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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
二章、呪われ王女
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28、主役は遅れてやって来る


 時は少し遡る。


 エイルと別れた二人は、もうすでに使徒の命を断つための次の一手の布石をつくっていた。


 リベールは先ず、魔術師に使徒とエイルの戦いの場を囲う結界を創るように指示したのだ。

 だが、結界といっても逃さないためだったり、守るためのものではなく、誤魔化すためのものである。


 周囲の光景の変化を中の二人に気づかせない、結界というよりも投影に近い代物だ。

 だが、彼女にかかれば、視覚的には何も起こっていないように見せかけられるし、匂いや音の違和感もなくすことができる。

 さらに、戦いに集中しているのなら、なおさら気づきようがないだろう。


 

 そこまでしてリベールが何をしたかったのか?

 それはかなり分かりやすい。


 彼女は森を燃やした。


 ただでさえ使徒に斬られ、魔術師の魔術で壊された森が、ゴウゴウと燃えている。

 結界の中はもうズタズタだ。

 しかし、容赦なく燃やす。


 燃やして何をしたいのだろう?


 突然だが、この世界にはランプが存在する。

 外は国によって建てられた街灯で照らされているが、中は備え付けのランプが必要になる。

 街灯と上流階級の持つランプは、魔結晶―魔力の塊である石で、魔石とは違い人工的につくられたもの―を動力源にする、術式を刻印された特製のものだ。

 しかし、庶民のランプはそうではない。

 通常のランプの動力源は油であり、要は何かを燃やして明かりを得ている。


 だから、偶にランプを灯し続けていた庶民が突然死する事故がまちまち存在する。


 それだけではない。

 冒険者が密室状態の建物等を探索するときは、火の魔術を使い過ぎないように叩き込まれる。

 そこでも似たようなことが起こってしまうためだ。


 つまり、この世界の住人は、密室で物を燃やし続ければ死ぬと理解している。


 外の大結界は依然としてそこにある。

 この結界は中と外を切り離す、逃さないための結界であり、言うなれば室内だ。


 そう、室内。しかも、密室である。


 


 リベールはずっとこれを狙っていたのだ。

 使徒を狙った魔術も、後半からはすべて火の魔術を使い続けていたし、使徒と話す時間稼ぎでも、自分が死んだ後も燃え続けさせることで殺そうと考えていた。


 だが、今となっては生き残れる可能性も見えてくる。


 このことを魔術師に話せば、炎での突然死に巻き込まれないために、風の魔術で空気を送り込むことを提案した。


 魔術師は『大賢者』から魔術の教育を受けてきた。

 その一環で、火の魔術に風の魔術を送り込むと、火が強まるという知識も叩き込まれている。

 さらにそこから、どうしてそういうことが起こるのかも『大賢者』はキチンと教えていた。


 

 完璧だった。


 使徒のみに害を与え、自分たちだけは安全にリスクを回避できる作戦が出来上がったのだ。

 


 現に、今も使徒は膝を付き、苦しんでいる。

 

 油断はしない。

 あとは使徒が死ぬのを待つばかりである。 



 ※※※※※※※※※※※※※※※



 (何だ?突然、息が………!)


 急な窒息。

 目が回り、頭痛もひどい。


 一体なにが起きたのだろう?

 使徒は考えを巡らせる。


 (まさか、毒か?いつの間に?いや、そんなものを盛れる暇はなかった。まさか!)


 外に目を向ける。

 戦いの中でなぎ倒されたために、前よりもずっと開けた光景が見えるのだが…………


 (()()()………)


 明らかに今、戦いで切り倒した周囲の、その外側の斬られた木の数が明らかに少ない。

 彼と戦った前にも、女三人で暴れまわった後なのだ。

 被害の規模が小さくなっているとしか言いようがない。


 使徒は魔剣を振るう。

 『魔法』の範囲外の、自身を囲っているであろう魔術を取り払うために斬撃を飛ばした。

 溜めが必要なために戦いの中ではあまり見せなかったが、魔剣の斬れ味と使徒の力があれば斬撃を飛ばすこともできる。


 使徒の斬撃は勢いが衰えることなく飛び続け、まやかしの天幕を斬り裂いてみせた。

 すると…………



 (燃えている……!まさか、そういうことか!)


