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勇者の冒険 〜勇者として召喚された俺の英雄譚〜  作者: アジペンギン
二章、呪われ王女
29/112

27,王手

使徒がしぶと過ぎる………


 エイルと使徒との戦いは苛烈を極めた。


 でたらめな斬撃が余波で木々がバラバラになり、土煙が舞っていた。

 怪物たちが暴れまわっている爆心地で、無事でいれるのは同じ怪物同士だけだ。


 数百、数千という数の斬撃に対して、エイルが行った対抗はたった一つ。

 

 耐えることである。


 (クソッ、やっぱとんでもねぇな………)


 エイルの『魂源』は自身の複製。

 そして、その源は『魂の力』であり、純真なエネルギーから成る不可視で自律な兵を創り出せる。

 いくつもの種族が混じり、その特性を切り替えることができる、エイルだけの奥の手の究極形と言えるかもしれない。

 

 以前の戦いでは、どうにかして使徒に攻撃を叩きこもうと分身を割いていたのだが、身を守るので精一杯だった。

 使徒の『魔法』の前では、反撃の隙すら与えてもらえないなのだ。

 

 だが、今回は違う。

 分身をすべて防御のために割いている。


 あの斬撃を防ぐには、全方位をカバーしなければならないのだが、そんなことはできるわけがない。

 オーディールのように同じく『魔法』で相殺できるわけではないし、使えるようになるための時間がない。

 どうしようかと考えた結果、受けても耐えられるようになればいいのではないか、と思うようになったのだ。


 彼は、負けてから自分の能力についてずっと考えていたのだ。

 どうすればもっと強くなれるのか、と。


 ただ使うだけなら、自身と同じ技量を持ち、同じ力の、同じような武器を持つ、人型の分身ができる。

 しかし、もっと使い方がある。


 なぜ人型でなければならないのか?

 人でなくとも、盾や鎧のように身に纏うようなことはできないのだろうか?

 

 それからはすぐだった。

 形を変えられることができる、と確信した。


 初めて使ったときは自分と同じ体を持った人型しかできなかったのだ。

 だが、勇者との戦いで剣を創れるようになった。

 

 要は、イメージだ。


 どうすれば、どう動くのか、何を創れるのかを何度も試した。

 だが、一度できれば簡単だった。

 斬撃から身を守るための盾と鎧を創り出したのである。


 




 (何だ?攻撃が届く前に弾かれる…………しかも、なんだ?魔力が増えた?いや、微妙に違う?)

 

 使徒は違和感を感じていた。


 斬撃がうまく通らない。

 まるで見えない壁に阻まれているかのようで、そこから先に『魔法』の刃を押し通すことができないのだ。

 

 なら、


 「直接斬ってやろう!」


 自身の魂の法則を世界に広めるのが『魔法』だ。

 だが、使徒の手に持つ魔剣はそれよりもずっと範囲が狭いために密度が大きい。

 『魂源』とは、魂から湧き出た力を結晶化したものである。

 なら、『魔法』で無理でも、『魂源』なら押し通せる。


 目にも止まらぬ速さで使徒はエイルに向けて疾走する。

 無駄のない体捌きからなる、音すら生まれない超一流の踏み込みであった。

 一流と呼ばれる戦士ですら、使徒の姿を完全に見失い、次の瞬間には首を落とされたことだろう。


 エイルは見失いかけたが、すぐに大剣を振り上げ、使徒を顎から頭を真っ二つにしようとする。



 使徒とエイルの剣がカチ合う。

 一瞬拮抗し、エイルの大剣が衝突したところから、使徒の魔剣によって斬られてしまった。

 使徒はさらに追撃を仕掛けようと、エイルに向けて剣を首に向けて薙ぐ。

 しかし、エイルは使徒の腹を思い切り蹴り、できるだけ距離を離した。

 


 「チィ………!」


 忌々しげに使徒を睨む。

 使徒自身に剣の腕で負けていることが分かってしまうのだ。

 身体の動かし方では、精密さは向こうに軍配があがっている。つまり、そこに付随する技術は、使徒にどうしても負けてしまうのだ。



 「さて、『魔法』が通じなかったのは驚きだが、それだけだったな?剣が折られたが、これからどうする?」


 「ナメんな………!」


 

 異音が響く。

 エイルの大剣からメキメキという、剣からはおよそ聞くことがないような音が鳴る。

 さらに、剣の先から新たな刃先が生えていき、まるでそれが生き物のように胎動していた。


 「『魔剣』か。しかも、相当高位の………」


 「ご名答だ」


 

 良い素材で、良い職人が良い武器を作れば、良い魔術師が良い魔術を付与することができる。

 それらすべてが組み合わさって初めて高位の魔剣というものができるのだ。

 

