1、今は勇者が必要なのだ
文字数稼ぐために若干似た表現使いまわしてるなんて口が裂けても言えない
とりあえず、一端落ち着く時間が必要とのことで、部屋に通された。
しばらくすればなぜ彼を呼んだのか、今この世界で何が起こっているのか、他にも質問があるのならすべてを応えると言っていた。
正直言えばまだ何が起こっているんかよくわかっていない。
それが現状で、当たり前のことである。
よくラノベの主人公はすぐに状況を理解して異世界転移を喜んでいたが、実際に起きてみたら意味が分からな過ぎて目が回りそうだろう。
この環境の変化をすんなりと受け入れられる精神を、彼は持っていない。
ああ、ひと先ずは落ち着いて状況を理解しなければ………
落ち着け。まだ焦るような時間じゃない。
両手を軽く広げつつ心の中でひたすらに言葉を唱える。
とにかく落ち着くように言い聞かせないと、本当に頭が茹だってしまいそうだった。
そんな沸騰寸前の頭で、何が起きたのかを一から考え直していく。
先ず、子供を助けようと車にはねられた。
でも、気が付いたらよくわからない城(?)にいた。
そこで勇者として世界に平穏を取り戻してほしいと頼まれた。
よくわからない。
悲しいことに、それ以外は出てこない。
別に頭が悪いとかそういう問題ではなく、子どもを助けてからの流れが跳躍しすぎている。
落ち着こうとしても落ち着けず、考えも纏まらない。
腕を組みながら部屋をグルグル歩き回って考えるが、どうしても呑みこめそうにない。
考えがどうあっても「よくわからない」に落ち着いてしまうので、思考を切り替えるために窓の外を見ることに…………
「………………」
そこには城壁や城門、そして中世のような石造りの街並みが広がっている。
町の人々を見てみれば、明らかに日本で見られるような服装ではない。
それに、町の外側には関所のような門があり、そのさらに外側は道と草原が広がっていた。
吹き広がる風も、匂いも、景色も人も、偽物とは到底思えない。
………………………
おそらく、ドッキリか何かではないらしい。
寝てる間にどこかに連れていかれた、というのがギリギリ、「まあ、あり得るだろう」と思えるラインだったのだがダメなようだ。
外国とかならこんな街並みがあるかもしれないけど、それだけではない。
都市と言えるほど大きいこの街は、何かの膜に覆われていた。
緑色のそのナニカはまるでこの都市を守るようにそこにあり、現実にあるようなものとは思えない。
プロジェクションマッピングか何かかもしれないとも思ったが、投影するためのスクリーンがないし、こんな都市一つ覆えるほどのものがあるとも、やはり思えない。
やっぱり、ここは異世界なのか?
混乱していた思考が、ようやく落ち着きを取り戻していく。
そして同時に、真実に近づいていた。
(ドッキリにしても手が込みすぎている)
芸人やらに仕掛けるならまだしも、彼みたいな一般人にこんなことを仕掛けるような企画はないはずだ。
もう、認めるしかなかった。
どんなに非科学的でも、あり得なくても、実際に起こってしまっているのだ、と。
俺は、異世界に呼ばれたのだ。
「勇者様、そろそろ落ち着きましたでしょうか?」
ドアをノックして入ってきたのはメイドだった。
メイド喫茶のようなコスプレではなく、一目見ただけで本職の人だとなんとなくわかってしまうようなメイド服と雰囲気が漂っている。
この一歩引いて接する感じが、まさしく使用人、といった感じである。
「はい、もう大丈夫です。落ち着きました」
「勇者様、私ごときに敬語などやめてください。私たちはただの使用人にすぎません」
「そうは言われても………」
「ですが、私は勇者様に指図するような立場にありませんので、心の片隅にでも留意していただければ結構です」
メイドはかなり冷めた態度で言い放つ。
どことなく、仕事ができる大人の女性、といった感じだ。
これまでに何人か別のメイドを彼は見たが、みんな同じような雰囲気で、かなり居心地が悪い。
完全に使用人として接しているので仕える人間には必要以上に踏み込まないようにしているという印象を受ける。
正直、冷遇されているのかとも考えたが、あの時、かなり偉いと思われる人たちが軒並み頭を下げたのだ。冷遇、というのは考えずらい。
他にもいろいろ考えたが、今のところ、ラノベのように召喚した勇者を操るとか、そういう風のことはなさそうである。
どこまで信用できるかわからないが、今のところは従うしかない。
何の力もない高校生一人消すのにそう苦労はないだろう。
その程度のことは予測できる頭である。
いざとなったらどこまで抵抗できるかわからないけれども、先ず話くらいは聞いておかないといけない、という考えも巡らせて。
「準備ができたのならこちらへどうぞ。陛下より、玉座の間にまで勇者様をお連れするように申し付けられておりますので」
