32、シンシアという名の人間
明日忙しいので更新できまへん
自分は異常なのだと、よく知っていた。
使徒は、シンシアは、『勇者』を呼んだ、あのナハトリア王国の第三王女として生を受けた。
第二妃の二番目の子として生まれ、後継争いとも無縁。
将来は他国に嫁ぐことになるだろうし、そのことにも本人は不満があったわけでもない。
きちんと教育も受けてきたし、その結果として国民に報いようとも考えていた、王族としての責任感も持ち合わせていた。
王女として、この上なく普通の人材であったのだ。
何かの物語のように虐げられたわけでも、何かに嫌気がさしたわけでも、大事な誰かを失ったわけでもない、幸福な王女だったと言える。
彼女は健やかで、お転婆で、そして何より好奇心旺盛な普通の少女でしかなかった。
威厳に満ち、尊敬していた父。
厳しくも優しい母。
いろんなことを教えてくれた兄や姉。
可愛らしく、そして守るべき弟妹。
王族という特殊な立場ではあったが、それでも家族仲は悪くなかった。
それなりに会話をすることも多かったし、理不尽でも、恐ろしくも、愚かしくもない優しい家族であったのだ。
別れの日すらも、最後まで惜しむことを辞めない、根本ではお人よしの家族。
だから、誰も悪くはない。
悪いのは、一から十まで自分でしかない。
そう、いつものように庭で日を浴びていたのだ。
シンシアは少々お転婆だったので、中でいるよりも外で体を動かしている方が方が好きだった。
外で走り回って、疲れて寝転んで、しばらくしたら側仕えのメイドが「はしたない!」と言いながらこちらに来るのだろうとぼんやり考えていた。
ここまではいつも通りの日だったのだ。
ここまでは………
本当に些細なことだった。
ふと、横を見なければ気づかないような異変だったろう。
木の下の、影の中。
いつもはそこに居ない、ソレがそこにあったのだ。
小さな、小さな命がそこに居た。
翼を怪我した小鳥が居たのだ。
駆け寄った。
とにかく、そこに居るソレが気になり、近くで観察しようと思ってしまった。
そして、その時に見たモノが自分の人生を変えるのだと気づくことなど、この時は考え着くことなど不可能だった。
近くによって、傷を見て、普通の少女ならとにかく手当をしなければと周りにいる大人に助けを乞うだろうか?
この時の彼女も、関わり深いものが周りから見ていればそうしているだろうと簡単に想像できるほど優しい少女だったのだ。
少しお転婆なだけの、優しい普通の少女。
使用人にも、家族にも、誰にでも優しい少女は、怪我をした小鳥を………
殺した
無感動に、無作為に、何のためらいもなく殺した。
だって、綺麗だったのだ。
小鳥から出てきた血が、生きようと意思が、これまで見てきたどんな宝石よりも本当に綺麗に見えた。
そして、ソレを壊したらどんなことを自分は思うのだろうか?
それに、その中にはどんな綺麗が眠っているのだろうか?
