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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
二章、呪われ王女
33/112

31、私の名前は……

作者が言うのもなんだけど、いつまでも戦ってるんだ?


 リベール=ハル=ハーレンスは『聖女』だ。  


 世界中で信仰されている『主』のお膝元である大国、聖アレンティーヌで生を受けた。

 父も母も知らず、生まれながらに『聖女』として育てられたのである。 


 聖アレンティーヌは宗教国家として世界に唯一存在する大国だ。宗教といえば『主』を讃えるものであり、それ以外はもう一つしか存在しないし、さらにその他は無宗教者と認識される。

 だから、聖アレンティーヌの力は影響力という意味でなら世界一と言えるかもしれない。


 そんな国に旗印である『聖女』として育てられた彼女は、一級品だけを周囲に置かれてきた。

 教育、食事、衣類などなど、あらゆる全てに対して不自由をした記憶は一度もない。

 しかし、心の中ではいつも同じことを思っていた。


 退屈


 ずっと歴史や教養、神聖術のお勉強。

 仲のいい人なんて一人もいないのに、そのくせどこに行くにしても人が付いて来る。

 よくそんな周りの大人たちに、なんでこんなことしないといけないの、と聞いたのだが、同じような事しか言わない。


 世界のためにだの、『主』の敵を滅ぼすだの、虐げられた民のだの、貴女の責務だの。


 いつも思っていたのだ。


 誰がそんな知らない誰かのことなんて気にするかバーカ、と。


 だから、『聖女』の役目なんて嫌いだったし、周りのつまらない大人たちだって嫌いだ。

 こんなしょうもないことに自分の貴重な人生を浪費させようとする民衆なんて反吐が出る。


 人前でニコニコしているだけで勝手に盛り上がって、ワーワーと「『聖女』様ー!」と騒ぎ立てる。

 気持ち悪いったらありゃしない。


 自分はお前たちの玩具じゃない、とその場で喚くことができればどれだけ心地よかっただろう。

 こんな面倒なこと辞めてやる、とその場から逃げ出せたのならどれほどスッキリしただろう。

 

 だが、それは彼女にはできない。

 こんなことを思ってはいるが、基本的に性根は善人なのだ。

 

 それの結果として出る迷惑がどれほどになるかを、彼女はキチンと分かっていた。

 もし『聖女』がそんなことをすれば、周囲の関係者は責任を取らされて一族撫で切りでもおかしくない。

 いくらなんでも、自分のせいで人が死んで、それで気持ちがいい思いをするなんてまったく思わなかった。


 取り巻く環境が嫌いなのに、その環境に縛られている。

 この呪縛から逃れることは絶対にできない。

 どうしようもなくもどかしく、腹が立つ結末だ。









 

 その呪縛が少し、マシになったのはいつだったろうか?


 何年か前、側仕えが変わった。

 年の頃はリベールの四つ上で、伯爵家の四女が中央に奉公に来たという特に珍しくもない話だ。

 珍しかったのは、いつもは2から3人だった側仕えが、今度は一人だということくらいだろう。

 いつも偉い方が慎重に側仕えを選んでいるのだが、今回は慎重が過ぎてしまったらしい。

 

 「お初にお目にかかります、『聖女』様。私、本日より側仕えとして参りました。」


 これまで、側仕えの名前なんてまったく覚えてこなかった。必要最低限以上のことはまったく喋らなかったし、興味もなかった。

 しかし、目の前のコイツ相手にはかすかな興味が湧いたのだ。

 

 会った瞬間、コイツは呆れた顔でため息を吐きやがった。


 それから、興味は尽きなかった。

 慇懃無礼という言葉がこれほど似合う女はいない。

 これまで必要最低限以外話さなかったにも関わらず、彼女とはいつも掛け合いになった。

 あまりにもな彼女の態度に、リベールはいつもツッコミを入れて、逆に彼女をおちょくるのも楽しくて。

 この時だけ、普通の少女のように過ごせた。

 その時だけ、退屈だった時間がなくなったのである。

 

 それなりに長い期間一緒にいた。

 一年か二年か、それ以上かはよく分からないが、その中でどうして初対面のときにあんな反応をしたのか聞いたことがある。


 なんだったんだ、あのため息は?

 一応私は『聖女』だぞ?


 「いえ、『聖女』は人なんだなと思って………」


 彼女の感性は、とても独特だった。

 普通の人とは考え方が違うというか、天然というか………

 当時は首を傾げたものだ。

 

 だって、当たり前だろう?


 『聖女』なんて人以外できようもない。

 それを、何を今更?