「わかりました。案内してください」
とりあえず、メイドさんの後についていくとこにする。
ついていくしかない。
本当に謎だったのだが、いったいなぜ自分がこの世界に呼ばれたのか、それを聞きに行くことにしたのだ。
※※※※※※※※※※※※
そこから、彼は玉座の間に連れられた。
開いた豪奢な扉の向こう側から、予想を遥かに上回るような荘厳さが伝わってくる。
中央の一際豪華な椅子に座っている、さっき詰め寄ってきたナイスミドルを中心にして、他の貴族(?)や騎士(?)も綺麗に整列している。
さらに、王様らしきその男の脇には、さっきも目についた黒ローブのお爺さんと白髪の美少女が控えていた。
ただの小市民にとっては、威圧を感じるには十分すぎるほどだ。
何も悪いことはしていないのに、冷や汗が出てしまう。
そんな様子に気付いたか、王様らしき男は、挨拶代わりの言葉をかけた。
「ご足労感謝する、勇者殿」
王様らしき、いや、もう王様でいいだろう。他の人も間違えようがない。貴族と騎士でいい。
王様が声をかけてきた。
ただそれだけで石のように固まってしまう。
正直、どうすればいいのかわからない。
人生で王様に話しかけられたことなんて無かったから、対処法なんて知りはしない。
再び茹だちそうな頭で、どうすればいいかを考える。
とりあえず返事だ。返事をしよう。
「は、はい。こここ、こちらこそお待たせして申し訳ありません」
カミカミになってしまった。
仕方が無かったのだ。すごい人数に囲まれ、しかも偉そうな人間ばかりが集まっている。
これで緊張しないほうが無理な話だ。
「そこまで畏まらなくても良いのだ。貴方は勇者なのだから」
そんな若者を見かねてか、王様が優しげな声で話しかける。
かなり気を遣ったようだ。
どこか心配そうな目はあからさまで、どこか待っているようにも思える。
(ヤバい。優しさにほだされそうだ……)
これはいけない。
こちらは向こうのことを知らないけど、向こうはこちらのことをある程度知っている。
これほど危険な事はない。
何か良からぬ事に利用される可能性もあるのだ。
(警戒をしないと……)
「始めに、自己紹介でもしよう。我は、オーギュスト=ルーゼン=フェル=ナハトリア。ナハトリア王国、第67代目国王である」
王様が自己紹介を始めた。
その引き締まった雰囲気に圧倒されながら、疑問を口にする。
「それで、なぜ自分はこの世界に召喚されたのでしょうか?世界に平穏を取り戻して欲しい、とはいったい?」
「そうだ、そこからだな」
厳かに王様が頷く。
もう、ただ頷いているだけなのに雰囲気がある。
これは王様がすごいからなのか、威圧されてもうなんでもすごく感じるからなのか……
「この世界では、遥か昔から500年毎に魔王が誕生する。魔王は我ら人類に滅ぼそうとするのだ。そこで、強大な魔王を討果すべく、強力な戦士を生み出すことにした。それが勇者だ」
「しかし、自分に特別な力などありませんよ?元の世界でも、決して特別優秀というわけではありませんでした」
「いや、問題ない。勇者として世界を渡った。それだけで貴方の魂には特別な意味が印されたのだ。武器の扱いや魔法もすぐに上達する」
本当によく分からないが、そんなに簡単に力が手に入るのかと疑問に思ってしまう。
でも、顔に出してはいけない。
こちらが不信を示せば、警戒している事がバレてしまう。
仮に王様たちが嵌めようとしているのなら、警戒していることを察せされるのは危険すぎる。
「そう警戒しないでくれ。そもそも、世界を渡ることに耐えられる、才能ある魂を魔法陣が感知するのを待つのにも10年かかったのだ。これから得る力は、紛れもなく貴方の手で手に入れるものだよ」
…………………
そんなに顔に出やすいだろうか?
それとも王様が人を見る目があるだけなのか?
釈然とせず、疑問だけが溢れる。
「だが、問題はここからなのだ」
王様の様子が明らかに変わる。
完全に、これは怒っている。
眉間にしわができ、どこかその表情は苦しそうにも見える。
「前回の勇者が召喚されて650年。いまだに魔王は現れない。しかし、魔王ではないが、厄介な集団が現れたのだ」
その感情余りある表情に関わらず、その声には微塵もそれが含まれてはいない。
ただただ、機械的に報告しているようだが、やはり、どこか堪えるような雰囲気が伝わってしまう。
その厄介な集団とやらによほどの辛酸をなめさせられたらしい。
「天上教。目的、規模、所在不明。突然町や村、時には国すら滅ぼす最悪の教団だった。ここ500年の間、目的もなく暴れ続けていたのだが、遂に10年前、近いうちにこの世界を終わらせると宣言したのだ」
聞くだけでわけのわからない集団だとわかる。
それよりも、本当に世界を終わらせるなんてことができるのか?