 エイルの持つ魔剣の素材は高ランクの魔物である、闇龍の骨でできている。それを使徒の一人、序列三位『鍛治神』が作ったという曰く付きの大剣だ。


 龍といえば巨体と高い魔力を誇る高位の魔物で、討伐の際にはAランク冒険者三名以上か、一万人以上の軍によって行われる、という化け物だ。

 その素材は、すべてを売り出せば小さな国の国家予算にまでのぼる。

 闇の龍は特に隠密性や知能に長け、10メートルを超える巨体をその特性で隠しながら、暗殺や罠で獲物を狩る厄介な魔物だ。

 故に狩りづらく、さらに希少で高価な龍である。


 後半の曰くはかなり怪しいが、それでも龍の素材を扱いきれる職人が仕立てたのは確かだ。


 違法な物品を取り引きするオークションの目玉商品として出品され、そこから盗み出した、四年使い続けた相棒である。


 効果はいくつかあるが、その内の一つが再生能力を兼ねていることで、折れても勝手に直るのだ。

 


 「ふぅむ。なら、壊した上で君を斬ればいいのかな?」


 「ウザってぇ女だ。さっさとかかってこい」


 エイルの雰囲気が変わる。

 先程までただの人族であったが、次第に耳が尖っていき、魔力の質が変化した。

 

 「驚きだ。ハーフか?いや、種族の特性を切り替えられるハーフなぞ初めて見た。何らかの特殊な種族の血でも混じっているのか?」


 「ペラペラうるせぇなぁ!」


 使徒の軽口にはこれ以上付き合わない。

 エイルは使徒とは反対に、轟音を伴う踏み込みから、大剣を振り下ろした。

 だが、明らかにリーチが足りていない。

 間合いの外側からの斬撃だ。


 (?早いだろう………あっ!)


 振り下ろしが最高速に至る直前、魔力が高まって、大剣が黒い靄を纏った。

 そしてその靄は大剣から飛び出し、使徒を襲った。

 即座に理解する。

 これは、魔術だ。


 斬り落とす。

 かなりの威力ではあるが、これでは使徒に傷を付けられない。


 何度も何度も、同じ攻撃が続く。

 最後に、一際大きいのが来た。


 (これは………)


 以前、殺したことがある、龍のブレスに似ているような気が………

 叩き斬り、視界が開ける。

 目の前の青年を斬ろうとして………



 (……!いない!)


 視界から消えた。

 いや、先程まで感じていた気配や魔力すらも消え失せている。


 一体どこに……?



 「しぃねぇえええ!」


 「!!」


 真後ろから感じた殺気に咄嗟で反応する。

 視界で捉えたあの青年は、あの黒い靄を今度は体に纏っている。


 「君たちには、つくづく驚かされる………」


 戦いは続く。

 その苛烈さは、時とともに加速していくのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※


 激戦


 その名がこれほど相応しい戦いを、エイルはこれまでしたことがなかった。


 傭兵の仕事を始めてから初めてだった戦争も、二つ名持ちの強者と初めて戦ったときも、そして勇者との戦いも、これほど危うくはなかった。


 かつてない戦いに高揚を覚えるが、それを表に出してしまうと使徒に居場所のヒントを与えてしまいかねない。

 考え過ぎかもしれないが、それだけ多くのことを出したくはないのだ。

 

 感じる興奮を押し止め、あくまでも冷徹に戦っていく。

 そう、今はまだ寝ているであろう彼のように…………




 エイルが成れる形態は三つ。

 人族、吸血鬼、そしてエルフだ。


 勇者と戦ったとき、彼は基本吸血鬼の体だった。

 それは、始めは勇者の剣の腕が確実に自身よりも劣っていると判断したからだ。

 身体能力で圧倒することができる、と判断したのである。

 そして、もう一つ………

 

 エルフの体の時、彼は最も繊細に魔力を扱うことができる。これによって、『魔剣』たる大剣の力を完全に引き出せるようになるのだ。

 換言すれば、人族体、吸血鬼体では使えない、大剣による闇属性を引き出し、遠距離を主体の剣士になれる。


 これを後半の勇者との戦いでしなかったのは、闇属性の遠距離攻撃だけでは、『聖剣』の下位互換でしかなかったからだ。

 撃ち合いで負けるから、そこを起点とするいくつもの能力を出す前に負ける。


 しかし、使徒との戦いはそうではない。


 遠距離での撃ち合いが発生しないために、『魔剣』のいくつもある能力を引き出し、戦術を広げることができる。

 例えば、闇の弾を放って目くらましを行い、闇龍が持つ隠密性で隠れながら使徒を襲ったように。


 そうして、今も格上相手に互角に戦っているのだ。


 彼の戦法はまるで本物の闇龍だ。

 遠距離攻撃によって隙をつくって隠れ、死角から攻撃。そして外せば引く。


 驚くべきは『魔法』の探知にもかかりにくいことだ。

 勿論完全に引っかからないわけではないが、それでも気を抜けば居なくなるほどだ。


 これには使徒も内心舌打ちをする。

 おおよそ、使われている素材は闇龍か何かの、隠密主体の魔物だろうとあたりをつけたが、冗談ではない。

 どんな職人が、どれほど強い素材を使っても、『魔法』に引っかからなくなるようなめちゃくちゃな『魔剣』なんて作ることなどできない。

 本来の素材の力を大きく上回るほどの力を引き出してみせるなど、太陽が西から昇るようなものだ。

 こんなデタラメができる者など、一人しかしらない。



 (あの変態………自分の作った物くらい管理しろ……!)