 ここまでするとは………

 だが、これでは自分たちも巻き添えを喰らうだろう。

 いや、自爆覚悟だろうか?


 ………………


 あり得る。

 こんな特攻をかけてくるようなイカれ共だ。

 自分たちの命諸共、消えてなくなろうとする可能性は十分すぎるほどにある。


 だが、この作戦には誤算があったようだ。


 リベールもここまでとは思わずに、先程もやられてしまったばかりではないか。

 使徒の感知能力を理解しきれなかったのだ。


 (見つけた………!)


 開けた視界、命の少なさ、そして『魔法』。

 並の達人を遥かに超える、常軌を逸した使徒の感知能力を用いれば、簡単に彼女らの位置は分かる。


 この状況にしても、密室足らしめている物は外側の結界だ。

 これを解除できれば、閉められた部屋は開かれ、この不調も改善されるはずなのだ。

 だが、あまり時間はない。 

 早く、早く見つけて聖女を殺さなくては……………


 二手に別れているが、片方からは聖気を感じた。

 どちらが聖女から丸分かりだ。


 (見つけて殺し、結界を解除する。もう遊んでる暇はない!)


 完全に想定外の反攻だ。

 見事にやられてしまった。

 しかし、使徒の能力の方が一枚上手だったようだ。


 聖女は戦闘要員ではない。

 神聖術には目を見張るものがあるが、身体能力や技に関してはただの少女と変わらない。

 逃げ切れるはずもなく、すぐに追いつく。




 リベールは待ち構えるように立っており、顔には人をイラつかせる笑みが貼り付いていた。

 自分の勝利を確信しているようである。


 使徒はこれだけ狂わされているのに、リベールだけが無事であることを疑問に思ったが、そんなことは今はどうでもいい。

 早く、早く、早く…………















 「まんまと嵌められましたね?格下相手にこうもしてやられるとは、使徒にも間抜けが居たものです。恥ずかしくないんですかぁ?貴女なんて勇者様が出るまでもなかったんですよ、さ、ん、し、た。よくもまあ、あんな有利な状況からここまで追い込まれましたね?逆に難しいですよ、逆に。あ、もしかして目を瞑ってましたか?格下相手ならそれでもいけると思って目を瞑ってましたか?残念でしたね、倒せなくて。ああ!目を瞑ってるからそんなにフラフラなのでしょうか?目を瞑って真っ直ぐ歩けるかゲームは子供の頃やったことがありましたけど、この状況でするって頭が弱いんでしょうか?あ、愚問でしたね。格下相手にここまでやられている時点で頭が弱いのは確定でした。当たり前のことを言って申し訳ありません、ごめんなさい。あ、もう目を開けても大丈夫ですよ?ていうか、人と話すときは相手の目を見て話すように親から教えてもらいませんでしたか?ああ、そう言えば逃げたんでしたね?まともな教育には期待できません。で、それよりさっさと死んでくれません?ずっと死んでほしいと思ってたんですよね。貴女の過去に何があって、何を想って使徒になったかなんてまったく興味がないのですが、とにかく貴女が死んだほうが世界のため、というやつです。『主』の元へも行けず、いつまでも彷徨いながら後悔してください」



 「がああ!」



 使徒はリベールに向けて、足元のふらつく中、全力で駆けた。

 リベールは身を守るための結界を創り出したが、そんなものは使徒の魔剣の前では紙くず同然だ。

 

 だが、使徒が思わず脚を止めるような異変が起こる。





 結界が、解除された。


 



 (は?なぜ………?)



 瞬間、視界が光り、とてつもない爆炎が巻き起こった。


 

 ※※※※※※※※※※※



 「ケホッ、コホッ!とんでもない、ですね………」


 話には聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 地形も原型をとどめていないし、もしかしたら吹き飛ばされて、今どこか別の場所に居るのかもしれない。


 結界を解いて周りを確認するためにゆっくりと起き上がる。

 立ちくらみにも似た目眩を感じたのだが、それよりも早く二人を見つけなければ………

 エイルは頑丈だが、それでもそのまま死んでしまうかもしれな、



 「リベール!」


 「わひゃっ!」


 また真後ろから突然声をかけられた。

 これで二回目だ。

 いい加減にして欲しい。


 「いきなり後ろから声をかけるのはやめてください。心臓が飛び出るかとっ、て、ああ、エイル!」


 苦言を言おうとしたところで、初めて友人の状態が確認できた。

 酷いものだ。

 左脚は千切れ、右腕は取れかかっていた。

 その他の箇所も相当マズい。胴体の傷はもしかしたら内臓まで届いているかもしれないし、他が目立たないというだけで、骨もいくつか斬られただろう。


 常人なら確実に死んでいた。

 だが、この傷を受けた彼も、それを癒やす彼女も、尋常の者ではない。

 