そんなことを考えたら、気づいたころには殺していた。
なんとも無邪気な笑顔が漏れ、無邪気に殺していた。
いけないことと分かっていても、ついやってしまったのだ。
この時から、心の奥ではずっと命に関心が向いたのだ。
剣がそのための手段となったのはしばらくしてからだった。
ほんのおねだりのつもりで、剣を貸してほしいと言ってみた。
騎士団の訓練に姫様が参加するなどバカらしい、はしたない、と叱られるところなのだが、その時は口うるさい側仕えから逃げていたし、騎士たちも気前が良かったので面白半分に木剣を握らせてみた。
こうこう、こう振るのだ。
こうしてこうすれば綺麗に振ることができる。
一度聞かせて、見せて、振らせてみたのだ。
振らせて、次には驚愕した。
訓練用の木偶に木剣を振らせてみれば、なんと斬り裂いてみせたのである。
真っ二つに、木剣で。
これに騎士たちは喜んだ。
良くも悪くも、彼らは人格者だった。他人の才能を伸ばすことが楽しくて仕方なくて、その日以降も足繁く通わせたのだ。
驚くほど早く吸収していくシンシアに、騎士たちは遠慮なく技術を叩き込んでいった。
その時もいた騎士団長も、
「凄い才能だ。もしもの時には、貴女様がこの騎士団を率いてくださればどれほど民が救えるか………それに使徒と戦えるようにも………」
これほど皮肉な言葉はなかった。
彼らは強い戦士を生み出そうとしたのだ。
彼女の善性を信じて、きっと天上教に対抗するための切り札になると期待して、技を授けた。
優しい、活発な少女はきっと民を守ってくれる戦士になってくれる、と。
王や母を筆頭にして、剣を振るうことにあまり快くは思わない者たちもいたのだが、そんな彼らもシンシアが剣を振るう様を見れば押し黙ってしまう。
一生懸命に剣に打ち込む彼女の熱意と、そこから見て取れる彼女の才能に何も言うことができなくなってしまうのだ。
彼女もそのことが分かっていたから、全力で剣を振るい、彼らの技術を少しでも多く盗もうと観察も練習も復習も欠かさず続けた。
だが、それが心の奥では殺しの衝動を紛らわせるためと、コレで殺したらどんな風になるんだろうという興味から来ているということは、彼女自身ですら気づくことはできなかったのだ。
だから、どんどん彼女の衝動は酷くなった。
致命的だったのが、初めて魔物を殺した時だ。
騎士団に連れられ、そこで魔物を討伐することになったのである。
普通ならあり得ないのだが、それを許可されてしまうほどの才能が彼女にあった。
国王たる父が彼女の熱意に押されて許してしまい、そして周囲の人々は彼女が将来騎士団に入ることを信じて疑わなかったために、特例が行われてしまったのだ。
将来の騎士団のエースのために、実地訓練を積ませようというおせっかいのせいで彼女の歪みは加速していった。
あまりにも、彼女はできすぎてしまった。
現れた魔物など、一瞬で斬り殺した。魔物は必死に抵抗しようとしたが、明らかな格上に命を狙われているという恐怖からすぐに逃げられなくなってしまった。
その時に感じた肉を斬る感触、飛び散る血しぶき、そして肉体という器から抜けていく命。
何より、最期の瞬間感じた恐怖の色。
これほど面白いことがあるのかと思った。
これほど綺麗なものがあるのかと思った。
彼女の歪んだ根底には、これほど合致するものはなかったのである。
彼女は王女として教育されてきた過去がある。
そして、元来備わっている狂気が存在する。
このことがどれほど彼女を蝕んだろうか?
分かっていたのだ。
こんなことはしてはいけない。
今すぐにでもこの手を引くべきだ、引き返すべきだ。
だが、気が付けば前に進み、後ろに戻ることができなくなっていった。
どんどん殺しを楽しんでいる自分を近くに感じるようになっていく恐怖と嫌悪が自身を支配していき、そのせいで眠る時間すらなくなっていった。
だが、そんな様子などおくびにも出さない。
あくまでも優しい王女として、人々を守る騎士として、何年も何年もソレを表に出すことはなかった。
たくさんの魔物を殺しながら、とにかく衝動を抑えるしかない。
このせいで騎士団の中で誰よりも多くの魔物を殺し、本当に将来有望な『姫騎士』と呼ばれるようになったのも当然と言える。
だからこそ、さらなる苦しみを味わった。
良くも悪くもまじめだった彼女は、そうあるべきだ、期待に応えなければ、ということばかり考え、自分をより許容できなくなっていったのだ。
殺したくて、でもそれはよくなくて、そうやって一人で抱え込むストレスは想像を絶する。
その苦痛から逃げたくて、とにかく働いて頭をいっぱいにした。
徹夜に近い時間のデスクワークを何度も繰り返したのだ。
これはとてもよく作用して、本当にこれに没頭している間だけは殺しのことを忘れることができる。
周囲の人間からは、彼女のことはよく働く、くらいにしか思わない、いや、思えない。
だが、ずっと働いて、もうほとんど寝ることがなくなったある日、さらなる悪化が彼女を襲う。
休め、と父に言われた。
多少は食い下がったが、なぜそこまで働くのか、と父に聞かれた瞬間に何も言えなくなってすごすごと自室に戻るしかなかった。
久方ぶりのベッドでの睡眠
すぐに眠れると思って目を瞑り、いったいどれだけこんな生活をしなければならないのか、と考えていた時に………
本当にただの思い付きだった。
作家が日常生活の中でいい文章をふと思いつくように、彼女も特にそのことを考えもしなかったのに、突然思いついたのだ。
この日、この時、彼女にとって、決定的な日になった。
もし、このことを誰かに話していたら違ったろうか?
