在り方を打ち砕いた。
本当に、それだけの話なのである。
これまでの何よりも…………同志と居るより、剣を学ぶより、王女として家族と暮らしたあの日々より、そして、殺しよりも…………
ずっと、この戦いが楽しかった。
こんなにも、全てを出し尽くして終わるというのなら、そう悪くは…………
「良かったな。願いが叶って」
最期の敵から、最初の敵への声だ。
なんと気が利く敵なのだろうか?
こんな人殺しの化け物相手に、いくらなんでも優しすぎるだろう。
シンシアはつい微笑んで、彼の体に寄りかかってしまう。
ついそうしてしまったのと、そうしないと立っていられなかったから。
力ない身体から、力ないかすれたような声がひねり出される。
「ああ、こうして………世界の敵として戦って…………なかなか、悪くはなかった………」
「死にたかったくせに、そのためにここまで殺しを続けるとは………呆れる」
「やるなら、徹底的にだ………苦しくも、楽しい使徒としての人生だった………」
それは迂遠な自殺だった。
使徒として、世界の敵として、殺戮の限りを尽くしながら呪われた魂の飢えを癒やし、その上で殺されることを望んでいた。
憎まれながら、あんな奴死んでよかったと思われながら、正義の味方に殺してほしかったのだ。
ありったけの呪いとともに、無慈悲にこの身を滅ぼしてくれないか、と。
「なんてはた迷惑な……」
「自覚は………あるとも………でも、そんな我儘を貫いてこそ、『超越者』だろ?」
本当に迷惑な話だ。
このせいで殺された人々が報われない。
彼女の目的と、そして彼女が仕える相手の目的のためにはソレが必要だった。
なんとも、長く、命を奪うことに特化した義理立てだったと言えるだろう。
「ゴホッ!ゴホッ!」
命が、流れていく。
熱が胸から抜けていき、身体の端からどんどん冷たくなるのを感じていた。
自分が殺した者たちも、きっとこんな風に身体が冷たくなるのを、絶望しながら感じたのだろう。
なんと心地よいのか…………
もう、死を求めるなんてことをしなくてもいいのだ。
こんなにも良いものをくれた彼には、お礼をしなければならない。
「さて、私を………倒した…………褒美をあげよう」
「要らんからさっさと休め。お前が殺した人たちに赦しを請いながら」
「まあ………貰えるものは………貰っていけ……………」
そうたいした情報ではないが、言っておかねばならない。
死んでからも迷惑をかけるつもりはないのだ。
先ず始めに、このことを………
「王女の呪毒、だがな………アレは、あの根暗、『虚ろなる世界』の幻覚だ………お前をおびき寄せるための、スパイスさ………だから彼女は死なない…………」
無駄に脅してしまった王女は気の毒に思う。
今となって少し申し訳なく思うのだが、それもあの根暗が勝手にやったことだ。
仕方がないだろう。
周りの靄は、まとわりつく対象が苦しむ姿を周囲の人々に認識させる。
それをした理由は、きっと仕掛けた本人がほんの遊びで、勇者をさらに焚きつけるために余計に一手を加えただけだろう。
恐怖や危機を与えるのが使徒である、と職務に忠実すぎるほどの人物だ。
それ位やってのける。
「そうか、わざわざご苦労だな。さっきまでとはずいぶん違ってしおらしい」
「死にかけているのだ………それと、もうひとつ……………」
「まだ何かあるのか?」
「お前にとって、重要なことだ。黙って聞け………」
そして、これは『教主』から命令されたことだ。
死に際に、余裕があるのなら情報を流すこと。
何故なのかは分からない。
だが、彼女は彼女なりに自分のやり方というものがあるのだ。
もしそこに情か何かがあったとしても、それこそが彼女の方針のうちだろう。
あの『教主』は抜け目ないが、案外感情的だ。
そもそも、感情的ではない『超越者』などいない。
感情こそが『覚醒』のカギなのだ。
だが、その中でも彼女は飛び抜けてソレが強い。
何せ、妄執だけなら世界一だ。
そんな彼女が、計画を崩されるような可能性を残すだろうか?
いや、ない。
これも、彼女の計画の内なのだろう。
「『教主』から、聞いた………『勇者』は『魔法』を使えない………」
「何?どういうことだ?」
「この先は、次の使徒の死に際までの………お楽しみだ…………次の使徒は、手強いぞ?」
勇者はこれ以上彼女が語る気ではないのを悟る。
情報を小出しにして、一体何をさせる気なのか?
『教主』が何を企んでいるのか分からないが、情報は一応でも必要なのは変わらない。
もしも本当なら、一体なぜ?