 急激に傷がなくなっていく。

 まるで時が遡るように治っていき、そして始めから何もなかったかのように傷が消え去っていった。

 気を失っている彼の表情も、先程よりもずっと安らかだ。


 「もう、大丈夫です」


 「ああ、よかった………」


 心から安堵する二人。

 作は上手くいき、仲間は死なず、ここまで上等な結果に終わったことに満足していた。


 最後の爆発は、いわゆるバックドラフト、というやつだ。

 ただし、魔術師によってその火力を強化された特製の爆発である。

 もともと、『大賢者』から教わっていた『大賢者』オリジナルの魔術で、結界に敵を閉じ込め、中を燃やして後は先の通りにするというものだ。


 第六位界魔術『封炎爆裂』


 魔術師はリベールの結界にその術式を刻み込み、コレを成した。

 結界は弾かれた瞬間に魔術が発動し、次の火炎を強化する。

 ここまでの前準備でできることなど、もうおよそ無いだろう。

 規模で言えば、『大賢者』すら行ったことのない大魔術だ。


 使徒は聖女が引き付け、魔術師はエイルを連れて外に逃げていた。

 その後に、吹き飛ばされたリベールを感知し、『転移』でここまで来たのだ。



 「使徒は、どうでしたか?」


 「分かりません。跡形もなく砕けたか、それとも吹き飛ばされたか………でも、これは私達の勝利ですよ!」


 はしゃぐ魔術師。

 確かに、これは彼女らの勝利だ。

 ここまでやったのだから、使徒も無事ではない。

 いや、死んでいる可能性が高いだろう。


 「ええ、そうですね。一旦、王城へ帰りましょう。もう貴女もフラフラではないですか………早く、戻って休まないと…………」


 「は、はい……そう言われれば、世界が回ってるみたいです………」


 とにかく、寝なければ………

 四人仲良く横のベッドに並ばされたら面白いだろうな………


 このことで、彼女もきっとエイルと仲良くなれるはずだ。

 それなら、勇者とだって仲良くできる日も遠くない。


 大切な仲間の彼女らが、もっと仲良くなれたら…………
































 「してやられたよ………」


 怖気が走る。

 氷のように冷たい声が響いた。





 まさか、そんなバカな………!

 ありえないありえないありえないありえないありえない!





 「確かにあの火力は驚いた。完全には斬りきれなかったから、身体のあちこちをやられたね」


 ゆっくりと振り返る。

 そこには、ああ、そこには、あの憎たらしい使徒の姿が………


 「『教主』様から持たされた特製の回復薬が役に立った。消耗こそしたが、傷だけはなんとかなった」


 ボロボロの服を纏いながらも、その体には傷がない。

 完全に回復されてしまった。




 「使徒ぉ!」


 「無駄だ」


 魔術が一瞬で斬り伏せられた。

 それだけではない。魔術師の杖と、それを持つ腕すら諸共に……


 「君たちは本当によくやった。敵として、心から敬意を表する」


 剣が、振りあげられる。

 幾度となく、その脅威は命を脅かしたが、それでも届きはしなかった。

 しかし、目の前のものは、今まで届かなかったモノに届いている。

 届いてしまっている。


 もう、手はすべて打った。

 これ以上は、もう本当にない。


 (守らないと…………)


 淡く、弱々しい結界が彼女以外の二人を囲う。

 守らなくては、という想いしか、彼女にはもうない。


 本当に、死がそこまで来ていた。



 「天晴だ………!」





 





 



 「そうはいかない」



 死は、来なかった。

 使徒の前には、見慣れた彼が居る。


 寝ているはずの、彼が…………



 「遅れた、ゴメン」


 輝く剣を持つ彼は、その目を敵意に滾らせ、使徒を睨む。

 しかし、それがこちらに向いたときだけ、そこに優しさが籠もった気がしたのだ。



 「本当に、遅いですよ………勇者様…………」

 

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