もし、無理せずにすべてを投げ出してしまえばマシだったろうか?
そもそも、もしあの時あの小鳥を見つけなければ………
だが、この時初めて思ったのだ。
(人を殺すのって、どんなだろう………?)
あまりのおぞましさに震えが止まらなかった。
こんなことをふと考えてしまう自分が恐ろしかった。
だが、心の中ではそう思うと止められなかった。
魔物は殺したのだ、だから人間を殺してみるのもアリなのでは?
殺すしかない、やるしかない。
いや、ダメだ!人は守るものだ!
人は、人は、人は………
魔物を殺す。
そうして忘れるまで気を紛らわせるしかない。
そう確信した次の日から魔物殺しに没頭した。
逃げるように森に一人で籠り、それからずっと殺しに専念する。
きっと突然いなくなったために騒ぎにはなっただろうが、そんなことを考えている余裕なんて彼女にはなかった。
次の日も、その次の日も、その次も次も次も、魔物を殺し続ける。
延々に無限にいつまでも殺すしかない。
気づけば殺す。
おそるべき彼女の才能は、殺すために特化していた。
殺せば殺すほどに動きは洗練されていく。
技術の洗練とともに、殺人の欲求は高まる。
殺したくて殺したくて仕方がなくなっていくのだ。
魔物を殺すときも、どうすればすぐに死ぬかや、どうすれば痛みを与えながら殺せるかをずっと考え、それを人に転用できないかを考える。
本格的に、それ以外を考えることができなくなっていった。
衝動は日に日に増していき、人から逃げるようになったのだ。
きっと、だれかれ構わず殺すと確信したから………
せめてもの僥倖は、その時に会ったのが知り合いではなかったこと。
そして不幸だったのは、それが子供だったことだ。
深い森の中でなら人に会うことはないと高をくくった。
いや、いるわけがない、と思うしかなかった。
まさか、こんな奥まで迷い込んでくる子供など考え着きもしなかったのだ。
目に付いた瞬間に、血と脂でボロボロの剣は、何の抵抗もなく子供の小さな体を貫いた。
飛び散る赤はこれまで見た何よりも綺麗で、あっという間に虜にされる。
そして、刺した子供の最後の表情、ポカンとした、その顔にとてつもない高揚を覚えてしまったのだ。
そして、吐いた。
胃の中のものをまき散らし、後悔と嫌悪だけが溜まっていく。
こんなにも、自分は醜いのか………?
欲望は止まるところを知らず、この先もこんなことが続くのか?