いや、今はもういいだろう。
それよりも、やっておきたいことがあった。
シンシアの口元に耳を近づけ、最期のやりとりを交わす。
「何か、言い遺すことは?」
彼女は一瞬、驚いたような顔をした。
そして、妙な感慨にふける。
もしも、もしも、普通の女の子のように過ごせたのなら、自分はこんな男に惚れていたかもしれない。
こんなにも、暖かな気持ちになったことはなかった。
周りを傷付けるしかできない自分でも、もしかしたら、もしかしたら…………
死に際の、泡沫のような夢だ。
すぐに表情は微笑みに変わりに、目を閉じながらポツリとこぼす。
「良い、人生だったよ……………」
そして、彼女の身体は永遠に動かない。
微笑みながら逝った彼女の人生は、血にまみれながらも、本人の言う通り、良い人生だったのだろう。
彼はその魂が罪を償得ることを、切に願った。
シンシアは、白いどこかにいた。
さっきまで感じていた激痛など何もなく、どこか懐かしさを感じてしまう、優しい白。
どこに居るのだろう?
意識がまとまらない……………
あの後、一体どうなったのか………?
確かにあの時死んだはずだろう?
しばらくぼうっとしていると、どこかから誰かが来たような気がした。
どこかで会ったことのあるような、懐かしい…………
『まったく。そう生きると決めたなら生き抜けばいいのに…………仕方のない子です』
あ…………
『あの後、死んでしまった私に言えたことではありませんが、もっと生きて欲しかった』
ああ……………
『でも、これだけは言っておきましょう』
あああ…………………
『よく頑張りましたね………私の愛娘………』
本当に、泡沫のような夢だった。
※※※※※※※※※※※※※
シンシアを倒してすぐに、彼らは眠るように気を失った。
城に勇者一行の全員が居なくなったということで、すぐにオーディールが飛んできたのだが、その時には眠った四人と、死体が一つだけだった。
森もおよそ七割が消滅し、とんでもない戦闘が行われたことが分かる。
それから四人全員が目覚めるのに三日。
ようやく事の次第を報告するに至ったのだ。
「そうか………それで、使徒は死んだか………」
「はい、この手で仕留めました」
報告にリフセント王は安堵する。
王女の呪毒が偽物と分かり、魔術師によって解除されたのだ。
さらに、使徒も死んだ。
国家が直面した大きな問題はすべて解決したと言える。
リフセント王は感激し、肩を若干震わせている。
それもそうだ。
何十年も倒せなかった使徒の一角を落したのだ。
これほど素晴らしいことも、そうはない。
「良くやってくれた………!そなた等の偉業、我が国で語り継がれることとなるだろう」
「恐縮でございます」
ぎこちなくだが、礼を述べ、頭を下げる。
先程から勇者ばかりが対応しているので、彼も仲間たちにそれを擦り付けられないかを考え始めた。
だが、一応は言っておかなければならないこともある。
浮かれてばかりもいられない。
「まだ使徒はいます。再び攻めてこないとも限らない。これからも十分注意してください」
「分かっておる。そして、もちろん協力なら惜しまん。これから先、我が国を頼るのならいくらでも言え。なんでも用意しよう」
リフセント王は頷く。
そして、
「ああ、それと、そなた等に言いたいことがある者が来ておる。その者と変わる故、心して聞くように」
いきなりの交代宣言に勇者一行は首を傾げる。
何事か、といった顔をしている。
王座の横の扉が開けられた。
そして開けられた扉から、第三王女のシャーリーが現れた。
「勇者一行の皆様。この度はありがとうございます」
シャーリーは深く、頭を下げる。
それに魔術師だけは慌ててワタワタしていた。
だが、他三人はそれを真摯に受け止めている。
「此度の貴方達の活躍で、我が国は救われました。それに、私にかけられた術もです。感謝してもしきれません」
「結局、大事に至る類のものではなかったのです。頭を上げてください」
「いえ、感謝の意ならいくらでも示さなくては。この国を貴方達のおかげで、この国が助かったのは真実なのですから」
深く、深く頭を下げ続けた。
そしてその後、ようやく頭を上げたのだ。
次に、彼女は魔術師の元に駆け寄った。
「ひゃい!?」
「すみません………!」
手を取り、また同じように頭を下げる。
王女としてではない、一人の人としての感謝と、謝罪だった。
どうしてもこれだけは言っておかねばならないと思ったのだ。
このためだけに来たと言っても過言ではない。
「貴女の優しさを利用して、使徒と戦うようにけしかけたのは私です。本当に、ごめんなさい………!」
「え、えっと………」
周囲の視線が魔術師に釘付けになる。
何よりもそれが魔術師を緊張に陥れた。
周囲からしてみれば、二人の繋がりが分からないのでちんぷんかんぷんだろう。
「私は心の底で、ああ言えば使徒と戦うだろうと思ったのです。それで時間が稼げなければこの国は滅ぼされると思ったから…………」
魔術師はようやく理解したようだ。
そんなことをわざわざ謝りに来るとは………
自分が謝りたくなってしまう。
こんなことは、謝られるようなことじゃない。
「あ、頭を上げてください………そんなこと、私はの、望んでいません………」
「でも………」