 だが、使徒も黙ってやられるわけではない。

 辺りをやたらめったら斬り刻んで、攻撃をとにかく当てようとしている。

 だが、それはエイルの鎧に防がれ、致命打にはならない。

 それに、斬撃に当たった瞬間に魔剣で斬る。


 領域の中のものを感じ取るのではなく、『魔法』によって与えた影響から位置を推測する。

 たてた土埃の変化などからどこにいるかはだいたいなら察することは可能なのだ。

 より戦いは周囲を巻き込む。



 緑豊かだった光景も見る影もなく、金属音や斬撃音がそこら中から聞こえてくる。


 迫る斬撃に、エイルはある程度は諦めながら対応していく。

 一定数は鎧で受け、そしてある程度は避ける。


 気は緩められない。

 少しでも油断していると、


 「……………!」


 頭上を刃が通り過ぎる。

 一秒前の喉の位置だった。


 エイルは闇を爆発させて距離を取るための隙をつくる。

 だが、使徒は瞬時に斬り刻み、追撃をしようと踏み込んでくる。


 しかし、もうそこには誰もいない。


 すでに意識の外に居り、死角から急所を狙う。

 首を断とうと剣を振るうが、ギリギリで使徒は躱し、振り返りながら魔剣を振るう。


 それからさらに距離を離して遠距離に戻った。

 まだ気づけていない使徒には、覆うような闇の津波を起こし、さらに反対方向に移動する。

 

 だが、位置にあたりをつけていた使徒は、エイルの居る位置に大量の斬撃を放っていた。

 避けきれずに多くを受けてしまうが、急いで退避し、また身を隠す。

 その後ろでは使徒が剣を振り抜いており、逃げ遅れれば死んでいただろう。



 慎重な攻防だ。


 そして、あまりにも苦しい攻防だ。


 一手間違えれば即死、しかし、向こうは間違えても取り返しがついてしまう不公平な攻防。

 

 かろうじて付いていけてはいるが、いつ突き放されるか分からない。

 いつ終わりが見えるか分からない、徒労にも思えてしまう苦行なのだ。


 一歩進めば一歩戻る。

 まさしく一進一退の攻防である。











 だが、そうした天秤は僅かな変化で傾くものだ。


 

 エイルは避ける。

 鎧に当たるときの音からも察知されるため、できるだけ多くの斬撃を躱さなければならない。


 しかし、もちろんだがすべてを避けきれるわけではないのだ。


 これまでは、込められた『魂の力』の密度や量の差から使徒の『魔法』で切り崩すことができなかった。

 しかし、それには限度がある。

 

 不可視の鎧は傷だらけであり、相当のダメージが溜まっていた。

 しかし、それに彼は気づかない。気づけない。


 強敵を前にそんな余裕はないし、道具の形を取っている以上、分身に思考は人型よりもずっと弱い。

 つまりは熱中しているのだ。


 だから、その瞬間まで分からなかった。


 避ける。

 だが、避けきれない。


 一撃一撃が本来は必殺の威力を持つのだが、それでもキチンと防いでみせた。

 しかし、その瞬間に、割れた。


 パリン、とガラスが割れるように壊れた。


 そして即座に魔斬が牙を向いたのだ。

 全身から血が吹き出ると共に、拮抗も砕けてしまった。


 

 立っていられない。

 左脚は膝から下がバッサリだ。


 剣を握れない。

 右腕は肩下からぶら下がっている。



 (詰んだ………)


 「惜しかったね………」


 使徒は優しさすら感じる瞳でエイルを見下ろす。

 彼女らの時もそうだが、使徒は心から、そう思っていたのだ。


 「君たちは本当に私の期待をいい意味で裏切ってくれる。よくもまあ、そこまでやれるものだ。君たちはきっと私より強くなれるさ」


 嫌味にしか聞こえない。

 これから殺す相手の未来など、語るに能わない。

 

 どうやったら倒せるんだ、コイツは………!


 これまでの戦いを誰かが見ていたなら、きっとそんなことを思ってしまうだろう。

 いくらなんでも、しぶといが過ぎる。


 「もう君は、そこで寝ているだけでいい」


 剣が振りあげられる。

 きっと、それは体を斬り裂き、彼の命を断ち切ってしまうだろう。

 ほんの、数秒先の出来事である。


















 そしてその未来は永遠に訪れなかった。



 「カハッ!」


 使徒が苦しそうに倒れ込む。

 初めて、やっと、使徒が膝を付いた。


 

 エイルはリベールの神経を逆なでする笑みと笑いが、かつてなく近くに感じた。

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