心の中が掻き毟られるような痛みと気持ち悪さに、再び吐く。
だが、苦しいはずのその顔は、嗤いで歪んでいるということも深く理解してしまうのだ。
死のうと思った。
こんなにつらいのなら死んでしまおうと、それが償いだと思った。
剣を胸に突き刺すだけで、この人生から解放されるのだ、と心の底から安堵した。
この呪われた魂を消し去ってしまおうとして………
そして、最後の転換点がやって来る
「待ってください」
女の声だ。
どこか優しさを感じる、しかし、悲しみに満ちているようにも思える女の声………
声の主は、始めからそこに居た自然にそこにいたのだ。
綺麗なローブを纏った女で、なぜかその顔を認識することができない。
怪しいけれども、自然と受け入れてしまうナニカがあった。
「命を絶つには早いですよ?」
亡霊のような彼女は、いつまでもシンシアに付きまとった。
優しい雰囲気と言葉で、死ぬべきではない、死んでほしくないと訴え続けた。
死のうとしても、謎の女の力によって剣が弾かれてしまう。
どうしても死なせようとしない、その女に畏怖を覚えたし、確実に自分よりも強いと分かっていた。
危険で、怪しくて、怖い女だ。
でも、どうしてか言葉が心に響いた。
そういえば、心の底を覗かれたのは初めてだ。
初めて心に寄り添おうとした存在に、意外と絆されてしまったのかもしれない。
いや、もしかしたら………
「一度だけ、私に身を任せてくれませんか?」
その言葉を飲み込んでしまうほど、弱っていただけなのかもしれない
血だ………
「な、なんだあいつ!」
「逃げろ、殺されるぞ!」
悲鳴だ………
「きゃあああああああ!あんたぁ!」
「頼むぅ!この子だけはぁ!!」
夢にまで見た、殺しだ………!
「ゲハッ!バ、バケモノ………」
「なんで、なんでこんな………!」
「人じゃ、ねぇ………」
女に唆され、近くの村を滅ぼした。
あっさりと、まるでアリでも踏みつぶすように………
あれだけ苦しかったというのに、二人目には葛藤よりも欲望の方が強まった。三人目からは殺したという事実に酔いしれた。十人目からは殺し方に気を使えるようになった。
そして、終わったころにはこれが自分なのだと受け入れられて………
呪われた魂だと吐き捨てた自分を受け入れる。
そのために、老若男女問わずすべてを斬り捨て、そして最後に嗤ってみせた。
『覚醒』のために必要な要素は一つを除き、すべて満たしていた。
あと、一つだったのだ。
殺戮によって満たされ、その最後のピースがようやくはまる。
「これは………?」
「力を感じるでしょう?おめでとうございます。貴女はあの『聖騎士』と同じ領域まで上り詰めたのです」
「同じ、領域?人の枠組みから外れるということか?」
「おおむね間違いありませんとも」
滑稽に違いなかった。
ついに、人であることまで辞めてしまったらしい。
そして、これではっきりした。
自分は化け物だ。
こんなところで人間ごっこを続けることは、自身の呪われた魂が許さない。
もう、ここには居られない。
「貴女の正体、聞いていなかったな」
「なんとなくわかっているのでは?」
「教えてくれると嬉しい」
この時点で、女についていくことは確定していた。
自分のような『悪者』は、どこに行かなければならないのかなんて、子供でも分かる簡単な問題だ。
「私は天上教、教主です。気軽に『教主』と呼んでもらって構いません。私の目的は、もうわかりますね?」
最後だ。
顔を隠し、外套で誤魔化す。
端から見れば、誰だかわからないだろう。
その状態で、彼女はすべてを押し通し、邪魔する者を殺していった。
自分の居場所だった所への最後の帰宅。
正面から顔を隠さずに行けばいいだけの話なのだが、それではいけない。
せめて、悪人として最後の別れをしなくては………
もう更生の余地などないのだと、知らしめなければ………
王城に入ってすぐに、三人の騎士が向かってきた。
彼らの顔には見覚えがある。
初めて剣を握った日、剣の振り方を教えてくれたのは彼らではなかっただろうか?