 

 「大抵の人はそう考えてますよ。『聖女』は人形じゃなくて人だったのが意外だったんです」


 いや、大抵の人はそんなこと考えないだろう?

 いきなり人を人形扱いか?

 感性が独特すぎて噛み合わない。


 「別に、分からないならそれでいいです。でも忘れないでください。貴女の名前はリベールですよ」


 よく、分からない。

 何をそんなに当たり前のことを…………



 今、彼女が何をしているのかは分からないが、昔彼女が作ったという小説はとても面白かった。









 『勇者』を召喚するらしい。

 

 最近になって、天上教の活動が活発になっていった。

 一般の信徒たちはかなり暴れまわり、使徒も人類側の英雄たちを牽制するように配置されている。

 さらには、『教主』による完全な宣戦布告だ。


 手はいくらあっても足りない。

 よく分からないが、『勇者』とはそんな状況を一変させられるだけの力があるとのことだ。

 一体どんな化け物を呼ぶつもりなのか?

 

 代々、『聖女』は『勇者』の側に居るとのことで契約によってその自由を奪われるらしい。

 異世界から召喚する『勇者』から信用してもらうための生贄として、その身を捧げて欲しいというなんとも本人からすれば自分勝手な要求だ。


 馬鹿馬鹿しいが、それでもやらねばならなかった。

 環境に縛られ、役目に縛られ、今度は『勇者』に縛られなければならないのか………


 いや、もう慣れた。

 もうどうでもいいことだ。

 陳腐な物語に出てくる、化け物に捧ぐ美しい娘というやつだろうか?

 愛想のいい自分を演じるのは得意だ。

 そう思うと、若干笑えた。


 でも、



 そう、悪くなかった。

 何でかは分からないが、彼がなんとなく、信頼できたのだ。

 契約によって心を覗かれたからだろうか、それとも自分は生粋のそういう趣味だった?

 なんでかは今でも分からない。

 でも、時間を重ねるごとに、よりその信頼が確かになっていったのだ。

 喋って、ふざけて、呆れて、食事一緒に取ったし、イタズラのつもりでベッドに潜り込んだりもした。


 そうして接している内に分かったのだ。

 彼は、自分と同じ人だった。


 何を当たり前な、と思うかもしれない。

 でも、彼は当たり前のことに怒って、笑って、悩んで、どこか寂しそうな顔をして………

 返す言葉も彼の感情が垣間見えて、他の人とは全然違ったのだ。

 彼は自分を害する化け物でも、同じことしかしない人形でもない。


 自分と同じ、人だった。


 人である彼にこれまでにない試みをして、それが成功したのは人生でかつてない喜びを引き起こしたのだ。



 初めて、友達というものができた。







 大きな壁の前に居る。

 その壁は、意思を持って声もなく問うていた。

 お前の底は何か?


 今、思っていることは、友人の彼のことだ。


 そんな彼が、今戦っている。

 にも関わらず、自分は一体何をしているのか?


 彼に押し付けるために戦ったのではない。

 自分が情けなくて、もっと強くなりたくて、あの使徒がとんでもなくムカついて………

 だから戦った。

 

 要は怒っていたのだ。


 その激情は愚行を決行させるのには十分だった。

 あの使徒をできる限り嵌めて、フラフラになりながらこちらに来る様は滑稽で胸がすいた。

 友達の仇、ではないが、とにかく変わりに痛めつけることができたのは僥倖だと思った。



 壁を何度も叩くが、ビクともしない。

 その間も、ずっと問うているのだ。

 何がしたい?お前は何者だ?



 でも、根本にあるのはもっと違う気がする。



 この手でアイツを痛めつけることが本当にやりたいことだったろうか?

 仕返しなんて、それが自分の一番やりたいことだったのだろうか?

 いや、そもそも戦いがそこまで好きじゃないだろう、自分は………


 

 じゃあ、何がしたいんだ?


 

 (私は…………)


 

 お前はどんな人間だ?



 (私は………………)







 (こんなふざけた関係を、全部ひっくり返したい…………!)


