29、まだ足りない
ちょっと地味な回です。
箸休め的な?
もっといい展開思いついたら書き直します。
呼ばれたのだ。
理屈でも、理論でも、理性でもない。
起きていようが、寝ていようが関係ないのだ。
本能
勇者として、そうあれと定められた者としての本能が彼を呼び起こした。
理解したのだ。
助けなければならない。
ここで動かずに、いつ動くのか?
突き動かす衝動に身を委ね、気がつけば全力で地を駆けていたのである。
場所など考えるまでもない。
確実に、そう感じる方向に彼らは居る。
魂から『聖剣』を引き抜きながら、敵に備えた。
『聖剣』は輝きを発しながら、さらなる力を蓄えているのを感じる。
(死ぬな………!間に合え………!)
祈りながら走る。
今は、そうするしかなかった。
不安にかられながら、全力で駆ける。
だが、不思議と確信があった。
死なない、間に合う
いくつもの感情がない混ぜになりながら走り、そしてその確信が予知であったことを知るのは、その直後だった。
とてつもない爆発が起こったような森の中で、使徒はすぐそこにいる。
それに、ボロボロの仲間が三人。
振り下ろした魔剣がリベールを捉えようとしていた。
そんなこと、許すはずもない。
かつてない疾さで割り込み、見事『聖剣』は使徒の魔剣を防いでみせたのである。
「やはり来たか、『勇者』ぁ」
使徒は魔剣を押し込む。
それだけで勇者は体ごと押され、さらに『聖剣』も斬れ込みが生まれていく。
必死に押し返そうとするが、それでも純粋に力では勝てないために押され続ける。
負けている
能力で、言うなれば『魂の力』の強さで。
しかし、有利な状況を維持させるようなことはしない。
魔術を展開し、距離を取らせる。
空中から出現したいくつもの水の槍が使徒を襲うが、それらは一つとして使徒には当たらない。
負けている
さらに使徒が距離を詰め、魔剣による突きを喉に当てようとしてきた。
すんでのところで仰け反って躱し、使徒の無防備な体に『聖剣』を突刺そうとするのだが、次の瞬間には使徒はそこにはいなかった。
ゴウッ!
突きの音が遅れてやって来た。
生まれる風に押されるが、『聖剣』で切り裂き、すぐに使徒の動きに集中しなおす。
だが、その瞬間には使徒は目の前まで迫っており、慌てて『聖剣』を振り下ろした。
だが、魔剣は『聖剣』の軌道をいなす。
そのせいで体勢が崩れ、使徒は返す剣で勇者の首を斬り落とそうとした。
しかし、勇者には魔術がある。
使徒の足元へから鋼鉄の触手が生え、使徒を捕らえようと蠢くが、すべて両断。
数十本の鉄の塊が一息に斬り裂かれた。
負けている
戦いというものへの経験が足りない。
対して向こうは遥かに人との殺し合いに、完全に慣れているのだ。
どちらが不利かは火を見るより明らかである。
「では、コレはどうだ?」
違和感が広がる。
世界を塗りつぶす力が発揮され、世界に新たな法則が書き足される。
濃い殺気だ。
確実に斬り殺すつもりの、怖気が走る恐ろしい殺気に反応して、即座にその場から回避し、『聖剣』から光線を放つ。
しかし、それも使徒に届く前に、見えない斬撃に斬り刻まれて消えてなくなってしまった。
さらなる攻撃を放つ。
まるで無限を思わせる『聖剣』という盃から、光という水を掬い上げ、ぶつけているのがこれまで使ってきた攻撃だ。
無限の斬撃に対抗するには、こちらも無限の攻撃で迎え撃つ。
イメージが重要だ。
一つに絞っただけなら意外性など生まれないし、防御の手段があるのなら、防ぐことができない方が難しいだろう。
だから、もっと水の投げ方を工夫する。
もっとその水滴が飛び散るように投げればいいのだ。
放たれた光線が拡散する。
数十の閃光は使徒に向かって降り注ぎ、とてつもない爆発を引き起こした。
(どうだ………?)
そこには、剣を振り払う無傷の使徒がいた。
まだだ、足りない。
あの英雄のように、全方位から包むように攻撃しなくては………
ボーっとしてはいられない。
立ち止まっては斬撃の餌食だ。
とにかく走り回り、『聖剣』による攻撃を放つ。
手数で上回らなくては、この使徒には勝てない。
だから、そのことについては驚きもしないし、そんな暇もない。
いまするべきことはどうコレを攻略するか考えることだ。
「勇者様!」
マズイ………
魔術と『聖剣』で同時に攻めようと思った勇者だったが、方法を切り替え、目くらましを目的にして極太の光線を『聖剣』から放つ。
その隙に、動けない三人を抱えてその場から走った。
「おろしてください!私も戦えます!」
「ダメだ。お前らはもう戦えない。俺に任せて、動けるくらいに回復出来たらさっさと逃げろ。今も攻撃を受けてるんだ」
勇者が走る跡には、彼の足跡以外に斬り刻まれた痕跡が生まれている。
地面や木の残骸、たまたま通りかかった鳥や魔物が斬り裂かれているのだ。
もし一秒でも止まれば、彼らは全員スクラップになることだろう
「わ、私たちは、使徒とやりあえたんです。サポートくらい、出来ます………」
「自分の状態を考えてから言え」
魔術師の黙って見ている気はない、という声を切り捨てる。
今のお前たちでは置物にしかならないからすっこんでいろ、とその冷たい目が、声が、態度が物語っていた。
勇者はあくまでも冷徹な判断を下す。
「私は神聖術が使えます。置物にはなりません」
「無理だ。あの攻撃を知らなかった時とは状況が違う。お前をそばに置けるだけの余裕はない」
勇者も、彼女らの心情はよくわかっている。
黙っているだけではなく、自分たちもアレと戦いたいのだろう。
無力ではないということを証明したいのだろう。
しかし、認められない。
「分かれ、足手まといだ」
言ってはいけない言葉だった。
それがどれだけ彼女らを傷つけるのか、そんなことは分かっている。
相手の気持ちを考えるのにはそれなりに自身があるし、そもそも、そうでなくとも彼女らと接したらこんなことは簡単に理解できる。
しかし、そんなことより命が大事なのだ。
勇者は体勢を変え、新しい行動をしようとしているのが分かった。
おそらく、投擲の構え………
「待ってください!まだ話は………!」
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
勇者は思いきり三人をぶん投げた。
あとには勇者しか残らない。
勇者は『聖剣』を構え、これから来る怪物を待つ。
※※※※※※※※※※※※
「クソっ!」
リベールは聖女とは思えないような言葉を吐き、悔しさに地面を殴りつける。何度も何度も、血が出ても殴り続け、それでも止めるに止められない。
魔術師も彼女と同じ気持ちだったのだ。
足手まとい扱いされ、こんな風に投げ捨てられた彼女は、内心猛り狂っていた。
しかし、勇者の言葉は悲しいほど正しい。
魔術師の魔力はほぼ空、リベールの聖気も底をついた。
二人は後衛であり、近接格闘の心得などあるはずもない。
エイルは気絶しているから助力の乞いようもない。
「で、どうやってあの使徒を殺すんですか?」
だが、そんなことなど関係ない。
あの使徒を殺したい。
今戦わずして、いつ戦うのか?
言葉におそろしい殺気が込められていた。
「もう作戦などありません………」
その怒気に呼応するように、リベールは殺意たっぷりの笑顔で答える。
「『覚醒』以外にありますか?」