そういえば、彼ら三人は幼馴染で、三人の夢だった騎士を諦めずに追い続け、やっとの思いで騎士になったのだとか。
ひと振り目で、真ん中の一人を刺し殺す。
剣から彼の脳髄がたれ、確実に死んだことを確信した。
返しの二振り目で、右隣を殺す。
首をはね、頭が宙を舞った。
最後の一人は、二人の死に気づき、雄たけびと涙と共に剣を振るい、だが、次の瞬間には心臓を一突きにされていた。
進む
次に来たのは、ああ、確か騎士団長に育てられたという青年だったか。
かなりの腕前で、『覚醒』する前は何度も手合わせを繰り返し、年が近いことも相まって一番仲が良かったかも知れない。
しかし、彼女には剣の腕では及ばない。
踏み込みの瞬間にはもう射程圏内に入っており、剣を振るおうとしたところで唐竹割で真っ二つにした。
彼女と団長を除けば、一番才能があったのは彼だったかもしれない。
進む
現れたのは、騎士では珍しい女性だった。
ああ、彼女は確かこれから結婚するのだとか。
いや、その話は自分が居なくなった前だったからもうしているのかもしれない。
同じ騎士団の、素朴そうな顔の彼とするのだった。
刺突を刺突で相殺する。
驚きの表情で染まったのが分かったが、こんな技に何の感慨もない。
さらに刺突を押し通し、そのまま彼女の心臓を貫いた。
進む
たくさんの騎士たちが、たくさんの思い出が、たくさんの命がやって来る。
一歩進めば、一以上の命が消えていった。
そこには懐かしさも何もなく、燃えるような高揚と凍るような虚無感がそこにはあった。
進む
「貴様、何が目的だ!」
これまでの騎士たちとは明らかに違う、同じヒトデナシの老人が現れる。
鎧と剣がなければ、本当にただの老人としか思えないほどに柔和な顔立ちの老人である。
騎士団長、『聖騎士』ガルゾフ=ヴィクス=アレーム
百年以上ナハトリアを守護してきた英雄。
彼とシンシアの周りには、もうすでに人は避難されていたのだろう。
もう、そこにはヒトデナシしかいなかった。
「貴様、とはずいぶん偉くなったな。いや、それも仕方ない。私はただの賊だからな、ガル爺」
外套を脱ぎ、顔を隠す仮面を外した。
さぞ、驚愕したことだろう
これまで、こんな凶行に至るような顔は一切見せてこなかったのだ。
「なぜ、いや、コレは何かの間違いだ!貴女様がこんな、こんなこと………!」
「話をさせてくれ。父上たちも呼んで、話がしたい」
これで本当に呼んでしまうのだから、彼のお人よしは底抜けだ。
本当に人の善性を心から信じる、ただの優しい老人が強いというだけの人物なのだから仕方がないが………
「なぜ、今までどこに、」
弟や妹は居ない。
他に嫁いだ姉たちも王の候補者の兄たちもいなかったが、母と父だけはそこに居た。
これが、最後の時だ。
「ええ、最後に、挨拶をしようと思いまして」
「最後?挨拶?」
「私は、天上教の使徒になります」
場が凍り付くというのは、このことを言うのだろう。
誰も、何も言うことができなかった。
ワナワナと唇を震わせ、何か口にしようとすれば、出来ずにそのまま空に消えてしまう、が何度も続き、そうしてやっと………
「お前は、そんなことをする子じゃないだろう」
ひねり出したような言葉だった。
王としての姿しか見せない彼が、珍しく見せた父の姿だった。
そんな父ですらも、本性を見抜けずにこの言葉を吐いたのだから、こんなに切ない言葉もなかった。
「ずっと、こうですよ。昔から、こういうことが好きで堪らなかった。ただそれを、隠していただけなのです」
「ずっと、王女として育ててきました。そんなことを教えたことはありません………!」
「ええ、だからこれまで耐えることができたし、これまで苦しんできたのです」
ガルゾフは涙を流している。
父も母も、その表情は優れない。
あくまでも、彼らは保護者として接している。
きっと彼らもこれが最後なのだと理解しているのかもしれない。
「何がしたい?使徒になって、どうする気なのだ?」
父として、娘を気遣う言葉だった。
顔に、そんなことをしてほしくない、そんなことを望んでいない、書いてあった。
しかし、そんな願いなど無視してこその自分だ。
「使徒として世界を恐怖に陥れましょう。私に、ピッタリだと思いませんか?」
この時点で、彼らには彼女の目的が分かってしまった。
皆、悔しそうに、悲しそうに、顔を顰めるしかない。
「それで、いいのだな?」
「ええ、ごめんなさい」
あまりにもあっさりとした言葉、けれどもこれまででもっとも感情の籠った声が出る。
これを最後に、もう戻ってくることはなかった。
王家から名前を消され、シンシアから『断裂』になった、運命の日だった。
※※※※※※※※※※※※
悪くない日々だった。
こうして自分の中にあるすべてを思い返して、つらい時も、楽しい日も、溺れた日も、全部そう悪くないように思える。
今、彼らはどうしているだろうか?