 役目も義務も関係ない。

 自分を縛っていたものなんてクソ喰らえだ。

 だから、今ここに存在する力の差も全部打ち壊してやろう。


 こういうのが昔から嫌いで、ずっとこうしたいと思っていた。

 さっき、彼女らは傷つけられた。

 今、彼は一人で戦っている。

 

 だから、友人たちすら縛ってみせるその摂理を壊したい。

 『聖女』として一番得意な自身の能力も、それ以外もすべて使って、力の差をひっくり返してやる。

 

 そうでなければ、彼に並び立てない。

 友達の隣に立つために、その壁は邪魔なのだ。


 愛すべき彼ら



 コレが私の根本だ。

 私が本当にやりたいことだ。

 


 目の前の大きな壁を打ち壊して…………



 「私は、リベールだ………!」


 自分の在り方が、完全に確定した。



 ※※※※※※※※※※※※



 一撃一撃が重すぎる。


 先程まで防げていた光線が、まったく異なるのだ。

 もしまともに受けようとしたのなら、一瞬で潰されるだけの重みがある。

 

 攻勢になど、出られるはずもない。

 完全にあの時の戦いとは構図が逆になってしまった。


 苦しい


 どうやってもこれは勝てないだろう。

 確かにエネルギーの扱い方は使徒のほうが心得ているとはいえ、それは逆転の要素にはなり得ない。


 しかも、勇者は慎重だ。

 油断など微塵も期待できない上に、勝っている要素を発揮させるような不注意は犯さない。

 

 

 何をどうしても、勝てない。



 奥の手、というものが無い訳ではない。

 しかしそれもどこまで通じるだろうか?


 だが、()()()()()

 ここで()()()ことこそ、重要だ。


 

 いくつもの光が使徒を襲う。

 今度は一撃たりとも受けてはいけないために、常識を超越した体捌きをもって、躱してみせる。

 さらに、魔剣を斬るためにではなく一点にエネルギーを集中させて、光を滑らせる。


 躱し、受け流し、そして当たらない。

 尋常ではない力の支配だ。

 剣の腕でも、『魂源』でも、『魔法』でもない、もっと分かりにくい力。

 『超越者』の一角にまで登り詰めた、使徒のもっとも前提として存在する力、才能だ。


 勇者も聖女も、そうあるだけの才能があるように、使徒にも使徒足らしめている才能があるのだ。


 最後の砦として、コレを切り崩せない限り、二人に真の勝利は訪れない。

 だが、それにこだわる二人でもない。

 ただ殺せればそれでいいのだ。

 純粋に、力で押しつぶしてしまえばいい。

 

 使徒が勝とうと思えば、そうやって攻撃をいなし続けてジリジリ進み、最後に一気に距離を詰めて………

 だが、そんなことを勇者は許さない。

 反撃の芽など、一秒とてそのままにはしておかないのだ。


 

 しかし、使徒の目的は勝利ではないのだ。

 だから、不合理な手をわざと打つ。



 「はああああ!!」


 雄叫びとともに、全力をもって光を打ち砕いた。

 先程までの余裕もなく、全身を軋ませながら必死になって斬ったのだ。


 自身を迎え撃つ二人を見る。

 人生で最期の敵だ。

 寄り添い、協力し、そしてここまでやってのけた。

 他の二人はいないが、それでもこの四人はとてもいいチームだった。

 敵として、とても誇らしくも思える。


 

 勇者は不可解な使徒の行動に首を小さく傾げながら、さらなる光線を放とうとして…………



 使徒が剣を手放すのを見た。



 それに、つい攻撃をやめてしまった。



 「まあ、待ってくれ!最期にやりたいことがあったのだ!」


 「寝言は寝て言ってください!」


 「殺すぞ、狂人」


 だが、二人は追撃をしようとしない。

 使徒の様子から、おそらくこれが最期の願いだと伝わったからだろうか?

 使徒と戦い、コレが死など恐れないし、騙し討ちなどせず正々堂々と戦うと分かるから、最期の願いくらい聞こうと思ったのだろうか?


 ただ不思議と、使徒の最期の命の輝きに圧された。



 「最期だ。最期に、名を名乗ろう。殺した相手くらい、少しなりとも覚えてくれ」


 

 笑った。

 嘲笑うでもなく、嗤うでもなく、純粋に笑った。

 恐ろしく大きな存在を、『超越者』として感じ取ることができた。

 この使徒の『超越者』としての存在の大きさに、ほんの少しだけ、気圧されたのを感じる。




 「覚えておけよ、勇者!私の存在を焼きつけろ!私は世界を脅かし、お前たち勇者一行を一人で蹴散らした恐るべき使徒だ!」




 魔剣を引き抜き、笑いながら構える。

 剣を下段に置き、大きく一歩踏み込んだ見たことのない構えだ。

 

 最期の一撃だろう。

 剣を持たぬ方にの手は動く様子はない、全身から血が出ている、全身が痛みに満ちているはずだ。

 これまでの連戦で力もずいぶん使った。


 瀕死のはずだ。

 そのはずなのに、何という気迫だろう。



 決死の一撃が、一人の『超越者』としての力が、一人の人としての最期が込められた………










 「私は使徒序列第八位『断裂』、シンシア=ファール=()()()=()()()()()()!押して参る!」

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