500年続いた殺人集団って言っても、そんな力があるようには思えない。
人が何万集まったとして、世界をどうこうできるはずがないのだ。
「本当にそんなことができるんですか?」
つい、口を挟んでしまう。
いや、いくら何でも世界を終わらせるとは話が飛び過ぎだ。
それに、具体的には何をするつもりなのかも分からない。
「おそらくだが、できてしまう」
王様は苦虫を噛み潰したような顔になる。
あからさまに忌々しいと思っているのだろう。
だが、情報が少なすぎる。
疑問もそこそこに、さらに王様は続けた。
「奴らの通常構成員、下っ端は何人いるかわからない。もしかしたらこの城にも構成員がいるかもしれない。そう思えても不思議ではないほど突然現れるし、消えるようにいなくなるのだ。しかし、そんな奴らがただ一つ、公表していることがある」
「…………」
「教団幹部、八大使徒」
周囲の空気が引き締まるのがわかる。
それだけ、その使徒とやらが危険ということだろう。
「やつらがいるなら、その気になれば世界を変えることもできるだろう。全人類の死滅が目標として、おそらくできなくはない。そして、それが本題だ」
王様が立ち上がり、睥睨しつつ、命じるように告げた。
「『断裂』、『堕落界』、『不屈の砦』、『虚ろなる世界』、『呪い人形』、『鍛冶神』、『武神』、そして『魔神』の八人。たった一人で国を落とすことすらできる教団の切り札。そして、未だに正体を現さない『教主』。以上9名の討伐を依頼したい……!」
王様の目は血走っていた。
尋常ではない狂気と断ることは許さないという意思が、王様からにじみ出ている。
これは………
「はい………承知いたしました………」
ここで断ることのできる人なんていないだろう。
そんな選択できるのはバカか命知らずだけだ。
断ったりしたら首が物理的に飛んでしまうのが目に見えてる。
そう思わせるほどの強烈な意思がそこにはあった。
勇者として召喚したと言っても、換えの効かない人材であるという保証もないのだ。
探すのに十年かかったとは言ったが、次は十年以内に見つかるかもしれないし、ていうか予備をすぐに呼び出すための準備はもうできているのかもしれない。
それとも、そもそも今この時点で数人目なのかもしれない。
どうあっても、始めから従うという選択肢以外存在していなかったのだ。
「そうか、ありがとう」
王様は先ほどまでの狂気と殺気を霧散させ、その顔を嬉しそうに歪めた。そして、深く、深く頭を下げる。
それに続いて、貴族たちや騎士たちも頭を下げた。
………………………
本当にもうこれだけで絆されてしまいそうだった。
王様の頭を下げる前の表情がどうしても脳裏に残ってしまう。
嬉しそうな、苦しそうな、どこか悲しそうな表情だった。
「なら、こちらを信頼してもらうために、信頼の証を示そう」
こっちが警戒していたことはバレてるみたいだ。
まぁ、冷静に考えたらそうだ。
向こうを信頼できないように、向こうからしたら、急に呼んできた人からいきなり信頼されるなんて思えない。
そこで、これまで動きを見せなかった黒ローブのお爺さんと白髪の美少女が前に出た。
「覚悟はよいか?」
「はい、いつでも………」
「申し訳ない、『大賢者』殿、そして『聖女』殿」
『聖女』と呼ばれた少女は手を組み、祈りをささげている。
『大賢者』と呼ばれた老人は、杖を掲げ、突如床に現れた謎の光を操り、魔法陣を描いていった。
その魔方陣の中には、勇者と『聖女』しかいない。
『天におわします我らが主よ、この身をあなたの使徒たる勇者に捧げます。我が身は彼の者の手中にあり、我が身の未来はこの手にはあらず。私のすべてを懸けましょう』
世界が光であふれる。
もう完全に彼女以外を視界に収めることができない。
スタスタと歩みを進め、互いに触れ合いそうなほどに近づいてから頭一つ分高い男の顔を見つめる。
(マジでかわいいなあ……)
腰まで伸びた白い髪はサラサラで、赤い瞳は吸い込まれそうなほどに大きい。顔立ちは全体的にどこか幼さが残っており、勇者よりも2つか3つは年が下だろう。
彼女は突然腕を彼の首へ回し、爪先立ちで彼との背の差を無理矢理縮めてきた。
そして、
「んむぅ!」
唇に柔らかいモノが押し付けられる。
何か起きたか数瞬分からなかったが、分かったら分かったで顔が赤らむのを感じる。
甘い匂いと、目の前の綺麗な顔に頭が支配されて何も考えられなくなりそうだ。
混乱して何をすればいいか分からなくなっていると、頭をガツンと殴られたような衝撃が駆け抜ける。
次いで、謎の不快感が脳を巡った。
まるでテレビの砂嵐が脳内で直接、大音量で流されているようだ。
(何だ、これ………!?■■……?)
知らないナニカが、彼の中で弾けた。