自ら捨てたモノではあったが、やはり今になって、少しだけ惜しく感じている。
使徒になる以前の生活も、あの温かい人々はそれほど嫌いではなかったのだ。
それが、苦しむ原因をつくりだし、自ら壊したものだとしても………
父は、きっと悲しむだろう。
王として、優しすぎるほど彼は人格者なのだ。
誰も悪くは無いのに、きっと自分のことを責める、いや、今も責め続けているかもしれない。
母は、怒るかもしれない。
厳しい人だったのだ。
生きるのなら、せめて生き抜いてみせろと憤り、ひっぱたかれるかもしれない。
あの爺様は、どうしているだろうか?
使徒を殺したとのことだが、今もあの時のことを悔いているかもしれない。
騎士をやっているのが不思議なほど優しい爺様だ。
他の騎士団の皆はどうだろう?
憎まれているのか、悲しまれているのか、それとも隠されて知らないのか…………
殺した面々も、どんなことを想って死んだのだろう?
さあ、これで最期だ。
これは、必ず敵を殺すときにみせる型だ。
必滅の力として自身で定めた、最強の攻撃と言える。
いわゆる、必殺技。
もしもこれを放ったなら、都市一つ消すのには余りある威力であり、一人を、いや、二人を倒すのには過剰な力かもしれない。
だが、これをしなければ倒せない。
いや、倒しても反動で死ぬだろう。
自身の残りのすべての力を込めた、斬撃。
シンシアの『魂源』は、斬撃の結晶だ。
壊すでもなく、焼くでもなく、抉るでもなく、純粋に斬るということが詰まった一撃。
それを、凝縮させる。
『斬る』という概念にすら干渉する、『斬った』という結果を無理矢理たたき出す何人にも防げぬ『斬撃』。
名前を付けるなら、『神剣』
これを防ぐためには、同じ概念にすら干渉できる力で対消滅させるか、それすら捻じ曲げる力で防ぐしかないだろう。
『聖剣』ごときに、防ぐ術はない。
勇者の『聖剣』からは、とてつもない輝きが放たれている。
向こうも、きっと最大で最強の攻撃が来ることだろう。
楽しみだ………!
どうやって、この『剣』を防ぐのだろう?
聖女と二人がかりで、きっとこの巨悪を倒してくれるはずだと期待させてくれる。
恐るべき一撃に、勇者は真正面から打ち砕いてくれるはずなのだ。
だって、『勇者』の本当の『魂源』は…………!
音を遥かに超える速さで踏み込む。
足跡から、遅れて音と衝撃が巻き起こる、それだけで町ていどなら壊し尽くせる威力だ。
コンマ一秒しない内に、魔剣と『聖剣』が激突し、
勝負は、一瞬で決した。
結構頑張って伏線回収?した。
一章の王様はいつも悲しそうな顔してましたね?