「そんなこと、分かっていたんです」
けしかけようとしたのは、分かっていた。
分かっていながら彼女は使徒に特攻をかけたのだ。
だから、彼女が謝るなんてお門違いと言うものである。
「わ、分かっていて、全部自分で決めてやったんです。むしろ、せ、背中を押してくれたと思っています」
「でも、そんな崇高では………」
「私がそう思っているのだから、良いんです」
有無を言わせぬ言いようだった。
自分の考えを、実際にそうだと言いきったのだ。
これは、自分の言うことを曲げないだろう。
「ごめんなさい………ありがとうございます………これからも、友人でいてくれますか?」
「もちろんです。こちらこそ、ありがとうございます。それに…………」
「えっ?今…………」
「何でもありません」
この話は終わりだ。
二人は納得して、お互いを認めている。
なら、もう十分なのである。
「では、物資も充分いただきましたし、我らは次の国へ………」
「まあ、待て。話があるというのはもう一人いるのだ」
首を傾げる。
そんな人物まだ居ただろうか、という様子だ。
だが、リベールはすぐに思いついたらしい。
あっ、という顔をしている。
「入れ」
リフセント王の言葉とともに、扉から一際大きな男が入ってきた。
その巨体、その鎧の上からでも分かる筋肉、そんな人物は一人しかいない。
「お、オーディール、様………」
何故かリベールは顔をひきつらせているが、間違いなく英雄のオーディールだ。
話とは何だろう、と察していない他三人は待っている。
「正座」
「はい?」
「いいから正座しろ、バカ共ぉ!」
圧にやられてすぐに正座する。
視界の端では、リベールだけが何故かすでに正座をしていた。
一体何だ?と思っていると、一人だけ正座していない者が居るのだが…………
エイルだけは一人知らんままだ。
「おい、聞こえなかったか?」
「いや、何でだよ?俺たちがそんなことする理由なんぞ………」
「ふぅん!」
ゴッ!ドオオン!
(は?)
哀れ、命令に従わなかったエイルはオーディールのハンマーのようなゲンコツを喰らってしまった。
頭を床にめり込ませている。
ホントに何なんだ?
なんでいきなりこんな………
「説教だ!」
そこから数十分、説教は続いた。
「だいたい、自分たちだけで突っ込むという思考がおかしいのだ!行くなら私を呼べばよかろう!どうせやるのなら何故他の者も呼ばん!?一人でなど、自分のことを蔑ろにするのも大概にしろ!私がどれだけ心配したと思っているのだ!?お前たちはお前たちが思っている以上に価値があるのだぞ!お前たちを想う者とて居るのだ。ふざけるな!」
爆弾が爆裂したかのような轟音だ。
本当によくここまでの声を出し続けられるな、と感心すらしてしまう。
いい加減鼓膜に傷が付きそうだ。
とんでもなくしんどい。
「おい、聞いているのか!?」
「うるせぇ!てめぇが来るのが遅れただけだろうが!」
「まだ生意気を言うか貴様ー!!」
もう後半は半ばエイルとオーディールの言い合いになっていった。
結果オーライであれしかなかったんだからいいだろ、というエイル。
身の振り方をわきまえろ、というオーディール。
どちらも正しいから手に負えない。
だが、次第にそれも落ち着いていった。
どんどん声は落ち着いていって、ついに二人は息を乱れさせながら言い合いをやめていった。
「はあはあ………もういい………!」
「やっと、分かったかぁ………俺が正しかったんだよ………」
「そうではない………」
本当に長い説教だった。
まあ要約すれば、一人で突っ走るようなことをする前に他人に話すことを覚えろ、ということだ。
かなり長生きの『超越者』として、若い彼らに落ち着くことを知ってほしいのだろう。
ひたすらに喋りまくったオーディールだったが、まだ何かあるようだ。
まだ何かするのか、と少しだけ呆れたところで…………
オーディールは一息つくと、ガバッ四人を抱く。
いきなりなんだ、と全員が思ったのだが、すぐに何も言えなくなった。
力強い抱擁に、そして、頭上から力強い声が響いたのだ。
「本来なら、私がやらねばならなかったことだ。お前たち若者がリスクを負う必要など何一つとしてなかった………!覚えておいてくれ。私は、いつもお前たち若者を守るために戦っている。お前たちのことを想う者など、いくらでもいるのだ。だから、自分のことをもっと大事にしなさい」
大きな慈悲だ。
これまで、戦うことばかり考えてきたために、急にそんなことを言われた四人は戸惑うしかない。
この言葉は、いつまでも彼らの心に残り続けることになる。
この国を出た後も、その先も、そして………
書ききれなかったので一応書きます。
シンシアちゃんが出ていってしばらく、運の悪いことに彼女の母親は病気で死んでしまいました。
彼女は自分の国に一切近づかなかったのでそのことを知らなかったのです。
それと、オーディールおじさんの説教のあと、彼らは次の国に旅立って行きました。
最後の言葉はきっと彼らにとって意外だったに違いありません。
強い君たち、自分たちは戦わなくてはという潜在的にある意識がこの言葉で自覚することができました。
この言葉は結構彼らに刺さったはずです。
あと書くの忘れてましたけど次は間章になります。